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第十五夜(6)

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 静寂はほんの数秒だった。

「ふ」

 あまりにも海斗がぽかんとしているから、思わず恭介が笑ってしまったのだ。そんな間抜けな表情を見るのは久しぶりだった。
 咳払いをして誤魔化すが、無理があったらしい。

「なに、笑ってんだよ」むすっとした顔で海斗が言う。「わけ分かんないんだけど」

 ずんずんと大股で近づいてくる。恭介はつい退きそうになったが、なんとか耐えて、目の前の幼なじみを見た。

 柔らかそうな栗色の髪、整った眉と筋の通った鼻、くりっとした二重の目。もうずっと見てきたよく知る顔だ。
 にも関わらず、恭介の胸はどんどん鼓動を速めていく。

 ここは、古ぼけたたばこ屋の前で、ロマンチックのかけらもない場所なのに、自販機の明かりが恭介たちを、まるでスポットライトのように照らした。

「……俺、海斗が好きだ」

 自然とその言葉は出た。

 しかし、言ったあとでじわじわと恥ずかしさがこみ上げてきて「いや、まあ、さっき聞こえたと思うけど」と付け足して頭の後ろを掻く。

「…………本当に……?どうせ、アイが余計なこと言ったんだろ」

「違うって。俺、本当は……あの日起きてたんだ」

 すると海斗は、なぜか顔色を青くした。「いつ」と急かすように聞いてくる。どうしたのだろう。

「いつって……、お前がバイト先から賄い持って帰ってきた日だけど。俺リビングで寝かけてたけど、じつはまだ起きてて……」

 説明すると、明らかに海斗は安堵の表情になったから、恭介はあることを確信した。
 直近で記憶にあるのは、海斗が親子丼を作ってくれたあの夜だ。起こされて、食べたそれは冷め切っていた。

「お前っ、まさか、俺がリビングで寝てるたびに、キ……変ないたずら、してたんじゃないだろうな?」

 キスと言うのは恥ずかしかった。まさか自室で、それ以上のことをされたとは、微塵も思っていない。

「あ……いや、あのさ、俺……」

 海斗が俯いて自信なさげに口籠るから、恭介はそれを勝手に自認と決めつけた。

 普通なら、何するんだと、怒るべきなのかもしれない。
 でも、恭介は、それを嬉しいと思ってしまった。

──かなり重症だ……。

「じつは俺……」と海斗が言おうとしたのを手で制して遮る。
 どうやら1回ではないらしいリビングでのイタズラを、謝ろうとしたのだと思った。

「もういい、許す。……今度からは、お、俺が、……起きてるときにしろよ」

 つっかえてしまい、どうも格好がつかない。
 でも、海斗が、ぎゅっと口を噤んで、嬉しさを堪えているのが分かったから、まあいいかと思う。

 海斗の手が、恭介の手に伸びてきた。
 触れる直前、嫌じゃないかと聞かれ、頷くと、そっと握られる。ゴツゴツした男の手だ。

 嫌どころか、愛おしくて困る。恭介は慎重に、ゆっくりと、その手を握り返した。

 目が合って、見つめ合ったのは数秒なのに、時が止まったかのように長く感じられた。

「……ずっと、恭介のことが好きだった」

 ぽつりと、海斗が口の端から想いを漏らす。

「夢じゃねえのこれ……」呟きながら、恭介の肩にもたれるようにして額を埋めてくる。

 鼻をすする音が聞こえて、恭介は繋いでいないほうの手で、確かめるように海斗の頰を撫でた。わずかに濡れている。
 しずくを指先で拭って、頰をつねる。

「痛えよ」

「ほら、夢じゃないだろ」

 くくっと笑っていると、瞬間、海斗の空いた手が恭介の首の後ろに回ってきた。
 海斗との身長差は10センチほどだ。恭介の方が背が高い。
 ぐっと引き寄せられ、少しだけ屈むと、すぐ近くに海斗の綺麗な顔があった。

 身構える隙も、ましてや逃げる隙もなかった。
 海斗が背筋を伸ばす。
 チュッという軽やかな音とともに、唇と唇がくっついた。

「っおい、ここ、外……っ」

 たまらず恭介が抗議すると、海斗はニッといたずらな笑みを浮かべた。泣いていたのは見間違いだったのかと思ってしまったくらいだ。

「つまり、家ならいいんだな」

 一拍おいて意味を理解して、心臓が跳ねる。

 手を繋いだまま、ほとんど引っ張られるようにして、恭介は海斗と一緒に自宅へと走っていた。
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