Wing Cross

森野アヤ

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【第三章】 無限の砂漠

第十九話 -作戦決行-

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「おうじさま?」
 セレナとガイルは、腕にもたれているマリンを揃って凝視する。
 エミリーと言う名の少女と語らう、ライサと呼ばれる美青年。彼を見詰める彼女は、心ここに有らずと言った様子で半ば惚けながらも、問い掛けに小さく頷いた。
「ってことは、あれがマリンの言ってた恩人なのか……?」
 ガイルが再び顔を上げ、崖の上の二人を窺おうとしたその時である。
「きゃあっ!?」
 突如地面が大きく揺れだした。
 振動で後ろに倒れかけたセレナを寸での所でガイルが支える。そう、ここは戦場。現状は何も変わっていない。一行には雑談を交わしている余裕も、息をつく暇さえも与えられないのだ。
 二人の腕の中に居るマリンもようやく先の状況を思い出して、我に返り立ち上がる。そして、地上の変化に気付いたエミリーとライサも、素早く臨戦態勢をとった。
 長く不気味な地鳴りが続く。
 それは徐々に激しくなってゆき、いつしか地響きと共に、隆起した地面から“巨大な砂の塊”が現れた。それは、身構える子供達三人を囲うようにして回り始め、段々と勢いを増してゆく。
「ヤツが来るぞ!セレナは俺の後ろに下がってるんだ。マリンは──取り合えず今は耐えてくれ。なるべく相手の気を逸らさないように頼む!」
「ガイル?」
 彼の指示に一瞬首を傾げたマリンだが、勘の良い彼女は直ぐにその訳を理解する。
「あんたやっぱり……わかったわ。しっかりセレナを守ってなさいよ!」
 再び敵へと目を移したマリンは、胸のペンダントを握り緩んでいた気を引き締めなおす。そして、頼れる二人にその場を託したセレナは、深呼吸をした後ゆっくりと瞳を閉じた。
 
「ライサぁ、どうするの?あの怪獣さんなんだかつよそう~」
「そうですねえ……少し、様子を見ましょうか」
 困惑気味のエミリーに問われ、ライサは僅かに言葉を濁らせた。少女の問いに確かな答えが出せない理由としては、彼は幾つかの疑問を抱いていたからだ。
 その一つが、岩壁の下に佇む少年の存在。
 マリンと呼ばれる少女の先の行動から推測するに、彼女らの仲間の内の一人であったが、何者かに操られている可能性が高い。
 これ程の騒ぎの中で一切攻撃を受けておらず、唯一無傷なのも不自然だ。考えられるのは、彼がワームの召喚主であるか──はたまた別の理由が有るのか。
 どちらにせよ、あの褐色肌の少年とワーム達が何かしらの繋がりを持っている事は確かだろう。
 そしてもう一つ。ライサには、彼よりも寧ろこちらの疑問の方が厄介であった。
(なぜ、反撃をしない……)
 地中から這い出た巨大ワームを相手に防戦に徹している子供達を眺めながら、ライサは考えを巡らせていた。加勢が出来ずにいるのも、この答えが見出せずにいたからである。
 銀髪の少年とマリンと呼ばれる少女は、無数の突起を持つ岩にも似た体での攻撃を、自分達の数倍は有するであろう鋏での斬撃を、思い切り引き付けた後ぎりぎりの所でかわすと言った方法を繰り返しており、中々反撃に打って出ようとしない。
 二人の中央に佇むエルフの少女に至っては、瞳を閉じたまま微動だにせず、何らかの術を繰り出そうとしている訳でも無さそうである。
 興奮気味に声援を送るエミリーの隣で、静かに機を窺っていたライサ。しかし一羽の小鳥の登場によって、彼の抱いていた疑問はやがて解決に向かうのであった。
 
「セレナー!遅くなってゴメンなさい!」
「ピィチちゃん!」
 エルフの少女の丁度真上辺りに、彼女の名を叫ぶ若草色の小鳥が飛んできたのだ。
「ゼロムのヤツが渋ってて、ついさっきやっと説得できたの。こっちはアタシ達に任せて!それと、くれぐれも無茶だけはしないよーにネ!」
「有り難うピィチちゃん、大丈夫だよ。何かあったらまた知らせるね!」
 ピィチは子供達へ向けそう言い残すと、再び空へと舞い上がり、岩山の裏側へと姿を消した。
(言葉を交わせる……?)
「わー良いなあ!ライサ、あれほしい~」
 エミリーの興味は、巨大な蠍のお化けから即座に喋る小鳥へと移されたが、ライサは駄々をこねる彼女の声も上の空で、その光景に見入っていた。
「ライサぁ~ねえ聞いてる?」
(以前文献で目にした“森の民”──セレナと呼ばれたエルフの少女がそれだとすれば、森の民同士ならば精神感応での意思の疎通は十分に可能。そして、彼女達のやり取りから察するに、どうやら他にもゼロムと言う仲間が存在するようですね)
「らーいーさー!こらー!ムシするんじゃないのー!」
(一体あの子供達にどの様な策が有ると言うのか……果たしてその通りに上手く事が進むのか。これ程までに他人に興味をそそられたのは久方振りかもしれません。此方は……そうですね、万が一あの子らの策が失敗した時の想定でもしておきましょう。となるとまずは──)
「……も~~……ライサのばかーっ!!」
 脇目も振らず自身の目論に耽るライサ。そんな彼に業を煮やしたエミリーの怒声が、岩場一帯に響き渡ったのは言うまでも無い。
 
