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第四章 女神降臨編

自分が構って欲しがりの執着気質で、独占欲が強いくせに素直じゃないとんでもない人間だったことに今更気付いた。

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 そのまま開催された緊急報告会では、黒い魔力と強力な魔物の気配の消滅が、王弟ら継承者に感覚としてもたらされた事が告げられた。併せて、カヒナシの大樹海やその周辺を青龍に乗って実際に巡り、部分的ではあるけれど、それが事実であることを確認した事も報告された。

 ――出席していた殆どの人達がにわかには信じられないようだったけれど、実際に国の隅々まで見て来ている訳じゃないから、これから正式に時間を掛けて色んな人に確かめてもらえば良い。
 それに、帝と話していた通り完全消滅ではないから、いきなり何の対策もしなくなるのは無防備過ぎるものね。月の忌子が居なくなったってだけで、もともと自然発生していた魔物や魔獣は変わらず居るんだから。

 報告会を終えて謁見の間を辞す段になって、わたしはハッとする。

 ――王国内各地の確認をするって言ってたけど、そしたらまたハディスは何処かへ行っちゃうのかも……。卒業まで半年足らずになっちゃったのに、青龍以外の普通の方法で王国を調査に回れば数ヵ月はかかるわ。そしたらすぐに護衛契約が終了する学園の卒業式になっちゃうわね。

 素性を隠しきれていない高位貴族ハディスのいきなりの護衛着任&同居宣言で始まった関係は、特に進展することもなく継承者の魔力絡みの騒動や、月の忌子襲撃への対応に巻き込まれ、とにかく盛り沢山過ぎる半年あまりの日々を言い訳に、悩んだり、後回しにして来た。そのツケが回って、今になって忸怩たる思いをすることになったのは、完全に自分の身から出た錆。自分のせい。それを自覚して尚、どう動いたらいいのか未だ答えを得られないでいる。

 不甲斐ない自分に苛立つ気持ちが沸き起こって、気付けば下唇をきゅっと噛み締めていた。

 ――護衛として『何をするのか報告する』ことを約束させたり、その約束が守られないことにひどく苛々したりした理由がなんだか分かっちゃったわ。護衛ってことだけが、本当なら遠い人のはずのハディスとの唯一の繋がりだって解ってるから、執着しちゃったのよね。

 意外にも、自分が構って欲しがりの執着気質で、独占欲が強いくせに素直じゃないとんでもない人間だったことに今更気付いた。だからと言って、急にさばさばとした前向きな人間になれる訳もないから、退出のために謁見の間の扉を潜る足がひどく重い。

『ハディは、この後どこに帰るの?』

『ちょっと一緒に話したいんだけど』

 ちょっとでも離れていた時間を埋めたくて、構って欲しくて掛けたい言葉は幾つも浮かぶけど、実際に音にはならずにぐっとその言葉を飲み込む。
 隣を行くハディスが、報告会に出ていた何人もの名だたる高位貴族に恭しく声を掛けられていることに、わたしたちの距離の遠さを思い知らされる。

『さみしいな』

 伝えたいわけじゃないけど、そう思った。

『近くに居るのに……――遠い』

 思いながら、ほとんど無意識に手が動いた。
 寂しかったから、ただ繋ぎ止めようとしたんだと思う。

 我ながら呆れた行動だったけど、気付いた時わたしは既に
 ―――――ハディスのマントのヘリを掴んでいた。

「セレ?」
「へ……あ!ひゃっ!?」

 ――いや!子供じゃないし!?なにやってんの、わたし!

 思った以上に重かったわたしの足取りのせいで、いつの間にかハディスとは2歩以上の距離が開いている。
 しかも、ただ離れているんじゃなくて2人の間には船を見送る紙テープの帯の如く、ぺらりと広がったマントが伸びている……わたしの手元に。
 背後に引っ張られ、大きく翻る純白のマントは、意外に周囲の目を引いて「おやおや」「これはこれは」なんておじ様方の声があちこちから聞こえて来る。居た堪れなくて慌てて手を離した。

「なっ……何でもないんですよ!ただ手が引っ掛かっただけだから、気にしないで!?」

 言い訳するけど、ハディスは困ったように眉根を下げてから、わたしの前までやって来て視線を合わせるようにほんの少し膝を曲げる。

 そしておもむろに、大きな右手をわたしの頭に伸ばして、優しい手つきでゆっくりと髪を整えるように撫ではじめた。

 スリスリと髪の感触を愉しむように、何度も掌の温かさを伝えながら動く手に気恥ずかしさを感じたのは最初だけで……。何も言ってないのに、安心させるようにわたしを労る柔らかな視線に間近から捕らえられる。ふと気付けば、安堵の溜息を吐く様に言葉を発していた。

「――戻って来てくれる?」

 何から、いつ、どこへ、どのくらいの期間を指しているのか。そんな事を詳しく限定する覚悟は持てなかったから、自信の無さを表すように、唇から零れた声は微かに震えてどこか弱々しげだ。けど、勇気を振り絞って視線だけは逸らさずに、じっと柘榴石の様な深く温かい瞳をじっと見詰める。

 それが今のわたしの精いっぱいだった。
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