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第三章 文化体育発表会編

『ネズミ型着ぐるみパジャマもどき』にテンションが上がるのは仕方無い。

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 青龍の髭から両手を放し、先にポリンドが飛び込んだ窓目掛けてわたしもジャンプすると、室内にはまだハディスが留まっていてくれた。

「ハディス様!ただいま戻りました――!!すごくすごくすごく、すっご―――く重要な発見が出来たんですよっ!百聞は一見に如かずってこんなこと言うんですよねっ、きっと!」
「かっ‥‥‥。」
「か?」

 何を言いたいのか、ハディスは片手で顔を覆ったまま肩をふるふるさせて、次の言葉を発してくれない。

「子猫ちゃんがカワウソみたいな格好してるから笑いが止まんないんでしょー。」
「「はぁ!?」」
「なーんて言うのは冗談だけどぉ?」

 ハディスとわたし、揃って振り向いた先のポリンドは、にやにや笑いながら舌を出している。
 うん、か‥‥で言い淀んでいたならカワウソでも間違いとは言い切れない。なんてったってモデルはカピバラとの差異は色くらいしかない緋色の大ネズミだしね。いや、けど冗談って言った?

「なら何です?」
「うっ‥‥。」

 目の前のハディスをじぃっと見上げると、顔を覆っていた手を放してこちらを見返し、口元をむぐむぐさせながらも何も言ってくれない。それでも視線は離れないので「何かなー?」と首を傾げると、急に両肩をガシリと掴まれた。重大な事でも言われるのかと身構えたけど、ハディス自身は顔を下へ向けてしまって表情も読めない。ただ、なんとなく耳から頬にかけて、赤く色付いている気がするのは思い上がりだろうか。
 わたしの両肩を掴んだままのハディスとは、勿論至近距離の向かい合わせなわけで、そんな状態で若干恨めし気にわたしを見ると、とんでもない爆弾を投下してくれた。

「可愛すぎだろ‥‥。」
「くはぁっ!!」

 令嬢らしからぬ声が出ちゃったわ!だってね、いい大人の男が照れながらも平静を装いつつ、けど隠しきれてないのに気付かないまま気障っぽく初心うぶなセリフを言っちゃうのって、わたしにはレベルが高すぎるのよぉぉ―――!!
 こっちがもっと大人だったら「ありがと」とか言ったり、同級生ぐらいに言われたんなら「ふざけないでよねー」なんて笑って返す自信はあるけど!

「赤いの。熱そうだな、血を抜いたら少しは冷えるんじゃないか?」

 氷点下の声と共に、綺麗な笑顔のオルフェンズがハディスの喉元に短刀をあて、ハディスが素早い反応で手刀でそれをはたき落とす。

「っぶないなぁーもぉー!」
「お前の罪は、たかだか城に紐付いた狗でしかないくせに、いたずらに桜の君のお心を掻き乱したところにある。見ろ!尊い桜の君の書が燃え尽きようとしているぞ!!」

 オルフェンズが、いつの間に男から剥ぎ取ったのか、文字の浮かび上がったタキシードの上衣を短刀を持つ手とは逆の手で持ち上げる。すると、焦げで刻まれていたはずの文字だったところからは、ボウボウと炎が上がっており、その側では緋色の小ネズミたちが飛んだり跳ねたり走ったりと、お祭り騒ぎを繰り広げている。

「ハディス様!オルフェ!楽しそうなところ悪いんだけど、ちょっと聞いてほしいのっ!あと、ついでに言っておくけど、もふもふ好きなハディス様が、この『ネズミ型着ぐるみパジャマもどき』にテンションが上がるのは仕方無いけど、この毛皮はそんなに柔らかくないわよ?」
「楽しくないし、何で僕がもふもふ好きになってるの?!意味がわかんないんだけど?」

 鞘にはいったままの長剣でオルフェンズの短刀とガンガン打ち合いながら、声をあげるハディスに「はて?」と首をかしげる。初めて一緒にジュシ素材を採りに行ったとき、モフ好きだと理解した気がするけど‥‥。

「違うんですか?」
「嫌いじゃないけど、めちゃくちゃ好きってわけでもないぞー!」

 ちらりとわたしの方を見つつ、オルフェンズのなかなかの猛攻を防いでいるハディスが唇を尖らせる。

「じゃあ、これも?」
「それは別!」

 纏った魔力の『ネズミ型着ぐるみパジャマもどき』の胸元を、もふもふとしたグローブのようになった自分の手でぽふぽふ叩いて見せると、秒で否定された。もふもふは好きな訳ではないけど、この着ぐるみは好きだと?うーん、意味がわからない。
 首を捻っていると、そばにニヨニヨしたポリンドがやって来て、ハディスを見ながら内緒話でもするように口元に手を当て、けれど全然潜めない声で話し出す。

「ネズミ憑きが拗れて、分かりにくいよねー?子猫ちゃん。こいつは自分だけの魔力の色と眷属の形を纏っている君に独占欲を満たされてとてつもない満足を覚えてる困った性癖を晒して―――。」
「ぉっまえー!!」

 未だオルフェンズと仲良く剣劇を繰り広げていたハディスの、叫びと共に放った渾身の一振りで、オルフェンズの短刀が床を転がる。見えたハディスの顔は真っ赤だし、ポリンドの身も蓋もない発言で、流石に理解した。この格好のわたしは、彼の目にとても好ましく映っていると。複雑だけど。

「いかがいたしますか?桜の君、不快でしたらいつでも、すぐにでも灰塵に帰して差し上げますよ」

 オルフェンズが何処からか再び新たな抜身の短刀を取り出して、刃先を赤い舌でちろりと舐め、薄い笑いを口元に湛える。

「いえ!良いのよ!問題ないわ!ただフラレただけだと寂しかったから、マスコット枠でも可愛いって言ってもらえる事が分かって丁度良かったわ。」
「「「は?」」」

 恥ずかしさと気まずさを紛らわせる明るい自虐ネタで場を和ませようとしただけなのに、何故か話していたオルフェンズだけでなく、ハディスとポリンドまでが表情の抜け落ちた顔でわたしを凝視した。
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