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第一章 婚約破棄編
失念していたんだ。セレネ嬢の各種のポテンシャルの高さを。 ※ハディス視点
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この国の王に近しい血族のみに伝えられる常識として、特異な魔力の色を持った者は『神器の継承者』である可能性がある、といったものがある。
先の占術館で利用された黄色い魔力は『仏の御石の鉢』の継承者特有のものだし、そのほかの神器に関しても、一般的に知られる『治癒の青』『膂力の朱』以外の特別な色を持っている。
あの夜会のホールで、ヴェンツ伯爵令息と、ラシン伯爵令嬢が薄黄色い魔力を纏って騒ぎを起こしたことだけでも頭の痛い事態だったのに、さらに見慣れない桜色の魔力を纏ったセレネ嬢までもが現れて、神器の事情に明るい一部の者たちは慌てた。セレネ嬢の魔力の色は、ごく薄いものだったから膂力の『朱』に紛れて分かり難かったけれど、何人かは気付いたはずだ。
あの場では、王家に与する僕が表に出たことによって、『特別な魔力の色』に関しての騒ぎは防ぐことが出来たとは思うけど、そこに追い打ちを掛けるように銀の・オルフェンズまでが絡んでくるものだから、収拾が大変になってしまったけどね。
さっさと騒ぎの場から立ち去ってしまった、この銀のは、僕があの時の騒ぎを思い出しつつ胡乱な視線を向けても、薄い笑みを崩さない。あの後始末は本当に大変だったんだぞ。
ヴェンツ伯爵令息と、ラシン伯爵令嬢、バンブリア男爵令嬢が起こした騒ぎについては極秘案件とし、夜会での出来事の口外を禁ずる工作は、王家の威光をふんだんに利用させてもらった。
夜会の騒ぎの後、居合わせたバンブリア男爵とヘリオスの事情聴取という名の交渉が行われたのは、セレネ嬢には内緒だ。何せ、桜色の魔力など前代未聞で、神器に該当する物が無いのだから『神器の継承者』だと言いきることも出来ない。これまで、何人もいる継承者候補を見てきた僕から見ても、セレネ嬢は異質だった。大抵の者は高位貴族やそれに準ずる立場にあるものが殆どだったけれど、セレネ嬢は男爵令嬢と云う低位貴族、しかもつい数年前までは平民だったと云う。それは異常なことだった。だから野放しにする選択肢はなかった。王家は手元に置いて「保護」という名の「囲い込み」をしたかったみたいだけど、バンブリア男爵とヘリオスが頑迷に抵抗した。
『神器の継承者であるかもしれないなどと云う不確かな思い込みなどのために、一人の人生の可能性を潰すような行いは認められません。バンブリア商会は多くの可能性を掴み取って確実に育ててきたものであり、その家風を如実に引き継ぐ娘自身、曖昧な情報をもとに将来を他人に決められてしまうことに抵抗しない訳がない。私達も子等の可能性を引き出せるよう、これまで育ててきましたから、それを不当に損なおうとするのならいつでもこの国を見限るつもりでおります』
バンブリア男爵は、温厚な商売人の顔をしてはいるものの、話す内容は不穏そのものだった。
『お父様や僕がこのまま戻ることが無ければ、お姉さまは王家を敵と定めて、僕らを何とか助けようとするでしょうし、お母様はお父様と同じくこの国を見限る行動を迅速に進めるでしょう』
幼いヘリオスまでもが強い意志を感じさせる表情で、聴取に当たった大人たちに怯むことなく、背筋を伸ばしてはっきりと反対を述べた。
王家からの声掛けに喜びこそすれ、まさか反意を見せられるとは思っていなかったこちらは大いに戸惑った。しかも、セレネ嬢にはオルフェンズも目を付けたらしいことは夜会での様子から明らかだったから、下手をうてば彼女はバンブリア家とオルフェンズと共に、この国の手の内から完全に逃れてしまう可能性も出て来た。
だから僕は交渉することにした。
『それなら、バンブリア令嬢を保護する代わりに、僕が護衛ということでくっつくことにしようかな』
対するバンブリア父子の反応は『高位貴族の方が耐えられるはずがない』『名目だけのお遊びで護衛など勤まるはずがない』と辛辣だったけれど、僕は別に護衛の真似事も、男爵令嬢の下に就く事も、ただ面白そうだと思うだけで特に抵抗は無かったんだ。だから『問題ないよ』と簡単に返したけれど……。今なら分かる、あの時2人が言いたかったのはセレネ嬢を普通のご令嬢と同じに考えてはいけないと云う事だったのだろう。そうだ、オルフェンズを放り投げた姿をしっかり見ていたはずなのに失念していたんだ。黙って立っていれば、どんな高位貴族のご令嬢よりも儚げで可憐な風貌のセレネ嬢の各種のポテンシャルの高さを。
回想に耽っていたのは一瞬だ。僕は、姉とバンブリア商会に向ける情熱を語るヘリオスの気持ちを宥めるように、敢えてのんびりと間をとって柔らかく笑んでみせる。
「学園を卒業するまでは僕が責任をもってセレネ嬢を護るから。卒業後の進路の一つとして、王城も考えてもらえるように健気に頑張っているんだよ。ちょっとは役に立っているでしょー?」
「まぁ、商会からの帰路にお姉さまが襲われたと聞いたときは、口ほどにもないと怒りも沸きましたけど、狩りに行くお姉さまに付いて行けたことは護衛としては優秀でした」
冗談めかして言ってみれば、ヘリオスもようやく態度を軟化させて、小生意気に顎を反らしつつ片眼を瞑って褒め言葉を口にする。
「けれどそれはオルフェンズ様も同様でしょう?しかもハディス様は怪我を負ったけれど、オルフェンズ様は無傷でしたし、どちらが優秀かと聞かれると正直ハディス様だとは答え辛いものがありますね」
怪我――とは?