 
「は~。何でアッシがこんな危険な真似しなきゃいかんのですかねえ」
 ピィチが姿を消してから程無くして、一人の小太りの男が岩陰から怖ず怖ずと姿を現した。
 小太りの男──ゼロムは、散乱する謎の生物の部位や緑色の液体に怯えながらも、口煩い小鳥の娘に任された“仕事”を実行する為に戦地へと赴いたのだ。
 無論、この男があっさりと彼女らの計画に協力する訳もなく、ピィチから「置いてけぼりにするわよ」と脅され、半ば仕方なしに助勢に踏み切ったのである。
 岩壁の下には虚ろな表情のセティが佇んでいるが、触らぬ神に何とやら。ゼロムは彼の少し離れた所をそそくさと通り抜けると、巨大な窪みの近くに倒れているパオ民族の男の元までやって来た。
「ったく、世話のやける……」
 ぶつぶつとぼやきながら、負傷した男を背中に担ぐゼロム。
 ワームの襲撃を受け動けなくなっているパオの男達を、岩山の後ろ側に置いてあるラクダ車へと移動させるのが彼の役目であり、そこで待機しているピィチが傷の手当を行うといった、流れ作業となっているのだ。
 少し先の方を見やると、子供達と、おぞましい姿をした巨大生物が、激しい攻防を繰り広げている。
 自身よりも背の高い男を運ぶのは、小柄なゼロムには容易な仕事ではなかったが、彼は兎に角、さっさとこの修羅場からとんずらしたかった。
 ずっしりと伝わる重みと暑さに汗だくになりながら、一心不乱に岩山の方へと歩みを進めるゼロム。元々少ない体力を存分に振り絞り、ようやく岩壁がはっきりと見えてきた──その時。
「ひ、ひいぃ!」
 突如、ゼロムの前方の地面が急激に窪み始めた。
 それは一箇所だけではない。左右、更には背後。逃げ場を失った彼は、瞬く間に四方を砂の渦に取り囲まれてしまったのである。
「ゼロム!?」
 キングワームに気を取られていた子供達は、重要な事をすっかり忘れていたのだ。
 ワームは──今、相手にしている一体だけではない。
「うわああぁ!!お、お助けえぇ」
「ちっ、どうにかしないとアイツまで……セレナ!」
 巨大な鋏を剣で受け止めながら、ガイルが背中合わせのセレナに目で合図を送る。
「うん……やってみる!」
 セレナは彼の合図を受け止め頷くと、今度は強く瞳を閉じた。
 四方の砂の渦から、薄茶色をしたミミズ型のワームが、奇声を上げながら這い出てきた。恐怖から腰を抜かし、今にも卒倒してしまいそうなゼロムへと狙いを定めたやつらは、容赦なく獲物のもとへと突き進んでゆく。
 そして、上体を起こし一斉に牙をむいた、次の瞬間──
 
 またもや地面が大きく揺れる。
 場にいる誰もが息を飲み見詰める中で、ゼロムの目の前の砂が大きく盛り上がり、その中から“巨大な岩塊”が姿を現したのだ。
「岩……?」
 眉を顰めながらライサが呟く。
 体勢を崩し、ぐにゃりと揺らめくワーム達。しかしすぐさま立て直すと、同じ動作を繰り返す機械の如く、再度ゼロムの方へと奇声を上げながら猛進してきた。
「もうダメだああぁ」
 今度こそ覚悟を決めたゼロムが、思い切り身を屈めた──それとほぼ同時である。
 岩塊が突如鋭い音を響かせながら変形し始めたのだ。何の変哲も無い岩の塊だったそれは、見る見るうちに頭部と四肢をもった“人の様な形”になってゆき、その頑丈な体と腕でもって、迫り来るワームの強襲を寸での所で押し止めたのだ。
「セレナでかした!ゼロム、今のうちに救助を済ませるんだ!」
 温かな暖色のオーラを纏い、瞳を瞑り続けるセレナを守りながら、ガイルが声を張り上げる。
 セレナの召喚した岩人形がワーム達を押さえ付けている間に、パオの男を担いだゼロムは一目散にその場から逃げ出し、岩山の後ろ側へと退避した。
「ロックゴーレム……彼女が──あのセレナと言う少女が呼び出したと……」
「うわ~かっこいいー!ゼロムちゃん助かってよかったね~」
 暢気なエミリーと対照的なライサ。彼は冷気を帯びた杖を静かに下ろし、再び観戦に徹する事にした。
 
