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バレてはいけないこと 第二話
しおりを挟むやはり、もう一度、原田と直接話してみたくなった。自分には全然関係のない話題だということは良く分かっているけど、このまま、大人しく引き下がれなくなってしまったのだ。まんじりともせず、夜も更けた頃、彼に電話をしてみることにした。僕が音楽室で尾鳥さんの書いた手紙を拾ったことを告げると、原田はその事実に大変驚き、しばらくの間、絶句してから、こう言った。
「おまえ、あの手紙を読んだのか? 他人から他人に宛てられた手紙だぞ。そんなことしていいと思ってるのか?」
「読んでないよ。読んでないけど、お前たちが付き合ってることなんて、俺は全然聴かされていなかったんだぞ。なんか、ひと言ないのかよ」
「わかったよ、その件に関してはこちらも悪かった。近いうちに連絡をとって少し話し合おうじゃないか」
原田はそう言って電話を切った。それほど、浮かれているようにも、すでに、深刻なことが起きているようにも思えなかった。
翌日の放課後、原田から連絡があった。ふたりの家の近所にある喫茶店に来てくれということだった。彼は「尾鳥さんも連れて行っていいか?」と尋ねてきた。僕は少し迷ったが、とりあえずOKを出して、そこまで赴くことにした。特に特徴もない場末の喫茶店の一番隅にあるテーブルで三人で向き合っていたが、始めはどうでもいい自己紹介ばかりで、会話はなかなか成立しなかった。たっぷり三十分も経過した頃、原田が突然こんなことを語り始めた。
「尾鳥さんは俳優の養成学校に通っているんだ」
原田の声は力強くそう告げてきた。その瞬間、場は完璧とほぼ同じ程度の冷え込みと静寂に包まれた。あの感覚だけはいつまでも忘れないだろう。
「俳優というと……、舞台とか演劇の俳優さんのことか?」
「違います。女優です。テレビドラマ女優になるんです」
彼女は何故だか、その女優という単語の部分に必要以上の力を込めてそういった。
「テレビドラマのキャストとなると、その候補(ライバル)は無数にいるわけだ。第一次のオーディションを通るのさえも、大変なんじゃないですか?」
「いえ、あの……、私、実は……」
「おい、まだ、あのことは話さない方がいいんじゃないか?」
尾鳥さんが言いづらそうに何かを告げようとしていたのだが、原田がそれを押しとどめる形になった。何だろう? もしかすると、尾鳥さんはすでにある人気ドラマの最終オーディションくらいにまで進んでいるのだろうか? 僕の気持ちは、これまでにないほど高鳴った。これまでテレビ番組に出演するような有名人と対話をする機会などなかったのだから。しかも、それがよりにもよって、親友の彼女なのだ……。
「尾鳥さん、誰にも言わないから、教えてください。もしかして、テレビドラマへの出演が決まったのですか?」
「はい……」
僕はその返事を聴いて、氷像のように固まってしまった。特に発するべき言葉はないように思われた。それとも、この段階で「おめでとうございます。よかったですね」と言えるような殊勝な心構えを持てる男子高校生が存在するのだろうか?
「それで、俺にさ、いったい、どうして欲しいんだよ。だいたい、おまえはどうするんだよ。彼女が女優になるってことはこれまでみたいな付き合いはできなくなるってことなんだぞ」
なんで今日ここに呼び出されたかが分からず、原田に向けてそう尋ねてみた。今の質問が僕にとってもっとも重要な問いかけのように思えた。
「いや、俺たちのことはもういいんだ……」
「別れるのか?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、お前たちはもうそれほど深い付き合いではないってことでいいんだな。それで、最大の疑問なんだが、俺は今日、なんでおまえらふたりに呼び出されたんだ? 『ただの男女の軽い付き合いです。貴方に伝えておく必要など、何もありません』では、ダメなのか? これ以上、何を言いたいんだい?」
「それは彼女の口から聴いた方がいいと思う」
「尾鳥さんから?」
僕はずっと下を向いて居心地悪そうにしていた彼女の方に視線を移した。
「実は、私はハリウッド女優になるのが夢なんです」
「それで?」
「それまでは一般の方々にあまり騒がれたくないんです」
「どれだけ俳優として成功しても、静かな学園生活を維持したいということ?」
「その通りです。マスコミやオタクに追いかけられるような生活はまっぴらごめんです。週刊誌に私生活が載せられてしまうのもまっぴらです。でも、もし、ハリウッドスターになれれば、そのくらいのマイナス要因には我慢できるかもしれません」
「友達やクラスメイトにも内緒なの?」
「女優になる資格があることがばれたら、どのくらい嫉妬されるか分かりません。普段、仲が良く見える関係ほど、実際には怖いものです」
「君が世間で人気者になったとしても、それを逆恨みして、悪口や意地悪をする生徒なんていないと思うよ。その辺りは、もう少し、みんなを信用した方がいいと思う」
「Tさんは、自分のクラスに大女優がいたという体験が無いから、そんな気楽なことが言えるんです。実際に世間の衆目を集める人間と隣り合うとき、人の性根は変わってしまうものです」
「万が一にも、私がこの学校に所属していることをマスコミに知られたくはないんです」
「そこまでの心配はいらないと思うけど……」
「では、Tさんは普通の女の子がどこへ行くにも、マスコミ関係者の追跡を受けなければいけない事態について、それを怖いことだとは思わないんですか?」
「ごめん、そうだね。君が本当に女優さんの卵だとしたら、そのぐらいの危惧は持っておいてもいいと思う。あと、相談する相手もできるだけ絞ったほうがいいね」
僕は先日、クラスメイトの女子二人から尾鳥さんについての告白を受けていたことを思い出した。あの程度の口軽女たちがすでに知っているようでは、彼女のプライバシーは相当危ないともいえた。ただ、これは後で分かったことだが、あの二名の頭の軽そうな女子生徒には、尾鳥さんが自分で俳優業のことを伝えたらしい。何を言っているのか、よく分からないだろうが、事実はそうなのである。
「女優であるという宿命を背負って校内で一般の学生と過ごすことは、私だけに与えられた特権なんです」
このセリフを聞くにあたり、僕は彼女が自分が俳優であることを謙虚に隠しておきたいのか、それとも、全生徒に自慢して歩きたいのか、分からなくなってしまった。聞くだけのことは聞いたので、その日はふたりと別れて自宅に戻ることにした。あれ以上の話を聞いていても、僕にとって、プラスになりそうなことは何ひとつ無さそうだったからだ。
「おい、頼むぞ、彼女の秘密を守ってやってくれ。俺の友人の中で、お前が一番口が固いと思ったからこそ、今日そのことを話したんだ。頼むから、頼むから、ふたりの秘密を守ってやってくれ!」
僕が椅子から立ち上がると、原田が背中からそう呼びかけてきた。こんな話を僕がいったい誰にするというのだろう。とにかく、彼女の夢が叶うまで、誰にも話さないことを誓って、その陰気臭い喫茶店を後にした。
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