そこで思い出す。あのトレントの丘への道中、隣に何食わぬ顔をして立っているこの銀のから受けた短剣攻撃を。いや、この銀のは、あれを「攻撃」ではなくただの悪戯程度にしか捉えていない筈だし、「攻撃を当てられた」とするのは物凄く拒否感がある。
ちらりと短剣を飛ばした当人を見遣ると、しっかり目が合い、しかも器用に片側の広角だけを微妙に上げてみせる。くそぅ、一生の不覚だ。けどヘリオスには、僕とセレネ嬢にこの男が短剣を悪戯で投げ続けていたこと――この男の素性を知られてしまう様なことなんて言う訳にはいかないし。
忌々し気に黙り込んだ僕と、どこか楽し気にそれを見ているオルフェンズの表情は、ヘリオスにはまだ読めないだろう。けど何か不穏なものを感じるのか特に口を挟もうとはしない。
微妙な膠着状態で男3人が立っていると、随分早い入浴を終えたセレネ嬢が扉を開けて、きょとんとした丸い瞳でこちらを眺めていた。
先の占術館で利用された黄色い魔力は『仏の御石の鉢』の継承者特有のものだし、そのほかの神器に関しても、一般的に知られる『治癒の青』『膂力の朱』以外の特別な色を持っている。
あの夜会のホールで、ヴェンツ伯爵令息と、ラシン伯爵令嬢が薄黄色い魔力を纏って騒ぎを起こしたことだけでも頭の痛い事態だったのに、さらに見慣れない桜色の魔力を纏ったセレネ嬢までもが現れて、神器の事情に明るい一部の者たちは慌てた。セレネ嬢の魔力の色は、ごく薄いものだったから膂力の『朱』に紛れて分かり難かったけれど、何人かは気付いたはずだ。
あの場では、王家に与する僕が表に出たことによって、『特別な魔力の色』に関しての騒ぎは防ぐことが出来たとは思うけど、そこに追い打ちを掛けるように銀の・オルフェンズまでが絡んでくるものだから、収拾が大変になってしまったけどね。
さっさと騒ぎの場から立ち去ってしまった、この銀のは、僕があの時の騒ぎを思い出しつつ胡乱な視線を向けても、薄い笑みを崩さない。あの後始末は本当に大変だったんだぞ。
ヴェンツ伯爵令息と、ラシン伯爵令嬢、バンブリア男爵令嬢が起こした騒ぎについては極秘案件とし、夜会での出来事の口外を禁ずる工作は、王家の威光をふんだんに利用させてもらった。
夜会の騒ぎの後、居合わせたバンブリア男爵とヘリオスの事情聴取という名の交渉が行われたのは、セレネ嬢には内緒だ。何せ、桜色の魔力など前代未聞で、神器に該当する物が無いのだから『神器の継承者』だと言いきることも出来ない。これまで、何人もいる継承者候補を見てきた僕から見ても、セレネ嬢は異質だった。大抵の者は高位貴族やそれに準ずる立場にあるものが殆どだったけれど、セレネ嬢は男爵令嬢と云う低位貴族、しかもつい数年前までは平民だったと云う。それは異常なことだった。だから野放しにする選択肢はなかった。王家は手元に置いて「保護」という名の「囲い込み」をしたかったみたいだけど、バンブリア男爵とヘリオスが頑迷に抵抗した。
『神器の継承者であるかもしれないなどと云う不確かな思い込みなどのために、一人の人生の可能性を潰すような行いは認められません。バンブリア商会は多くの可能性を掴み取って確実に育ててきたものであり、その家風を如実に引き継ぐ娘自身、曖昧な情報をもとに将来を他人に決められてしまうことに抵抗しない訳がない。私達も子等の可能性を引き出せるよう、これまで育ててきましたから、それを不当に損なおうとするのならいつでもこの国を見限るつもりでおります』
バンブリア男爵は、温厚な商売人の顔をしてはいるものの、話す内容は不穏そのものだった。
