かみしまの海〜海の守護神、綿津見となれ〜

ユーリ(佐伯瑠璃)

文字の大きさ
上 下
23 / 43

23 死なない身体、負けない身体

しおりを挟む
 再び姿を消した人造人間は、伊佐たちに恐怖をあたえた。天井や壁を蹴るような音と、電気がショートしたように爆ける音を至るところでたてた。
 その音は初めは遠かったのに、パン! と音がするたびにどんどん近づいて来ている。
 調理室の入口で固まっていた特警隊は、我に返ったように態勢を整えた。

「歌川くん! こちらに!」

 調理室は完全に二つの空間に分けられた。
 かみしま特警隊と歌川、そして伊佐とレナ。そうすることが、人造人間の狙いだったのだろうか。

「伊佐さん! 我如古さん!」

 人造人間が起こす振動と衝撃音は調理室の奥、つまり、伊佐とレナに近づいている。完全に伊佐とレナをロックオンしていたのだ。
 まるでそれを楽しんでいるかのように、人造人間は不規則に壁を叩いた。その音が鳴るたびに伊佐は鳴る方に視線を向け、警棒を構えた。こんな時に武器となる物が警棒しかないなんて、心細いと思うのが正直な気持ちだ。だからといって拳銃なら勝てるのかと問われると、答えはいなである。

「伊佐さん、わたしにも何かできることは……」
「レナさん、大丈夫です。とは簡単に言えないのですが、自分の後ろから前に出ないでください」
「あなたを盾にするなんて」
「ヤツの姿が見えないんです。盾になれればよいのですが」

 伊佐は自分の背にレナを庇った。幸い自分は防弾ベストを着ている。自分が彼女の盾になりさえすれば、どちらも命を落とすことはないだろう。

「わたし聞いたの。彼は暗闇が、嫌い」
「彼……とは」
「Hope……あの人造人間は亡き主人の希望の光だったのよ。世界征服をすれば闇から抜け出せる。太陽の光を堂々と浴びたい。何かに隠れながら生きるのはたくさんだ」
「レナさん?」
「あの腕から伝わってきたの。ずっと暗い箱の中で主人を待っていた。海の底の闇は深くて、寒い、絶望の世界。でも、誰も来ない……だからもう待つのはやめた。エネルギーは充分に吸収した。ここから出るって。彼、この船から出て主人を探す気よ」
「ヤツのエネルギー源は巡視船かみしまってことか。くそ、外に出してたまるか。どうしたら主人はいないと伝わる。くそっ」

 天井を鳴らす激しい音、壁は今にも破れそうだ。そして、ステンレスでできた調理台が目の前でへこんだ。もう、すぐそこまで人造人間は来ている。

 ―― コツ……

 軍靴が、床に着地した。

「来た!」

 伊佐が声を出したのと同時に冷蔵庫の扉が勢いよく開いて伊佐とレナを押し倒した。

「うっ」
「きゃっ」

 とっさに構えた腕に強い衝撃が襲う。伊佐に押されて倒れたレナは後頭部を打ちつけたのか一瞬気を失った。

「レナさん! レナさん!」
「伊佐、さん」
「よかった。すみません、全然盾になれていない。これ、着てください!」

 伊佐は自分が着ていた防弾ベストを脱いでレナに着せようした。レナは強く抵抗をする。

「どうして! あなたが死んでしまうじゃない! わたしのことはいいから、自分のことを考えて!」
「着てください! これは命令です。船長補佐のわたしに異論は許さない。わたしには乗員の命を守る義務がある! 従わないという選択肢はない。あなたが巡視船かみしまの乗員ならば」
「……ずるい」

 レナは眉間にしわを寄せながら、伊佐の防弾ベストを受け取った。伊佐は早く着ろと圧力をかけてくる。レナは伊佐を睨みながら防弾ベストを身につけた。

「それで、いい」

 伊佐はレナに背を向けると、再び姿を現した軍人もとい、人造人間と対面する。伊佐は足元に落ちていた警棒を拾い上げると、間髪いれずに人造人間に立ち向かった。
 背丈は伊佐も負けてはいない。
 警棒を振り下ろして人造人間の腕を強く叩き、肩を相手の懐に入れるようにして突き飛ばした。
 しかし、それくらいで観念する人造人間ではない。倒れる瞬間に脚を上げ、伊佐を背負い投げした。調理台で受け身を取った伊佐は、背中から滑り降りて台に身を隠す。
 人造人間は素早く調理台に飛び乗って伊佐を探した。

