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第四章 女神降臨編
じわじわと広がり始めた焦げ目。 ※セレネ視点~ヘリオス視点~ハディス視点
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ムルキャンが潜ったと思しき小さな穴に向かって叫ぶけど、何度声を張り上げても反応が返って来ることはなかった。
「継承者様、トレントはどうしたのでしょうか……」
おずおずと声を掛けて来た兵士は不安を隠しきれない様子で、眉尻を下げて縋るような視線を向けて来る。
「探さないで欲しいそうよ。けど、あの見栄っ張りで、公爵大好きなムルキャンが、ミーノマロ公爵の顔に泥を塗るような事だけはしないとは思うわ。だから今はまず、ここに居るわたしたちで出来ることを考えましょう?」
とにかく前向きに、出来ることをやらないと……と、元気付けるつもりで令嬢らしく柔らかな微笑みを作って見せれば、兵士は途端に不安な気持ちが吹き飛んだのか、急に顔の血色を良くして、元気良すぎるくらいに大きく頷きながら「はい!」と返事を返してくれる。
「さすが継承者様です!お言葉ひとつで力が漲るようです!」
「え!?わたしそんなっ」
「桜の君の眩き威光に引き寄せられる一叢に、逐一目くじらを立てるつもりはありませんが、あまりの煩わしさに、いつ私の手元が狂うのか想像するのも一興でしょうか」
兵士の勘違いを正そうとしたわたしの言葉に被せて、オルフェンズがどこか威圧的な薄い笑顔を兵士に向けてる……目が笑ってないわ。それに、もしかしなくても脅してるわよね?
そうこうしているうちに、遥か頭上の中天に差し掛かった太陽を背にするようにして、ついに月の忌子が町へ到達してしまった。
――― ヘリオスside ―――
今朝は、まだ日も登らない早くに目が覚めた。
昨夜は――と言うより日を跨いで魔道具の研究を続けていた僕にとって、日の出前のその時間は、本当なら目の覚めるような時間じゃなかったはずだ。けれど今にして思えば、あの時にお姉さまが屋敷をこっそりと出て行き、その気配に無意識に反応してのことだったのだろう。僕がベッドに潜り込んで幾何の時間も経っていなかったから、眠気に負けて「気のせいだろう」と片付けてしまっていたのは迂闊だった。
月の忌子や魔物の活性化を理由に、学園は相変わらず休講が続いている。それを良い事に、僕は朝食も摂らずに私室に繋がった試作室に籠って過ごし、日が高く昇るまで家族の前にも姿を現さないことがここ最近の常になっていた。着替えや身の回りのことは侍女や従僕の手を借りずに、一通りを自分でやるのがバンブリア家流だから、昼近くまで使用人の誰にも声を掛けず、誰にも会わない事もよくあった。
「メリー!お姉さまのお部屋に採集道具が置いてあるか確認して欲しい。あと、どこかの地方の地図を広げた形跡がないかと……、着替えが持ち出されているかも見て!」
小腹が空いて自室から出たところで、僕はようやく姉の気配がこの屋敷のどこにも無いことに気付いた。物の機構を考え始めると、他の物が全く気にならなくなってしまう自分の性質が、悪い方に働いてしまったみたいだ。
お姉さまがふらりと居なくなる時は、決まって新商品のアイディアを試作するための根回しや、材料収集のための行動であるのが殆どだ。ごく稀にトレーニングなんて事もある。それ以外、こっそり親の目を盗んで誰かと……なんてものは悲しいほど無い。まぁ、僕としては願ったりだけど。
仕事が正確で速いメリーはすぐに、僕の要望に応えてくれた。
「ヘリオス坊ちゃまの贈られた運動着が無くなっておりました!ドレスはどれもお持ちになられていない様です。何てことでしょう!日の高いうちからあのような格好で、どこを走り回られているのでしょう……!?」
「メリー?僕の作ったジュシ素材ウエアに随分な評価だね。」
仕事は早いけど、もう少し僕の繊細な気持ちへの配慮を加えて欲しいものだ。
けど、これではっきりした。お姉さまはドレスを着る必要のない、個人的な用で遠出をしている。それも運動着での本気の遠出だ。お姉さまがその気になれば、馬なんか目じゃない速度が出てしまう。つまり、今から追い掛けても絶対に追い付けないと云う事が分かった。
「妙なことや、面倒なことに顔を突っ込んでいないと良いんだけど……」
「セレネお嬢様ですからねぇ」
僕のため息交じりの言葉は、メリーに後を引き継がれ、揃って顔を見合わせると互いに溜息が零れた。
そんな時だった。
急に焦げ臭い匂いが漂い始め、僕の足元のカーペットにじわじわと焦げ目が広がり始めたのは―――。
「は?お姉さま?」
――― ハディスside ―――
「はぁあぁあぁ!?っんだよこれぇ―――!」
素っ頓狂な声を上げつつも、神々しいまでの輝きを放つ紅色の魔力を全身に纏ったハディスは、対峙しているバジリスクの鎌首に勢い良くロングソードを振り下ろして、一刀のもとに両断する。
「総帥!?如何なさいましたか!」
「あーうん、何でもない、こっちの話だから気にしないでー」
軽く告げながら視線をチラリと向ける先は、自分の背中に靡く白いマントだ。事もあろうに、そこからブスブスと云う微かな音と共に焦げ臭い匂いが漂い始めているし、さっきまで居なかった緋色の小ネズミ達がちょろちょろと視界を横切るのが見えている。
セレ!?何やってんのぉぉぉ―――!??
「継承者様、トレントはどうしたのでしょうか……」
おずおずと声を掛けて来た兵士は不安を隠しきれない様子で、眉尻を下げて縋るような視線を向けて来る。
「探さないで欲しいそうよ。けど、あの見栄っ張りで、公爵大好きなムルキャンが、ミーノマロ公爵の顔に泥を塗るような事だけはしないとは思うわ。だから今はまず、ここに居るわたしたちで出来ることを考えましょう?」
とにかく前向きに、出来ることをやらないと……と、元気付けるつもりで令嬢らしく柔らかな微笑みを作って見せれば、兵士は途端に不安な気持ちが吹き飛んだのか、急に顔の血色を良くして、元気良すぎるくらいに大きく頷きながら「はい!」と返事を返してくれる。
「さすが継承者様です!お言葉ひとつで力が漲るようです!」
「え!?わたしそんなっ」
「桜の君の眩き威光に引き寄せられる一叢に、逐一目くじらを立てるつもりはありませんが、あまりの煩わしさに、いつ私の手元が狂うのか想像するのも一興でしょうか」
兵士の勘違いを正そうとしたわたしの言葉に被せて、オルフェンズがどこか威圧的な薄い笑顔を兵士に向けてる……目が笑ってないわ。それに、もしかしなくても脅してるわよね?
そうこうしているうちに、遥か頭上の中天に差し掛かった太陽を背にするようにして、ついに月の忌子が町へ到達してしまった。
――― ヘリオスside ―――
今朝は、まだ日も登らない早くに目が覚めた。
昨夜は――と言うより日を跨いで魔道具の研究を続けていた僕にとって、日の出前のその時間は、本当なら目の覚めるような時間じゃなかったはずだ。けれど今にして思えば、あの時にお姉さまが屋敷をこっそりと出て行き、その気配に無意識に反応してのことだったのだろう。僕がベッドに潜り込んで幾何の時間も経っていなかったから、眠気に負けて「気のせいだろう」と片付けてしまっていたのは迂闊だった。
月の忌子や魔物の活性化を理由に、学園は相変わらず休講が続いている。それを良い事に、僕は朝食も摂らずに私室に繋がった試作室に籠って過ごし、日が高く昇るまで家族の前にも姿を現さないことがここ最近の常になっていた。着替えや身の回りのことは侍女や従僕の手を借りずに、一通りを自分でやるのがバンブリア家流だから、昼近くまで使用人の誰にも声を掛けず、誰にも会わない事もよくあった。
「メリー!お姉さまのお部屋に採集道具が置いてあるか確認して欲しい。あと、どこかの地方の地図を広げた形跡がないかと……、着替えが持ち出されているかも見て!」
小腹が空いて自室から出たところで、僕はようやく姉の気配がこの屋敷のどこにも無いことに気付いた。物の機構を考え始めると、他の物が全く気にならなくなってしまう自分の性質が、悪い方に働いてしまったみたいだ。
お姉さまがふらりと居なくなる時は、決まって新商品のアイディアを試作するための根回しや、材料収集のための行動であるのが殆どだ。ごく稀にトレーニングなんて事もある。それ以外、こっそり親の目を盗んで誰かと……なんてものは悲しいほど無い。まぁ、僕としては願ったりだけど。
仕事が正確で速いメリーはすぐに、僕の要望に応えてくれた。
「ヘリオス坊ちゃまの贈られた運動着が無くなっておりました!ドレスはどれもお持ちになられていない様です。何てことでしょう!日の高いうちからあのような格好で、どこを走り回られているのでしょう……!?」
「メリー?僕の作ったジュシ素材ウエアに随分な評価だね。」
仕事は早いけど、もう少し僕の繊細な気持ちへの配慮を加えて欲しいものだ。
けど、これではっきりした。お姉さまはドレスを着る必要のない、個人的な用で遠出をしている。それも運動着での本気の遠出だ。お姉さまがその気になれば、馬なんか目じゃない速度が出てしまう。つまり、今から追い掛けても絶対に追い付けないと云う事が分かった。
「妙なことや、面倒なことに顔を突っ込んでいないと良いんだけど……」
「セレネお嬢様ですからねぇ」
僕のため息交じりの言葉は、メリーに後を引き継がれ、揃って顔を見合わせると互いに溜息が零れた。
そんな時だった。
急に焦げ臭い匂いが漂い始め、僕の足元のカーペットにじわじわと焦げ目が広がり始めたのは―――。
「は?お姉さま?」
――― ハディスside ―――
「はぁあぁあぁ!?っんだよこれぇ―――!」
素っ頓狂な声を上げつつも、神々しいまでの輝きを放つ紅色の魔力を全身に纏ったハディスは、対峙しているバジリスクの鎌首に勢い良くロングソードを振り下ろして、一刀のもとに両断する。
「総帥!?如何なさいましたか!」
「あーうん、何でもない、こっちの話だから気にしないでー」
軽く告げながら視線をチラリと向ける先は、自分の背中に靡く白いマントだ。事もあろうに、そこからブスブスと云う微かな音と共に焦げ臭い匂いが漂い始めているし、さっきまで居なかった緋色の小ネズミ達がちょろちょろと視界を横切るのが見えている。
セレ!?何やってんのぉぉぉ―――!??
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