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第二章 誘拐編

利益に全く結びつかない選択は、商会令嬢のわたしには縁の無いものね。

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「馬鹿が‥‥何だ?それは。」

 クール担当が、ただでさえ眇めがちな目を更に鋭くして低く押し殺した声を出す。

「私は既に王子なのだがな。」
「王子がこのような戯言に付き合う必要はありません。耳がけがれます。」

 鬼畜溺愛系担当が鋭い視線をユリアンに投げ付けながら、楽し気な王子担当を諫める。
 駄目だ、何だか笑えて来てならないわ。

「レパード男爵令嬢?さっきから何度もおっしゃっているその愉快なジャンル分けは一体何ですの?」
「あたしの婚約者候補ラインナップに決まってるじゃない!色んなジャンルが居た方が、選ぶのも楽しいし、相手によって色んな可能性が広がるもの。3年で編入したあたしには卒業まで2年しか無いんだから、効率的に最大の成果を得なきゃならないのよ。だから、あたしは学園にいる間に全力を以って獲りに行かなきゃいけないの!」

 その心意気や、まさしく女豹‥‥。確かに、レパード男爵家18女のユリアンは、男爵が彼女を利用して高位貴族との縁や、交友貴族の拡大を狙って養子縁組をして学園に送り込んで来た『なんちゃって貴族』だから、卒業までに何の成果も出せなければ、これまでの即席養子の凡例通り平民に戻る事になるんだろう。

「恋愛は自由。恋に向かって一生懸命な姿は応援したくなる様な温かい気持ちに、なるんでしたか?バンブリア生徒会長?」

 楽しげな声に振り向けば、アポロニウス王子が副会長席で悠々と頬杖を突きながら、にこやかにこちらを見ている。くそぅ、年下にからかわれるなんて。しかも入学式から2週間経っていないとは言え、良く覚えているわね、この王子。ただ、年下男子しかも地位はあるとは言え12歳のじゃりん子に言われっ放しは悔しいわ。

「なんなら王子が立候補されてはどうですか?」
「男爵位では王族に嫁ぐには、爵位が足りないねぇ。生徒会長も分かっているんじゃないかな?」

 んん?なぜそんな事を意味深に言うの?
 ――って!視界の端って言うか、壁から壁に緋色の小ネズミがビュンビュン走り回って通り抜けてるんだけど!!ギリムも目を剝いちゃってるし、何このネズミのお祭り騒ぎ!?

 と、急に壁の向こうから殺気に似た圧が飛んで来る。

「つっ!!王子!!」
「不要よ。」
 バン・

 入室禁止!と、目の前に生徒会議事ファイルの表紙を突き出すと、勢い余ったカインザは強か鼻先をぶつけた様だ。

 咄嗟に王子を守ろうと、室内の王子の元へ飛び出そうとしたカインザの反応は、さすが学友兼護衛だと褒めるべきなんだろうけど、両手に花状態のカインザに入って欲しく無いし、何よりこの『圧』は、間違いなく緋ネズミの主のものだ。敵意は無い‥‥はずだ。

「――おい!セレネ・バンブリア!!何をする!?」
「生徒会執行部員以外、立ち入り禁止よ。あと、貴方はまず自分の状況を整理したらどうかしら。両腕にご令嬢をぶら下げて、大切な王子を護るための剣や盾が持てるの?」
「ぐっっ。」

 憎々し気に睨みつけられるのは変わらないけど、何も言い返してこないところを見ると納得せざるを得ないんだろうね。

「カインザ、君の宿題だよ。両腕の麗しいお嬢さんの事が片付くまで、私の護衛には就く必要は無いぞ。その状態では務まるはずも無いからな。期限は今、私達が話し合っている文化体育発表会の開始時刻まで。そこで解決出来ていない場合は、私から父上にお話しして他の護衛候補を立てることとするよ。」
「「「そんなっ‥‥。」」」

 カインザと、その両脇のご令嬢2人の声が揃う。そして、ユリアンの視線が物色するように王子、ギリム、ロザリオンの間を忙しく行き来する。まぁ、カインザが降格したら、さっさと有望な他の候補獲得に尽力するつもりなんだろう。

「文化体育発表会の期日は、一か月後の水無月末日です。勿論、その日は保護者や後見人の方も学園においでになりますから、その場で騒ぎを起こすことだけはお止めくださいね?」

 特に、婚約破棄劇は止めて欲しいな!彼らは入学前で知らないだろうけど、イベント時の恒例行事にはしたくないからねっ。
 ――そのはずなんだけど、何故か王子はクツクツ笑っている。その様子だと間違いなく卒業祝賀夜会の騒動は知っていそうね。学園は王立だし、あの夜会は国王もご列席される予定であったことを考えれば、『仏の御石の鉢』継承者の黄色い魔力を利用して起こされた騒ぎが、王族に伝わっていても何も不思議じゃないものね。

「カインザ、お前の出す結論を楽しみにしているよ。」
「王子‥‥。」

 どことなく悲痛な面持ちのカインザは、両側のご令嬢を交互に見遣ると静かに項垂れた。ちなみにカインザに掛けられていたイシケナルの魅了は、既に解かれている。継承者の強烈な魅了が残した副産物と言うべきか、イシケナルよりも弱いユリアン程度の魅了では全く効果が無くなっていると、学園長が太鼓判を押していたから、もう魅了の魔術に惑わされることはない。カインザ自身がしっかり自分と向き合って、考え、対応すべきだ。
 静かになった廊下の3人の様子を見て、わたしはそそくさと扉を閉めたのだった。

「さて、バンブリア生徒会長。先程の話の続きだが――男爵位では王族に嫁ぐには、爵位が足りない。とは言うものの王族でも皇籍を離脱の上、与えられる爵位を返上した場合は婚姻も不可能ではないぞ?」
「何そのいばらの道。有り得ないでしょう。」

 びっくりだ。何?その全財産をかなぐり捨てる様な不毛な真似は。そんな利益に全く結びつかない選択は、商会令嬢のわたしには縁の無いものね。

「そうなのか?ふぅん?」

 王子が意味深に目を細め、緋色の小ネズミが再びピュンピュン走り回る。
 ハディスは何を焦っているのやら。アポロニウス王子が男爵令嬢ユリアンに興味を持ったような発言に慌てているのだとしたら、余計な危惧でしかない。だってこの王子は実年齢にそぐわない程色々達観しているから、彼の言った通り「皇籍離脱」をしてまで、恋に生きようとするとは思えないもの。

 けど、恋に真っ直ぐ全力投球のユリアンには興味が湧く。義妹の線は全力で拒否したいけど、彼女の頑張りは見ているだけなら、全力でシンデレラストーリーを掴みに行くハングリー精神にあふれたスポ根ドラマの主人公みたいだし。ちょっと自己中心的なお花畑が過ぎるところは痛々しいけどね。

「まぁ、恋愛は自由だし、恋に向かって一生懸命な姿って、がんばれーって温かい気持ちになりますよねっ。」

 完全に他人事で、のほほんと呟くわたしの足元では、緋色の小ネズミが1匹複雑な表情でこちらを見上げている気がした。
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