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プロローグ
推し活の目醒め
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――はじめて目にした使徒は、キラキラと輝く新緑の翠を全身に纏った綺麗な少年。
明るく爽やかな翠を髪色に持ち、優し気な深い緑の翼を大きく広げて、気まぐれに吹く風と共に舞い、自由を謳歌する少年。その姿に、10歳にも満たないレディの心臓は鷲掴みとなった。
「きれい! キラキラしてるわ、わたしこの使徒様が大好き、お母様っ」
王都で一番の歴史と大きさを誇る大聖堂。
踏み入れた内部の壁には、この王国の信仰対象である4柱の翼の生えた使徒が描かれている。幼心に息を飲む美しさを刻み込まれたミリオンは、使徒の誰にも似付かない黒曜石色の瞳を大きく見開いて、自分の背丈の3倍以上の大きさに描かれた壁画を見詰める。
滅多にない外出で弾む気持ちのまま、ふと惹かれた大聖堂に渋る母の手をひいて強引に入り込んだ彼女は、そこで運命の出会いを果たした――。
貴族から平民まで誰もが礼拝を許される由緒正しい大聖堂には大勢の人々が集う。
壁画の前に侍従を伴った貴族が恭しく首を垂れる傍では、平民の老夫婦が「銀の髪に濡羽色の翼の黒天様は……っとここだ。孫がすくすく平穏無事に成長できるよう拝んどかないとな」と跪いて祈りを捧げる。
「お母様、やっぱり天使ってわたしそのものよね! ねぇ、私の背に白い翼はいつ生えてくるのかしら」
少し離れた場所では、残酷なまでの潔癖さで人を裁く正義を持つ白い翼の使徒の壁画を前に、少女が藍色の瞳を満足げに細める。天使の風貌瓜二つの稀有なストロベリーブロンドの髪に気付いた礼拝者の羨望の眼差しを充分に自覚して、少女の唇は更に深く弧を描いた。
「使徒の生まれ変わりは、嵐を起こし海を割り、炎の竜巻を起こして軍勢にも勝る魔法を行使できると聞く。わが公爵家にも何代も前には人を生き返らせる偉業を成した焔使が居たのだろう? ぼくは兄のスペアで終わるつもりはない。――きっと手に入れて見せる」
どの使徒よりも激しい性質を持ち、片手に剣、もう一方には魔法を表わす宝珠を持つ、紅色の髪に赤い翼の焔使の壁画。その前では、煉瓦色の瞳をすぅと細めた金髪の少年がぐっと拳を握りしめる。
その絵の剣を持つ片手だけは、何故か薄く汚れている。
背後に護衛を従えて誰も近付けない空間を作り出し、熱心に誓いを立てる金髪の少年――の背中すれすれを、突然の闖入者が駆け抜ける。
「見付けたよ、いつまで逃げ回る気だい!?」
「うひゃぁっ! おばば様! 見逃して~」
護衛達が反応する間もなくスルリと通り過ぎたのは、茶色髪の少年と、その首根っこを猫の子を持つように掴んだ黒いローブ姿の老婆だ。
いつの間にか傍まで来ていた少年と老婆の微笑ましい掛け合いに、ミリオンは笑いを溢した。
「ふふっ、楽しそう。それに風みたいに軽やかに逃げてたのは魔法ね! 明るいあなたにピッタリな素敵な魔法だわ」
「ふぇえっ……、だれ? きみ」
急に見知らぬミリオンに話し掛けられて面食らったのだろう。キョトンと目を大きく見開きつつも、気まずげに頬を染めた少年がこちらを見て来る。
「わたしはミリ――」
「帰りますよ」
いつも穏やかな母親が、この時だけは焦った様にミリオンを引き離そうとした理由は結局分からずじまいだ。けれど毅然としつつも暖かさを感じられる笑みを向けられて、ミリオンは少年に手を振ると、母に従って大聖堂を出た。
「お母様、あの男の子、魔法を使った後にひと房だけ髪が緑色になってました! お父様も大好きな使徒様みたいで凄いですね!!」
「そう、それは凄いわね。けれどミリオン、使徒の様である必要なんて無いのですよ。ミリオンはそのままで良いの。凄い力なんて無くても心安く過ごせることが大切なのよ。心穏やかにありなさい。優しさこそがあなたを助ける強さになるから。心穏やかに……ね?」
母の言葉は、魔法の素養がまったく見られず、落胆した父に冷たい視線を向けられていたミリオンに対しての思い遣りだったのかもしれない。
(そんな気遣いをされなくても、卑屈になったり、落ち込んだりはしないのにな)
ほんのちょっぴり拗ねたように唇を尖らせる。
もうずっと遠くになってしまった大聖堂を振り返り、キラキラと輝く少年の姿を思い出してみれば、いつの間にか気持ちはワクワクと暖かくなり、唇は楽し気に緩んで歌を紡ぎ出す。
(そっか! 大好きはキラキラで気持ちを埋めて元気をくれるのね!!)
