上 下
169 / 385
第三章 文化体育発表会編

なら、そのツーショット状況を人為的に作り出して確かめてみよう!

しおりを挟む
 神器の継承者であるハディス、オルフェンズ、イシケナルには既にこの森を覆いつくしている黄色がかった暗灰色の禍々しい魔力は見えており、それぞれがそれなりの不快感を感じてはいるようだった。

「ウミウシに全身を撫でまわされて気持ち悪くない人なんていないでしょー。」

 と言ったのはハディス。オルフェンズは無言の笑みでその意見を肯定し、イシケナルは帰ったらすぐに湯浴みだと両腕を摩りながらぶつぶつ言っていたから間違いないだろう。紫紺色の騎士服護衛たちは全員が魔力の見える人だった様で、わたしたちと同じ様に何らかの気持ち悪さを感じていたみたいだった。それらは、あくまで『不快感』だ。

 けれど魔力の見えなかった人――戦闘冒険者や、砦から同行して来た衛兵達は全員、森へ入ってすぐに不快感を覚えることは無かったのと引き換えに、ある時突然に『不調』に苛まれた。進むごとに探索に加わっている一向の踏み出す足が重くなり、頭痛や吐き気を訴えて、その場に膝をつかずにはいられなくなった人まで現れた。
 森の中はずっと同じ植生が形成されているだけで、特に目立つ変化はない。と言うよりも、入った瞬間から普通の森とは比べ物にならないほど多くの、魔力を含んだ薬草や木の実が有り、常にない量の魔石が転がっているとんでもない状態が延々続いている。そして魔力が見える者には、周囲を覆い尽くす黄色がかった暗灰色の魔力も視界に入っているはずだ。

 スバルが以前話してくれたバジリスクが出現したときも、魔力をふんだんに含んだ薬草や木の実などが豊作になり、魔物の生息地とされる場所での魔物の出現率は下がっていたらしい。この森からはつい2週間前にはトレントが溢れ出ていたはずなのに、ここへ来るまでに1匹の魔物との遭遇も無い。かつての『大物』の出現時と状況が似てきているのではないだろうか‥‥?
 スバルは従者と共に時折考え込む様子で、周囲からサンプル収集や、スケッチ等の記録を続けている。

「これ以上の調査続行は出来んな。引き返すぞ!」

 紫の眼を眇めながらイシケナルが、殆どがへたり込み始めてしまった衛兵たちを見回しながら号令をかける。

 静かすぎる森をぐるりと見渡したわたしは、ふいに爪先が何かにコツリと当たった事に気付いて、それを拾う為に足元へ手を伸ばした。地面に無造作に転がっているのは、鶏卵サイズの夜空を切り取った様な漆黒色の艶やかな石――魔石だ。

「魔石は、自然界の魔力溜りが更にこごり固体になるって学園で習ったわよね。」

 目の高さまで持ち上げて、微かに零れる木漏れ日に翳すと、艶やかで深みのある混じり気のない黒が輝き、周囲の濁った魔力の色に慣れた目には一層美しく映る。

「なのに、どうして黄色が混じらずに、こんなに綺麗なの?黄色の濁りはどこから来ているのかしら。」
「おかしいよね?私もそう思ってた。この森は何か変だ。けどその原因が分からないから余計に気持ちが悪いよ。」

 スバルも幾つかの魔石を手にしているけれど、どれもわたしが手に取ったのと同じ漆黒色だ。長い時間この森に漂って魔石を作り出した魔力は、通常魔物の住処となる場所に現れる魔石と変わらない漆黒色だった。ならば漂う魔力の色も漆黒であるべきなのに、なぜか黄色がかった暗灰色なのは理屈に合わないのだ。

「セレネ嬢、もう行こう。嫌な感じがする。」

 ハディスが眉をひそめながら、出立を促す様に、そっとわたしの背に手を添える。その手つきが、いつも頭を撫でてくれる時よりもずっと強張っている気がするのは、彼が何かに警戒し、緊張していると云うことだろう。

「ハディス様、何かありましたか?」
「緋色の小ネズミ達は僕の魔力の化身なのは分かってるよね。あいつらは魔力の漂う森林や山みたいな、魔物が住処にするような場所を好んで現れるんだけど、この辺りに来てからは一度も姿を見ていないんだ。」

 確かに、見ていない気もする。けど、森の中で障害物が多かったり、冒険者や衛兵達が沢山いて気付きにくかったりってこともあるかもしれない。確認する必要があるわね。けどあの小ネズミたち‥‥ネズミ―ズの出現条件って、ハディス様が困っていたり、オルフェンズが近くに居たりする時が多かった気がするわ。なら、そのツーショット状況を人為的に作り出して確かめてみよう!

