43 / 59
王都だよおっかさん
しおりを挟む
「久しぶりね、イズール」
王都の道を迷わずに自分の家にたどり着き、自分の家に入ってきた母、レイアに驚いた。
王都は故郷の森とは違った意味で複雑だが、そんなことはレイアには関係ないことらしい。
いや、首都に住んでいたこともある人だったからか。
古いが良く手入れのされた綿の街着を着たレイアは、大きな袋を行商人のように背負っていた。
「やせた土地でもどうせ育てて食べるなら美味しい方がいいでしょう?」
地味な茶色の髪は荒れていて、灰色の目は垂れてしわが多い。
外で仕事ばかりしているとどうしてもそうなる。
小さなころは父のせいで苦労したのだろうと思っていたが、大きくなるにつれてだんだん分かってきた。
この人は、ただただ異常に、作物を作ったり加工したりするのが好きなのである。
ひび割れた爪先に、小さな苗を挟んで見せて、すぐに大事そうに布の袋にしまった。
「美味しくて、栄養があって、やせた土地でも簡単に作れて水がほとんどいらない芋の苗よ」
別の袋をまた取り出す。
小さくて黒い種が入っていた。
「これは花よ。食べられないこともないけど、美味しくないわ」
「花を売るの?」
「うーん、そうね、売れるかしら?花が重要じゃなくて、これを植えた後の畑の土が肥えるのよ。作物を育てる準備の為に花を植えるの。蜜が取れたら最高ね」
こうなるとレイアは止まらない。
「もちろん肥料は要るわ、はじめは土全体を豊かにするところからかしら?飢えている人が多ければ、苗が荒らされる可能性もあるけれど」
実際に行ってみなくてはね、と、笑顔を見せる。
「前から言っているけれど、元々その土地に生えている植物を改良したり加工したりするのが一番いいのよ。各地を回って昆布みたいなものが作れるといいわ!」
高い視野を持っているが「資金」の観念がちょっと、いやかなり甘い。
レイアのこのザックリした計画による行動に、自分は長年苦労させられたのだ。
地方から入るのが難しい王宮勤めを目指したのも、幼い頃からの
「安定した職場で定まったお給料をもらい、定年まで定時に帰りたい」
という願望が大きい。
2級文官は自分にとって難関だったので、多くの人が結婚相手を探しに来たのだと言っているのを聞いてそりゃもうびっくりしたのである。
レイアはイズールの用意したいつもの食事を見て、まあ、何とかやっているようね、と言い、ついでのように
「荒稼ぎしているあなたのお金を当てにしているわよ」
と言ったのでびっくりした。
「母さん、それは一体」
「ごまかされないわよ。小鳥の魔術具を高値で売っているでしょう。わが子の声よ、聞き間違えるはずがないでしょう」
自分が作ったものでもないのに「お腹がすいたわ」と言いながら席に座り「食べましょうよ」とうながす。
前から思っていたが、父もおかしいが母もおかしい人なのである。
普通ではない。
「メドジェとの和平協定できっとボルフが来るでしょう。会いに来たのよ」
ああ、きっとそれはそうだろう。
死んでなければ。
「あの変に要領のいいボルフが死ぬ訳ないでしょう」
要領がいいのではない。
父はぼんやりしているうちに要領のいい人に捉まえられてしまいがちなのだ。
例えば母のような。
レイアが包み玉子を食べながら
「むむ、昆布のかけらが入っているわ、贅沢を覚えちゃって」
と言うので、慌てて製品にする際に出る余った端っこを格安で分けてもらっているのだと説明した。
「そういえば、サリラ様の服にはちゃんとお礼をしているの?」
何でも当然のように見破るのはやめて欲しい。
「サリラ様を知っているの?」
「食えないところもあるけれど、基本的には良い方だからね。援助も長年いただいているわ。あなたが井戸を掘ると連絡がきたけれど、まだまだお金はあるんでしょう?」
世間が狭すぎる……
自分の老後へのたくわえが指から滑り落ちてゆくのを感じて、当分王宮はやめられないし、もっともっと歌わなければ!と、金のかかる女を恨めしく見た。
食事を食べ終わって果実水を出すと、困ったような顔になり、
「一度採れたてを覚えると、王都の果実水はなんだか……」
「評判の店で買ってきたブレンドよ。ちょっとは飲んでよ」
「あら、ありがとう、ごめんなさいね」
とレイアが笑い、そして二人で果実水を飲んでから皿を洗ったのである。
王都の道を迷わずに自分の家にたどり着き、自分の家に入ってきた母、レイアに驚いた。
王都は故郷の森とは違った意味で複雑だが、そんなことはレイアには関係ないことらしい。
いや、首都に住んでいたこともある人だったからか。
古いが良く手入れのされた綿の街着を着たレイアは、大きな袋を行商人のように背負っていた。
「やせた土地でもどうせ育てて食べるなら美味しい方がいいでしょう?」
地味な茶色の髪は荒れていて、灰色の目は垂れてしわが多い。
外で仕事ばかりしているとどうしてもそうなる。
小さなころは父のせいで苦労したのだろうと思っていたが、大きくなるにつれてだんだん分かってきた。
この人は、ただただ異常に、作物を作ったり加工したりするのが好きなのである。
ひび割れた爪先に、小さな苗を挟んで見せて、すぐに大事そうに布の袋にしまった。
「美味しくて、栄養があって、やせた土地でも簡単に作れて水がほとんどいらない芋の苗よ」
別の袋をまた取り出す。
小さくて黒い種が入っていた。
「これは花よ。食べられないこともないけど、美味しくないわ」
「花を売るの?」
「うーん、そうね、売れるかしら?花が重要じゃなくて、これを植えた後の畑の土が肥えるのよ。作物を育てる準備の為に花を植えるの。蜜が取れたら最高ね」
こうなるとレイアは止まらない。
「もちろん肥料は要るわ、はじめは土全体を豊かにするところからかしら?飢えている人が多ければ、苗が荒らされる可能性もあるけれど」
実際に行ってみなくてはね、と、笑顔を見せる。
「前から言っているけれど、元々その土地に生えている植物を改良したり加工したりするのが一番いいのよ。各地を回って昆布みたいなものが作れるといいわ!」
高い視野を持っているが「資金」の観念がちょっと、いやかなり甘い。
レイアのこのザックリした計画による行動に、自分は長年苦労させられたのだ。
地方から入るのが難しい王宮勤めを目指したのも、幼い頃からの
「安定した職場で定まったお給料をもらい、定年まで定時に帰りたい」
という願望が大きい。
2級文官は自分にとって難関だったので、多くの人が結婚相手を探しに来たのだと言っているのを聞いてそりゃもうびっくりしたのである。
レイアはイズールの用意したいつもの食事を見て、まあ、何とかやっているようね、と言い、ついでのように
「荒稼ぎしているあなたのお金を当てにしているわよ」
と言ったのでびっくりした。
「母さん、それは一体」
「ごまかされないわよ。小鳥の魔術具を高値で売っているでしょう。わが子の声よ、聞き間違えるはずがないでしょう」
自分が作ったものでもないのに「お腹がすいたわ」と言いながら席に座り「食べましょうよ」とうながす。
前から思っていたが、父もおかしいが母もおかしい人なのである。
普通ではない。
「メドジェとの和平協定できっとボルフが来るでしょう。会いに来たのよ」
ああ、きっとそれはそうだろう。
死んでなければ。
「あの変に要領のいいボルフが死ぬ訳ないでしょう」
要領がいいのではない。
父はぼんやりしているうちに要領のいい人に捉まえられてしまいがちなのだ。
例えば母のような。
レイアが包み玉子を食べながら
「むむ、昆布のかけらが入っているわ、贅沢を覚えちゃって」
と言うので、慌てて製品にする際に出る余った端っこを格安で分けてもらっているのだと説明した。
「そういえば、サリラ様の服にはちゃんとお礼をしているの?」
何でも当然のように見破るのはやめて欲しい。
「サリラ様を知っているの?」
「食えないところもあるけれど、基本的には良い方だからね。援助も長年いただいているわ。あなたが井戸を掘ると連絡がきたけれど、まだまだお金はあるんでしょう?」
世間が狭すぎる……
自分の老後へのたくわえが指から滑り落ちてゆくのを感じて、当分王宮はやめられないし、もっともっと歌わなければ!と、金のかかる女を恨めしく見た。
食事を食べ終わって果実水を出すと、困ったような顔になり、
「一度採れたてを覚えると、王都の果実水はなんだか……」
「評判の店で買ってきたブレンドよ。ちょっとは飲んでよ」
「あら、ありがとう、ごめんなさいね」
とレイアが笑い、そして二人で果実水を飲んでから皿を洗ったのである。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる