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Ⅲ 覚醒するなりそこない令嬢
第52話 宝物みたいに
しおりを挟む4大公爵家に生まれ付いた使徒。
本来ならば、誰もが尊び、絶大な影響力を持ったであろう存在だ。なのに、存在を隠さねばならないほどの醜聞を起こした老婆は、堕ちた焔使だと言う。
魔道古書店の主人はとんでもない素性の持ち主だった。
その彼女の身を切る過去語りをもってしても、ミリオンに並々ならぬ憎しみを向けるビアンカには何も響いていなかった。何を言われてもミリオンを呪う視線が外されることはない。既に使徒の持つ『清浄』な魔力とは真逆の、『混沌』とした黒い靄に変じた魔力に全身を包まれ始めている。
「あんたさえ……! あんたさえ生まれてこなければ、私は全部の幸せを手に入れることが出来たのよ!!!」
天使と謳われ、家族や周囲の愛を一身に受けながらも、満たされることを知らないビアンカの傲慢な叫び。それは、ミリオンを襲う呪いの魔法となって、彼女の身体から迸った。
視界を塞ぐ黒い嵐が室内に巻き起こり、魔法を向ける相手の周囲から酸素を奪って荒れ狂う。
小さな黒い竜巻が襲い掛かるのは、ビアンカが並々ならぬ憎しみを向けるミリオンただ一人。
普通の人が使う魔法とは桁違いの威力だったが、自分は超常の力に襲われないと分かっていれば、それはただの稀有で素晴らしい見世物だ。セラヒムを始めとした、プロトコルス家の兵士らは見たことのない恐ろし気な魔法に驚き、感動すら覚えていた。
だから、兵士の刺突で傷を負ったものの、即死に至ってはいなかったオレリアン伯爵が、護身用に潜ませていた短剣を手にセラヒムに迫っていたことに気付く者は居なかった。
笑みさえ浮かべて変異を眺めていたセラヒムは、ドンと勢いよく背中に当たった何かに押されてよろける足を2、3歩進める。けれど当たった物と自分の距離は開かず、疑問を感じると同時に痛みが襲い掛かって来て、漸く状況を把握した。
「ぅぐ!! オレリアン! 貴様ぁ!!!」
背中に短剣を突き立てられたセラヒムが、背後に首を巡らせて、執拗に剣を押し込もうとするオレリアン伯爵に怒声を上げる。余裕の笑みは既になかった。
セラヒムの背中に短剣を突き立てたオレリアン伯爵が、執拗に剣を押し込みながら、血を吐く叫びを上げる。
「私をっ……ただの使い捨ての駒にするなどっ! 青二才の分際で!! 私の並々ならぬ努力の欠片も分かってはおらんひよっこの分際でっ……許さん!!!」
どんな無茶な要求を突き付けても従うのが当たり前だと信じて疑わなかった、格下の取るに足りない者――オレリアン伯爵から鬼気迫る表情で、激情をぶつけられたセラヒムは、この時、生まれて初めてと言っていいほどの『恐怖』を感じていた。
「ミリ! 大丈夫か!!」
リヴィオネッタが、黒い竜巻に襲われるミリオンを抱き寄せ、大きく広げた翼で自分ごと彼女の全身を包み込む。
ミリオンは、なけなしの風魔法で竜巻を遠ざけようと奮闘していたが、リヴィオネッタの両腕が背中に回されたのを感じた途端、その対抗魔法を止めてしまった。
と言うより、活動全てを停止させてしまった。
大好きな推しに突然抱き締められたのだ。心臓が嘗て無いほど暴れ狂って激しいリズムを刻むし、触覚、嗅覚、視覚、聴覚全ての感覚から得られた情報量が、頭の処理限界を突破した結果の無力化だ。
けれど、硬直しつつも密着した身体からは、自分のとは違う速い鼓動が伝わって来る。
(こんなに、心臓がドキドキするくらい心配してくれたんだ……。こんな素敵な人が、わたしを心配してくれてる。宝物みたいに、こんなにも大切に抱え込んでくれてる。護ってくれてる。なんて幸せなの!)
じん……と心が温かくなり、リヴィオネッタの気持ちを実感して嬉しさが込み上げて来る。大切な彼を安心させたくて、ミリオンは間近に輝くエメラルドの瞳をそっと覗き込み―――
「だいじょ―――――」
言い掛けて、息を吸った瞬間予期しなかった更なる強敵が彼女を襲った。『推し』の香りが一気に肺を満たして、その尊さに息が詰まる。吐くことも吸うことも出来なくなったミリオンは、見る見る真っ赤になっていった。
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