47 / 58
Ⅲ 覚醒するなりそこない令嬢
第46話 招かれざる客への悪戯(ビアンカside ~ ミリオンside)
しおりを挟む赤レンガの粗末な外壁に木造の屋根。可憐な装飾の一つも施されない、素朴すぎるタッチの彫刻が施された看板が、より庶民臭さに輪をかける「コゼルト薫香店」。
(ふん、落ちぶれたあの子が居ても不思議じゃない店ね。私はこんな貧乏くさい店になんて入りたくないけど)
鼻の頭に皺を寄せたビアンカは、同行した使用人に顎をしゃくって入店の指示を出す。
(全く、学園の子たちはおしゃべりをするために寄って来るばかりで、実際に私のために動こうって者が居ないのよね。ご機嫌取りばかりの、役立たずばっかり。おかげで私が自分でこんな所に足を運ぶことになるなんて屈辱だわ。もしあの子が見つかったら、うんとお仕置きしてやらなきゃ気が済まないわね)
暗い瞳で馬車の窓の向こうに愚鈍な義妹の面影を見るビアンカは、うっそりと口角を吊り上げる。
店に向かわせた伯爵家の使用人も、平民街のはずれにあるこのような店に入ったことも無ければ、来たことすら無い。戸惑いも露に、ゆっくりと歩を進める後姿を、家紋の入らない馬車の中からこっそり見送っていたビアンカは、心の中で愚図と罵りながら、さらにこの事態を引き起こしたミリオンへの苛立ちに変換していった。
ほどなく使用人は困惑の面持ちで馬車へ戻って来た。
「フローラと云う少女は確かにここに居るようです。ただ、屋外での採取担当として働いているため、日中は会うことは出来ないようです。その……ついこの前まで、お屋敷から殆ど出なかったミレリオンお嬢様が、そのような作業をこなせるものでしょうか?」
使用人は、店の中で店員の少年に話を聞いて来たらしい。幽閉同様の暮らしを強いられていたミリオンが、野山に分け入るなど有り得ない――と当たり前の常識を伝えたのだが、ビアンカは、その言葉を自分への侮辱と取ってムスリと口角を下げた。
「さあね。それを調べるのが貴方の役割よ。それにしても、臭いわ。平民臭い。何この匂い!」
労いの言葉もなく使用人を睨み付けたビアンカが、厭わしいものを振り払うように頭を振り、顔に掛かったストロベリーブロンドを片手で乱雑に振り払う。すると、カタリと音がして、使用人の足元にビアンカの耳飾りが片方落ちた。
咄嗟にそれを拾い上げた使用人だったが、ビアンカは忌々しげに舌打ちし「いらないわ、こんな所に落ちた物」と吐き捨てる。
「けれどお嬢様、これは伯爵家の家紋まで入ったお嬢様の髪の色の宝石をあしらった特注品では」
「なら、お前にあげるわよ。私からの下賜よ、嬉しいでしょ? だから精々頑張って。見付けるまで帰らなくていいから。――早く行って」
「えっ……!?」
ビアンカが冷淡に告げると、絶句する使用人をその場に置き去りにして、彼女を乗せた馬車はオレリアン邸へと引き返してしまった。
残された使用人は、「天使」であるはずのビアンカに失望する思いを強くしながらも、仕方なく「フローラ」が居ると云う林へと足を向けたのだった。
けれど使用人が林へ入ろうとすると、どこからともなく低い獣の唸り声が響き、ぬかるみに足を取られ、突然吹き荒れる突風にしなった枝葉の殴打を受けて―――結局使用人は、何の情報を得ることも出来ず、とぼとぼと重い足取りでその場を後にしたのだった。
* * * * *
一方そのころ、採取中のミリオンは、時折遠くを見詰めるように静止するリヴィオネッタに気付き、首を傾げていた。悪戯っ子のニヤリとした笑みを時折浮かべる彼の瞳が、普通ではなかったからだ。
初めて路地裏で出会った時や、ミリオンの呼び掛けに応えて林に転移して来る時と同じ様に、チカチカと星を散りばめた様な細かな閃きが溢れ出している。
「リヴィ? なにかしてるのかしら」
声を掛けると、彼は得意げに胸を逸らして「内緒」と告げたのち、やや考えて「お姫様を護るナイトの真似事だよ」と笑いながら告げたのだった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。
りつ
恋愛
イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。
王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて……
※他サイトにも掲載しています
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる