上 下
52 / 385
第一章 婚約破棄編

失念していたんだ。セレネ嬢の各種のポテンシャルの高さを。 ※ハディス視点

しおりを挟む
 この国の王に近しい血族のみに伝えられる常識として、特異な魔力の色を持った者は『神器の継承者』である可能性がある、といったものがある。
 先の占術館で利用された黄色い魔力は『仏の御石の鉢』の継承者特有のものだし、そのほかの神器に関しても、一般的に知られる『治癒の青』『膂力りょりょくの朱』以外の特別な色を持っている。
 あの夜会のホールで、ヴェンツ伯爵令息と、ラシン伯爵令嬢が薄黄色い魔力を纏って騒ぎを起こしたことだけでも頭の痛い事態だったのに、さらに見慣れない桜色の魔力を纏ったセレネ嬢までもが現れて、神器の事情に明るい一部の者たちは慌てた。セレネ嬢の魔力の色は、ごく薄いものだったから膂力の『朱』に紛れて分かり難かったけれど、何人かは気付いたはずだ。
 あの場では、王家にくみする僕が表に出たことによって、『特別な魔力の色』に関しての騒ぎは防ぐことが出来たとは思うけど、そこに追い打ちを掛けるように銀の・オルフェンズまでが絡んでくるものだから、収拾が大変になってしまったけどね。

 さっさと騒ぎの場から立ち去ってしまった、この銀のは、僕があの時の騒ぎを思い出しつつ胡乱な視線を向けても、薄い笑みを崩さない。あの後始末は本当に大変だったんだぞ。

 ヴェンツ伯爵令息と、ラシン伯爵令嬢、バンブリア男爵令嬢が起こした騒ぎについては極秘案件とし、夜会での出来事の口外を禁ずる工作は、王家の威光をふんだんに利用させてもらった。
 夜会の騒ぎの後、居合わせたバンブリア男爵とヘリオスの事情聴取という名の交渉が行われたのは、セレネ嬢には内緒だ。何せ、桜色の魔力など前代未聞で、神器に該当する物が無いのだから『神器の継承者』だと言いきることも出来ない。これまで、何人もいる継承者候補を見てきた僕から見ても、セレネ嬢は異質だった。大抵の者は高位貴族やそれに準ずる立場にあるものが殆どだったけれど、セレネ嬢は男爵令嬢と云う低位貴族、しかもつい数年前までは平民だったと云う。それは異常なことだった。だから野放しにする選択肢はなかった。王家は手元に置いて「保護」という名の「囲い込み」をしたかったみたいだけど、バンブリア男爵とヘリオスが頑迷に抵抗した。

『神器の継承者であるかもしれないなどと云う不確かな思い込みなどのために、一人の人生の可能性を潰すような行いは認められません。バンブリア商会は多くの可能性を掴み取って確実に育ててきたものであり、その家風を如実に引き継ぐ娘自身、曖昧な情報をもとに将来を他人に決められてしまうことに抵抗しない訳がない。私達も子等の可能性を引き出せるよう、これまで育ててきましたから、それを不当に損なおうとするのならいつでもこの国を見限るつもりでおります』

 バンブリア男爵は、温厚な商売人の顔をしてはいるものの、話す内容は不穏そのものだった。

『お父様や僕がこのまま戻ることが無ければ、お姉さまは王家を敵と定めて、僕らを何とか助けようとするでしょうし、お母様はお父様と同じくこの国を見限る行動を迅速に進めるでしょう』

 幼いヘリオスまでもが強い意志を感じさせる表情で、聴取に当たった大人たちに怯むことなく、背筋を伸ばしてはっきりと反対を述べた。
 王家からの声掛けに喜びこそすれ、まさか反意を見せられるとは思っていなかったこちらは大いに戸惑った。しかも、セレネ嬢にはオルフェンズも目を付けたらしいことは夜会での様子から明らかだったから、下手をうてば彼女はバンブリア家とオルフェンズと共に、この国の手の内から完全に逃れてしまう可能性も出て来た。

 だから僕は交渉することにした。

『それなら、バンブリア令嬢を保護する代わりに、僕が護衛ということでくっつくことにしようかな』

 対するバンブリア父子の反応は『高位貴族の方が耐えられるはずがない』『名目だけのお遊びで護衛など勤まるはずがない』と辛辣だったけれど、僕は別に護衛の真似事も、男爵令嬢の下に就く事も、ただ面白そうだと思うだけで特に抵抗は無かったんだ。だから『問題ないよ』と簡単に返したけれど……。今なら分かる、あの時2人が言いたかったのはセレネ嬢を普通のご令嬢と同じに考えてはいけないと云う事だったのだろう。そうだ、オルフェンズを放り投げた姿をしっかり見ていたはずなのに失念していたんだ。黙って立っていれば、どんな高位貴族のご令嬢よりも儚げで可憐な風貌のセレネ嬢の各種のポテンシャルの高さを。




 回想に耽っていたのは一瞬だ。僕は、姉とバンブリア商会に向ける情熱を語るヘリオスの気持ちを宥めるように、敢えてのんびりと間をとって柔らかく笑んでみせる。

「学園を卒業するまでは僕が責任をもってセレネ嬢を護るから。卒業後の進路の一つとして、王城も考えてもらえるように健気に頑張っているんだよ。ちょっとは役に立っているでしょー?」
「まぁ、商会からの帰路にお姉さまが襲われたと聞いたときは、口ほどにもないと怒りも沸きましたけど、狩りに行くお姉さまに付いて行けたことは護衛としては優秀でした」

 冗談めかして言ってみれば、ヘリオスもようやく態度を軟化させて、小生意気に顎を反らしつつ片眼を瞑って褒め言葉を口にする。

「けれどそれはオルフェンズ様も同様でしょう?しかもハディス様は怪我を負ったけれど、オルフェンズ様は無傷でしたし、どちらが優秀かと聞かれると正直ハディス様だとは答え辛いものがありますね」

 怪我――とは?
 そこで思い出す。あのトレントの丘への道中、隣に何食わぬ顔をして立っているこの銀のから受けた短剣攻撃を。いや、この銀のは、あれを「攻撃」ではなくただの悪戯程度にしか捉えていない筈だし、「攻撃を当てられた」とするのは物凄く拒否感がある。
 ちらりと短剣を飛ばした当人を見遣ると、しっかり目が合い、しかも器用に片側の広角だけを微妙に上げてみせる。くそぅ、一生の不覚だ。けどヘリオスには、僕とセレネ嬢にこの男が短剣を悪戯で投げ続けていたこと――この男の素性を知られてしまう様なことなんて言う訳にはいかないし。

 忌々し気に黙り込んだ僕と、どこか楽し気にそれを見ているオルフェンズの表情は、ヘリオスにはまだ読めないだろう。けど何か不穏なものを感じるのか特に口を挟もうとはしない。

 微妙な膠着状態で男3人が立っていると、随分早い入浴を終えたセレネ嬢が扉を開けて、きょとんとした丸い瞳でこちらを眺めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...