上 下
248 / 385
第四章 女神降臨編

これじゃあツンデレよね!?わたしこんな属性じゃなったはずなんだけどぉ!?

しおりを挟む
 アポロニウス王子の放った魔力が作り出した光の繭は、ワイバーンだけでなく巨大トレント達からも力を失わせてしまったらしい。生命そのものは奪いはしなかったけれど、ワイバーンは全身に纏った障壁を無くして、弱った様に地表に膝をつき、トレントは禍々しい色彩を失って、忙しなくグネグネと動かしていた根や、鞭を振るうようにしならせていた大枝も僅かに動くのみになり、その表皮も急速に水分を失ったかのようにひび割れて行く。

 巨大な魔物4体を包み込んだところで光の繭は膨張を止め、緩やかに収縮して行った。

 領主軍の一方的な攻撃音が響く中、アポロニウス王子の体内に淡く薄まって溶け込んで行く光を見守りながら、座り込んだわたしの背を支える格好で跪いていたハディスの、ほぅと漏らした安堵の溜息が、微かに頬を掠めた。

「セレ、本当に良かった‥‥。」
「ハディ‥‥って、ちかっ!近い!!近いわ!?」

 ワイバーンに撥ね飛ばされ、色々あって仰向けに倒れたわたしを、ハディスが背中に腕を回して上体を抱き起こしてくれたんだけど‥‥これってハディスの腕の中に居る様な状態よね!?膝の上とかはあったけど、それでもこんな至近距離で眉根を下げた心底安心した顔を見せられた事なんて無かったから、大事に思われてる感じが伝わって来過ぎて辛いっていうか―――心臓むねが苦しすぎるわ!

 助け起こされて安堵するどころか息も絶え絶えになり始めたわたしに苦笑をひとつ漏らしたハディスは、背中に回した腕をそっと肩を支える様に位置を変えて身体を離してくれた。けど離れられたらそれも少し寂しい気がして思わず離れて行くハディスをじっと見詰めてしまったら、おどけた風に片眉を跳ね上げて口元に笑みを浮かべる。

「ひどいなぁー、もっと言うことはないのぉ!?僕、一応、セレのこと助けたつもりだったんだけどなぁ?」
「びっ‥‥美形の破壊力を舐めちゃいけないわ!美形は一定距離を超えて近付くと致死毒になり得るのよ!?」

 あぁああ‥‥助けられて、気を遣わせて、それなのにまたツンケンしてしまうわたしって!?いや、いや、いや、駄目だわ。ちゃんとお礼を言わないと!

「けど、ハディが居てくれて本当に良かったわ。ありがとう。」

 ってナニコレー!?これじゃあツンデレよね!?わたしこんな属性じゃなったはずなんだけどぉ!?ハディスは余裕有り気に笑ってるし、「ん。」って軽めの返事で頭ポンポンなんて萌え死んでしまうわ!?自分でも信じられないくらい不器用になりすぎていて恥ずかしすぎる。わたしの言語中枢、ちゃんと仕事して――!!

「わ!」
「おっと。」

 再び足場にしているワイバーンの背がぐらりと揺れて、体勢を崩しかけたわたしの背に再びハディスのガッチリした腕が添えられる。
 気を遣ってか、本当にそっと添えるだけ。

 ちょっぴり物足りないような気がしたのは、気付かないふりをして「もう、大丈夫です。」と気持ちを切り替えるために令嬢らしく微笑んで見せる。だって、周りではまだ領主軍の戦闘音が続いているし、何より今揺れたのは、このワイバーンが動き出そうとしているからで、本当にまだ油断はできないから。

 王子の弱化魔法のお陰で、ワイバーンの能力、生命力は大分削がれたみたいだけれど、絡み付いたままのトレントの根や枝を振りほどこうと身動きし始めている。
 それを拘束しているはずのトレントも、王子の魔力の影響を受けて、ワイバーンの自由を奪うように絡んだままの状態ではあるものの、ほぼ活動停止状態に陥っている。

 動かず、生気を失いかけたトレントの根や枝がべきべき音を立てて、最後の力を振り絞って暴れるワイバーンによって砕かれてゆく。けれど、完全には解けないトレントによる拘束で、動けず、無防備なその状態を、領主軍の兵士達が見逃す事はない。間断なく続けられる攻撃によって、ワイバーンの魔力が微弱になって行くのが足元から伝わって来る。少しづつだけれど着実に効き始めた攻撃に、気を緩めたわけではなかったけれど――――突然、ワイバーンの首に巻き付いて抑えていたはずのトレントの大枝が、乾いた甲高い音を立てて砕け散り、辺りに木っ端が飛び散った。

「まずいぞ!噛まれて弱っていたトレントが、私の魔力も受けて完全に力尽きた!!」

 アポロニウス王子が強張った表情で叫ぶ。けど、その時にはもうハディスが素早く足元を蹴って未だワイバーンの背に埋もれている長剣の元に手を伸ばしている。

「大丈夫!!きっと何とか出来る!ハディを信じてる!!」

 自分に言い聞かせるように、王子を安心させるように、何より信頼する人ハディスを応援する気持ちを込めて強く発した言葉と一緒に、桜色の欠片がキラキラと煌きながらつむじ風の様に勢いよく流れて行き、燃えるような深紅の魔力を纏ったハディスを捉えて柔らかく渦を巻く様に取り囲む。
 深紅の魔力に火の粉が舞い上がる様に、桜色の光の欠片が瞬く中で、ハディスがワイバーンの肉に埋もれた自身の剣をゆっくりと引き抜き、更に飛び散る赤が光景を緋に染め上げる。

 深紅の光に包まれたハディスは両手でしっかりと長剣の柄を握り込み、頭上へ高く振り上げると、トレントの拘束を解いてもたげられたワイバーンの頸元に向かって、大きく踏み出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...