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Ⅲ 覚醒するなりそこない令嬢
第47話 裏切者
しおりを挟むボロボロになりながら林から戻ったオレリアン伯爵家使用人は、土や木の葉で汚れ、乱れた衣服を神経質そうにパタパタと叩いて直し、解れた髪を手櫛で梳かして撫でつけていた。徒労に終わった探索と、それでも帰るわけにはいかない次期跡取りビアンカの命令を思い起こし、苦々しく顔を歪めながら深くため息を吐く。
彼が立っているのは、林から出てすぐの場所に在る「コゼルト薫香店」の道を挟んで向かい側。
どこかの平民の住居なのか、物置小屋なのかは彼には分らないが、とにかく粗末な建物の側だ。周囲の全てが自分の居るべき場所とは違う貧相な物ばかりで、そこに居る事すら嫌悪感をもよおしそうだった。
「あの、ちょっと良いですか?」
そんなギリギリの心理状態の彼の元へ、そばかすの散った頬に、栗色の髪を無造作に短く刈り込んだ少年が、媚びるような笑みを浮かべて近付いて来た。薫香店で話を聞いた少年だと云うことに気付いた使用人は、少年の態度からひょっとすると情報料を寄越せと下品な取引を持ち掛けられるのかと、あからさまに嫌悪を滲ませる。
「私はとある高貴なお方に仕える者だ。下賤な言葉は聞かぬ。我らにとって有益である話しか聞く気は無い」
「なら話は早いです。間違いを正す清廉な天使様に誓って、私の言葉はあの方の心に少しでも近付けるように、嘘、偽り、謀を紡ぐ気はありませんから」
使用人に声を掛けたのはペシャミンだった。
「天使様に誓って―――? お前、天使様のお役に立ちたいと言うのか?」
「えっ……!? お役になんて、滅相もない! あんな高貴で美しすぎる方の力になろうだなんて烏滸がましいこと、思ってもみません。ただ真っすぐに正義を司る天使様の御心に沿うように、曲がった物事を正したいだけなんです!」
ペシャミンは、あの祭り以来、天使役の少女に魅了されていた為に、教会で伝えられる天使の特質に沿った行いをして、手の届かない想い人へ、彼なりの奉仕をしようと決めていた。それは、遠回しすぎて伝わらない、何の益も害もないただの心掛けだったはずなのだが――偶然にも話を持ち掛けた相手は天使の使用人だった。
ペシャミンが天使を語る熱の籠った表情を見て取った使用人は、心の中でほくそ笑む。
(これは、またとない駒が手に入るかもしれん。天使と呼ぶにはあまりに酷薄なお方だと思ってはいたが、こんな幸運を引き寄せるとは……。意外に天使の素質はあるのかもしれん。まぁ、私は好かんが)
下賤な庶民とはいえ、この場から離れられる有益な駒となりうる少年に、彼は感謝すら覚えた。いつもなら、口も利きたくないはずの平民だったが、この時ばかりは、彼はその少年に笑顔さえ見せて話を促した。
「ここで働いている女の子について、調べているんですよね? 彼女をどうする気ですか? もしかして、連れに来てくれたのでしょうか?」
前のめりに質問を口にするペシャミンは、天使の為にと云う建前も嘘ではなかったが、常々邪魔に思っていたミリオンを追い出せるかもしれない存在の気配を、敏感に嗅ぎ取っていたのだ。天使が望み、ペシャミンの望みでもあるミリオン排除の計画は、期せずしてそれを望む両者の出会いによって、トントン拍子に話が進んで行く。
「あぁ、フローラと名乗っていると聞き及んでいるのだが、その名は本物だろうか? 実を言えば私は天使様に遣える立場でね。君が協力をしてくれたなら、きっとその行いに天使様は甚く感謝なさるだろうね」
「は……ほっ、本当ですか!! 夢みたいです! 是非ともお手伝いさせてください!! けどっ、本当に天使様のお遣いの方なのでしょうか?」
疑い深く微かに目を細めるペシャミンに、使用人は「平民のくせに生意気にも貴族を疑う気か」と心の中で悪態を吐きつつも、口元に笑みを刻んで胸ポケットに仕舞っていた耳飾りを取り出して見せる。
「お嬢様の髪の色と合わせた宝石をあしらった特注の物だ。小さく家紋も入っているのだが、これでは証明にならないかな?」
「あ……!」
耳飾りに視線を注いだペシャミンの眼が大きく見開かれ、あっという間に上気した頬が赤く染まる。その反応に、ペシャミンが信じたことを確信した使用人は更に声を潜めて囁く。
「これは秘密裏に行いたいんだ。天使様は表立った騒ぎは好まれない。人知れず、そっと間違った物事を正したいとお望みだ」
「分かりました。なら、私は何をしたら良いのでしょうか」
「よく決心してくれた。天使様もきっとお喜びになるに違いない。成功した暁には、天使様のこの耳飾りを、君への感謝の印として渡すことを許してくださるだろうさ」
そうして、使用人とペシャミンの2人はひっそりと笑みを浮かべながら言葉を交わしたのだった。
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