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4章 哀愁の黒い薔薇
闇に堕ちる誘い
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「誰ですか……? 貴方」
警戒する様に後ずさりする麗子。 自分を守るためで無く秀康の身の安全を優先した。
「名前など言う必要ない。 お前、 秀康ヴァン・フォアードとできてるらしいな?」
眉間に皺を微かに寄せる麗子。 いきなり言われ、 言葉にならない
「黙ってちゃ解らねぇだろう。 お前、 ……アイツをアイツの正体を知って居るのか……?」
赤い瞳をギラリと光らせて冷ややかな笑みを浮かべる男性。
「教えてやろう。 アイツ、 ヴァンパイアだ。 所謂、 まぁ、 吸血鬼。 俺と同じ眷族……」
「ヴァンパイア、 吸血鬼……?」
赤い瞳……、 何処か秀康とオーバーラップした。
赤い瞳と目を合わせた瞬間、 麗子酷い眩暈を起こした。
『この感覚は……確か秀康さんの時も……』
その場に座る麗子に、 次の瞬間、 プラチナブロンドヘアーの男性が目の前に立って見下ろした。
男性は麗子の肩に冷たい掌を置いた。
「人間なんか……弱い。 所詮、 ヴァンパイアの獲物でしかないな。 今血に飢えてる。 お前で良いか。 アイツから全て奪う。 ……面白れ」
薄れる意識の中で、 男性の鋭い犬歯2本光る。
『助けて……、 誰か!!!』
声が出ない。 男性は麗子の細い首筋に右手を添え、 牙を剥いた。
フッ、 と頭上から何か現れ、 プラチナブロンドヘアー男性を強い力で壁に片手で叩きつけ、 麗子を抱きかかえた。
「麗子さん、 麗子! ……大丈夫か?」
「秀……康……さん」
チッ、 少し舌打ちをする秀康。
「トマスと目を合わせたか……、 トマス、 何の用だ??」
薄笑いを浮かべ、 真剣な秀康を嘲笑うトマス。
「兄さん……、 お前、 その女に黙っていたんだな 『ヴァンパイア』 だと。 ふっ。 お前ヴァンパイアだろ? どうせ獲物にするんだ、 何で人間など庇う? 俺に狙った獲物を盗られたら悔しいんだろ? 言ってやれよ、 吸血鬼だと。 恐怖の中で弄びながら逝かせてやれ」
壁で少しばかりふらつくトマス
秀康の腕の中で微かな会話を薄れた朦朧とする意識の中で聞いた麗子。
『兄さん……? 秀康さん……ヴァンパイア……』
何も無いか確かめる様に麗子の首筋に掌を充てた秀康。 傷もない麗子の首筋に安堵する。
「間に合ったな……良かった……」
「イヤ!!! 貴方誰?! 怖い誰か助けて!!」
急に暴れ出す麗子。 意識回復をした後に起きる錯乱状態だった。 路地と言え、 騒ぎ声で誰か来ないとも限らない。
「おい、 麗子!! しっかりしろ、 マズイ、 今は少し眠れ」
秀康、 赤い目を見開いてゆらゆらと瞳の色を揺らせると麗子はまた意識を失う。
ヴァンパイアで使う 『魔眼』 その目を見た者を金縛り、 催眠状態などにさせ操る術。
放置する訳にも行かず、 危険を承知で屋敷に連れ帰る為、 麗子を抱きかかえ消える秀康。
フォアード邸・秀康の部屋
暖かいふかふかの心地良いベットで目を開けた麗子、 少しづつ意識回復した。 洋館の豪華な部屋……
『何処……???』
「目が……覚めましたか……?」
視線を声のする少し右へ向けると秀康が傍に居た。 秀康のダブルベッドで寝ていたと知る。
秀康、 ミネラルウォーター蓋を開け、 高級グラスにゆらゆら注いで麗子に渡した。
「……」
「止むを得ず、 貴女を屋敷へ連れて来ましたが。 何もしませんから安心を。 落ち着いたら、 安全にちゃんとお帰り頂きます。 まず、 それをどうぞ」
「……」
麗子、 渡されたミネラル・ウォーターを持った状態で黙っている。
微かに笑う秀康。
「大丈夫です、 ……、 ただのミネラルウォーターですから」
麗子、 悲しい瞳をして、
「そういうのは問題じゃ有りません……。 秀康さん、 貴方を疑う筈ない……じゃないですか」
涙がぽろぽろと零れる。
『涙?』
秀康、 どうしたら良いか解らずに溜息を一つ付いた。 なぜ? 麗子流した涙の意味に困惑したが麗子の頬を伝う涙を優しく拭き取る様に撫で、
「泣かないで……。 貴女に泣かれると困るから……、 どこから話すか……。 麗子さん……、 貴女にいずれ、 話さないといけないと思っていました……。 弟トマスの言った通りです。 私達はヴァンパイアで吸血鬼……。 私の母は日本人、 人間で、 父上は……ヴァンパイアの中で最強と恐れられる魔性の者で。 私は……そのヴァンパイアの混血です。 弟トマスと……異母兄弟でね……、 アレは、 正真正銘のヴァンパイア……。 父上は……種族繁栄の為、 方々に妻の居る身。 まだ顏さえ知らぬ兄弟が世界にいます……最も、 ヴァンパイアハンターに殺され、 今は数も減り……」
「……ヴァンパイア・ハンター……? じゃぁ……、 初めてお会いした時秀康さんを襲った相手が……ヴァンパイア・ハンター……?」
記憶が、 まるでパズルの様に繋がる。
「その通りです。 一族を根絶やしにする為、 ヨーロッパから日本に派遣されました。 特に、 私を狙う為に……。 人間と混血のヴァンパイアは……、 時に純血種に勝る程危険ですから……。 ジプシーは……ヴァンパイアや、 魔女狩りなどしない。 それで縁の深い間。 人間と混血のヴァンパイアを 『ヴァンピール』 と言っていました」
ジプシー……、 タロット・カード……、 トランシルバニア……、 ラテン語……
「危険って……、 秀康さん……充分 『人』 じゃないですか……」
秀康、 まるで自分を嘲笑う様に、
「”人”、 か……。 麗子さん、 貴女に会うのをこれで最後になりますから、 お話します。 ヴァンパイア……、 The Un-Dead. 死にきれぬ者……、 すなわち 『不完全なる死』 と言う意味だ。ヴァンパイアは、 一度死亡し、 蘇生された者……。 私も洗礼を受け、 父に殺され死亡。 魔術を使い蘇生された……。
私に魂など存在しない。 この不完全な肉体だけだ。 この世に存在しない筈のね」
死体。 体温の無い理由にも麗子に納得できた。
『これで最後……? 秀康さんに二度と会えない?』
麗子も何から答えたら良いか迷う。
「ヴァンパイア……吸血鬼なんですよね? 秀康さん貴方も……、 吸血するんですか……?」
「もちろん。 ……貴女に先日お会いをした理由も初めは、 それだけの為」
「私に近付いた理由……、 吸血する為……?」
「ええ。 ……、 『初め』 いつも通りその予定でした。 だが、 貴女とお話しするうちに過ごすうちに……、 変わりました。 貴女から血を摂れない……」
「なぜ? ……私じゃダメなの?」
なぜと問うにも変だと思いながら知りたかった。
「ヴァンパイアは……不老不死。 貴女がこの世に生を受ける遥か昔に私は既に生まれた……。 遠い昔……人間の女性に恋をしましてね……。 当時まだ未熟で半分人間の血を受継いだ私に……、 致死量になる前に吸血を止めるコントロールできなかった頃……愛した女を殺した。 加減も知らず……、 罪から罪を重ねた……。 それ以来、 吸血に躊躇う様になり……回数を減らした。 どうしても……消えることのない悪夢でしかない……。 ただ吸血鬼である以上……、 必要な血液供給されない状態で長い時を……力を維持できない。 罪悪感を減らす為、 恋や愛と言う感情など一切持たない。 ただ血を欲するだけに徹して来た。 だが実に虚しい。 ……永遠に眠りの来ない地獄と欲望の権化ヴァンパイアの仔など要らないと……自分と同じ運命を背負わせたくないと……生涯、 結婚などしないと。 貴女を獲物と見れない。 又……恋愛などと言う茶番の感情も無い。 あるとしたら 『人』 である一部からセーブされている」
『まただ……秀康さんの悲しい顏……』
「さぁ……話済んだ。 送ります」
秀康、 麗子の傍を離れる為、 立とうとした時、
「待って!! ……秀康さん……待って下さい……」
怪訝な顔をする秀康にベットに座ったまんま正面から抱きつく麗子。
「麗子さん? ……何をしてるか解っているんですか? ……ヴァンパイア、 だと言った筈だ。 これ以上吸血をセーブできる自信など、 ……ありませんよ?」
欲望をコントロールすることこそ、 最大に難しいと言う意味だ。
ヴァンパイアは欲望を抑えられない。
「血を吸いたいなら……、 吸って下さい……私の血でいいなら……だから……これで最後だなんて言わないで……」
「麗子さん……何を?」
「吸血鬼だとか……私全然気にしません……ただ、 秀康さんと又会いたい……これで最後だなんて……もう会えないなんて血を吸われるより辛い。 貴方になら……構わない」
涙をぽろぽろ零す麗子の意味……今、 理解した秀康。
秀康は、 ただ、 麗子を抱きしめた。
「ふふふ……。 変わった女(ひと)だ……。 今……吸血したいと思いません。 いいのですか? ヴァンパイアで。 貴女にとり非常に危険な男なんですよ? 私と結ばれたら……ヴァンパイアの妻になってしまう。 それでも良いと思うか?」
「構わない。 ただ傍に居たい……」
秀康、 ふっ……、 と優しい溜息。
「では、 又電話かメールを。 ああ、 ヴァンパイアは昼に眠りますから夜に」
秀康の部屋の前に居たモーリス、 どうするか悩んで居た。
『此処で声など掛けたら空気の読めない、 馬鹿だろうな。 執事失格だ』
執事であるモーリス、 細かい心遣いできる。
「モーリス……? 居るんだろ? 準備良いか?」
秀康の声に応えるモーリス。
「はい。 ただ今玄関に車を用意しました」
「麗子さん、 ……今日帰りなさい。 送りますから」
屋敷内暗い回廊を歩いていると、 貴族風ブロンドロングヘアーを靡かせローザが。
「この女? ……フォアード一族の花嫁の座を狙うと言う人間。 図々しいわ、 たかが、 ただの人間の女の癖に……生意気な小娘ね!」
言うなりローザ、 麗子の頬に思い切り平手打ちをした。
「ローザ様!」
モーリスはローザを制す。
「黙りなさい!」
モーリス迄手を出しかけた激怒するローザの腕を秀康が強い力で押さえた。
「やめろ、 ローザ!」
「やだ……、 秀康、 怒らないで。 叔父様に似て怖いわ……。 痛いから離して」
秀康、 トマスの父、ジャックスの恐ろしさを知るローザは、 改め、 息子・後継者である秀康の怖さを知る。
麗子を一瞥し、 その場を去るローザ。
「麗子さん……、 トマス、 ローザに気を付けて下さい。 ローザにはヴァンパイアの他に狼一族が混じっています。 過保護に我儘に育てられた魔女で、 非常に傲慢です。 かつて繁栄した狼一族で名家であるアレの父を私の父が殺し……、 一族を衰退させ、 罪滅ぼしか、 父がローザを屋敷に迎えました。 哀れな一面のある従妹でもある……」
目まぐるしい展開に動揺する麗子。 想像遥かに超えるヴァンパイアの戦いと憎悪、 悲痛な哀愁。
玄関前エントランスで、 ダニエラに会う
「いってらっしゃいませ……」
「メイド・ダニエラだ……。 コレもヴァンパイア……」
無造作に豪華な玄関の扉を秀康自ら開ける。
表に出た麗子、 庭一面に薔薇咲き誇り、 綺麗な光景に思わず、
「良い香り綺麗……」
「この薔薇、 『非常食』 で。 言わば血に飢えた時に。 我々に赤い薔薇など所詮その程度。 ……他に意味などありません。 薔薇の価値など……。 強いて言うならば貴女を……この紫の薔薇に変えたい」
淡々と答える秀康。 先日と同じでマンション前で降り、 部屋迄秀康が麗子を送る。
「では……」
と言い立ち去ろうとする秀康。 麗子に近付いて抱き寄せ濃厚なキスをした。 今迄の熱い情熱に加え秀康の思いを感じた麗子。 しかし、 それは、 愛でも恋でもないと言うのか。
翌日、 会社から帰った麗子、 ベランダのあるベッドルームでパソコンで普段通りにプログラミングをしていた。
するとベランダから声が。
「麗子さん」
「え? ……?」
7階。 誰も居る筈ない。
「麗子さん、 ベランダを見て」
ベランダに視線を走らせた麗子。 秀康は華麗で優雅に空中に立っていて長髪をしなやかに揺らしながら微笑んでいた。
「今更隠す必要もない……。 空など簡単だ」
「秀康さん、 危ないから、 ベランダへ降りて!!」
慌ててベランダに促す麗子。
「危ない? 経験を積んだヴァンパイアなら、 空を飛ぶなど呼吸するのと同じでね」
トン……軽くベランダに着地する。
「先日あんな状態になったばかり。 何も無い様で安心しました、 麗子さん」
どうやら麗子を心配して様子を確かめる為に来たと思える。
「秀康さんの住む家から相当離れています、 ……飛んでまで来るなんて危ないです」
悪戯な笑みを浮かべ、
「証拠を貴女に、 見せますか……」
麗子をフワリと抱き上げると秀康は、 ベランダから空へ出る。
「秀康さん、 やだ、 怖い!!!」
7階、 地面遥かに下。 落ちたら命無い。
「大丈夫。 落ちませんから」
「私、 ダメなんです、 高所恐怖症で……」
「高所恐怖? 貴女、 7階に住んでいるのに???」
「部屋ここしか、 空いてなかったから仕方無かったんです、 だから下して!!」
もがいて暴れる麗子に笑いながら
「ふふふ、 何と言う顏するんですか。 美人台無しだ。 麗子さん、 暴れないで。 ああ手が滑るかも知れん」
「秀康さん、 私で遊ばないで下さい……!!」
「上をご覧なさい、 月と星が綺麗ですから」
こんなに近い星と月を生まれて初めてに見た麗子は
「綺麗……」
麗子の美しいロングヘアーを風が軽やかに靡かせ優しく頬に触れる。 上空に居る怖さを忘れる程に綺麗で静かな世界。
「綺麗な場所ならまだあります。 私の屋敷の奥は森。 そこに小さな湖畔が。 どうです? 行きたいですか?」
「今からですか……?!?」
「ええ。 一瞬で」
二人、 その場から一瞬に姿を消す。
「ここです」
そっとお姫様抱っこをする麗子を下ろすとただ静かな湖を指した秀康。 湖面に星と月の柔らかい反射で綺麗な世界だった。 秀康は麗子の肩に手を回して耳元で囁いた。
「私達の結界でね、 ここにヴァンパイアハンターさえ許されない」
「結界……?」
「ええ。 人さえ、 此処を知らないでしょう。 貴女を除いて。 トランシルバニアに美しい湖畔ありました……。 ラテン語で、 trans sylva=トランシルバニア、 『森の向こう』 名前通り、 此処と同じで、 綺麗なところだ」
地面に腰を下ろす二人。 綺麗な湖面を眺める。
「昨夜……、 ほんとうに怖い思いや失礼な思いをさせました。 これはほんのお詫びに……」
暫く沈黙続いたが黙って居ても二人で居られるなら幸せに思う麗子。
麗子の髪を優しく撫でながら話す
「私を殺すただ一つの方法、 ……貴女に教えましょう」
「え?」
『秀康さん……死を望んでる』
「イヤ! そんな話、 絶対聞きたくない」
「貴女が知らない程、 果てしない時を生きているんだ……。 そろそろ、 安住の眠りを与えて欲しい。 私は既に朽ちた黒い薔薇。それとも、 私の犯した罪は永遠に解かれぬと? 地獄がまだ足りないと……?」
「違います!」
「聞いて欲しい……万一、 貴女を殺そうと私が動いた時、 銀の杭を私の心臓に打って下さい。 灰になり風化され、 二度と蘇らない。 銀の杭のある場所は」
麗子、 思わず唇で秀康の話を止めた。 すぐに唇を離し
「聞きたくない……イヤだからです」
頭上から現れたり、 片手軽々とトマスを壁に投げ付け、 生き血を啜る恐ろしいヴァンパイア……。
ただ、 麗子に映る秀康本来は、 『泣き叫ぶ子供』、 終わりない闇と言う名の永遠を彷徨い、 信じる者さえ居ない闇と孤独の狭間で生き続けている……。
ヴァンパイアと言う地獄から解放されたいのだ。
秀康の痛み……少しでも和らげたい。
麗子、 秀康の頭を優しく包む様に抱いて居た。
「麗子……さん? 言ったでしょう……、 ヴァンパイアだと。 隙などを私に見せるなど危険な行為だ。 ただ、 貴女から温かい体温が心地良いな。 さぁ……、 帰りましょうか」
二人又、 その場から消える
又数日経った夜。 麗子は秀康の携帯に電話した。 月は満月を迎えた。
警戒する様に後ずさりする麗子。 自分を守るためで無く秀康の身の安全を優先した。
「名前など言う必要ない。 お前、 秀康ヴァン・フォアードとできてるらしいな?」
眉間に皺を微かに寄せる麗子。 いきなり言われ、 言葉にならない
「黙ってちゃ解らねぇだろう。 お前、 ……アイツをアイツの正体を知って居るのか……?」
赤い瞳をギラリと光らせて冷ややかな笑みを浮かべる男性。
「教えてやろう。 アイツ、 ヴァンパイアだ。 所謂、 まぁ、 吸血鬼。 俺と同じ眷族……」
「ヴァンパイア、 吸血鬼……?」
赤い瞳……、 何処か秀康とオーバーラップした。
赤い瞳と目を合わせた瞬間、 麗子酷い眩暈を起こした。
『この感覚は……確か秀康さんの時も……』
その場に座る麗子に、 次の瞬間、 プラチナブロンドヘアーの男性が目の前に立って見下ろした。
男性は麗子の肩に冷たい掌を置いた。
「人間なんか……弱い。 所詮、 ヴァンパイアの獲物でしかないな。 今血に飢えてる。 お前で良いか。 アイツから全て奪う。 ……面白れ」
薄れる意識の中で、 男性の鋭い犬歯2本光る。
『助けて……、 誰か!!!』
声が出ない。 男性は麗子の細い首筋に右手を添え、 牙を剥いた。
フッ、 と頭上から何か現れ、 プラチナブロンドヘアー男性を強い力で壁に片手で叩きつけ、 麗子を抱きかかえた。
「麗子さん、 麗子! ……大丈夫か?」
「秀……康……さん」
チッ、 少し舌打ちをする秀康。
「トマスと目を合わせたか……、 トマス、 何の用だ??」
薄笑いを浮かべ、 真剣な秀康を嘲笑うトマス。
「兄さん……、 お前、 その女に黙っていたんだな 『ヴァンパイア』 だと。 ふっ。 お前ヴァンパイアだろ? どうせ獲物にするんだ、 何で人間など庇う? 俺に狙った獲物を盗られたら悔しいんだろ? 言ってやれよ、 吸血鬼だと。 恐怖の中で弄びながら逝かせてやれ」
壁で少しばかりふらつくトマス
秀康の腕の中で微かな会話を薄れた朦朧とする意識の中で聞いた麗子。
『兄さん……? 秀康さん……ヴァンパイア……』
何も無いか確かめる様に麗子の首筋に掌を充てた秀康。 傷もない麗子の首筋に安堵する。
「間に合ったな……良かった……」
「イヤ!!! 貴方誰?! 怖い誰か助けて!!」
急に暴れ出す麗子。 意識回復をした後に起きる錯乱状態だった。 路地と言え、 騒ぎ声で誰か来ないとも限らない。
「おい、 麗子!! しっかりしろ、 マズイ、 今は少し眠れ」
秀康、 赤い目を見開いてゆらゆらと瞳の色を揺らせると麗子はまた意識を失う。
ヴァンパイアで使う 『魔眼』 その目を見た者を金縛り、 催眠状態などにさせ操る術。
放置する訳にも行かず、 危険を承知で屋敷に連れ帰る為、 麗子を抱きかかえ消える秀康。
フォアード邸・秀康の部屋
暖かいふかふかの心地良いベットで目を開けた麗子、 少しづつ意識回復した。 洋館の豪華な部屋……
『何処……???』
「目が……覚めましたか……?」
視線を声のする少し右へ向けると秀康が傍に居た。 秀康のダブルベッドで寝ていたと知る。
秀康、 ミネラルウォーター蓋を開け、 高級グラスにゆらゆら注いで麗子に渡した。
「……」
「止むを得ず、 貴女を屋敷へ連れて来ましたが。 何もしませんから安心を。 落ち着いたら、 安全にちゃんとお帰り頂きます。 まず、 それをどうぞ」
「……」
麗子、 渡されたミネラル・ウォーターを持った状態で黙っている。
微かに笑う秀康。
「大丈夫です、 ……、 ただのミネラルウォーターですから」
麗子、 悲しい瞳をして、
「そういうのは問題じゃ有りません……。 秀康さん、 貴方を疑う筈ない……じゃないですか」
涙がぽろぽろと零れる。
『涙?』
秀康、 どうしたら良いか解らずに溜息を一つ付いた。 なぜ? 麗子流した涙の意味に困惑したが麗子の頬を伝う涙を優しく拭き取る様に撫で、
「泣かないで……。 貴女に泣かれると困るから……、 どこから話すか……。 麗子さん……、 貴女にいずれ、 話さないといけないと思っていました……。 弟トマスの言った通りです。 私達はヴァンパイアで吸血鬼……。 私の母は日本人、 人間で、 父上は……ヴァンパイアの中で最強と恐れられる魔性の者で。 私は……そのヴァンパイアの混血です。 弟トマスと……異母兄弟でね……、 アレは、 正真正銘のヴァンパイア……。 父上は……種族繁栄の為、 方々に妻の居る身。 まだ顏さえ知らぬ兄弟が世界にいます……最も、 ヴァンパイアハンターに殺され、 今は数も減り……」
「……ヴァンパイア・ハンター……? じゃぁ……、 初めてお会いした時秀康さんを襲った相手が……ヴァンパイア・ハンター……?」
記憶が、 まるでパズルの様に繋がる。
「その通りです。 一族を根絶やしにする為、 ヨーロッパから日本に派遣されました。 特に、 私を狙う為に……。 人間と混血のヴァンパイアは……、 時に純血種に勝る程危険ですから……。 ジプシーは……ヴァンパイアや、 魔女狩りなどしない。 それで縁の深い間。 人間と混血のヴァンパイアを 『ヴァンピール』 と言っていました」
ジプシー……、 タロット・カード……、 トランシルバニア……、 ラテン語……
「危険って……、 秀康さん……充分 『人』 じゃないですか……」
秀康、 まるで自分を嘲笑う様に、
「”人”、 か……。 麗子さん、 貴女に会うのをこれで最後になりますから、 お話します。 ヴァンパイア……、 The Un-Dead. 死にきれぬ者……、 すなわち 『不完全なる死』 と言う意味だ。ヴァンパイアは、 一度死亡し、 蘇生された者……。 私も洗礼を受け、 父に殺され死亡。 魔術を使い蘇生された……。
私に魂など存在しない。 この不完全な肉体だけだ。 この世に存在しない筈のね」
死体。 体温の無い理由にも麗子に納得できた。
『これで最後……? 秀康さんに二度と会えない?』
麗子も何から答えたら良いか迷う。
「ヴァンパイア……吸血鬼なんですよね? 秀康さん貴方も……、 吸血するんですか……?」
「もちろん。 ……貴女に先日お会いをした理由も初めは、 それだけの為」
「私に近付いた理由……、 吸血する為……?」
「ええ。 ……、 『初め』 いつも通りその予定でした。 だが、 貴女とお話しするうちに過ごすうちに……、 変わりました。 貴女から血を摂れない……」
「なぜ? ……私じゃダメなの?」
なぜと問うにも変だと思いながら知りたかった。
「ヴァンパイアは……不老不死。 貴女がこの世に生を受ける遥か昔に私は既に生まれた……。 遠い昔……人間の女性に恋をしましてね……。 当時まだ未熟で半分人間の血を受継いだ私に……、 致死量になる前に吸血を止めるコントロールできなかった頃……愛した女を殺した。 加減も知らず……、 罪から罪を重ねた……。 それ以来、 吸血に躊躇う様になり……回数を減らした。 どうしても……消えることのない悪夢でしかない……。 ただ吸血鬼である以上……、 必要な血液供給されない状態で長い時を……力を維持できない。 罪悪感を減らす為、 恋や愛と言う感情など一切持たない。 ただ血を欲するだけに徹して来た。 だが実に虚しい。 ……永遠に眠りの来ない地獄と欲望の権化ヴァンパイアの仔など要らないと……自分と同じ運命を背負わせたくないと……生涯、 結婚などしないと。 貴女を獲物と見れない。 又……恋愛などと言う茶番の感情も無い。 あるとしたら 『人』 である一部からセーブされている」
『まただ……秀康さんの悲しい顏……』
「さぁ……話済んだ。 送ります」
秀康、 麗子の傍を離れる為、 立とうとした時、
「待って!! ……秀康さん……待って下さい……」
怪訝な顔をする秀康にベットに座ったまんま正面から抱きつく麗子。
「麗子さん? ……何をしてるか解っているんですか? ……ヴァンパイア、 だと言った筈だ。 これ以上吸血をセーブできる自信など、 ……ありませんよ?」
欲望をコントロールすることこそ、 最大に難しいと言う意味だ。
ヴァンパイアは欲望を抑えられない。
「血を吸いたいなら……、 吸って下さい……私の血でいいなら……だから……これで最後だなんて言わないで……」
「麗子さん……何を?」
「吸血鬼だとか……私全然気にしません……ただ、 秀康さんと又会いたい……これで最後だなんて……もう会えないなんて血を吸われるより辛い。 貴方になら……構わない」
涙をぽろぽろ零す麗子の意味……今、 理解した秀康。
秀康は、 ただ、 麗子を抱きしめた。
「ふふふ……。 変わった女(ひと)だ……。 今……吸血したいと思いません。 いいのですか? ヴァンパイアで。 貴女にとり非常に危険な男なんですよ? 私と結ばれたら……ヴァンパイアの妻になってしまう。 それでも良いと思うか?」
「構わない。 ただ傍に居たい……」
秀康、 ふっ……、 と優しい溜息。
「では、 又電話かメールを。 ああ、 ヴァンパイアは昼に眠りますから夜に」
秀康の部屋の前に居たモーリス、 どうするか悩んで居た。
『此処で声など掛けたら空気の読めない、 馬鹿だろうな。 執事失格だ』
執事であるモーリス、 細かい心遣いできる。
「モーリス……? 居るんだろ? 準備良いか?」
秀康の声に応えるモーリス。
「はい。 ただ今玄関に車を用意しました」
「麗子さん、 ……今日帰りなさい。 送りますから」
屋敷内暗い回廊を歩いていると、 貴族風ブロンドロングヘアーを靡かせローザが。
「この女? ……フォアード一族の花嫁の座を狙うと言う人間。 図々しいわ、 たかが、 ただの人間の女の癖に……生意気な小娘ね!」
言うなりローザ、 麗子の頬に思い切り平手打ちをした。
「ローザ様!」
モーリスはローザを制す。
「黙りなさい!」
モーリス迄手を出しかけた激怒するローザの腕を秀康が強い力で押さえた。
「やめろ、 ローザ!」
「やだ……、 秀康、 怒らないで。 叔父様に似て怖いわ……。 痛いから離して」
秀康、 トマスの父、ジャックスの恐ろしさを知るローザは、 改め、 息子・後継者である秀康の怖さを知る。
麗子を一瞥し、 その場を去るローザ。
「麗子さん……、 トマス、 ローザに気を付けて下さい。 ローザにはヴァンパイアの他に狼一族が混じっています。 過保護に我儘に育てられた魔女で、 非常に傲慢です。 かつて繁栄した狼一族で名家であるアレの父を私の父が殺し……、 一族を衰退させ、 罪滅ぼしか、 父がローザを屋敷に迎えました。 哀れな一面のある従妹でもある……」
目まぐるしい展開に動揺する麗子。 想像遥かに超えるヴァンパイアの戦いと憎悪、 悲痛な哀愁。
玄関前エントランスで、 ダニエラに会う
「いってらっしゃいませ……」
「メイド・ダニエラだ……。 コレもヴァンパイア……」
無造作に豪華な玄関の扉を秀康自ら開ける。
表に出た麗子、 庭一面に薔薇咲き誇り、 綺麗な光景に思わず、
「良い香り綺麗……」
「この薔薇、 『非常食』 で。 言わば血に飢えた時に。 我々に赤い薔薇など所詮その程度。 ……他に意味などありません。 薔薇の価値など……。 強いて言うならば貴女を……この紫の薔薇に変えたい」
淡々と答える秀康。 先日と同じでマンション前で降り、 部屋迄秀康が麗子を送る。
「では……」
と言い立ち去ろうとする秀康。 麗子に近付いて抱き寄せ濃厚なキスをした。 今迄の熱い情熱に加え秀康の思いを感じた麗子。 しかし、 それは、 愛でも恋でもないと言うのか。
翌日、 会社から帰った麗子、 ベランダのあるベッドルームでパソコンで普段通りにプログラミングをしていた。
するとベランダから声が。
「麗子さん」
「え? ……?」
7階。 誰も居る筈ない。
「麗子さん、 ベランダを見て」
ベランダに視線を走らせた麗子。 秀康は華麗で優雅に空中に立っていて長髪をしなやかに揺らしながら微笑んでいた。
「今更隠す必要もない……。 空など簡単だ」
「秀康さん、 危ないから、 ベランダへ降りて!!」
