カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜

ユーリ(佐伯瑠璃)

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オートフォーカス編

お財布よりもカメラが大事

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 熱中症で倒れてしまった彩花は通りかかった自衛官に助けられ、臨時で設置された救護テントに運び込まれていた。

「熱中症のようなのですが」
「倒れたの? 今日は多いね。隊員も数名やられたからね。えっと君、所属は」
「通信科、幸田学こうだまなぶ二等陸尉であります!」
「その子との関係は」
「えっ、関係……とは」

 医官から突然、患者との関係を問われた幸田は混乱したのか固まってしまった。それを見た医官は取り敢えず手伝えと診察に取り掛かる。本来は看護師がいるはずなのに、あいにく似たような患者が多いのか出払っていて誰もいなかった。

「まあいい。君も覚えておくといい。取り敢えず体温を測ってくれ。あ、脇でね」
「はい」

 幸田は目を閉じたままの彩花に失礼しますと声を掛け、シャツのボタンを外して体温計を彼女の脇に差した。

ピピッ、ピピッ

 電子音が鳴り、体温計を抜くと38.5度という高い数値が表示されていた。それを見た医官は冷蔵庫から保冷剤を取り出して、それを彩花の両脇と後頭部にあてた。

「熱中症だね、君の彼女。水分はまめに摂らせないとこうなる。脈は気になるほどじゃないからすぐに目を覚ますだろ。目が覚めたら水を少しづつ飲ませるんだ。いいか、一度に飲ませるなよ。スプーン一杯からだ、わかったな」
「え、え?」
「返事」
「はい!」

 見ればその医官、二等陸佐という階級で幸田がなにか言えるような相手ではなかった。しかし、一つだけ訂正しなければと幸田は口を開く。

「彼女は自分の彼女ではありません」
「なんだと? 意味がわからんな。お前たちはこの機を利用して、彼女を招待してよろしくやっているんじゃないのか。隠さんでもいい。二尉くらいの人間なら堂々と俺の彼女と言ってやれ」
「いえ、ですから」
「まあいい。俺は忙しい、目が覚めるまでここで休ませろ。いま言ったことは忘れるな。スプーン一杯からだぞ」

 本当に忙しいようで、医官は仮のデスクに戻っていった。幸田は救護テントに彩花とぽつんと残されてしまった。「参ったなぁ」そう零して頭を掻くしかなかった。医官が言うように、こういった行事に家族や彼女を呼んで空いた時間を一緒に過ごす者たちは多い。特に若い隊員たちは営内に建てられた官舎で暮らしているため、彼女に会いたくても会えない。休みの日に外出許可をもらってデートをするというひと手間が必要だった。

「なんで彼女だって思われたんだ。分からん」

 小隊を取りまとめる幸田だが、女性に関してはさっぱりだった。噂にさえならないほど真面目のレッテルを貼られている。ため息をひとつついて、幸田は眠っている彩花を見つめた。よく見れば可愛らしい。

「おいっ、俺は何を考えているんだ。つい先日、振られたばかりだろう。気を引き締めろ」

 実は幸田二尉、先日とある基地まで行って振られてきたのだ。同じ自衛官であるその女性の父親が陸上自衛隊のお偉い人で断れなかったのもある。でも、その女性と万が一うまく行くならとも思った。とても美しい人だったし、同じ自衛官なら分かり合える部分もたくさんあると思ったからだ。しかしすでにその人には同じ自衛官の彼氏がいた。それも、航空自衛隊の花形でもあるブルーインパルスのパイロットだった。

「女は暫くお預けだ。国のために日々、精進を……っ」

 そんなふうに自分を律していると、ベッドで眠っているはずの彩花と目があった。医官が言うとおりすぐに目を覚ましたようだ。

「あの」

 少し掠れた声で彩花は目の前に座る自衛官に声をかけた。

「目が覚めましたね。よかった。熱中症だそうですよ。勝手ながら救護室に運ばせてもらいました」
「私、倒れたんですねっ。すみませんでした。もう、大丈夫ですから」

 彩花は他人に迷惑をかけてしまったことの申し訳なさから、まだ気怠い体をむりやり起こした。自分の体を支える腕が小刻みに震えている。

「脱水症状を起こしていますから、十分な水分を確保しないと歩けませんよ。私も訓練中に経験しました。さあ、先ずはこれを一口だけ飲んで」
「すみません」

 彩花は差し出されたペットボトルを両手で受け取り、それを口に含んだ。一口入れるともっと欲しいと勝手に喉が送り込む。

「ケホッケホッ」
「ああ、駄目です。一口飲んだら休憩です」

 自衛官はそう言って彩花から水を取り上げてしまった。

「意地悪をしているわけではありませんよ。その、医官から言われているので」
「いかん?」
「医官とは、医師の資格をもつ自衛官のことです」
「自衛隊のお医者様ですか。なんだか皆さんに迷惑をかけてしまって。ああっ!」

 突然、彩花は声をあげた。その大きな声に幸田は驚き、持っていた水を溢してしまう。

「うわっ。ど、どうかしましたか」
「カメラ! 私のカメラ知りませんか」
「カメラ? ああ、荷物ならそこに置いてあります」
「えっ、あ、本当だ。よかったぁ」

 彩花はベッドから飛び降りて、まとめて置かれた自分の荷物からカメラを持ち上げた。そんな彩花を幸田は驚いた顔で見ている。

「カメラが、大切ですか」
「えっ」
「財布とかスマートフォンとかではなく、カメラが」
「だって、買ったばかりだし。それに今日撮った勇者たちがここに入ってるから」
「勇者?」

 彩花は頷いた。下手なりにも自分の心に響いたものがこの中に詰まっている。例え大きなヘリコプターが鼻先しか写っていなくても、それは彩花にとって大事なもの。

「見ていただけます? 下手ですけど」

 彩花がそう言うとその自衛官は黙って頷いた。彩花は初めて他人に自分が撮った画像を見せる。しかも、被写体になったかもしれない自衛官本人に。彩花は電源を入れてプレビュー画面をその自衛官に向けた。

「ここを押したら次に進みます」
「ありがとう」

 幸田は黙って女性が撮った写真を見た。店の前ではしゃぐ子供や、その子供を優しく見守る隊員。鋭い眼光で警備にあたる隊員や、なぜかアップで撮られた無線のレシーバー。ときどきボヤケた画像もあった。車両ではなく手前の木の枝にピントが合っていたりと、決して上手とは言えないものも混じっていた。その中に幸田はとうとう自分を見つけてしまう。通信班の訓練展示の様子だった。迷彩ヘルメットの上に敵に見つからないようカモフラージュで載せた葉っぱが妙に目立った一枚だ。

「ふっ」

 つい、笑ってしまった。

「あ! 何か変な物、写ってましたか!? やだ、どうしよう。どれですか」

 自衛官の反応に慌てた彩花は身を乗り出して自分も覗き込んだ。ゴチッという鈍い音と共に。

「痛ってぇ」
「痛ったぁ」
「「あっ、大丈夫ですか!」」

 互いを心配して声が揃う。二人は驚いて顔を見合わせた。そして互いのその表情を見て笑う。

「すっ、すみません。ふふっ……」
「あなたは忙しい人だ……くくくっ」

 彩花はその自衛官の笑う姿を見て思った。当たり前だけど、自衛官も声を出して笑うんだねと。そして、笑うと自分と変わらない年に見えるよねと。

「あの、お若いですよね? おいくつですか? あ、私は25歳です」
「自分は老けて見られがちですけど、これでも27歳ですよ」
「老けてないですよ。ほら、職業柄その口調とか、あと制服のせいです」

 彩花がそう言うと、その自衛官は口元を緩めて優しく笑った。その笑顔にちょっとだけ彩花の胸がキュッとなる。

「あの、もう大丈夫なので」
「水分と何か少し胃に入れたほうがいい。無理はせずに、あと帽子を」
「はい。次からは気をつけます」
「あ、忘れるところだった。一応規則なんですが、書けるところまででいいので記入いただけませんか」

 手渡されたのは治療の記録のための問診票だった。彩花はそこに名前と住所、電話番号を全て書いた。

「ふりがなもお願いします」
「あ、はい」

 幸田は女性が書く字を食い入るように見ていた。慣れた手付きでさらさらと書く字は女性らしく、美しい。

一色彩花いっしきさいかさん……。かわいい名前だな)

「ありがとうございます。個人情報はきちんと管理させていただきますので」
「はい。では、これで。いろいろとお世話になりました。えっと、幸田さん?」

 彩花は自衛官の左胸に書かれたM.KODAというローマ字を読んだのだ。

「あ、失礼しました。幸田といいます。一色さん、お気をつけて」

 幸田という自衛官は彩花に向かって敬礼をした。思わず彩花も真似て手を額にあてた。にこりと笑う幸田に彩花はもう一度頭を下げて救護テントをあとにした。

(真面目な人よね、彼)

「あれ? どこかでそんなこと思ったよね? 気のせいかな」

 この半月でありえないくらい自衛隊絡みのイベントに接してしまった。だからデジャヴのように感じたのかもしれない。そんな呑気なことを考えながら彩花はカメラを胸に抱え直し空を見た。




「おい幸田」
「はい」
「おまえは何をやっている。みすみすとチャンスを逃しやがって、それでも通信科の人間か」
「二佐のおっしゃっている意味が分からないのですが」

 幸田と彩花の様子を見ていた医官は大きなため息を零し、幸田に後ろにあった紙切れを無理矢理握らせた。なんですかと幸田はそれを開いて驚愕する。

「二佐! これはマズイでしょう!」
「貴様がうだうだしすぎてイライラしてたら手元が狂った。通信科として適切に処理をしておけ。俺は忙しいんだ、さっさと持ち場に帰れっ」
「えっ、あっ、ちょっと」

 幸田が医官から握らされたのは先ほど彩花が書いた問診票だ。ご丁寧に部屋番号から携帯電話番号まで記されてあるもの。

「待ってくれよ。どうしたらいいんだ」

 途方に暮れる通信科の小隊長がそこにいた。
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