『お父様や僕がこのまま戻ることが無ければ、お姉さまは王家を敵と定めて、僕らを何とか助けようとするでしょうし、お母様はお父様と同じくこの国を見限る行動を迅速に進めるでしょう』
幼いヘリオスまでもが強い意志を感じさせる表情で、聴取に当たった大人たちに怯むことなく、背筋を伸ばしてはっきりと反対を述べた。
王家からの声掛けに喜びこそすれ、まさか反意を見せられるとは思っていなかったこちらは大いに戸惑った。しかも、セレネ嬢にはオルフェンズも目を付けたらしいことは夜会での様子から明らかだったから、下手をうてば彼女はバンブリア家とオルフェンズと共に、この国の手の内から完全に逃れてしまう可能性も出て来た。
だから僕は交渉することにした。
『それなら、バンブリア令嬢を保護する代わりに、僕が護衛ということでくっつくことにしようかな』
対するバンブリア父子の反応は『高位貴族の方が耐えられるはずがない』『名目だけのお遊びで護衛など勤まるはずがない』と辛辣だったけれど、僕は別に護衛の真似事も、男爵令嬢の下に就く事も、ただ面白そうだと思うだけで特に抵抗は無かったんだ。だから『問題ないよ』と簡単に返したけれど……。今なら分かる、あの時2人が言いたかったのはセレネ嬢を普通のご令嬢と同じに考えてはいけないと云う事だったのだろう。そうだ、オルフェンズを放り投げた姿をしっかり見ていたはずなのに失念していたんだ。黙って立っていれば、どんな高位貴族のご令嬢よりも儚げで可憐な風貌のセレネ嬢の各種のポテンシャルの高さを。
回想に耽っていたのは一瞬だ。僕は、姉とバンブリア商会に向ける情熱を語るヘリオスの気持ちを宥めるように、敢えてのんびりと間をとって柔らかく笑んでみせる。
「学園を卒業するまでは僕が責任をもってセレネ嬢を護るから。卒業後の進路の一つとして、王城も考えてもらえるように健気に頑張っているんだよ。ちょっとは役に立っているでしょー?」
「まぁ、商会からの帰路にお姉さまが襲われたと聞いたときは、口ほどにもないと怒りも沸きましたけど、狩りに行くお姉さまに付いて行けたことは護衛としては優秀でした」
冗談めかして言ってみれば、ヘリオスもようやく態度を軟化させて、小生意気に顎を反らしつつ片眼を瞑って褒め言葉を口にする。
「けれどそれはオルフェンズ様も同様でしょう?しかもハディス様は怪我を負ったけれど、オルフェンズ様は無傷でしたし、どちらが優秀かと聞かれると正直ハディス様だとは答え辛いものがありますね」
怪我――とは?
そこで思い出す。あのトレントの丘への道中、隣に何食わぬ顔をして立っているこの銀のから受けた短剣攻撃を。いや、この銀のは、あれを「攻撃」ではなくただの悪戯程度にしか捉えていない筈だし、「攻撃を当てられた」とするのは物凄く拒否感がある。
ちらりと短剣を飛ばした当人を見遣ると、しっかり目が合い、しかも器用に片側の広角だけを微妙に上げてみせる。くそぅ、一生の不覚だ。けどヘリオスには、僕とセレネ嬢にこの男が短剣を悪戯で投げ続けていたこと――この男の素性を知られてしまう様なことなんて言う訳にはいかないし。
忌々し気に黙り込んだ僕と、どこか楽し気にそれを見ているオルフェンズの表情は、ヘリオスにはまだ読めないだろう。けど何か不穏なものを感じるのか特に口を挟もうとはしない。
微妙な膠着状態で男3人が立っていると、随分早い入浴を終えたセレネ嬢が扉を開けて、きょとんとした丸い瞳でこちらを眺めていた。
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