なりそこないの黒翼天使 ~ゴースト魔法で悪いコ退治!虐げられ令嬢は、ほのぼの推し活ライフに覚醒します!~

弥生ちえ

文字の大きさ
上 下
30 / 58
Ⅱ 薫香店の看板娘

第29話 路地裏での再会

しおりを挟む

 ミリオンが出現させた醜悪なビアンカの幻ゴーストは、想像以上に大勢の人々に見られていたらしい。

 幻を消したにも関わらず興奮状態でその場に留まる者や、騒ぎにつられた人が更に集まり、大通りはいつの間にか祭りの喧騒を思わせる状況になっている。

「どこだ!? 天使様が現れたって?」
「いや、恐ろしい顔をしていたよ! あんなもの天使であるものか」
「違うよ、清廉を重んじる天使様だから、罪人を罰しに出て来られたんだよ。見たろ? あの派手な男娼を。あのご婦人が道を踏み外さぬよう警告しに現れたんだよ」
「あぁ、ってことは天使様は人助けに現れたのか!」

 おぉ……! と、誰からともなく歓声が上がる。

 いつの間にかゴーストを出現させた辺りには、僅かなゴーストの目撃者が愉悦を浮かべて目撃談を語り、人だかりが出来ている。

「天使様と言えば、オレリアン伯爵家のビアンカ様だろう! 今までこんな街外れの些末事に軌跡の御業を使ってくださる使徒様は居なかったよ」
「じゃあ、ビアンカ様はこれまでの誰よりも慈悲深い天使様ってことだね!」

 とんでもないところに会話が飛躍し、盛り上がりはじめた貴族街。人のまばらな時間を狙ったにも拘らず、ミリオンの魔法一つでお祭り騒ぎとなってしまい、情報収集どころか「目立たずこっそり」も危ぶまれる状況になってしまった。

(まずいわ! とにかく人の居ないところへ!)

 と、飛び込んだのは、またしても路地裏の奥深く。かび臭さと、見えない誰かが立てる音、そして時折加わる叫び声が絶妙なスパイスとなってより物騒な空間へと景色を変えている。

「気のせい、気のせい。怖いのは気のせい! だってわたしにはゴーストって云う味方が――」
「へっへっへ、可愛い声が聞こえたから来てみれば。どこから迷い込んだのかな? 子猫ちゃ~ん」

 どこかで聞いたセリフに「まさか」と振り返れば、予想通りそこに居たのは、だらしなく着崩した服装に、無精髭、不似合いな装飾品を身に付けた、いかにも真っ当でない類いの人間。

「ぼっ……僕、男の子ですよ! いやだなぁ、子猫ちゃんなんかじゃありませんよ」
「何言ってんだよ、可愛い子供はみぃんな『子猫ちゃん』さぁ」
「えぇっ!? 男の子は誘拐対象にならないんじゃないんですか!?」
「性別なんざ些細な問題だ。とにかく『子猫ちゃん』は愛玩家達に人気があるのに、狩る機会があまりない貴重品だ! なぁ子猫ちゃん、大切な商品にキズはつけたくねぇ。大人しく俺たちと一緒に来るんだ……ちっ!!」

 男らとは逆方向に向かって駆け出したミリオンの背中に、男らの怒声と足音が迫って来る。

「ごめんなさい、おじ様たち……。余計な騒ぎに巻き込まれない様に、悪い人たちに狙われない男の子の恰好なら……って思ったわたしの判断が間違っていたせいです。もうしわけありませんが怖い目に遭わせちゃいます! 素のビアンカの幻影ゴースト召喚!!」
「へ?……ぅわぁぁぁぁ!!!」

 ミリオンの声に呼応して魔導書が熱を帯び、路地裏の薄暗がりに白い靄状のビアンカが浮かび上がる。今回は、ミリオンの学園の制服を焼いた時の愉悦感に満ちた歪んだ笑顔バージョンだ。

「こっそり動きたいので、路地はわたしに明け渡していただきますっ!」

 宣言すれば、さらにビアンカ――いや、ゴーストはいくつにも分裂して飛び交い、破落戸ごろつきらを大通りへと追い立てて行く。「ひぃぃぃ!」「ぎゃぁああああ!!」などと派手な叫びを上げる男らの後ろ姿が大通りに出るや「またお前たちか!!」と鋭い声が響いて、ミリオンの居る建物の影からは、町の守備兵の行列がどやどやと駆けて行くのが見えた。

 ――この日、貴族街では新たな伝承が生まれた。

 人に言えない後ろ暗いことを行う者の前には、憤怒の表情の天使が生き霊となって現れる――――と。


 天使の悪人退治騒ぎで、さっきまでまばらだった人影は増える一方の街外れ。お陰でミリオンは『表通りを移動しつつ風魔法でこっそり噂話を拾い集める予定』を見直さなければならなくなった。

「うぅーん、困ったわ。このまま裏通りを進んでも、第二第三のおじさんたちが現れそうだし。だからって表通りには人がいっぱいいて、誰かに会っちゃいそうだし」
「ほぅ? 奇妙な魔法の気配がすると思ったら、お前さんだったかい」
「えっ!?」

 背中を向けていた暗がりから突然かけられたのは老婆のしわがれた声で。もしやと勢い良く振り返れば、そこにいたのは思った通り、導きの書店の老婆だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?

miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」 2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。 そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね? 最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが 彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に 投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。 お読みいただければ幸いです。

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

婚約破棄?結構ですわ。でも慰謝料は請求いたします

ゆる
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。 しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが── 「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」 なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。 さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。 「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」 驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。 ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。 「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」 かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。 しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。 暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。 そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。 「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」 婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー! 自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ

水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。 それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。 黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。 叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。 ですが、私は知らなかった。 黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。 残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

処理中です...