「援護しろ!」

 かみしま特警隊隊長の平良の号令で、隊員たちが人造人間に飛び掛かった。
 シールドで押さえ込んでも簡単に弾き飛ばされる。腕を一振りされただけで、ドアごと吹き飛ばされてしまう。たった一体を相手に、まったく歯が立たないのだ。それでもかみしま特警隊は立ち向かった。
 伊佐も諦めない。警棒術を駆使して人造人間を背中から羽交い締めにした。

「歌川! 撃て!」
「もう本当に、しりませんよ!」

 倒れた隊員から歌川は拳銃を奪った。

「やれ! お前ならできるだろう。心臓に撃ち込め!」
「死んでも恨まないでくださいね!」

 歌川は今度こそ息の根を止めてやると、躊躇いなく拳銃を人造人間の心臓目掛けて引き金を引いた。

 ―― ズンッ

 重い衝撃が伊佐の胸を貫いた。息が詰まる。
 それと同時に暴れていた人造人間の動きが止まった。

「やった……?」

 歌川が問いかける。
 人造人間と伊佐は膝から崩れ落ちた。

「伊佐さん! いや! いやー!」

 奥からレナが血相を変えて走ってきた。人造人間の下敷きになった伊佐を抱きしめる。

「いや、だめ! 伊佐さん起きて。どうしてよ、バカ」
「我如古さん。大丈夫ですよ、伊佐さんは防弾ベストを……」
「着てないの! 彼、さっきわたしに!」
「嘘、だろ……ぇぇぇえええ‼︎」

 歌川は拳銃を床に投げ捨てた。まさか、伊佐が防弾ベストを着ていないなんて、夢にも思っていない。

「伊佐さん! あなたは、バカですかー!」

 歌川の甲高い声にかみしま特警隊は呆然とした。出してはならない犠牲者を身内から出してしまった。しかも、他部署の幹部職員を犠牲にした。

「まだ、死んだと決まっていません! 早く救護室へ。わたしが必ず救って見せます。歌川さん! 道開けて! 平良さん、彼を、伊佐さんを運んでください」
「わかった!」

 レナは自分が持つ救命の技術でなんとか救おうと思った。

(絶対に死なせない!)

「我如古さん」
「歌川さん。大丈夫! 伊佐さんはあなたに命令した。あなたはそれに忠実に従っただけ! あなたは悪くない! ほら、手伝って!」
「は、はいっ」

 と、その時

 ―― ドンッ!

 激しい音がして、全員が一斉に振り向いた。
 そこに倒れていたはずの、人造人間の姿が消えている。歌川たちがドアの鍵を開けたのを知ってか、食堂から飛び出したのだ。

「アイツ、死んでない!」

 今までの戦いが水の泡となった瞬間だった。

「こちらかみしま特警隊A班、平良です! 人造人間は、食堂から脱出した! 繰り返す! 人造人間は食堂から脱出した!」

 平良の無線は、もはや叫び声でしかなかった。


 ◇


 伊佐は夢を見ていた。
 少年の体をした伊佐は、初めて綿津見ワダツミと出会った故郷の海に来ていた。
 小さくなった自分に一瞬驚いたが、これは夢なんだとすぐに理解した。

「ワダツミ、いるんですよね! 早く出てきてください。オレ、忙しいんです! マジか。声まで子供に戻さなくてもいいのに……」

 沖に向かって叫んだが、小波さざなみになんの反応もない。
 声変わり前の自分の声の恥ずかしさと、何も起きないことに伊佐は苛立った。

「くっそ」と伊佐の小さな足は砂を蹴散らした。

『イサナギサ。そう焦るな……今は休憩中であろう。騒いでも勝てる相手ではないぞ』

 顔を上げるといつの間にか現れた綿津見が、髭を泳がせながら伊佐を見下ろしていた。

「オレ、あんなのと戦うなんて聞いてなかったぜ?」
『うむ。わしもこんなに早く現れたことには驚いたが……まあ、遭遇したのが民の船でなくてよかった』
「オレには倒せる力なんてなにもない! あいつ、死なないじゃないかっ。人間がどうのこうのできっこない。オレたち海保は武器を持ってない!」
『なんだ、武器なら持っているだろう。わしは確かにお前に力を与えた。ほれ、忘れたか』

