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第一章 婚約破棄編

あなたの気持ちはよく分かる!わたしも絶賛困惑中だ!

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「どうなってんの?」

 砂埃まみれで呆然と呟いたわたしは、身動みじろぎしたものの左足首に走った痛みに立ち上がることを諦めて、上半身だけを起こす。
 周囲にいる敵は、わたしが飛び越えた破落戸ごろつき、剣を振り下ろした破落戸、その傍にもう一人。そして背後の暗殺者―――のはずだった。

「やっと追いつけたよー。あんまり走り回って僕の活躍の場を取らないでねー」
「儚く舞う桜が、花嵐を纏って彗星に変容するとは……やはり貴方は興味深い」

 剣を振り下ろした場所そのままに地面に伏している破落戸と、その背を脚で押さえているハディス。傍にもう一人の破落戸が転がっている。わたしが飛び出した小道を見れば、暗殺者が破落戸の頸部けいぶを持ち、右腕一本で釣り上げている。その視線はわたしに向いており、口元には薄く笑みが浮かんでいる。

 一体なにをどうしたら、一瞬でこんな芸当ができるの?
 ナルシスト暗殺者は、わたしの動きが不思議だったみたいだけど、あなたたちの方がよっぽどおかしいからね?

「お嬢様!護衛殿!ご無事ですか!!」

 商会の衛兵たちが荒縄を持って走って来ると、破落戸達を手際よく縛り上げ、纏めてしまった。
 いや、どれだけ手慣れてんの?ちょっと引くんですけど……。

「ってちょっと!」

 ナルシストが、いや暗殺者が、未だ地面に這いつくばっているわたしの膝裏に手を差し入れると、もう一方の手で腰を支えて立ち上がった。大通りでお姫様抱っこで、持っているのは片手で大の男を吊り上げられる暗殺者で、しかも一度巻きで池に沈められてるからね?いやこれどんなドキドキ状況!?
 常にマイペースで砕けた態度のハディスも呆気にとられているから!

「バンブリア邸までお送りしますよ」

 え?生きたままで?それともわたし死体になっちゃうの?

「その必要はないなぁ。護衛の僕が付いていくから、君の手を煩わせるつもりはないよ?吟遊詩人オルフェンズ君……だよね?」
「ほぅ?」

 細めたアイスブルーの瞳も、テノールの声も、世間一般的に見てとっても麗しい部類のはずなんだけど、物騒のオンパレードのこの男相手だと、至近距離でもときめかない。
 わたしを間に挟んで緊迫した空気を漂わせる護衛と暗殺者。
 けど二人とも、今助けてくれたとは云え、正体が知れないからどちらの味方も出来ない。

「お嬢様!ご無事でよかったです!」

 馭者ぎょしゃが、馬車を操ってやって来てくれた。顔全体でニッカリ笑う小父おじさんを見て、ようやく体の力が抜ける。さらに母オウナが、商会の衛兵と男衆を引き連れてやって来る。強張った表情に母の心痛が見て取れる。

「大丈夫、何も問題ないわ。心配かけてごめんなさい」

 自分にも言い聞かせるつもりで、集まった皆に声をかけると、オルフェンズと呼ばれた暗殺者は、わたしを抱えたまま馬車へ乗り込み、そのあとに続いてハディスも乗り込んで来た。
 馬車の中は、オルフェンズの膝上に抱えられたままのわたしと、その正面に苦虫を嚙み潰したような表情のハディス。いやどんな地獄状況よ。助かった余韻でホッとできる間もなく、更に訳の分からない事になっているんじゃないかな?
 母オウナが、怪訝そうに馬車の中を覗き込む。

「えっ……と、お嬢様……。このままお屋敷まで出発しても宜しいので……?」

 馭者の小父さん、あなたの気持ちはよく分かる!わたしも絶賛困惑中だ!
 母は、固まっていることしか出来ないわたしから、オルフェンズとハディスへ問う様に視線を向ける。
 けれど、座ってから目を閉じて身動き一つしないオルフェンズは、何も答える気は無さそうで、そうなると自然と答えるのはハディスになる。
 ハディスは無になっているオルフェンズと、硬直しているわたしを交互に見遣ると、げんなりした表情を隠しきれないまま、それでも母を安心させるためにか笑みを口元に浮かべて、一つ頷いた。
 何を察したのか、母も無言のまま頷く。苦笑気味でちらりとわたしに目を向けると、そのまま馬車から離れた。

「もう、構わないから出して」

 頭痛を堪える様に、左手で額を抱えたハディスがぼそぼそ言うと、小父さんは「了解」と急いで扉を閉めたのだった。
 馬車の外からは、捕らえた破落戸たちを商会の衛兵詰め所へ連行するよう、その場の指揮を執る母オウナらしい力強い声が響いていた。
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