「ハディス様っ!」

 わたしの背中に手を当てたままのハディス様を見上げ、その腕を左手で素早く捕まえる。

「ええええぇ?」

 ハディスが困ってるわ、イイ感じ!そして有無を言わさず引っ張って―――ここでもう一つの条件も発動させるわ。オルフェンズの腕を空いている右手で引き寄せて、二本の腕がぴたりとくっつく様に抱え込めば自ずと護衛ズはくっつくのよ!

「さぁ、ネズミーズの出現条件が揃ったんじゃない!?」

 ふふんっと鼻息も荒く、揚々と周囲を見回す。けれど、どれだけ目を凝らしてもネズミースは一匹たりとも現れてはくれない。条件は揃えたはずなのに現れないとなると、本当にこの場所を嫌ってか、現れる事が出来ない何らかの理由があるのだろう。

「おい、小娘‥‥先程から帰ると言っているはずだが?よもやここまで来て怖くなったか?それとも今更の色仕掛けか?」
「え?」

 イシケナルが呆れた様に腕を組んでこちらを見ている。

「だが2人まとめては、お前のような小娘ではまだ無理だろう。」
「んん?」

 何のことだと首を傾げると、スバルが何故か赤面してこちらを凝視して固まっている。何だか嫌な予感がする‥‥一度落ち着いて、今のわたしの状況を見直そう。わたしは護衛2人の両腕を、がっちりと抱え込んだままだ。目論見通りハディスとオルフェンズは隣り合ってくっついた状態で、わたしはその状態をキープするために同じくらい至近距離にくっついている‥‥?
 まさか、傍から見たら、並んだ護衛ズにまとめてしがみ付こうとしている様に見えてる―――!??!

「セレネ嬢、分かってる?」
「私は構いませんよ。‥‥このまま。」

 2人の声が近い。失敗した!と思う間もなく、わたしが抱え込んだ腕のうち、オルフェンズの方がするりと腰をなぞる様に這い、もう一方の腕が肩へ掛かって、丁度横から抱き締められる様な格好になる。

 い―――やぁぁぁ!!あか――ん!キャパオーバーよぉぉっ

「銀のぉ!?」
「ふふ‥‥ここまでやって出て来ないなら、本当にネズミどもは居ない様ですね。赤いの――気付いていない様だが、このまま下がるぞ。」

 オルフェンズが横抱きから突然肩の上にわたしを担ぎ上げて、周囲に鋭く視線を走らせる、ハディスは短く舌打ちを打つと、腰に下げた長剣の柄に手を掛けて、腰を落とした構えを取る。

 殆ど時を違えず、ずんっと周囲の空気が不快な重さを増してわたしたち一向にのしかかる。
 魔力の見える者、見えない者が共に、咄嗟の身動きが出来ない程の圧迫感に、その場に居合わせた者全てに緊張感が走る。


 ズルリ‥‥ズルリ‥‥
「 ‥‥わ が き み ‥‥。 」

 注目されるのを待っていたかの様に、うぞうぞと蠢く不定形の化け物が、木々の合間から、うめき声にも似た音を発しながら近付いて来るのが見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

何も出来ない妻なので

cyaru
恋愛
王族の護衛騎士エリオナル様と結婚をして8年目。 お義母様を葬送したわたくしは、伯爵家を出ていきます。 「何も出来なくて申し訳ありませんでした」 短い手紙と離縁書を唯一頂いたオルゴールと共に置いて。 ※そりゃ離縁してくれ言われるわぃ!っと夫に腹の立つ記述があります。 ※チョロインではないので、花畑なお話希望の方は閉じてください ※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...