28 / 58
Ⅱ 薫香店の看板娘
第27話 不道徳な顔見知りに遭遇
しおりを挟むコゼルトはじめ、薫香店の面々からの好意で、翌日から早速スタートした休暇。期間はたっぷり一週間。とは言え、これまでオレリアン伯爵邸では使用人よりも膨大な量の仕事を朝から夜まで熟すことが日常だったミリオンだから、何もせずに身体を休めるなんて選択肢はない。
そして、今は何よりもやりたいことが一つある!
「推しの補充に行きますっ!!」
むんっ、と拳を握りしめて宣言するミリオンは、今「コゼルト薫香店」から出てすぐの乗合馬車停留所に、昼食を詰めたリュックを背中に背負って立っている。
向かうは王城!
……に、ほど近い――いや、かなり遠い貴族街の端だ。
「推し」ことリヴィオネッタに会いたいと思ったところで、ミリオンは彼がどこの何者なのかを知らない。きっと何か事情のある貴族なのだろうと気を遣って訊ねなかったことが悔やまれる。唯一思い当たったのは「使徒の虹祭り」で、王族の馬車に乗っていた、リヴィオネッタそっくりの少年だ。あんなにキラキラした男の子が、そう何人もいるわけがない。
「わたしの勘が、あの馬車の男の子は無関係じゃないって言ってるもの。行くしかないわ!」
とは意気込んでみたものの、まさか平民として身を隠しているミリオンが、お城へ易々と入れるわけもなく、また、自分を見知った者に出くわしかねない貴族街を歩き回るわけにもいかない。だから今日の目標は、隠れつつ王城に出来るだけ近付いて、情報を集めること。
程なく朝一番の馬車が到着すると、狭く座り心地の悪い8人掛けの箱型車体の中には、既に2人の先客が腰掛けていた。停留所に一人佇むミリオンに馭者席で馬を操る男が声を掛ける。
「坊や、乗るのかい?」
「はい。貴族街の手前までお願いします!」
やや低めに声音を落としつつも、はっきりと応えたのはミリオンだ。
「早くからお遣いかい? 偉いねぇ」
「はいっ! どうしても早く行きたくって、一時間も前に停留所に着いちゃいました」
てへっと笑うミリオンに馭者は一瞬目を見張り、「いやいや、坊主相手に何見惚れてるんだ……疲れてるのか? 俺」などとぶつぶつ呟いている。そう、ミリオンは今、萌黄色のブラウスに、深緑のピッタリとしたパンツ、そしてペシャミンに初見で正体を見破られたくらい特徴的な灰色髪を大きめのハンチング帽にしっかりと押し込んだ『少年』姿となっている。背負った武骨な革袋には飾り気が全くなく、それが一層少女らしさを打ち消すのに一役買っているが、これは意図したものではない。表に出さずひっそりと生かされて来た彼女の自然なチョイスだ。ちなみに中身は昼食用のロールパン一つと水筒、それに余暇を彩る魔道書と云った、一日中の張り込みにも耐えられるアイテムを詰め込んである。
「おし、気合いが入ってる坊やのためにも、早速出発するぞ! しっかり座んな」
にこやかにミリオンに声を掛けて、馭者が馬を走らせ始めた。
ミリオンの住む王都は、城から近い順に、貴族街、貴族商店街、平民商店街、平民街、農村となっている。コゼルト薫香店は取扱品採取の関係上、平民商店街や平民街よりもまだ郊外寄りの、自然豊かな場所に位置している。馬車は問題なく道程を進み、まだ午前のうちに貴族街手前の停留所に到着した。
今日は平日。一般的な貴族家の成人した者は仕事場へ行き、子らは学園へ通い、あるいは家庭教師を招いて学習に勤しんでいる。だから外を出歩く貴族たちの姿はまばらだし、その貴族らに仕える使用人も、主人が帰る前に家の中の仕事を片付けてしまおうと、外に出ている者も、脇目も振らずに急ぎ足で道を行き交う。ミリオンの目論見通り、目立たずに移動するにはうってつけだ。こんな早い時間から目的もなくフラフラ出歩くのは、仕事が無いか、学習を怠る者くらいだろう……。
(この貴族街にそんな不道徳な人が居るはず……―――いたわ!)
ぎょっと目を見開いたミリオンの視線の先には、義母であるオレリアン伯爵婦人が、若い男にぺったりとしな垂れかかりつつ腕を絡め合い、ふらふらと歩いている。
男は、派手なだけで品の無い服を纏い、更に胸元を開けてしどけなく着崩している。耳元に切り花を一輪指して義母にも劣らぬほど濃く化粧を施した姿は、とてもではないが品行方正な人生を歩く者とは思えない。
(え!? 待って? なんでお義母さまがこんな家から離れたところに、知らない人と居るの!? なんでお父様より親密そうなの? 何であんな見たこともない甘えた表情をしているのぉぉ―――??)
理解を大きく超えて、頭の中に「?」が飛び交うミリオンの心の叫びが木霊した。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。
りつ
恋愛
イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。
王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて……
※他サイトにも掲載しています
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
キスより甘いスパイス
凪玖海くみ
BL
料理教室を営む28歳の独身男性・天宮遥は、穏やかで平凡な日々を過ごしていた。
ある日、大学生の篠原奏多が新しい生徒として教室にやってくる。
彼は遥の高校時代の同級生の弟で、ある程度面識はあるとはいえ、前触れもなく早々に――。
「先生、俺と結婚してください!」
と大胆な告白をする。
奏多の真っ直ぐで無邪気なアプローチに次第に遥は心を揺さぶられて……?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる