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Ⅲ 覚醒するなりそこない令嬢
第58話 オレリアン伯爵とビアンカ【後日談】
しおりを挟むミリオンが王城で満ち足りた推し活に勤しむようになった一方で、無惨に破壊された彼女の生家――オレリアン伯爵邸は驚異的な早さで再建されていた。建設に当たっては、王家から派遣された者達が手を貸し、幾重にも防備を備えた造りとされた。
外からも、中からも、特別な錠を掛けられた扉は簡単に開けることは出来ない。
人々は、王族との婚約を結んだ娘の生家であり、二人もの使徒を輩出した名家だからこそ、特別に目を掛けられたことに何の違和感を持つこともなかった。
「出すんだ!! 私を誰だと思っている!」
侵入どころか脱出をも阻む、完璧な作りの館は、防音の設備も備わっている。その館内で、今日もオレリアン伯爵が怒声を上げる。王家から派遣された兵士が厳重に周囲を固める中、一際身分の高そうな兵士が玄関扉の内側に造られた格子越しに伯爵に声を掛けた。
「我々には感謝して欲しいくらいなのですよ? 事実が広がって困るのはあなた方でしょう。王子妃であり真の使徒であったお方を虐げたばかりでなく、歪んだ盲愛で天使を育てて見事堕落させてしまった。そんなあなた方の所業が外に漏れたら、貴族どころか平民達にまでどんな目に遭わされるか――― 一度経験してみますか?」
伯爵と、夫人はその状況を想像し、さっと顔色を蒼くして押し黙るのだった。
これまでの伯爵のやり方が強引だったことは否めない。けれど、貴族であれば誰もが有望な後継を作ろうとするのは当然のことだったから、特にそれに対して王家は責を負わせなかった。王家は、ミリオンを厚遇し、ビアンカにしかるべく教育者を付けて庇護することにより、事情を知る一部の高位貴族たちの信を篤くした。
* * * * *
ビアンカは、焔使に伴われ、王都を一望できる小高い丘の上に居た。
嫌がるビアンカを、強引に焔使が引き連れて来た格好だ。覚醒間もなく堕ちかけて、中途半端に力を行使するに留まったビアンカと、人を殺めて闇落ちし、そこから真逆の蘇生の魔法を練り上げて実際に救った焔使。同じ『堕ちかけ』とは言え、作り出した闇の大きさと、跳ねのけた力の大きさは圧倒的に焔使が上だから、ビアンカの抵抗など簡単に撥ね退けられてしまう。
「ちょっと! お婆さんがきやすく私に触れてんじゃないわよ!私はオレリアン伯爵家の後継者で天使なんだから!」
「だっただろぅ?それを言うなら私はプロコトルス公爵家の者だし焔使だよ。身分的にどちらが上か明らかだねぇ」
「くっ…」
憎々し気に顔を歪ませても、勝てないと判断して引き下がったビアンカに焔使が満足げな笑みを向ける。
「さて、ようやく話が出来るようだね。時に、お前さんは神の声は聞けたのかな?」
揶揄う様な響きに更にビアンカの表情は曇る。
「なにも聞こえやしないわよ。けど私の『堕天』は止まったわ。あんたみたいな老人の姿にはならなかった。私はこれから美しさを取り戻してやるんだから!」
ビアンカは、あちこちが染みのように黒く染まった髪と肌を苦々しく見遣る。翼を出せば、焔使と同じく焦げ、朽ちたような無残なモノが背に現れるので、今は顕現させないでいる。
そこまでの姿になっても、傲慢さと、前向きで真っすぐな気持ちの本質に何の変化も無いビアンカだ。
諦めたような、慈しむ様な老婆の視線に、どこか居心地の悪さを感じたビアンカは、ふと思い付いたことを口にする。
「ねえ、あんた本当に神様の声なんて聞こえたの?」
ビアンカの堕天が止まった時、聞こえたのは神の声などではなく、憎いはずなのに、穏やかな気持ちにさせられるミリオンの声だったから――――。
老婆は軽く紅い目を見張った後、微かに笑んでみせる。
「さてねぇ? 聞こうと思えば誰でも聞けるんじゃないかい? 生きるためには理由が必要なのさ」
「――あんた、とんだ狸婆ね……」
ビアンカの胡乱な視線を素知らぬ顔で受け流した焔使が、ひらりと大空へ飛び立つ。要庇護者が付いて行くか確認する気も無いらしい。好きにしろと言うことなのだろう。
ビアンカは、眼下に広がる街と、城をさっと見渡すと、勢いよくそれらに背を向ける。
そして、遠くなりつつある老婆の背中を追い始めた。
なりそこないの黒翼天使 ~虐げられ令嬢は、推しへの萌えで覚醒する!~
《 完 》
――――――――――――――――
ちょっぴりでも皆様の記憶に留まるお話となりましたら幸いです。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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