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第4章 最高神 編
第164話 【攻略対象 最高神リュザス】顕現する黒リュザス
しおりを挟むほんの束の間、目を瞑ったレーナが再び視線を正面に向けたとき――
飛び込んできた景色は黒一色だった。
直前に起こった光の暴発のあまりの激しさに、目が眩んだだけかと思ったが、何度瞼を瞬いても視界は変わらない。ほんの少し不安が頭をもたげ始めたとき、唐突な変化が訪れた。
―― あははははっ! ほんと人間って愚かだよね!! ――
黒く塗り潰された景色に、無邪気な青年の高笑いが響く。
一面の黒は、濃く立ち込めた瘴気だ。漂うものであるはずのそれが凝った次の瞬間、顕現したのは見覚えのある姿だった。
「ぐるるるるぅぅぅ……」
レーナらを背に、落ち着いた羽ばたきを繰り返しているアルルクが低く唸る。目の前で不敵な笑みを浮かべながら宙を漂う青年に、隠しもしない敵意を向けて牽制する。
―― 嫌だなぁ、そんな怖い声出さないでよ。僕は君の力の根本と同じ存在なんだよ。言うなれば父? いや始祖みたいなもんなんだからさぁ ――
友好的と見せかけて、こちらを見下すのが透けて見える黒い青年が、全ての光を吸い込む闇色の長髪をふわりと掻き上げる。
エドヴィンと、レーナ、そして虹の蝶を介したリュザスの力をも跳ね除けて顕現したのだ。こちらよりも力が上であるのは間違いない。だが、ざわざわと肌を逆撫でる嫌悪感に、レーナらも心穏やかに青年に対することなどできなかった。
「貴様っ、何者だ!!」
棟の窓からクラウディオ王子が青年に向けて怒声を放つ。
王女は既に騎士らによって、蔓薔薇の網から塔内へ引き上げられている。
―― 何者も何も……ずぅっとここに居たじゃない。僕は陽の宝珠の化身だった者さ。君たちの成長もずぅっとこの離れた場所で、見続けていたんだけど。……僕を信じていない君たちは誰一人として気付いていなかったよね ――
分からなくて当然か……と、軽口の様でいて、恨みの籠った低い声、冷たい眼差し。彼の底の見えない闇色の瞳と同じく、深い怨嗟を思わせる気配に、居合わせた者たちは背筋をぞくりと震わせる。
―― だから力を集めたんだよ。無視できないくらいの存在感を手に入れようってね ――
青年は淡々と言葉を紡ぐ。敵意を隠そうともしない、禍々しい気配を放ちながら。
いかにして力を失いかけていた自分が、こうしてはっきりと実体化して力を振るえるほど回復したのかを。
―― 人だけは多い王都にも拘らず、礼拝する者どころか人すら近付かない塔の天辺に安置された【陽】の宝珠。
そして王都から遠く離れた場所の朽ちかけた祠で、祀られていることも忘れ去られた【大気】の宝珠。
そのどちらもが、力を喪って消えかけていたんだ。誰も祈ってくれないから ――
だから取り込んだのだ、と。
プチドラを始めとした宝珠の化身は、他の化身の気配を察することが出来る。だから青年は、大気の宝珠の状態にも気付いていた。
「この塔には何者の出入りも許さない結界が張ってあった! ただの魔族が、化身を騙っているのであろう!」
クラウディオ王子が詰め寄る。かつてプロムナードにも出現し、王子に黒歴史を刻んだ青年だが、その出現は穏やかなものだった。尖塔から出たとするなら、今のように結界の抵抗にあっただろうし、派手な力業で破れば騒ぎとなっていたはずだ。
だが青年は笑みを深くし、意味ありげな視線を王女に向ける。
―― そんな時さ。薄情な人間のために尽くすのなんて御免だって思っていたら、さ、願いが叶ったんだ。僕と同じように人を忌避する声が、すぐ近くから聞こえて来たのさ! 自分以外の聖女なんて必要ない、なんてふざけた声がね! ――
「聖女」が名誉職と成り果てていた王都では、陽の宝珠の力となる祈りを捧げるよう人々を先導し、自らも宝珠に力を与えるべく祈る本当の「聖女」は、何十年、何百年も現れてはいない。
―― 紛い物の聖女の分際で、同じ紛い物を貶めようとする身の程知らずの声さ! ふざけたことを……と笑いしか起きなかったね。けど、彼女はここへ来て僕に祈ったんだよ。何度も。結界の中へ入ってね ――
王女が祈るとあれば、バルザックが施した結界は解かれるし、塔の太古からの結界も王家の血で効能を失う。彼女に憑いて、青年は塔からの出入りを可能としたのだ。
―― 外に出る手段を得られた僕は、手始めに弱り切った陽の宝珠を、僕が顕現するための力に変えて吸収することにしたんだ。
けどそうすると、僕がずぅっと宝珠を持ち続けることになって、塔に置く宝珠が無くなっちゃう。すぐには綺麗に飲み込めないからね。
だから手近な大気の宝珠を代わりに置いたんだよ。形が消えないギリギリまでの力をもらった上でね。この場所が馴染まない大気の宝珠は抵抗したけど、宝珠2つ分の力を手に入れた僕に逆らうことは出来なかったんだ ――
それからはレーナらの推測した通り、異なる場所に置かれた大気の宝珠が抵抗して王都に突風被害が出始めた。また陽の宝珠を吸収した化身が、恨みを溜めた邪悪な存在に変化したことで、王都を中心として瘴気が多く発生し始めた。
この青年は、その瘴気をも自分の力として吸収して回っていたのだ。
―― 宝珠が無くなったせいで、瘴気はあちこちに溜まっていったよ。近頃は、その瘴気を取り込む僕を見て、なぜか崇める人たちが現れ始めたんだ。笑えるよね、見捨てた途端すり寄ってきて僕に力を与えてくれるんだよ ――
2つの宝珠と、際限なく発生する瘴気を取り込んだことによって青年は力を増し、人々の信仰を集め、最高神リュザスにより近い姿を手に入れる事となった。
ただ、彼の力の根源は憎しみや恨み。そしてそれを増幅する瘴気であったため
その姿は闇色に染まった風貌となったのだ。
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