幼いながらに、推しに活きる道を見出した幼いミリオンは、ここから数奇な運命を辿ることになるのだった――
明るく爽やかな翠を髪色に持ち、優し気な深い緑の翼を大きく広げて、気まぐれに吹く風と共に舞い、自由を謳歌する少年。その姿に、10歳にも満たないレディの心臓は鷲掴みとなった。
「きれい! キラキラしてるわ、わたしこの使徒様が大好き、お母様っ」
王都で一番の歴史と大きさを誇る大聖堂。
踏み入れた内部の壁には、この王国の信仰対象である4柱の翼の生えた使徒が描かれている。幼心に息を飲む美しさを刻み込まれたミリオンは、使徒の誰にも似付かない黒曜石色の瞳を大きく見開いて、自分の背丈の3倍以上の大きさに描かれた壁画を見詰める。
滅多にない外出で弾む気持ちのまま、ふと惹かれた大聖堂に渋る母の手をひいて強引に入り込んだ彼女は、そこで運命の出会いを果たした――。
貴族から平民まで誰もが礼拝を許される由緒正しい大聖堂には大勢の人々が集う。
壁画の前に侍従を伴った貴族が恭しく首を垂れる傍では、平民の老夫婦が「銀の髪に濡羽色の翼の黒天様は……っとここだ。孫がすくすく平穏無事に成長できるよう拝んどかないとな」と跪いて祈りを捧げる。
「お母様、やっぱり天使ってわたしそのものよね! ねぇ、私の背に白い翼はいつ生えてくるのかしら」
少し離れた場所では、残酷なまでの潔癖さで人を裁く正義を持つ白い翼の使徒の壁画を前に、少女が藍色の瞳を満足げに細める。天使の風貌瓜二つの稀有なストロベリーブロンドの髪に気付いた礼拝者の羨望の眼差しを充分に自覚して、少女の唇は更に深く弧を描いた。
「使徒の生まれ変わりは、嵐を起こし海を割り、炎の竜巻を起こして軍勢にも勝る魔法を行使できると聞く。わが公爵家にも何代も前には人を生き返らせる偉業を成した焔使が居たのだろう? ぼくは兄のスペアで終わるつもりはない。――きっと手に入れて見せる」
どの使徒よりも激しい性質を持ち、片手に剣、もう一方には魔法を表わす宝珠を持つ、紅色の髪に赤い翼の焔使の壁画。その前では、煉瓦色の瞳をすぅと細めた金髪の少年がぐっと拳を握りしめる。
その絵の剣を持つ片手だけは、何故か薄く汚れている。
背後に護衛を従えて誰も近付けない空間を作り出し、熱心に誓いを立てる金髪の少年――の背中すれすれを、突然の闖入者が駆け抜ける。
「見付けたよ、いつまで逃げ回る気だい!?」
「うひゃぁっ! おばば様! 見逃して~」
護衛達が反応する間もなくスルリと通り過ぎたのは、茶色髪の少年と、その首根っこを猫の子を持つように掴んだ黒いローブ姿の老婆だ。
いつの間にか傍まで来ていた少年と老婆の微笑ましい掛け合いに、ミリオンは笑いを溢した。
「ふふっ、楽しそう。それに風みたいに軽やかに逃げてたのは魔法ね! 明るいあなたにピッタリな素敵な魔法だわ」
「ふぇえっ……、だれ? きみ」
急に見知らぬミリオンに話し掛けられて面食らったのだろう。キョトンと目を大きく見開きつつも、気まずげに頬を染めた少年がこちらを見て来る。
「わたしはミリ――」
「帰りますよ」
いつも穏やかな母親が、この時だけは焦った様にミリオンを引き離そうとした理由は結局分からずじまいだ。けれど毅然としつつも暖かさを感じられる笑みを向けられて、ミリオンは少年に手を振ると、母に従って大聖堂を出た。
「お母様、あの男の子、魔法を使った後にひと房だけ髪が緑色になってました! お父様も大好きな使徒様みたいで凄いですね!!」
「そう、それは凄いわね。けれどミリオン、使徒の様である必要なんて無いのですよ。ミリオンはそのままで良いの。凄い力なんて無くても心安く過ごせることが大切なのよ。心穏やかにありなさい。優しさこそがあなたを助ける強さになるから。心穏やかに……ね?」
母の言葉は、魔法の素養がまったく見られず、落胆した父に冷たい視線を向けられていたミリオンに対しての思い遣りだったのかもしれない。
(そんな気遣いをされなくても、卑屈になったり、落ち込んだりはしないのにな)
ほんのちょっぴり拗ねたように唇を尖らせる。
もうずっと遠くになってしまった大聖堂を振り返り、キラキラと輝く少年の姿を思い出してみれば、いつの間にか気持ちはワクワクと暖かくなり、唇は楽し気に緩んで歌を紡ぎ出す。
(そっか! 大好きはキラキラで気持ちを埋めて元気をくれるのね!!)
幼いながらに、推しに活きる道を見出した幼いミリオンは、ここから数奇な運命を辿ることになるのだった――
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