なりそこないの黒翼天使 ~ゴースト魔法で悪いコ退治!虐げられ令嬢は、ほのぼの推し活ライフに覚醒します!~

弥生ちえ

文字の大きさ
上 下
48 / 58
Ⅲ 覚醒するなりそこない令嬢

第47話 裏切者

しおりを挟む

 ボロボロになりながら林から戻ったオレリアン伯爵家使用人は、土や木の葉で汚れ、乱れた衣服を神経質そうにパタパタと叩いて直し、解れた髪を手櫛で梳かして撫でつけていた。徒労に終わった探索と、それでも帰るわけにはいかない次期跡取りビアンカの命令を思い起こし、苦々しく顔を歪めながら深くため息を吐く。

 彼が立っているのは、林から出てすぐの場所に在る「コゼルト薫香店」の道を挟んで向かい側。

 どこかの平民の住居なのか、物置小屋なのかは彼には分らないが、とにかく粗末な建物の側だ。周囲の全てが自分の居るべき場所とは違う貧相な物ばかりで、そこに居る事すら嫌悪感をもよおしそうだった。

「あの、ちょっと良いですか?」

 そんなギリギリの心理状態の彼の元へ、そばかすの散った頬に、栗色の髪を無造作に短く刈り込んだ少年が、媚びるような笑みを浮かべて近付いて来た。薫香店で話を聞いた少年だと云うことに気付いた使用人は、少年の態度からひょっとすると情報料を寄越せと下品な取引を持ち掛けられるのかと、あからさまに嫌悪を滲ませる。

「私はとある高貴なお方に仕える者だ。下賤な言葉は聞かぬ。我らにとって有益である話しか聞く気は無い」
「なら話は早いです。間違いを正す清廉な天使様に誓って、私の言葉はあの方の心に少しでも近付けるように、嘘、偽り、謀を紡ぐ気はありませんから」

 使用人に声を掛けたのはペシャミンだった。

「天使様に誓って―――? お前、天使様のお役に立ちたいと言うのか?」
「えっ……!? お役になんて、滅相もない! あんな高貴で美しすぎる方の力になろうだなんて烏滸がましいこと、思ってもみません。ただ真っすぐに正義を司る天使様の御心に沿うように、曲がった物事を正したいだけなんです!」

 ペシャミンは、あの祭り以来、天使役の少女に魅了されていた為に、教会で伝えられる天使の特質に沿った行いをして、手の届かない想い人へ、彼なりの奉仕をしようと決めていた。それは、遠回しすぎて伝わらない、何の益も害もないただの心掛けだったはずなのだが――偶然にも話を持ち掛けた相手は天使ビアンカの使用人だった。

 ペシャミンが天使を語る熱の籠った表情を見て取った使用人は、心の中でほくそ笑む。

(これは、またとない駒が手に入るかもしれん。天使と呼ぶにはあまりに酷薄なお方だと思ってはいたが、こんな幸運を引き寄せるとは……。意外に天使の素質はあるのかもしれん。まぁ、私は好かんが)

 下賤な庶民とはいえ、この場から離れられる有益な駒となりうる少年に、彼は感謝すら覚えた。いつもなら、口も利きたくないはずの平民だったが、この時ばかりは、彼はその少年に笑顔さえ見せて話を促した。

「ここで働いている女の子について、調べているんですよね? 彼女をどうする気ですか? もしかして、連れに来てくれたのでしょうか?」

 前のめりに質問を口にするペシャミンは、天使の為にと云う建前も嘘ではなかったが、常々邪魔に思っていたミリオンを追い出せるかもしれない存在の気配を、敏感に嗅ぎ取っていたのだ。天使が望み、ペシャミンの望みでもあるミリオン排除の計画は、期せずしてそれを望む両者の出会いによって、トントン拍子に話が進んで行く。

「あぁ、フローラと名乗っていると聞き及んでいるのだが、その名は本物だろうか? 実を言えば私は天使様に遣える立場でね。君が協力をしてくれたなら、きっとその行いに天使様はいたく感謝なさるだろうね」
「は……ほっ、本当ですか!! 夢みたいです! 是非ともお手伝いさせてください!! けどっ、本当に天使様のお遣いの方なのでしょうか?」

 疑い深く微かに目を細めるペシャミンに、使用人は「平民のくせに生意気にも貴族を疑う気か」と心の中で悪態を吐きつつも、口元に笑みを刻んで胸ポケットに仕舞っていた耳飾りイヤーカフを取り出して見せる。

「お嬢様の髪の色と合わせた宝石をあしらった特注の物だ。小さく家紋も入っているのだが、これでは証明にならないかな?」
「あ……!」

 耳飾りイヤーカフに視線を注いだペシャミンの眼が大きく見開かれ、あっという間に上気した頬が赤く染まる。その反応に、ペシャミンが信じたことを確信した使用人は更に声を潜めて囁く。

「これは秘密裏に行いたいんだ。天使様は表立った騒ぎは好まれない。人知れず、そっと間違った物事を正したいとお望みだ」
「分かりました。なら、私は何をしたら良いのでしょうか」
「よく決心してくれた。天使様もきっとお喜びになるに違いない。成功した暁には、天使様のこの耳飾りイヤーカフを、君への感謝の印として渡すことを許してくださるだろうさ」

 そうして、使用人とペシャミンの2人はひっそりと笑みを浮かべながら言葉を交わしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

処理中です...