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After Story
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「あれ、課長?二次会行かないんですか?」
「今日はちょっとね。じゃあまた月曜に」
背後からの問いに恭介は、振り向きはしたが足を止めることなかった。
同じく二次会不参加の部下たちとともに駅へと向かう。
今日は駅前の雑居ビルに入る小洒落た和風居酒屋で、課内の飲み会が開催されていた。グループのメンバー20人ほどの集まりだ。
2年間の遠距離を経て大学院を卒業した恭介は、海斗のいる地元に戻った。
自動車部品メーカーで技術職をしている。
いつの間にか、このグループをまとめる課長という管理職の肩書きがついていた。
「今日は何か特別な日なんですか?」
恭介の隣を歩く部下が、前を歩く同僚に聞こえないよう少し声を落として尋ねてきた。
先月育休から復帰したばかりの彼女は、恭介より6個年下だが、さばさばした性格の頼りがいのある女性だ。
恭介のプライベートを一部の社員だけが知っている。この彼女も例外ではない。
恋人がいて、それが男だということを秘密にしていると不都合な点がいくつか出てきたので、信頼できる仲間には打ち明けるようになったのだ。
随分前に、人気男性アイドルが同性のパートナーと海外で同性婚をしたと報道されたことを皮切りに、少しずつ世間にも同性愛が浸透していったように思う。
家族や友人、同僚や部下の理解と協力を得ている恭介たちは今、とても穏やかに毎日を過ごしている。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ今日、卒業式でね」
きっと泣いて帰ってくるだろうから、と心の中で付け足す。
不思議そうにしつつも彼女は「おめでとうございます。もうそんな時期なんですね」と笑みを浮かべた。
時刻は21時を過ぎたところだ。
駅で部下たちと別れた恭介は、ひとり地下街へと下りた。事前に目星を付けていたケーキ屋へ寄るためだ。
閉店間近のショーケースはやはり品数が少なかった。それでも5種類ほどのカットケーキが並んでいて、わくわくする。年甲斐もなく、どれにしようかと悩んでしまう。
「お決まりでしたらお伺いします」
「ええっと、じゃあ……」
無意識に左手首につけた腕時計を触る。すっかり定着した、考え事をするときの癖だ。
何年も前に海斗がくれたものを、今でもとても大切に使っている。
一度電池を交換しても何をしてもどうにも動かなくなったことがある。修理に出すとそれなりの額がかかることが分かった。
「新しいの買ってあげようか?それよりもっといいやつ」
そんな海斗の提案を辞退して、恭介は時計を修理に出した。中身だけ新しくなって戻ってきた時計を見せると、海斗は肩を竦めて呆れていた。
「修理代もったいない」と、しばらく恭介が時計をつけるたびに零していたけれど、言葉とは反対にその顔はとても嬉しそうだったのを覚えている。
2人分のケーキを買った恭介は、家路を急いだ。
駅から自宅までは3駅だ。
東京と違い、主要駅から3駅も離れてしまえば静かな田舎の住宅街が広がる。
春になると桜並木が綺麗な小川沿いのマンションが、今の住まいだ。
3LDKの築浅の中古を数年前に2人で買った。
3つの部屋は、1つを2人の寝室として使っていて、あとの2部屋はそれぞれの仕事部屋になっている。
「ただいま」
廊下を通り過ぎて明かりのついたリビングに入ると、ふわりと甘い花の香りが漂ってきた。
ソファ横のサイドテーブルと、ダイニングテーブルの二箇所で、花瓶に花が生けられている。
今日は海斗の職場である高校の卒業式だった。しかも3年の担任をしていたので、例年よりたくさん花をもらったようだ。
「ん……おかえり。早かったな」
寝間着姿の海斗はソファで眠ってしまっていたらしい。
目を擦りながらぼんやりとした顔を向けてくる。その目元はほんの少し腫れていた。
「今日はちょっとね。じゃあまた月曜に」
背後からの問いに恭介は、振り向きはしたが足を止めることなかった。
同じく二次会不参加の部下たちとともに駅へと向かう。
今日は駅前の雑居ビルに入る小洒落た和風居酒屋で、課内の飲み会が開催されていた。グループのメンバー20人ほどの集まりだ。
2年間の遠距離を経て大学院を卒業した恭介は、海斗のいる地元に戻った。
自動車部品メーカーで技術職をしている。
いつの間にか、このグループをまとめる課長という管理職の肩書きがついていた。
「今日は何か特別な日なんですか?」
恭介の隣を歩く部下が、前を歩く同僚に聞こえないよう少し声を落として尋ねてきた。
先月育休から復帰したばかりの彼女は、恭介より6個年下だが、さばさばした性格の頼りがいのある女性だ。
恭介のプライベートを一部の社員だけが知っている。この彼女も例外ではない。
恋人がいて、それが男だということを秘密にしていると不都合な点がいくつか出てきたので、信頼できる仲間には打ち明けるようになったのだ。
随分前に、人気男性アイドルが同性のパートナーと海外で同性婚をしたと報道されたことを皮切りに、少しずつ世間にも同性愛が浸透していったように思う。
家族や友人、同僚や部下の理解と協力を得ている恭介たちは今、とても穏やかに毎日を過ごしている。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ今日、卒業式でね」
きっと泣いて帰ってくるだろうから、と心の中で付け足す。
不思議そうにしつつも彼女は「おめでとうございます。もうそんな時期なんですね」と笑みを浮かべた。
時刻は21時を過ぎたところだ。
駅で部下たちと別れた恭介は、ひとり地下街へと下りた。事前に目星を付けていたケーキ屋へ寄るためだ。
閉店間近のショーケースはやはり品数が少なかった。それでも5種類ほどのカットケーキが並んでいて、わくわくする。年甲斐もなく、どれにしようかと悩んでしまう。
「お決まりでしたらお伺いします」
「ええっと、じゃあ……」
無意識に左手首につけた腕時計を触る。すっかり定着した、考え事をするときの癖だ。
何年も前に海斗がくれたものを、今でもとても大切に使っている。
一度電池を交換しても何をしてもどうにも動かなくなったことがある。修理に出すとそれなりの額がかかることが分かった。
「新しいの買ってあげようか?それよりもっといいやつ」
そんな海斗の提案を辞退して、恭介は時計を修理に出した。中身だけ新しくなって戻ってきた時計を見せると、海斗は肩を竦めて呆れていた。
「修理代もったいない」と、しばらく恭介が時計をつけるたびに零していたけれど、言葉とは反対にその顔はとても嬉しそうだったのを覚えている。
2人分のケーキを買った恭介は、家路を急いだ。
駅から自宅までは3駅だ。
東京と違い、主要駅から3駅も離れてしまえば静かな田舎の住宅街が広がる。
春になると桜並木が綺麗な小川沿いのマンションが、今の住まいだ。
3LDKの築浅の中古を数年前に2人で買った。
3つの部屋は、1つを2人の寝室として使っていて、あとの2部屋はそれぞれの仕事部屋になっている。
「ただいま」
廊下を通り過ぎて明かりのついたリビングに入ると、ふわりと甘い花の香りが漂ってきた。
ソファ横のサイドテーブルと、ダイニングテーブルの二箇所で、花瓶に花が生けられている。
今日は海斗の職場である高校の卒業式だった。しかも3年の担任をしていたので、例年よりたくさん花をもらったようだ。
「ん……おかえり。早かったな」
寝間着姿の海斗はソファで眠ってしまっていたらしい。
目を擦りながらぼんやりとした顔を向けてくる。その目元はほんの少し腫れていた。
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