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身勝手な間借り人 第三話
しおりを挟む「間借り? 朝借り? なんだ、それは! ここは俺が大家から借りている部屋で、俺はおまえに住居を貸した覚えなど、まったくないぞ!」
「そうなんです、問題はそこでして。私の組織の上役を含めて、この件に絡んでいる人間の中で、このこと、つまり、あなたの家に私が勝手に入り込んで、こうして生活していることですね、このことについて何も知らなかったのは、実はあなた一人だけなのです。つまり、あなた以外の関係者は、みんなこのことについて納得してこの契約関係を活用しているのです。それで今までは万事上手くいっていたのです。もっと言えば、みんなが幸せあったのです」
「何がこの契約関係だ! 何が関係者だ! 早い話が泥棒組合じゃないか!」
「ですから、泥棒とは少し違うのです。いいでしょう。朝借りについて、これから説明しますね。あなたはいつも午前7時に家を出られて徒歩で駅に向かわれますね。それを確認してから午前8時に私が自分の仕事、まあ、郊外にある小さな印刷会社の夜勤なのですが、それを終えて、この家に戻って来るわけです。あなたの世界の言葉で言えば、泥棒として侵入しに来るわけです。私は合い鍵を使ってこの部屋に侵入しますと、午前9時頃から、まずお宅のお風呂をお借りしています」
「そうか……、最近、風呂場のタオルの乾きがやけに遅いと思っていたら、おまえが使っているせいだったのか……」
「そうです。そして、私はなにしろ夜勤明けですから、朝方はひどく眠いのです。この部屋の布団を敷かせて頂き、睡眠を取らせて頂いております。そのまま熟睡しまして、午後3時頃すっきりと目が覚めますと、あなたが録画していらっしゃるビデオを拝見させて頂いております。あなたは木曜の8時から放送されている音楽バラエティーを毎週録画してますね。私もあの番組が好きなんです。司会の女性アナウンサーが可愛いですよね。それを見終わりましたら、仕事の前の食事の準備です。まあ、今食べているこれですが……」
男は目の前のハムエッグを指差してそう言った。
「おのれ! この数ヶ月間、そうやって俺が仕事に出かけている間にこの家を乗っ取っていたのか。いったい、どのくらい、その行為を続けていたんだ?」
「私がこの部屋を間借りしてから、もうすでに、丸二年ほどになります。どうです? あなたはまったく気がつかなかったのではないですか? というとこはですね、あなたも今のこの状態、朝は私がこの部屋を使って、夕方以降あなたが帰って来てくつろぐという、この状態ですね、これに満足して頂いていたのではないですか?」
「なんて理不尽な言い方だ! 部屋を勝手に使われて満足なんてするもんか! こんなことが毎日行われていたかと思うと、ぞっとするわ!」
「ええ、ですが、実際はまったくお気づきにならなかった……。私が朝からここで生活をして、夕方になるまで楽しみ、すっかり満足して、仕事にでかけると同時に、あなたが仕事から家に戻ってくる……。直前まで他の誰かがここにいたなんて露ほども疑わずにね……。本当に我々は素晴らしい関係だったんですよ。まあ、お互いに顔を見せ合うことはできませんけどね。あなたが今日早退さえして来なければ……。ところで、今日はどうなされたんですか? 昨日までは早退届けは出てませんでしたよね? 体調でも崩されましたか?」
「うるさい! なんで自己都合をおまえに説明する必要があるんだ。今すぐ出て行け! さもなければ警察を呼ぶぞ!」
この時の私の心情は、怒りというよりも恥ずかしさで満たされていた。それは、赤の他人に、二年間もの間、勝手に部屋を使われ、私生活をのぞき見されていたことの屈辱感でもあった。男はそんな私の態度を嘲るように薄い笑みを浮かべたまま話を続けた。
「まあ、お気持ちはよくわかりますよ。見知らぬ他人に自分の生活を知られるというのは誰しも嫌なものです。私が仮にあなたの立場だったとしても、今のあなたのような屈辱感を味わっていたと思いますね。自分が読んでいる本や見ているテレビ番組っていうのは、社会人として大事なプライバシーですものね。私の業界では今日のこの現象、二人がうっかり鉢合わせてしまう事態のことですね、この現象を『関係の崩壊』などという言葉で呼んでいますけどね。いや、あなたは今相当に落ち込んでいらっしゃいますが、私たちのように、突然関係が壊れてしまった他の人に話を聞いてみても、今のあなたのような、まるで恋人にふられた若者のような態度を取られることが多いらしいです。恥ずかしさとそれに勝る屈辱ですよね? よくわかります。皆さん、関係が壊れてしまいますと、顔を真っ赤になされて、同じような態度を取られるらしいです。今、簡単に『関係が壊れた』などと、陰欝な表現をしてしまいましたが、実際こうなってしまうとですね、修復はかなり難しいようですね。実際、我々の業界で鉢合わせが起きてしまいますと、95%以上の間借り人が、それまでの関係を壊されてしまっていますね。私も今日この日が来るまでは、実際に自分の身の上に今日のようなことが起きてしまうとは思ってもいませんでした。あなたを恨んでいるわけではないですが、いや、それどころか、今まで部屋を貸して頂いていたわけですから、本当は感謝しなければいけないわけですが……、それでも、あなたが不当に早く帰って来られて、突然関係が終わってしまうということになりますと、私としては明日から別の住居を探さねばならないわけですから、私としても……。ほら、もうそんな落ち込んだ顔はやめてください。これで、お互いに被害者なのだと言った理由がお分かりになったでしょう?」
「ちくしょう……、なんでこんな理不尽なことが起きてしまうんだ……。二年間も自分の家を他人に自由に使われていたなんて……。凡庸でもいいから、平和な毎日を生きていたかっただけなのに、こんな情けないことはないよ……」
私は半泣きの顔でそう呻いたが、間借り人の男はそんな私を慰めるように肩をポンポンと叩いた。
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