上 下
2 / 27

婚約者

しおりを挟む
「聞いているのか、ステラ!」

 殿下の声に私はハッと我に帰ります。
 嫌なことを思い出してしまいました……。
 幼少期の辛い記憶。なるべく思い出さないようにしていたことなのに、殿下との会話の途中で思い出すなんて……。
 私は慌てて謝ります。

「すみません、聞いていませんでした」
「話もロクに聞けないとはな。本当にお前のようなやつが婚約者だなんて。俺が不憫すぎると思わないか?」
「……申し訳ありません」

 殿下、この国の王太子にして私の婚約者であるエリック様は、青い眼で鋭く私のことを鋭く睨み付けました。
 そこからは私への嫌悪が読み取れます。理由は単純、私が出来損ないだから。 

「お前じゃなくてカレンが良かった」

 これが殿下の口癖です。美しく賢明な妹に殿下は心底惚れ込んでいて、今日私の屋敷に訪ねて来たのも、私に会いにきたのではなく妹に会うためです。
 しかし生憎今、妹は出かけており、彼女が帰ってくるまで間「仕方ないから相手にしてやる」と殿下に言われて、一緒にお茶をしているところです。
 ……正直、私も殿下が苦手です。
 紅茶を淹れれば「普通。強いていうならまずい。使用人の淹れる紅茶の方がまだマシだ」と一喝され、その後はひたすら私への侮辱と妹への賛美を対比して聞かされる。気が遠くなり、私もつい昔のことなんか思い出してしまいました。

「ほんとに、なんでお前が先に生まれたんだろうな。カレンが先に生まれていれば、俺は彼女と婚約出来たのに……」

 でもエリック様に同情もします。だって自分で言うのも虚しいですけれど、秀でているものがないただの凡人の私と、容姿、学力、作法、全てにおいて秀でている妹を比べたら、そりゃあ妹の方が断然良いに決まってますから。
 だから否定はしないのです。



「それにしてもカレンはまだ戻らないのか?そろそろ戻ってきてもーー」
「エリック様っ!」

 暗い雰囲気の客室に、突如明るい声が響き渡りました。
 妹です。サラサラの金髪と緑の瞳をキラキラさせて殿下の元へと小走りで近づきます。殿下もそれに合わせてソファから立ち上がりました。

「カレン!会いたかったぞ!!」
「私もです、エリック様!!従者から殿下がいらしたっていう声を聞いて、急いで帰って来たんです!」
「そうかそうか。ほんと、お前は健気で可愛いなぁ」

 殿下は先ほどまでとは打って変わり、声を高くして優しい口調で妹の頭を撫でました。

「殿下、お待たせしてしまったようで……」
「ディゼン公爵、こちらこそ悪かったな、急に押しかけて」
「とんでもございません」

 少し遅れてディゼン公爵ーーお父様が部屋に入ります。

「妻はまだ買い物を続けたいとのことでしたので、今日は私だけですが」
「構わん構わん。俺はカレンに会えれば良いんだからな。公爵夫人に宜しく伝えておいてくれ」
「ありがたきお言葉。ーーところで殿下、何かご不満はありませんでしたか。突然の来訪にこちらも準備不足で……何せ安心して殿下を任せられる者が一人もいないものですから」

 チラッとお父様は私を見ました。私はあえて目を合わせないように窓の外を見ます。

「確かに不満はあった。しかしカレンに免じて今回は見逃してやろう」
「ありがとうございます!!さ、さっ、カレン、殿下に紅茶を淹れて差し上げろ」
「わかったわお父様。ちょっと緊張するけど、頑張って淹れるわ!」
「殿下、カレンの淹れるお茶は評判が良いんです」
「もう、お父様!そうやってハードルあげないでよ!」
「ははっ、それは楽しみだなぁ!是非とも飲んでみたい」

 仲良く会話をする3人。
 その中でお父様は言葉ではなく目で、私に「退出しろ」と合図をして来ました。
 ーー御役目ごめんというところでしょうか。まぁ、ここにいても居たたまれないですしね。それにこんな状況になることは珍しくありませんから、殿下も妹も退出する私に気づいたところで無関心でしょうし……。
 ーーさっさと出ましょう。
 私はそそくさとソファから腰を浮かし、静かにその場から立ち去りました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?

田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。 受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。 妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。 今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。 …そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。 だから私は婚約破棄を受け入れた。 それなのに必死になる王太子殿下。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。 なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。

処理中です...