なりそこないの黒翼天使 ~ゴースト魔法で悪いコ退治!虐げられ令嬢は、ほのぼの推し活ライフに覚醒します!~

弥生ちえ

文字の大きさ
上 下
18 / 58
Ⅱ 薫香店の看板娘

第17話 推しの居る至福の時間

しおりを挟む
 
「コゼルト薫香店」は平民街の外れに位置し、背後に林が控えた長閑な立地だ。林には、香木となる木々だけでなく、甘い果実をつける広葉樹や、ハーブの群生地も内包する豊かな自然体系が広がる。

 この店に世話になるようになってからのミリオンは、いつも陽の高いうちは薫香店の手伝いをしていた。だから、仕事が終わるのは夕刻以降となったため、林は身近ではあったけれど、踏み入ることは出来無かった。

(やっと林に入れるのね! 楽しみだわ。明るい内じゃないと危険だから行けなかったのよね。道らしい道も無いからうっかり迷子になったりしたら、コゼルトやペシャミンに迷惑をかけてしまうんだものね)

 それにちゃんと気付ける自分はよく我慢した! と、自信満々にふんすと息を吐くミリオン。それから大きく深呼吸をすると、足取りも軽くどんどんと林の奥へと進んで行った。



 林の中は、程よく木漏れ日が差し込み、足元に美しい光の文様を描き出す。

 小鳥の鳴き声が穏やかに響き、時折小さな生き物がちょろちょろと視界の隅を動くのも楽しい。

(なんて素敵なの! 本の挿絵とは比べ物にならないくらい鮮やか! 芳しい! 華やか! 清々しい! 素敵すぎるわ!!)

 踊りだしたい位の高揚感に見舞われたミリオンは、五感で自然を楽しみながらズンズン林を奥へと進んで行く。帰り道のことなど既に頭から抜け落ちている。






「で? 君はまた迷子になってるのかな」

 笑いを含んだ愉しげな声で語り掛けて来たのは、みどり髪の美しい少年だった。以前出会った薄暗い路地裏でも美しかった少年は、光溢れる林の中ではさらに生き生きとして力強く、色鮮やかで華やかで―――

「妖精みたい」

 ぽーっと頬を染めてぽつりと呟いたミリオンは、自分の声に慌てて両手で口元を塞ぐ。

 少年は一瞬呆気にとられたあと、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて恥ずかしがるミリオンの顔を間近で覗き込んだ。お陰で、魔法を使っていなくてもエメラルドに輝いている瞳と、明るく彼の表情を彩る、明るく跳ねるショートカットの美貌の直撃を受けてしまう。

(きゃ――――! きれいすぎるわ! できそこないのわたしが同じ空気を吸うなんて、できないわ! けど目を離すなんてもったいないわ!)

 思いがけない推しの登場と、至近距離での接触に、ミリオンはワクワクと混乱した。

 思いがけない推しの登場と、至近距離での接触に混乱をきたした彼女は、結果を何も考えずに、興奮のまま思いついたことを実行する。

 ――結果

「何やってんの! 息を止めたまま目を剥くって、怖すぎるんだけど!? え? 僕、嫌われてんの!?」
ふぉんなそんな んくぅ とぉ んぃない でふ」
「取り敢えずこの手を放して! 息しないと死んじゃうから!!」

 真っ赤な顔で目まで充血しだしたミリオンの両手を、決死の表情の少年が強引に両側に引っ張る。

「んぶっっはぁ――――――!!!」

 限界を迎えようとしていた時に、鼻と口の覆いを勢いよく剥がされたミリオンは、生存本能のまま盛大に息を吸うこととなった。ちなみにこの時、ミリオンと少年は両手を取り合い、至近距離で向き合った格好だ。

 口の中に、肺に、身体の隅々に、林の心地良い空気だけじゃなく、少年から微かに感じる、どこか甘い薫りまでもが染みわたって来る。

(至福!!)

 全ての感覚を噛み締めて、じっと静止したミリオンに、少年は至近距離のまま爆笑したのだった。


「なぁにやってんだよ! 死にそうになったり、ニヤついたり、コロコロ表情を変えて飽きない子だなぁ」

 そのお陰か、唾の直撃まで受けたミリオンは、さすがに正気に戻った。

「ちょっ! ひっどぉーい! 思い切り向き合って、わたしの顔で笑ったわね! 可愛くなくたって落ち込むわ!? 唾も飛んできたわ!」
「へ? 可愛いけど、なに言ってんの?」

 猛然と湧き出た憤慨の気持ちは、きょとんと眼を見開いた少年の言葉でしゅしゅんと勢いよく萎んでしまう。代わりに、先程とは違う意味で真っ赤になったミリオンは、涙目になりつつ少年と見合う事しかできない。さらに両手を繋ぎ合っているため、顔を隠すことも出来なければ離れることも出来ない。

「かっ……かわ!?」
「んん?」

 こてり、と首を傾げる少年は、的外れなミリオンの言葉に愉し気だ。だからなのか、掴んだ手はしっかりと握られて至近距離から逃れられないし、彼女の表情の変化を見落とさない様じっと凝視するとともに、続く言葉に目を輝かせている。

「あなたこそ妖精みたいに綺麗で可愛いのに、わたしに可愛いって言うなんて! 反則よ――――!!」

 林に木霊すミリオンの叫びに、またしても少年の大爆笑が続いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...