慌ててベランダに促す麗子。
「危ない? 経験を積んだヴァンパイアなら、 空を飛ぶなど呼吸するのと同じでね」
トン……軽くベランダに着地する。
「先日あんな状態になったばかり。 何も無い様で安心しました、 麗子さん」
どうやら麗子を心配して様子を確かめる為に来たと思える。
「秀康さんの住む家から相当離れています、 ……飛んでまで来るなんて危ないです」
悪戯な笑みを浮かべ、
「証拠を貴女に、 見せますか……」
麗子をフワリと抱き上げると秀康は、 ベランダから空へ出る。
「秀康さん、 やだ、 怖い!!!」
7階、 地面遥かに下。 落ちたら命無い。
「大丈夫。 落ちませんから」
「私、 ダメなんです、 高所恐怖症で……」
「高所恐怖? 貴女、 7階に住んでいるのに???」
「部屋ここしか、 空いてなかったから仕方無かったんです、 だから下して!!」
もがいて暴れる麗子に笑いながら
「ふふふ、 何と言う顏するんですか。 美人台無しだ。 麗子さん、 暴れないで。 ああ手が滑るかも知れん」
「秀康さん、 私で遊ばないで下さい……!!」
「上をご覧なさい、 月と星が綺麗ですから」
こんなに近い星と月を生まれて初めてに見た麗子は
「綺麗……」
麗子の美しいロングヘアーを風が軽やかに靡かせ優しく頬に触れる。 上空に居る怖さを忘れる程に綺麗で静かな世界。
「綺麗な場所ならまだあります。 私の屋敷の奥は森。 そこに小さな湖畔が。 どうです? 行きたいですか?」
「今からですか……?!?」
「ええ。 一瞬で」
二人、 その場から一瞬に姿を消す。
「ここです」
そっとお姫様抱っこをする麗子を下ろすとただ静かな湖を指した秀康。 湖面に星と月の柔らかい反射で綺麗な世界だった。 秀康は麗子の肩に手を回して耳元で囁いた。
「私達の結界でね、 ここにヴァンパイアハンターさえ許されない」
「結界……?」
「ええ。 人さえ、 此処を知らないでしょう。 貴女を除いて。 トランシルバニアに美しい湖畔ありました……。 ラテン語で、 trans sylva=トランシルバニア、 『森の向こう』 名前通り、 此処と同じで、 綺麗なところだ」
地面に腰を下ろす二人。 綺麗な湖面を眺める。
「昨夜……、 ほんとうに怖い思いや失礼な思いをさせました。 これはほんのお詫びに……」
暫く沈黙続いたが黙って居ても二人で居られるなら幸せに思う麗子。
麗子の髪を優しく撫でながら話す
「私を殺すただ一つの方法、 ……貴女に教えましょう」
「え?」
『秀康さん……死を望んでる』
「イヤ! そんな話、 絶対聞きたくない」
「貴女が知らない程、 果てしない時を生きているんだ……。 そろそろ、 安住の眠りを与えて欲しい。 私は既に朽ちた黒い薔薇。それとも、 私の犯した罪は永遠に解かれぬと? 地獄がまだ足りないと……?」
「違います!」
「聞いて欲しい……万一、 貴女を殺そうと私が動いた時、 銀の杭を私の心臓に打って下さい。 灰になり風化され、 二度と蘇らない。 銀の杭のある場所は」
麗子、 思わず唇で秀康の話を止めた。 すぐに唇を離し
「聞きたくない……イヤだからです」
頭上から現れたり、 片手軽々とトマスを壁に投げ付け、 生き血を啜る恐ろしいヴァンパイア……。
ただ、 麗子に映る秀康本来は、 『泣き叫ぶ子供』、 終わりない闇と言う名の永遠を彷徨い、 信じる者さえ居ない闇と孤独の狭間で生き続けている……。
ヴァンパイアと言う地獄から解放されたいのだ。
秀康の痛み……少しでも和らげたい。
麗子、 秀康の頭を優しく包む様に抱いて居た。
「麗子……さん? 言ったでしょう……、 ヴァンパイアだと。 隙などを私に見せるなど危険な行為だ。 ただ、 貴女から温かい体温が心地良いな。 さぁ……、 帰りましょうか」
二人又、 その場から消える
又数日経った夜。 麗子は秀康の携帯に電話した。 月は満月を迎えた。
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