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最終章 落花流水
慟哭
しおりを挟む戌の刻
妖刀と懐剣は用心棒の監視の元で代官によりお凛に返すと、 お凛を屋敷から放り出した。
「裏切り者め、 お前の様な汚れた妾を傍に置くなど笑止千万。 何処でも好きなところに行くが良い」
放り投げられた妖刀を持ち、 懐剣を懐に仕舞うお凛は、 とぼとぼと静まり帰った市中を歩いた。
代官は念の為、 元忍びであった用心棒にお凛の跡を付けさせた。
万一、 お凛が桐生の殺害に失敗した時に二人共始末しろ、 と言う命だった。
桐生と逢瀬を待ち合わせた刻限は亥の刻。 それまで何処に居れば良いのか路頭に迷うお凛。
春の美しい桜の花びらが夜風に吹かれて舞って居る。
「お凛……」
聞きなれた優しい声がした。 桐生だった。
「そなたを案じてここ迄来たが。 存外にもあっさり妖刀と懐剣をあの代官は返したものだな。 まぁ良い。 お凛、 腹も減って居るだろう。 屋台しか開いてないが、 うまい屋台を知って居るから行こう」
桐生は先日会った屋台を探すと柳の垂れた橋の欄干付近に居るのを発見してお凛を連れ、 屋台に駆け寄った。
「おやじ、 酒とおでんを。 今宵は祝言の前祝いだ」
屋台の主人はお凛を見た。
「あぁ、 この娘さんがお凛さんだな?」
お凛は意味も解らないで困惑して居ると、 屋台の主人は桐生を茶化す様に話始めた。
「先日ここに居る男は酔い潰れて ”お凛”、 ”お凛”……とうわ言の様に呼んで居ましてな。 なるほど、 美しい娘さんじゃな。 祝言の前祝いなら喜んで。 お代は結構ですから」
桐生は慌てて頬を真っ赤にして屋台の主人の話を遮った。
「おやじ、 それ以上言うな」
二人のやり取りを見て居たお凛は微笑んだが、 暗い表情を浮かべる。
祝言……。 誰も祝福する者はいないと解って居たからだった。
それにお凛自身、 丑の刻になると正気が頻繁に薄れる様になって居た。
まして今は曰く付きの妖刀迄持って居る。 己が居ればいずれ桐生を危険な目に曝すかも知れない……そんな不安を抱えて居た。
屋台の主人に祝福を受け、 桐生とお凛は屋台で束の間の幸せに浸って居た。
亥の刻に宿を取って居た桐生とお凛は宿に向かう。
何気に月を見ると妙に赤い。
ふと、 お凛は無口になり、 ただ桜が見たいと言い出した。
辻斬りと最近騒ぎになって居る鬼騒動を恐れ、 美しい夜桜の大木の下には誰も居なかった。
はらはらと夜風に吹かれて花びらが舞い、 傍を流れる川の水に花びらが落ち、 流されている。
「美しいわ……」
桐生はふと言葉にした。
「落花流水、 ……だな。 この風景と……、 俺とお凛は」
急にお凛は桐生に背中を向けた。
「お凛……? 如何した?」
後ろを向いたまま、 冷たいお凛の答えが返って来た。
「お凛、 だと? 貴様何を馴れ馴れしい。 我はお凛などと言う名では無い。 我らが一族により名付けられた、 妖魔姫と言う名がある」
振り返ったお凛の目は金色に光って居た。
妖刀を慈しむように撫でる。
「この刀が、 お前を錆にしろと言うておる」
お凛は妖刀を抜刀した。
悲しい目をする桐生。
「お凛……」
お凛は刀を構えた。 赤い月光は妖刀を一層怪しく光らせて居た。
「桐生とやら、 刀を抜け。 貴様なら我と少しぐらい遊べる程度の手練れであろう?」
最早、 お凛は正気の沙汰ではない。
桐生はあるかないか躊躇いのうちに刀を抜いたが、 お凛を見て刀を捨てるとその場に正座した。
「お凛……、 そなたをこの様な姿にしたのは俺の責だ……。 構わぬ、 そなたに斬られるなら本望だ」
鬼の眷属と言え、 剣術はお凛より桐生が数段上だった。
本物の愛を知った鬼は情けからその力も弱くなる。
お凛を亡き者にする術を持つのは、 桐生しか居なかったのだ。
お凛は美しい金色の目に涙を浮かべた。
「なぜ我と勝負せぬ! 何もせず我に斬られても良いと申すか!」
桐生は頷いた。
「お凛、 俺を斬れ。 だがその代償として江戸から出ろ。 そしてその妖刀は寺に預けろ。
それさえ約束したら、 お前になら俺の命など幾らでもくれてやる」
お凛の妖刀を持つ手が震える。 悲しげな目を光らせると、 お凛は妖刀で己の喉を斬った。
その場に倒れるお凛。 駆け寄る桐生。
「桐生さま……、 あなたさまに本物の愛を頂けたこと、 このお凛は決して忘れませぬ……」
桐生の腕の中で息絶えるお凛。
桐生の慟哭が美しい夜桜の中に響いた。
そこへお凛を手籠めにした代官と用心棒が現れ、 六人に桐生は囲まれた。
「しくじりおったな、 お凛! ……仕方あるまい桐生、 そっ首貰い受ける!」
桐生はお凛の亡骸を静かに地面へ下ろすと刀を向けた。
「貴様ら決して一人たりとも生かしておかぬ」
用心棒が寄ってたかって桐生に刀で斬りかかったが大立ち回りの末、 全員倒した。
残るは代官のみとなった。
「た、 助けてくれ桐生! 金なら幾らでもやる」
桐生は無表情で代官に近付いて一瞬で斬ると静かに言い放った。
「貴様は地獄へ落ちろ、 この腐れ外道」
刀を振り降ろして血を払う桐生。
桐生の消息はその後途絶え、 全く不明である。
終
【あとがき】
最後まで読んで下さり、 ありがとうございます。
江戸を舞台にする物語は、 今迄あれこれと案を練っては止めていたので、 拙い描写だったと思います。
大和魂とは? 潔さは? 人の愛をテーマに描いてみたかった作品となりました。
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