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Ⅱ 薫香店の看板娘
第29話 路地裏での再会
しおりを挟むミリオンが出現させた醜悪なビアンカの幻は、想像以上に大勢の人々に見られていたらしい。
幻を消したにも関わらず興奮状態でその場に留まる者や、騒ぎにつられた人が更に集まり、大通りはいつの間にか祭りの喧騒を思わせる状況になっている。
「どこだ!? 天使様が現れたって?」
「いや、恐ろしい顔をしていたよ! あんなもの天使であるものか」
「違うよ、清廉を重んじる天使様だから、罪人を罰しに出て来られたんだよ。見たろ? あの派手な男娼を。あのご婦人が道を踏み外さぬよう警告しに現れたんだよ」
「あぁ、ってことは天使様は人助けに現れたのか!」
おぉ……! と、誰からともなく歓声が上がる。
いつの間にかゴーストを出現させた辺りには、僅かなゴーストの目撃者が愉悦を浮かべて目撃談を語り、人だかりが出来ている。
「天使様と言えば、オレリアン伯爵家のビアンカ様だろう! 今までこんな街外れの些末事に軌跡の御業を使ってくださる使徒様は居なかったよ」
「じゃあ、ビアンカ様はこれまでの誰よりも慈悲深い天使様ってことだね!」
とんでもないところに会話が飛躍し、盛り上がりはじめた貴族街。人のまばらな時間を狙ったにも拘らず、ミリオンの魔法一つでお祭り騒ぎとなってしまい、情報収集どころか「目立たずこっそり」も危ぶまれる状況になってしまった。
(まずいわ! とにかく人の居ないところへ!)
と、飛び込んだのは、またしても路地裏の奥深く。かび臭さと、見えない誰かが立てる音、そして時折加わる叫び声が絶妙なスパイスとなってより物騒な空間へと景色を変えている。
「気のせい、気のせい。怖いのは気のせい! だってわたしにはゴーストって云う味方が――」
「へっへっへ、可愛い声が聞こえたから来てみれば。どこから迷い込んだのかな? 子猫ちゃ~ん」
どこかで聞いたセリフに「まさか」と振り返れば、予想通りそこに居たのは、だらしなく着崩した服装に、無精髭、不似合いな装飾品を身に付けた、いかにも真っ当でない類いの人間。
「ぼっ……僕、男の子ですよ! いやだなぁ、子猫ちゃんなんかじゃありませんよ」
「何言ってんだよ、可愛い子供はみぃんな『子猫ちゃん』さぁ」
「えぇっ!? 男の子は誘拐対象にならないんじゃないんですか!?」
「性別なんざ些細な問題だ。とにかく『子猫ちゃん』は愛玩家達に人気があるのに、狩る機会があまりない貴重品だ! なぁ子猫ちゃん、大切な商品にキズはつけたくねぇ。大人しく俺たちと一緒に来るんだ……ちっ!!」
男らとは逆方向に向かって駆け出したミリオンの背中に、男らの怒声と足音が迫って来る。
「ごめんなさい、おじ様たち……。余計な騒ぎに巻き込まれない様に、悪い人たちに狙われない男の子の恰好なら……って思ったわたしの判断が間違っていたせいです。もうしわけありませんが怖い目に遭わせちゃいます! 素のビアンカの幻影召喚!!」
「へ?……ぅわぁぁぁぁ!!!」
ミリオンの声に呼応して魔導書が熱を帯び、路地裏の薄暗がりに白い靄状のビアンカが浮かび上がる。今回は、ミリオンの学園の制服を焼いた時の愉悦感に満ちた歪んだ笑顔バージョンだ。
「こっそり動きたいので、路地はわたしに明け渡していただきますっ!」
宣言すれば、さらにビアンカ――いや、ゴーストはいくつにも分裂して飛び交い、破落戸らを大通りへと追い立てて行く。「ひぃぃぃ!」「ぎゃぁああああ!!」などと派手な叫びを上げる男らの後ろ姿が大通りに出るや「またお前たちか!!」と鋭い声が響いて、ミリオンの居る建物の影からは、町の守備兵の行列がどやどやと駆けて行くのが見えた。
――この日、貴族街では新たな伝承が生まれた。
人に言えない後ろ暗いことを行う者の前には、憤怒の表情の天使が生き霊となって現れる――――と。
天使の悪人退治騒ぎで、さっきまでまばらだった人影は増える一方の街外れ。お陰でミリオンは『表通りを移動しつつ風魔法でこっそり噂話を拾い集める予定』を見直さなければならなくなった。
「うぅーん、困ったわ。このまま裏通りを進んでも、第二第三のおじさんたちが現れそうだし。だからって表通りには人がいっぱいいて、誰かに会っちゃいそうだし」
「ほぅ? 奇妙な魔法の気配がすると思ったら、お前さんだったかい」
「えっ!?」
背中を向けていた暗がりから突然かけられたのは老婆のしわがれた声で。もしやと勢い良く振り返れば、そこにいたのは思った通り、導きの書店の老婆だった。
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