上 下
277 / 385
第四章 女神降臨編

おっとりして嫋やかそうな王妃様は、やっぱり王妃様になるだけある人よね。くうっ。

しおりを挟む
 赤いドレスを着せようとする王城侍女と、頑なに巫女装束を通そうとするわたしの静かな攻防は続く。

「そう云う訳には参りません。私共が王族の方々に招かれたお客様に対して満足におもてなしが出来なかったとあれば、王家の顔に泥を塗ることになってしまいますから。」
「いえいえ充分すぎるほどの厚遇に恐縮しておりますから、どうぞこれ以上はご容赦ください。」

 なんて押し問答が延々と続き、互いに疲れて笑顔が引き攣り始めたころ、コンコンコン・と扉がノックされた。

 侍女が顔色を悪くしつつ「あぁ、間に合わなかった‥‥。」なんて呟きながら、最終確認のようにドレスを手にして何とも言えない視線を送ってくるけど、訪問者を扉の外に立たせて着替えてる時間もないはずだ。時間があったとしても、特に赤色の誰から贈られたか分からないドレスだけは着たくないしね。

「お待たせするのも申し訳ありませんから。どうぞ、お客様をお通ししてください。」

 にこりと微笑めば、侍女はしぶしぶ扉に手を掛けた。


 扉の向こうにいるのは、侍女の反応からもしかしたらとは思っていたけれど、やはりそこに立っていたのは王妃だった。しかも私的な意味合いを強調してか、女性の近衛騎士一人を伴っただけのごく少人数での訪問だったようだ。
 優雅な笑みを浮かべる王妃は、『月見の宴』で見掛けたときよりもやつれている印象を受ける。今日だけでも色々あったから仕方ないんだろうけどね。わたしのところなんて来ずにゆっくり休めばいいのに。

「ドレスは着なかったのね。残念だわ。あの子のことは私たちも応援しているのだけれど。」
「はいぃ!?応援って何ですかっ、いえ、どういう意味でしょうか!」

 それにあの子って!?いや、赤色を持ったあの子なんて、一人しかいないんだろうけど!

 混乱するわたしを置き去りにしたまま、優雅な笑みを浮かべた王妃が「少しお話ししましょうか」とソファーを示す。

「まさかあの子が法令をねじ曲げてまで、継承者候補の入城を阻む手配をするとは思っても見なかったのよ。余程大切に思っているんでしょうけど、困った子ね。」
「は、はぁ?光栄です‥‥え?いったいなんのお話で?」

 駄目だ、状況も内容も意味が分からなくて間の抜けた返ししか出来ないわ。って言うか、やっぱり王城入れたんじゃない!ハディスめ――!

「かといって、あの子との縁談を潤滑に進めるには、この国で唯一貴族制の爵位に捕らわれない継承者候補の地位を活かすのが最も有効なのにねぇ。危険が差し迫っている今だからこそ、近寄らせたくないのは分かるけど、既に月の忌子ムーンドロップ討伐の功労者となった貴女は、充分に継承者に肩を並べる存在だと言えるほどなのに‥‥頑固な子なのよ。」

 えーっと、これは義姉がまさかの義弟の後押しをしに来られたのかしら‥‥気まずいわ。

「貴女がそのまま頑張れば、黄金のドレスも、赤いドレスも思いのままって意味ね。」
「えっ?」

 ふふっ、と意味深に微笑まれて思わず首を傾げる。
 ハディスの後押しかと思ったけど、黄金は王族の纏う魔力の色‥‥まさかとは思うけど、いや、まさか‥‥。

「4歳の年の差でまだ少し頼りないところも見えるとは思うけど、アポロンも気を許しているみたいだし、ミーノマロ公爵が後ろ楯にもなってくれそうだし、不可能な話じゃないわ。」

 ヒィィっと、悲鳴をあげそうだったわ。堪えたわたし、偉い!いや、王命で来られたら厄介すぎるからしっかり否定しとかないと!

「王妃様‥‥あのっ、身に有り余る評価は痛み入りすぎて心臓が辛いのですがっ‥‥わたしは王族に名を連ねたいなんて、身の程をわきまえない権力欲なんてものは持ち合わせてなくって‥‥バンブリア商会を一緒に盛り立ててくれる婿養子を取ることが望みなのです!」
「けどね、貴女一人がそんな希望を謳っていられる段階はとうに過ぎてしまったのよ。」

 結構意気込んで思いを伝えたのに、秒で否定された‥‥。おっとりしてたおやかそうな王妃様は、やっぱり王妃様になるだけある人よね。くうっ。

「既に神話の時代からの脅威として周知されている月の忌子を討伐し、国王陛下から正式に継承者候補だと認められているもの。貴女の立場に危機を感じるものからは狙われ、貴女の肩書きを欲する者は、ただの商会の跡継ぎになったとしたらその居場所を奪っても貴女を得ようとするでしょうね。」

 えーそんな重要人物になってるのぉー!?って言うか、わたしが商会に拘ったら商会を潰してでも手に入れようとするだなんて、それは‥‥。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む

むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」 ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。 「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」 その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。 初めての作品です。 どうぞよろしくお願いします。 本編12話、番外編3話、全15話で完結します。 カクヨムにも投稿しています。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...