 綿津見は長い両の髭を伊佐の体に巻き付けた。そして、伊佐を自分の顔の近くまで持ち上げた。
 なんと迫力のある顔だろう。
 大きなぐりぐりとした目玉はまるで翡翠のようで、大きく開けた口は、なんでも丸ごと呑み込んでしまいそうだ。

「武器はどこにもない」
『困ったやつだのぅ。イサナギサ、お前の存在そのものが武器であるぞ。なにが一番得意だったか考えてみよ』
「得意だったもの……」
『水の中ならば誰にも負けぬはずだ。アレは闇が苦手らしい。海底に沈んでおったのがよほどこたえたのであろうな。船の動力と同じで、アレは熱で動く』
「航行する船舶がヤツの復活を助けたと?」
『おそらく、少しずつ吸収しておったのだろう。潜水艦の攻撃でバラバラになった体を三年で掻き集めたのは、この近海をこそこそと嗅ぎ回るどこかの国の船のせいかもしれん』
「どうしたら、いい」
『潜れ。アレを海の底におびき寄せよ。さすればわしが、アレを再び封じる』
「潜る……ヤツを俺が」
『海底でまっておる』
「ワダツミ!」

 伊佐の体に巻きついていた髭が解けると、伊佐の体はふわりと砂浜に着地した。気づくと体は少年から大人の体へと戻っていた。


 ◇


「伊佐さん! おね、がいっ。戻ってきて! 伊佐さん!」

 我如古レナは額から汗を流しながら、伊佐に心臓マッサージを施していた。幸い銃弾は貫通していなかった。しかし、短距離で撃ち込まれたのだ。衝撃は相当のものであっただろう。

「伊佐さん、目を覚ましてください。僕は一生あなたの下で働きます! 手足になります。言うことを聞きます! だから、死なないでくださいよぅ」

 歌川の情けない声は平良をも動かす。

「伊佐さん、勝ち逃げは許しませんよ。射撃! 帰ったらやりますからね!」
「伊佐さん、伊佐さん。お願い、戻ってきて!」

 ―― ピーッ、ピッピッピッ

 バイタルを示す波形が動き始めた。レナは伊佐の胸に当てた手を止めて、頬を伊佐の口元まで寄せる。

「自発、呼吸……始めました!」
「伊佐さん!」
「伊佐さん!」

 三人が伊佐に注目した。意識さえ戻れば危険は脱しているはずだ。
 伊佐のまぶたが小さく痙攣した。みな、ゆっくりと目を開けるだろうと見守る。しかし、伊佐はみなの期待に反して悪夢から覚めたかのようにカッと両眼を開いた。

「うおっ……い、伊佐さん。分かりますか? 僕です、歌川です!」
「歌川……」
「はい、歌川です」

 安堵に包まれた歌川は涙声になってしまう。それにつられたか、平良までも涙を拭う素振りを見せた。そんな空気をぶち壊したのは伊佐本人であった。
 怪我人とは思えない勢いで体を起こす。

「伊佐さん、ダメです。まだ横になってください」
「レナさん。無事でしたか、よかった」

 伊佐は心配するレナの頬に触れた。レナが本当に大丈夫なのかを確かめたのだ。そうやって無意識に人をたらしてしまうのも、綿津見の力なのか彼の性分なのか。

「わたしの心配をしてる場合ではないでしょ……もぅ」

 レナは触れられた頬が熱くて俯いた。

 伊佐はレナの制止をやんわりと返してから歌川にこう言った。

「歌川! 潜水服もってこい! すぐにだ、早く!」
「え、え?」
「なんでも言うことを聞くと言っていた」
「聞こえていたんですか! 信じられないな! あなた、バカなんですか!」
「一分で用意しろ!」
「は、はいいっ!」

 伊佐の心に火がついた。
 負けない! 海の中なら、絶対に負けない!と。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...