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第四章 女神降臨編

だれか、お願い嘘だと言って!?まさかの御伽噺から任侠映画へのシフトチェンジなの?

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 女神「かぐや姫」は黒い魔力と混じり合って、その身を生成なまなりへと変じつつ、さらに帝によって地上から送られる黒い魔力を引き受け続けている。

 それは、ほとんど確信に近い推測だった。

「女神のような尊き御方が、邪悪な黒い魔力に染まるなど有る訳がない!それは閣下の推測でしかないのでしょう!?」

 宰相の、信じたくない思いの詰まった硬い声が悲痛に響く。
 どんなに信じられなくても、現実は望む通りの答えを用意してくれているとは限らない。フージュ王国の人々を護るために、初代の王と妃が犠牲になっている。方法は分からないけど、それはきっと事実だろう。

『 あれは 今も 昔も 数多の者の 心を 惹きつけて 止まない  誠に 美しき 女人だ ―――神楽耶は…… 』

 聞いた事の無い男性の声が、ふいに頭の中に伝わって来る。

「知っていますよ。――父上」

 オルフェンズがポツリと呟く。どうやら帝の声だったらしい。さっきの苦し気な声は、多くの人を惹きつけるかぐや姫を妬んでいるようにも聞こえるし、愛おしんでいるようにも聞こえる。それがきっと「恨まれて」いるとされる神話に結び付くんだろう。沢山の人を惹きつけてしまうかぐや姫への嫉妬なのか、相愛の2人が地上と月とに離れ離れになる方法を取らなければならなかった悔恨か、その運命への憎悪か、志半ばに命を諦めなければならなかった後悔か――どの感情から来るものかは分からないけど。

 空に浮かぶ小さな月は、今や余分な殻を脱ぎ去ったかのように、煌々とした光を放ち始めている。

 一方、地表に向けてゆっくりと堕ち続ける青白く朧な光は中空で留まり、意思を持ったかのように集まって、何かを形作ろうと絶えず蠢き続けている。

 光はそのまま寄り集まって、大きな花の蕾の様に幾重もの薄い膜が重なり合う、ふっくらとした球体に変化した。けれど丸く固まったと見えたのは僅かの間で、実際に八重咲きの蕾が花開いて行くのと同じ様に、外側から順に魔力の膜が1枚、2枚……とゆったりと外へ緩やかに旋回しながら広がって行く。

 わたしたちが固唾をのんで見守る中、中空の魔力はついに大輪の牡丹を思わせる花を象り、その中央からひと際強い青白い光の塊を吐き出す。

 光の塊は、今度はさっきまでの逆再生とばかりに、花弁となって広がっている魔力を、再び吸い込み始めて、ぐんぐんと大きな魔力の塊へと育って行く。

「あぁ……ついに降臨されてしまった」

 ゼウスエクス王の弱々し気な呟きだけがその場にもたらされて、このバルコニーに立つ、防御の力を奮い続ける帝以外の全ての男性陣は緊張と興奮と、そして少しばかりの―――戦慄を覚えながら同じ方向を見遣る。

「あれが女神『かぐや姫』……?」

 アポロニウス王子が堪らず声を漏らす。

 ――そう、今わたし達の目の前で巻き起こっている一大スペクタクルショーは、月に昇った「かぐや姫」の再臨で間違いはない。そのはずだ。

「けどあれって……」
「どうしたの?セレ」

 黙っていようかと思っていたのに、やっぱりわたしの唇は思った言葉をついつい不用意に漏らしてしまう仕様だったみたいだ。すぐに側のハディスに小さな呟きを拾われてしまった。

「気にしないでくださ……えぇ――――っ……」

 まだはっきり見ないうちに、想像してしまったとんでもない完成形の予測を打ち消したくて、誤魔化そうとしたのに、現実はやっぱり望む通りの答えを用意はしてくれないみたいだ。

 ついに、夜空を背景に青白く輝く魔力は泰然とした1頭の獣の姿をとった。

 3階建てのバンブリア邸6個分よりもまだ大きく育った獣は、徐々にその存在を現実味を帯びたものへと創り上げて行く。体表は、魔力の色そのものの青白いビロードの様な艶やかな獣毛が生え揃い、重力を無視して空中にうねる鬣は高温の炎の青色、耳まで裂けた大きな口には鋭い犬歯が覗いている。筋骨隆々とした四肢はどっしりとして鋭い爪で大気を掴み、長い尾は鬣と同じく揺らめく焔の様に波打ちながら棚引いている。

 ――だれか、お願い嘘だと言って!?だってっ……さっきのってどう見ても牡丹からの唐獅子だよね!??

 ただ唯一違うところがある。それだけが救いだ。
 巨大な青い獅子の背には、大鷲のような力強い純白の翼が2対生えている。

 ――良かった!わたしの精神衛生上、とっても良かった!!ファンタジーな世界で、お伽噺のお姫様が現れたはずなのに、牡丹唐獅子の出現で、一気に任侠映画みたいになっちゃうところだったものぉぉぉ―――!!!

 けど、そんな感想を抱くのはわたしだけだったみたいだ。

「有翼の獅子が!!」

 国王をはじめとした王子やポリンドが、そんな感想で色めきだっていたんだけど。そう言われてみればそうか……と、やっと気付けたわたしなのだった。
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