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和平協定の儀にて
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ハポン王国の王都、エドゥ。
広い円形の舞台の上でメーユ国の国王、メドジェ族の代表が向かい合い、ハポン国の国王夫妻が間に立っている。
その向かい側に、イズールと、なぜかネリーとセイランが控えている。
長い金髪のカツラに白のベールをまとい、イズールは寒さに耐えていた。
厚着はしていたが所詮は衣装、冷たい風を防ぎきれない。
舞台化粧が顔の上でパリパリしている感じがする。
優雅に見えるように何度も練習させられた礼を全方向に3人でしてみせると、メーユ国の軍とメドジェ族をはじめとする原住民族の連合軍、両方から歓声が上がった。
(今までで一番の規模だわ)
セイランが奏で始めた変拍子にびっくりする。
ネリーが当然のように踊り始めた。
(歌える、確かに歌えるけれど、不意打ちは困るわ!)
太く震える声を長く出して、あの日歌った歌をまた歌う。
メドジェ族の民なのであろう男たちが一緒に歌いだす。
(そう、本当は、これはみんなで歌ってこその歌なのよね)
それにかぶせるように女たちの歌声が今度は響きはじめ、何と黒紺地に鮮やかな色の刺繍で飾られた服を着た老婆たちがちょこちょこと舞台に上がってきて歌いながら踊り始めた。
ネリーもセイランも当然のような顔をしているので、自分も
「演出ですよ」
という顔で歌うしかない。
平和を願い自然と共に生きるメドジェ族の歌の次は、もっと小さな部族の歌、さらに次の部族の歌……
ただ聴いただけでは分からないが、各部族ごとに節回しが違う複雑な曲と踊りなのだ。
短期間でネリーとセイランはよくこれを覚えたものである。
昔の記憶を頼りに、次々にイズールは声を出す。
セイランは原住民族の曲の合間に巧みにメーユの曲を挟み込み、ネリーが舞う。
引きずられるようにイズールは歌った。
原住民族の連合軍もメーユ軍も合いの手を入れて、老婆たちが曲に合わせてくるりくるりと回ると、鮮やかな色の刺繍の黒紺地の衣装が美しく広がった。
広場は大歓声で満ちた。
演者3人の役目は無事終わった。
そして、長い和平の式典が終了に近づく。
(誓いを交わせば終わりだけれど)
イズールは気を抜かずメーユの国王を見た。
このバカは最後まで何をするか分からない。
(いざとなれば物理の力で私が何とかしてやる)
メーユの国王がメドジェ族の族長に向かう。
しかし、それにかまわずメドジェ族の族長は演者3人に向かって歩いてきた。
とまどうメーユ軍をよそに、原住民族の連合軍は浮かれた声を上げている。
まだ幼い少年の暗い朱色の髪、青い瞳の族長は、ネリーの前に立って、彼女を見上げる。族長の頭の位置にあるネリーの腰に、手に持っていた黒紺地に鮮やかな色で刺繍された布を巻き付けた。
(あれは確か、メソ族の花嫁衣裳)
メーユでは流行らないが、諸外国では芸術品として珍重されているものだ。
族長がネリーを見上げて何か言い、横につきそった男がネリーに付け加えると、顔を赤くしてかがんだネリーが族長を抱きしめた。
老婆たちが衣装を広げて回る。
婚礼を祝う舞である。
「まあ、おめでたいこと」
セイランは満足そうに銀色の目を細めている。
メーユの国王は呆然とし、ハポン国王夫妻は落ち着き払っている。
族長がセイランとイズールに向き直ってほほえんだ。
つきそっていた男がそっとイズールにささやく。
「きれいになったね、イズール」
式典用の笑顔のままでイズールも小さく答えた。
「父さんも無事で何よりよ」
セイランは満足そうに銀色の目を細めている。
その後、両国の和平協定は結ばれたのである。
広い円形の舞台の上でメーユ国の国王、メドジェ族の代表が向かい合い、ハポン国の国王夫妻が間に立っている。
その向かい側に、イズールと、なぜかネリーとセイランが控えている。
長い金髪のカツラに白のベールをまとい、イズールは寒さに耐えていた。
厚着はしていたが所詮は衣装、冷たい風を防ぎきれない。
舞台化粧が顔の上でパリパリしている感じがする。
優雅に見えるように何度も練習させられた礼を全方向に3人でしてみせると、メーユ国の軍とメドジェ族をはじめとする原住民族の連合軍、両方から歓声が上がった。
(今までで一番の規模だわ)
セイランが奏で始めた変拍子にびっくりする。
ネリーが当然のように踊り始めた。
(歌える、確かに歌えるけれど、不意打ちは困るわ!)
太く震える声を長く出して、あの日歌った歌をまた歌う。
メドジェ族の民なのであろう男たちが一緒に歌いだす。
(そう、本当は、これはみんなで歌ってこその歌なのよね)
それにかぶせるように女たちの歌声が今度は響きはじめ、何と黒紺地に鮮やかな色の刺繍で飾られた服を着た老婆たちがちょこちょこと舞台に上がってきて歌いながら踊り始めた。
ネリーもセイランも当然のような顔をしているので、自分も
「演出ですよ」
という顔で歌うしかない。
平和を願い自然と共に生きるメドジェ族の歌の次は、もっと小さな部族の歌、さらに次の部族の歌……
ただ聴いただけでは分からないが、各部族ごとに節回しが違う複雑な曲と踊りなのだ。
短期間でネリーとセイランはよくこれを覚えたものである。
昔の記憶を頼りに、次々にイズールは声を出す。
セイランは原住民族の曲の合間に巧みにメーユの曲を挟み込み、ネリーが舞う。
引きずられるようにイズールは歌った。
原住民族の連合軍もメーユ軍も合いの手を入れて、老婆たちが曲に合わせてくるりくるりと回ると、鮮やかな色の刺繍の黒紺地の衣装が美しく広がった。
広場は大歓声で満ちた。
演者3人の役目は無事終わった。
そして、長い和平の式典が終了に近づく。
(誓いを交わせば終わりだけれど)
イズールは気を抜かずメーユの国王を見た。
このバカは最後まで何をするか分からない。
(いざとなれば物理の力で私が何とかしてやる)
メーユの国王がメドジェ族の族長に向かう。
しかし、それにかまわずメドジェ族の族長は演者3人に向かって歩いてきた。
とまどうメーユ軍をよそに、原住民族の連合軍は浮かれた声を上げている。
まだ幼い少年の暗い朱色の髪、青い瞳の族長は、ネリーの前に立って、彼女を見上げる。族長の頭の位置にあるネリーの腰に、手に持っていた黒紺地に鮮やかな色で刺繍された布を巻き付けた。
(あれは確か、メソ族の花嫁衣裳)
メーユでは流行らないが、諸外国では芸術品として珍重されているものだ。
族長がネリーを見上げて何か言い、横につきそった男がネリーに付け加えると、顔を赤くしてかがんだネリーが族長を抱きしめた。
老婆たちが衣装を広げて回る。
婚礼を祝う舞である。
「まあ、おめでたいこと」
セイランは満足そうに銀色の目を細めている。
メーユの国王は呆然とし、ハポン国王夫妻は落ち着き払っている。
族長がセイランとイズールに向き直ってほほえんだ。
つきそっていた男がそっとイズールにささやく。
「きれいになったね、イズール」
式典用の笑顔のままでイズールも小さく答えた。
「父さんも無事で何よりよ」
セイランは満足そうに銀色の目を細めている。
その後、両国の和平協定は結ばれたのである。
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