 
 やっとの思いで一人目を助け終えたゼロム。彼は男を適当に放り、地面に仰向けになって大きく息を吐いた。
 ゆっくりと雲が流れてゆく。岩山のこちら側は、先の喧騒など嘘だったかのように静かである。
 空を仰ぎながら彼は思った。こんなにも危険な思いをさせられるなら、置いてけぼりにされた方がまだマシだ。とっととあの小僧達と縁を切って、自力でこの砂漠を脱出する方法を探すのが良いだろう。
 もう、あんな化け物達の巣窟に向かうなんてまっぴら御免だ──と。
 少しの間を置いて、ゼロムはすっと立ち上がる。そして、ピィチの待つラクダ車とは反対方向へと踵を返したその時だった。
「──あんた……」
 ふいに、背後から呼び止められ振り返る。
 先程助けた男がボロボロの体を引きずりながら、自身のもとへと歩み寄ってきたのだ。そして、彼の目の前で小石に躓くと、思い切りその場に倒れこんだ。
「お、おい、大丈夫、か?」
 あたふたと狼狽するゼロムに、男はうつ伏せのまま静かに告げた。
「あんたは命の恩人だ……この恩は一生忘れないぜ……有り難うよ兄弟──」
「へ?」
 見捨てようと思っていた男から礼を言われ、ゼロムは目を丸くした。
 礼を言われるのは当然のことである。あれだけ苦労したのだから。しかし、ゼロムはその場を立ち去る事ができなかった。
 物心付いた頃には、闇商売に手を染めていた。礼を言われるのは慣れている。
 けれど──
 
 今までこんなにも、心に響く感謝の気持ちを述べられた事があっただろうか?
 
 男は安らかな表情を浮かべ、そのまま眠りに付いた。そんな二人のやり取りすらもお構い無しに、照り付ける日差しは容赦なく降り注ぐ。
「……ったく。やりゃいいんでしょ、やりゃあ」
 ゼロムは独り言のようにそう呟くと、男の体を再び担ぎ上げ、ラクダ車へと歩みを進めた。 
 
 
「あら?パオの男達が減ってるわ。あいつってばやってくれるじゃないの!」
 キングワームの鋏を何とかかわした後、辺りの変化に気付いたマリンから笑みがこぼれた。
彼女の言う通り、つい先程まで五、六人の男達が窪みの周辺に散り散りに倒れていたが、とうとうあと一人にまで減っていたのである。ゴーレムに守られながらではあるが、何よりも小太りの行商人ゼロムの意地が、子供達の作戦を成功へと導こうとしていたのだ。
 ゼロムは最後の一人を担ぎ上げると、ピィチの待つラクダ車へと急いだ。
 しかし、ゴーレムとワーム達のすぐ真横を通り過ぎようとした瞬間、一体のワームがゴーレムの防御壁をぬるりとかわし、ゼロムへと向かってきたのである。
「ひいッ!!」
『フローズ・ウォール!』
 崖の上から響く呪文と共に、しゃがみ込んだゼロムとワームとの間に、分厚い氷の壁が築かれた。突如現れた氷壁に勢い良く突っ込んだワームは、悲鳴を上げそのまま崩れ落ちる。
 術の主は、先程マリンを同じく氷の魔法で救ったローブの男──ライサである。
 今度はライサの魔法によって、間一髪危機を脱出したゼロム。岩山の後ろ側へと走り去る姿を見届けると、ライサは小さく息を吐いた。
 ところが、それを見ていたガイルが地上から声を張り上げた。
「おい、そこのあんた!マリンとゼロムを助けてくれたのは感謝するぜ。でも、ワーム達を痛めつけるような事はしないでほしい。俺達まで無闇にやつらを傷付けたら、セティに顔向けできなくなる。ワームは仲間の仲間だから……これ以上犠牲を増やしたくないんだ」
「は……?──ああ、なるほど」
 ライサはそこで彼の意思を知り、ようやく“子供達の作戦”とやらを理解した。
「ライサ~どう言うこと?エミリーたちは戦ったらいけないの?」
 隣で二人のやり取りを聞いていたエミリーが、不満げな表情を浮かべ問う。
「どうやら……我々が敵だと思っていた怪獣達は、悪者では無いようですね」
 ライサの応えに、未だ疑問符を浮かべるエミリー。
「要するに、目的は“怪獣退治”ではない。そして、今我々が出来るのは彼らを見守る事だけです」
「ぶー!なにそれ~?つまんないの~」
「良いのですよ姫。あなたは争いに来たのではなく“散歩”に来たのですから」
 唇を尖らせるエミリーの頭を一撫でした後、ライサは再び地上へと目を向けた。
(しかし……この状況であなたの希望を貫き通すのはあまりにも至難ですよ。フリースウェアーのガイル王子。果たしてどう言った手を打ってくるか──ここからが本番のようですね)
 
 ピィチとゼロムの協力によって救助されたパオ民族の男達。複数のワーム達を相手に、足止めに徹する召喚獣ロックゴーレム。
 巨大な鋏と刃の如き強靭な顎でもって、子供達へ猛攻を繰り出すエンシェントキングワーム。
 そして、未だ岸壁の前で微動だにしないセティ……
 
 崖上に佇む二人が息を呑み見詰めるその中、現状が如何にして変化してゆくのか。
 それは天高くから熱い視線を送る、猛き太陽の神ソウルだけが知っているのかも知れない──
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