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第三章 文化体育発表会編

だからその小ネズミを放して!

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 髪束の反撃を受けて跳ね飛ばされた緋色の小ネズミが空中でくるりと一回転して着地し、すぐさま体勢を立て直して再び飛び蹴りを仕掛ける。けれど、対するポリンドの髪も、一房、二房と右に左に広がってふわふわとうねり、ネズミをはたきおとしてゆく。
 両者譲らぬ攻防に、ネズミはその数を3匹にまで増やし、ポリンドの髪は無数の束を四方へ伸ばして、伝説上の髪が蛇と化した魔物メデューサの様になっている。二本足で立つ緋色ネズミ対メデューサ‥‥どんな怪獣対戦を見せられてるんだ、わたしは。

 正面に座る学園長は、そのやり取りが目に入らぬかのように穏やかな笑みを張り付けたまま、けれど敢えて視線をそちらへ向けないようにしている気がする。ギリムは無言に徹しているけれど、眉間には深い皺が刻まれた。

「ポリンド講師?貴方の周りに癒しの魔力の青が見えるのですが、朱色もチラチラ見えているのは、なにかこの対話に問題があるからでしょうか?」

 思い詰めたような、真剣な表情でスバルがポリンドに向かって背筋を伸ばす。
 そっか、スバルには蛇のようにうねる髪束も、飛び跳ねるネズミもはっきりとは見えていないのね。両方特別な色を持った魔力の化身みたいなものってことよね。じゃあ、このポリンドって何かの継承者なのかしら。

 改めて、継承者かもしれない・と云うことを念頭に、不敵な笑顔を浮かべながら、うねる髪束だけで身じろぎ一つせずに3匹の跳ねるネズミと対峙しているポリンドを見る。ネズミーズVSメデューサの戦いは見る見るヒートアップして行く――うん、見なかったことにするのが精神衛生上よさそうよね。

「おい、そろそろ何とかしたほうが良いんじゃないのか。」

 苦々しい視線をギリムから向けられて、現実逃避を阻止されてしまった。
 くぅっ、仕方ないわね。

「ポリリンド様、あのぉー‥‥うちの?子たちが失礼いたしました。その・主人にしっかり言っておきます。」
「あぁ、気にしないで。こんな楽しい反応をするようになったのは初めて見るんだよねー。それに主人なんて言っちゃうと君が夫人みたいだよねー。」
「な『ぢぢぢっ』っ!」

 ぼふんっと、突沸したように顔に熱が上るのと同時に、緋色のネズミにぶわりと朱色の魔力が吹き上がる。
じゃない、現実のリアル火だっ!

「火がっ!!」
 バシャ・ッ

 咄嗟にスバルが卓上の紅茶カップをひっつかんで、中身を3匹のいる場所へぶちまける。さすが騎士だけあって、反射神経はこの中でピカイチだ!いや、そうじゃなくて朱色の魔力が吹き上がったんじゃなくて火!?ウソでしょ、まずいじゃない!

「す、すみません!!もっと早く何とかすべきでした!!!大変申し訳ございませんでしたっ!」

 この世界には土下座はない。なので90度、いや誠意を伝えるためにそれ以上の角度を心がけて勢い良く頭を下げると、ポリンドがくすくす笑いながら「大丈夫、問題ないよ、子猫ちゃんにそんな恐縮されるとこっちが心苦しいから。」と告げるのが聞こえる。

「うぅ、ありがとうございま―――。」

 頭を上げかけて、わたしはフリーズした。

 人と同じくらいの大きさの頭を持つ巨大な紺色の蛇がポリンドを中心に、ぐるぐる旋回しながら空中に漂っている。いや、よく見れば巨大なその生き物にはつのたてがみが有り、手足と思しきものが4本付いていて、一本の手には珠、その他の手足にはそれぞれ緋色の小ネズミ3匹がむんずと掴まれている。ネズミ達に危害を加えられるんじゃないかと、心臓がドキリと嫌な感じに跳ねたけど、小ネズミは怯えていると云うより、ブーたれた表情でありながらどこか余裕あり気な様子で大人しくしており、怪我も無さそうだ。
 って言うか、この紺色のはもしかして大蛇なんかじゃなくって 龍 よね?

 同意を求める様に、貴族の笑みを崩さない学園長ではなくギリムを見ると、こちらも大きく目を見開いてフリーズしている。

「火が出たのなんて初めてだからびっくりしたけど、こっちの付き合いも長いから慣れたもんだよー。何かこっちがドン引きするくらいの反応で、からかうのも申し訳なくなっちゃったから、そろそろ真面目に課題の続きをしよっか。」

 ポリンドの綺麗な笑顔の前をネズミを掴んだ龍がチラチラと横切って遮り、とてもじゃないけど課題に集中する事なんて出来そうにない。

「月の大きさの事だっけ?レリーフや絵だけから面白いことに気付くよね。」

 けど、こちらの動揺などお構いなしに、落ち着いた様子のポリンドはゆったりと座った姿勢を崩さないまま微笑んでいる。

「結論だけ言うよ、面白いものを見せてもらったから大サービスね。月は昔は今よりもずっと大きく光り輝いていた。比喩でも何でもなくそれは事実だよ。けど残念ながらその事を示す資料は王族やそれに準ずる者しか見ることが出来ない。まあ例外はあって‥‥ね?」

 悪戯っぽくウインクしてくるポリンドに向ける視線が、胡乱になるのを隠し切れないかもしれない。わたしとスバルは大きくため息をついて、さっきのポリンドの言葉を復唱した。

「「王城に深く入り込んだ職に就くか、王族の庇護を得る血縁に加わる事が出来れば話は別。」」
「そ。賢い子猫ちゃんだ。」
「御免被りますけどね。弱い者苛めをする様な権力者に擦り寄る気はありませんから。」

 だからその小ネズミを放して!と気持ちを込めて強く睨むと、小ネズミ達は急に全身をピクリと跳ねさせ『ぢぢっ』と鳴いて龍の手足の拘束から脱出して、床に着地した。
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