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Ⅲ 覚醒するなりそこない令嬢
第51話 存在を隠匿された使徒『焔使』
しおりを挟む室内には轟轟と音を立てて強風が吹き荒れ、割れた窓から飛び込んで来た小石や小枝が剣を握った兵士たちにバチバチと叩きつける。
「遅くなってごめん! おばば様を探してたらギリギリになっちゃった」
場にそぐわない明るい声に目を向ければ、割れた窓の側に古書店の老婆と、リヴィオネッタが浮かんでいた。
「なん……! 翼!? まさか使徒!?」
セラヒムの笑顔がようやく消え、愕然と2人の浮かぶ場所を見詰める。ミリオンも、大きく目を見開いて2人の姿を見るが、こちらは憧れの人に向けるキラキラした光に溢れた視線だ。
(なんなの!? 素敵! 綺麗! さすが!! やっぱり!!!)
頬を桃色に染めて、緩む口元を隠しきれなくなっているミリオンに、リヴィオネッタがパチンとウインクをしてみせる。彼の背には翠天の緑の翼がはためいており、老婆には先端だけが赤い色を残す、焦げてボロボロになった様な黒い翼がついていた。
「お二人とも、使徒だったのですね!」
明るく声を弾ませるミリオンに、リヴィオネッタが「僕はね」と意味深長に呟きながら、静かに頷く。その隣に浮かぶ老婆は是とは応えず、穏やかな視線で集った人々を見渡すと、ゆっくりと口を開いた。
「私は見ての通り、なりそこないで、堕ちた使徒さ。だけどまだ魔法は使えるから、罪を重ねそうなお嬢ちゃんを救いに来たと言うワケさ」
言いながら視線を向けるのは、未だミリオンを睨み続ける、先程よりも濃く黒い靄に包まれるようになったビアンカだ。
「お嬢ちゃん、人を憎むのも大概にしな。誰かを呪えばそれは自分にも返って来る。普通の人間でさえそうなんだから、神に遣わされた私たちは尚のことだよ」
落ち窪んだ老婆の小さな紅い瞳には、深い悲しみを湛えた光が宿っている。ミリオンは、その光に気付き、老婆がこの場へ来た理由を悟るが、憎しみに飲まれるビアンカには何も響いていない様だった。
「時に坊や、プロトコルス家の人間だってね。あんたの血族に使途に生まれながら早世した娘がいるんじゃないかい?」
「なんだと?」
いきなり何の脈絡もなく問いかと思われたが、セラヒムが激しく動揺し出す。
それもそのはず、老婆の言う「早世した娘」は、何代か前に確かに存在するのだ。しかも、使徒でありながら不名誉すぎる問題を起こし、あらゆる記録と公爵家に連ならぬ関係者を葬ることで存在自体を隠匿された娘が――
老婆は、嘗ては赤い翼を背中に生やした『焔使』だった。焔使は覇気を湧き起こす使徒で、4柱の中ではもっとも攻撃的で、その魔力も強い特性を見せる者だった。だからと言って、神は特別に危害を加えるのを認める事は無い。むしろ護るための力であるはずだった。
けれど、焔使の影響を色濃く受けた一人の女は、愚かにも、特質に引き摺られ、己の欲望のまま、嫉妬のあまり恋敵を魔法の炎で焼いた。
するとすぐさま彼女の魔法は黒い靄の形となり、魔法を使った分だけ彼女の身を蝕んだ。
恋敵を焼いたその場で、鮮やかな赤い翼を持つ、若い女は、ボロボロの崩れかけた翼を持つ老婆に成り果てた。
―――心が闇に堕ちた使徒は、内の闇に飲まれて使徒の資格を失うのだ。
罪を犯して堕ちてしまった焔使と、彼女に焼かれて虫の息となった婚約者。その両方に心を痛め、悲しみに引き裂かれて狂わんばかりに泣き叫ぶ男を見て、初めて、己の行いを悔いた。老婆は身が崩れるのをものともせず、全ての力を使って彼女に生命力を吹き込んで助けた。
そこではじめて、神からの救済の声が聞こえた。
堕ちた身で人の命を救うだけの強力な魔法を使えば、魂は力を失い、輪廻の輪に戻ることなく消滅してしまう。後悔を払拭する来世が存在しなくなる。だから、輪廻の輪に残るため、老人としての生を全うするために神と契約し、なりそこないの使徒を助けることを引き換えとすることになった。
「その後悔に免じて命だけは取らないでおいてやろう。やがて輪廻へと戻るその時まで、償いとしてお前の経験を助けに『なりそこない』たちを導くがいい」――――と。
老婆は、醜く老いさらばえた姿のままで150年余りの月日を経た今も、神から与えられた救済の言葉を胸に、どれだけ続くか分からぬ生を送り続ける。
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