53 / 58
Ⅲ 覚醒するなりそこない令嬢
第53話 なりそこないの黒翼天使
しおりを挟む「ちょ! ミリ、苦しいの!? 僕の防御の魔法が効いていないの!?」
「だ・だい、だいじょっぶね! 噛み締めてただけね!!」
「は!? 何それ!?」
必死で伝えた「大丈夫!」は、若干訝しがられてはいたが何とか伝えることが出来た。その証拠に、心配に曇っていたリヴィオネッタの表情には、苦笑が混じっている。危機的状況は変わりないのに2人の間にだけは、ほのぼのとした穏やかな空気が漂う。
――が、対照的にギリリと唇を噛みしめる者がいた。
「あんたはいつだってそう……どんなに追い込んでも、痛めつけてもっ、そうやって余裕ぶってるのが気に入らないのよ―――――!!!」
ビアンカは2人をしっかり睨め付けて、悲鳴にも似た声で喚き散らす。すると、彼女から一段と暗い靄が溢れ出した。
「ミリ! 気を付けて、攻撃が来るよ」
言うと同時にミリオンを庇おうと抱き込んだリヴィオネッタだが、元焔使の老婆は「違うな」と否定の言葉を口にする。
「これは攻撃ではないぞ。見よ! 心根と同じく、黒く醜悪に染まった魔力が、黒い繭となって使徒の魂を喰らい尽くさんとするぞ!! 娘が、堕ちる」
険しい表情の老婆が予告した通り、黒い靄がビアンカに纏わりついて、彼女の髪を、皮膚を黒く爛れさせて行く。
「何で!? 嘘よ! 私は美しい天使のはずなのに、なんでこんな汚い跡が付いていくの!? 私は天使なのよ!! 誰もに傅かれる存在なのよ!! ふざけないでよ!! 何もなかったから、手に入れるために必死で頑張ったのよ! 私だけ、何も手に入れられないままなんて冗談じゃないわ! 許さない、あんただけ幸せになんてさせない!! ミリオン――――――!!!」
ビアンカの真っすぐすぎる欲望の叫びに、堕ちかけた天使の魔法が呼応して、繭の形に纏まり掛けていた黒い靄が、内部から放たれた漆黒の光の帯に突き破られる。
「全部、私のものよ! 私が好きにするのよ!!」
光を吸い込む黒い魔法の帯は、触れるものすべてを破壊する勢いで、部屋中を飛び交い、壁を突き崩して屋敷もろとも崩落させて、中に居る人間たちをも巻き込もうとする。自分の身よりもミリオンの安全を優先するリヴィオネッタに、容赦なく瓦礫が飛弾となって襲い掛かった。
「ミリ!危ない!!」
「リヴィ! わたしを庇わなくて良いからっ! あなたに怪我をさせたくないっ」
必死で言い募るミリオンに、窮地を感じさせない温かな笑顔が向けられる。
「護らせてよ。ミリオンのお陰で僕にも覚悟ができたんだから。大切なものを守るには力が要るし、楽しく笑える毎日を送るためにも力が要る。だから僕は翠天になった」
ミリオンの目の前で、美しい翠の翼が大きく広げられる。荒れ果てた屋敷の中なのに、その翼に守られるミリオンからは、眼前の風景全てがとても神々しく見える。ほぅ、とため息を吐いたミリオンはキラキラ輝く憧れに満ちた視線を、真っすぐリヴィオネッタに向けた。
「やっぱりリヴィは初めて出会った時と変わらず、とってもキレイで神々しくて尊くて――全部が素敵すぎる推しだわ! のんびり守られる気には、とてもなれないもの。リヴィに出会えてから、わたしは踏み出す力をもらえて、本当に安心して穏やかにいられるようになったの。この穏やかで癒される毎日を、わたしも自分で護りたい!」
力強く告げるミリオンは、憧れと信頼に溢れた眩しい笑顔を浮かべる。リヴィオネッタは、ふわりと見守る様な柔らかな笑みで応えつつ、そっとミリオンの両手を取った。
「ミリ……一緒に行ってくれる?」
「うん、リヴィ!」
手に手をとった二人がビアンカに真っ直ぐ歩を進める。
荒ぶる彼女の攻撃魔法が襲い掛かって来るが、徐々に強さを増す翠と白銀の光を纏った二人の前に、攻撃は当たらずに霧散する。
そしてついにビアンカの包まれる黒い繭に、ミリオンとリヴィオネッタは重ねた両手を押し当て――――
「ビアンカ、あなたに教えてあげたい。奪ったものは、本当の意味であなたの物じゃない。奪うだけじゃあ、幸せにはなれないのよ!」
ミリオンの力強い言葉と同時に、あふれた眩い閃光が、迸る。
光によって、真っ黒に染まったビアンカも、血に塗れたオレリアン伯爵とセラヒムも、瓦礫の散乱する周囲さえも清浄に塗り替えられて行く。
傷は癒され、砕けた煉瓦は砂に還り、憎しみに染まった人の心は穏やかに凪いで行く。
間違いなくその力は、安寧をもたらす黒い翼の「黒天」のものだった。
優しい白銀の光の中、ミリオンの背に顕れた艶やかな黒い翼が羽ばたく。
その場に居た者たちは、虐げ見下していたはずのミリオンが輝かしく昇華するのを、畏怖と憧憬を持ってただ茫然と見詰めた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。
りつ
恋愛
イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。
王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて……
※他サイトにも掲載しています
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】真実の愛はおいしいですか?
ゆうぎり
恋愛
とある国では初代王が妖精の女王と作り上げたのが国の成り立ちだと言い伝えられてきました。
稀に幼い貴族の娘は妖精を見ることができるといいます。
王族の婚約者には妖精たちが見えている者がなる決まりがありました。
お姉様は幼い頃妖精たちが見えていたので王子様の婚約者でした。
でも、今は大きくなったので見えません。
―――そんな国の妖精たちと貴族の女の子と家族の物語
※童話として書いています。
※「婚約破棄」の内容が入るとカテゴリーエラーになってしまう為童話→恋愛に変更しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる