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I 伯爵邸の虐げられ令嬢
第5話 美しい緑の少年と、お姫様だっこ
しおりを挟む来たるべき衝撃は襲ってこなかった。
「お勉強熱心なのは感心なんだけど、一人でこんな路地裏に入るのは感心しないなぁ。君、親に捨てられたの?」
かわりに衝撃的な言葉が頭の上から降って来た。
「まだっ……いえ、捨てられてなんてないわ!!」
「へぇ、まだ・ね?」
カッとなって言い返したミリオンを、クスクス笑いながら覗き込むのは、若木の輝く翠色をした髪の、彼女よりも少し年上くらいの少年だ。悪戯っぽく輝く瞳は、濃く深いエメラルド色。ショートカットの髪は、長めの頭上部が無造作に撥ねていて、闊達な彼によく似合っている。彼の瞳からはチカチカと星を散りばめた様な細かな閃きが溢れ出していたけれど、その光はミリオンが見つめる間に徐々に薄暗い空間に溶けていった。
(きれい! さっきの星もきれいだったけど、それが消えてもとってもきれい! こんなきれいな瞳、はじめて見たわ!!)
感動の余韻に浸りつつ、間近に輝くエメラルドの瞳に魅入っていると、少年が微かに頬を染めて照れくさそうに唇を尖らせて視線を逸らす。
「あの・さ? そんな真っすぐに見詰められると困るんだけど。助けたお返しに何を貰おうかと思ってたのに言い辛くなるじゃん」
「へ?」
(助けた、お返し? 助けた……って、あぁぁぁぁあ!)
心の中で叫んだミリオンはようやく自分の置かれた状況に気付いた。少年の足元には、さっきまで軽々とミリオンを持ち上げていた男を含めた破落戸3人が白目を剥いて転がっている。少年がどう倒したのかは不明だが、もしかするとさっきの瞳から溢れた光が関係しているのかもしれない。けれど、今はそんなことどうでもよかった。
(わたしお姫様だっこされてる――!! 初対面の男の子に! けどとっても素敵な男の子なんだけど!? きゃーって言わなきゃ駄目? けど全っ然、嫌じゃないんだけど――――!!! むしろこのまんまが良いなんて……きゃ――!)
「え? どうしたの? なんだか思ったのと反応が違うんだけど……」
少年の腕の中で真っ赤になりながら、更にしがみ付いたミリオンに少年が困惑の声を上げる。
「はっ……ご、ごめんなさい! つい自分が御伽噺のお姫様になったような錯覚に陥っていましたわ。助けていただいた上にご面倒にお付き合いいただいて、大変申し訳なく……」
「ん? ううん。落ち着いてくれたなら良かった。僕も見ての通り翠天の影響を強く受けちゃってるから、真面目な遣り取りって苦手で……」
父親に愛される為、なりたくて仕方のなかった「使徒」の名が突然現れ、ミリオンはキョトンと目を瞬かせた。
「翠天?」
「んあ、あれ?気付いてなかったんだ。気にしないで」
少年はそう言うと、ニカッとわざとらしい程大きな愛想笑いを浮かべて口を噤む。「翠天」と言えば、緑の羽根を持つ悪戯好きな使徒の事を指す。緑の髪や瞳の美しい少年が、その使徒の影響を受けているとしても、この世界では何ら不思議な事ではなかった。ただ、そういった人間は限られた古い貴族家から多く輩出される傾向にはある。貴族の令息が一人で路地をうろついているなど、自分と同じく相当なワケアリなのだろう。そう理解したミリオンはそれ以上少年のことを追求しなかった。
婚約式以来一度も会っていないとはいえ、婚約者の居る身で何をやってるんだろう。わたしの馬鹿馬鹿馬鹿っ! セラヒム様ごめんなさいっ!! と、心の中で朧げな婚約者の面影に誤っているうちに、壊れ物を扱うようにそっと地面に下ろされてしまった。
思わず遠ざかるぬくもりに手を伸ばしかけたミリオンが、自分の動きに気付いてさらに真っ赤になる。それにつられたように頬を染めた少年がグッと唇に力を入れて引き結び、ミリオンと同じく手を伸ばしかけたかと思えば、自分の動きにギクリと肩を跳ねさせてさっと手を引く。
(なにかしらっ、このじれったい感じ。何か抜けてるような、忘れてるような、歯痒い感じってなになのっ!? 忘れて……そうだったわ!)
どことなく気まずそうな少年を、お返しがまだだと言い辛いがための反応だと判断したミリオンは、慌てて掌に握りこんでいた全財産――すっかり温まった銅貨を全て差し出した。
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