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十四話(最終話)

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 ここで住み込みで働き始めてから数日が経った。パン屋の店員はなかなか体力の使う仕事で、朝から晩まで働き続けるとなると筋肉痛に悩まされることもあるけれど、それも含めて毎日とても充実している。
 

「リリーちゃん、ちょっとおつかいを頼んでも良い?」
「はい、何買って来れば良いですか?」
「えーっと……」

 客足が途絶えないなかで、手の離せないシーラさんが小さなメモをくれる。走り書きで書いた字を目で追いながら私は頷いた。

「分かりました。すぐ帰ってきます」
「気をつけてね」

 事実、買うものはあまりない。
 今日はせいぜいフルーツとお肉くらいだ。私はカゴを手に取って店を出た。





 買い物を終え店に戻ると、店内は店を出た時に比べてだいぶ空いていた。
 夕方に近くなったので客足も途絶えてきたらしい。
 店の奥ではギルバートさんのシーラさんが一息ついているところだった。

「ただ今戻りました」
「おうリリーちゃん、おつかれ!」
「ありがとうね、荷物はそこに置いてくれたら良いから」
「はーい」

 荷物を置こうとしたところで、私はふと動きを止める。ある人物と目が合ったのだ。

「……シルス?」

 シルスだ。
 何年も前に一回だけ会った男性が、そこにはいた。相変わらず深くフードをかぶっていてその顔は見えない。
 王子がシルスに、私がここにいるって伝えてくれたのかな。

「久しぶりだな、リリー」
「うん、何年ぶりかな」
「この前会ったばっかりだろ?」
「え?」

 最近、シルスに会った記憶はない。もしかしたらシルスの方が偶然私を見かけたとか、そういうことだろうか。
 私が首を傾げると、シルスは被っていたフードを上げた。途端に、私はギョッと大きくのけぞる。

「で、殿下!?」
「やっと気づいたか」
「えぇ、え、殿下って、シルス?シルスが、でんか?」

 混乱する私を見てシルスは笑う。
 いつもは眉間によっている皺も今は見当たらない。

「シルスと殿下は知り合いなんじゃ……。え、まさか同一人物だったんですか!?」
「混乱が長いな。それと敬語はいらない。それから殿下でなくシルスと」

 いつまで経っても混乱している私にシルスは痺れを切らしたように言った。
 混乱を続ける私に対して、ギルバートとシーラさんはカラカラと笑っている。

「ははっ、リリーちゃんはとんでもねぇ人をつかまえちまったなぁ」
「流石ね。リリーちゃんならやりかねないって前から思っていたのよ」
「え、つかまえるってどういう……」
「このシルスって人も、今日からここで働くことになったから」
「えぇっ!?」

 良いの?それは良いの?
 驚き続ける私にシルスはしれっと言ってのける。

「この国を良くするための潜入調査だ」
「なわけあるかい!」
「これからよろしく頼む、リリー先輩」

 確かにこの場所では私が先輩に当たるけれど。

「リリー先輩って!もう、はぁー、分かりました。よろしくお願いしますね、殿下」
「だからシルスと」
「お願いしますね、シルス!」

 満足気に頷くシルスを見て私は深いため息を吐く。
 何だかこれからとんでもないことになってしまいそうな気がして、私は頭を抱えた。




 
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