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久遠類 編

病事

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「類!類ってば!話聞いてる?」



その大きな声に意識がはっきりした。


気づけば昼休みになっていた。

隣の席の蛍が私の机をトントンと叩いていた。



「ぁ……ごめん。ちょっとボーっと…してた」


鞄から弁当を取り出そうとすると、急に目眩がして弁当の包みごと落としてしまう。

蛍が驚きながらも拾ってくれた。


「顔色すごい悪いよ…。一緒に保健室行こう」

蛍はそう言うとすぐに立ち私の返事を待たずに腕を引っ張った。

「大丈夫だって」

口ではそう言っても体は自分の意思ではうまく動かず、大丈夫と言いながら蛍に腕を引っ張られて
引きずられるように保健室へと連れていかれた。




「失礼します。長内先生、類が…久遠さんが具合悪そうなので休ませてあげてください」



先生は私たちを見て一瞬驚いたような顔をしたがすぐにいつもの優しい笑顔を浮かべた。

長内先生は、1年生の秋頃にこの学校に来た。
褐色肌に黒いくせ毛、とにかく整った顔、そして白衣。
来た当時は女子に大人気。
保健室に大量の生徒が押し寄せた。

まぁ、その一週間後に教頭が激怒し無闇矢鱈に来る生徒は減った。


と言っても、私が長内先生について知っていることはこれくらいだ。

私は滅多に体調を崩すこともなければ怪我もしない。

だから保健室にお世話になることが今まで1度もなかったのだ。


だからこうして長内先生の顔を見るのも、毎週月曜日の集会の時や蛍が倒れて駆けつけた時ぐらいだ。


「久遠さん奥のベッドどうぞ。

にしてもこれは驚いたな。蛍さんがこの保健室に付き添い人として訪ねてくるなんて…。」


私は軽く先生に会釈をして1番奥のベッドに横たわる。

蛍はよく体を壊すから保健室にお世話になっている。
それに、蛍は不登校になってからは保健室登校をしていた。
きっと長内先生とはその時に仲を深めたのだろう。

二人の会話から厚い信頼を感じた。


次第にまぶたは重くなり

いつのまにか眠りについていた。



「久遠さん、久遠さん」

先生の声に目が覚める。

辺りは少しだけ暗くなっているような気がする。


生徒たちの騒がしい声が聞こえる。
恐らく放課後だろう。


「もう放課後だよ。今から部活動の時間だけど…まだ調子が悪いなら少し休んでいても構わない。

ただ、先生は今から職員会議があるからちょっと行ってくる。」


先生はそう言ってパソコンを片手に部屋を出て行こうとした。
扉に手をかけた途端「あぁ、そうだ」と思いついたようにそう言った。

「暇ならそこにある本を読んでてもいいよ。僕のお気に入りなんだ。きっとすぐ眠くなる。」


悪戯っ子のようにクスリと笑い、先生は部屋を出て行った。



そんなふうに言われたら気になるじゃないか。

私はベッドを出て先生の指さした棚を見た。


気難しそうな本がずらりと並んであった。
先生は読書が趣味なのたろうか。


目で本を追っていると
ふと目が止まる。

「ラヴクラフト…これって…」


【あーっ!でしょでしょ~!ラヴクラフト面白いでしょぉ~!】


間違いない。澄華がハマっている本だ。

たしか蛍も読んだって言ってたっけ。

先生も好きなんだ。

この本は流行っているのだろうか?


読めば話のネタになるだろう

そんな軽い気持ちで本を手に取った。


「"クトゥルフの呼び声"…」


奇妙なタイトルと厚みのある本。

しばらく読んでみたが、内容がよくわからなかった。

ぺらぺらと飛ばし読みをしているとあるページで手が止まる。

それは意識的が反射的かなんなのかはわからない。

だが、本能がその言葉を唱えたがっているような気がした。


「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」

気づけば私の口は驚くほど自然に動いていた。

気味が悪くなって私は本を急いで閉じた。

最近見る夢も奇妙なのに、現実でもこんなよくわからない本を読むなんて…更に頭がおかしくなってしまいそうだ。

「あれ」

奇妙な夢。

1度見てから毎日出てきてたあの夢。



「さっき寝たけど見なかった…!」



胸をなで下ろした。

もしかしたらもう二度と見なくて済むかもしれない。

それはなんて


なんて悲しいことなのだろう。


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