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引き籠り聖女 VS スカイドラゴン その2
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「ユウ……。」
エルザがヨロヨロと起き上がり、空を見上げる。
「エルちゃん大丈夫っ!?」
ミヤコがカズトを突き飛ばし、エルザの下に駆け寄る。
「……えっと、いい雰囲気……だったよな?」
「ん、まぁ、種の生存本能ってところね。」
「みぃ……今までどこにいたんだよ。」
突然現れて、カズトの呟きに、夢も希望もない事実を告げるサキュバスの娘に、カズトは軽い苛立ちをぶつける。
「ユウの傍よ。さすがにドラゴン相手じゃ、ユウの力無しでは勝ち目がないからね。」
「お前が呼んできてくれたのか?」
「そうよ、感謝してよね。」
「あぁ、感謝する。お礼に一杯抱いてやろうか?」
「それはノーサンキュー。だけど、あの娘とイチャイチャするときには参加させてね。」
みぃは、軽く舌を出して、地ロリと舐めながらミヤコの方に視線を向ける。
「……そんな日が来るといいな。」
カズトは、どこか遠いところを見ながら呟くのだった。
「ユウ……。」
「そうよ、ユウちゃんが来てくれたのよ。」
「……空飛んでる……ズルい。」
「そこっ!?」
ミヤコは、エルザのピント外れな言葉に軽く突っ込みながら、エルザを抱えて、後ろへと下がる。
ユウが来てくれたことで、勝機は見えてきたが、ドラゴンとユウがぶつかり合って、この辺り一帯が無事で済むわけがない。
それでもユウの事だから、エルザだけは守ろうとするだろう。
つまり、安全圏はエルザの周りのみ、という事だ。
だから、カズトと、いつの間にか来ていたみぃの許へと急ぐ。そうしなければあの二人が危険だからだ。
みぃも、そんなミヤコの意図を汲んでくれたのだろう。
カズトを引きずってミヤコの許へやってくる。
「ミヤコ、何とか間に合ったみたいね。」
「みぃ、あなたがユウちゃんを?」
「うん、苦労したわよ。」
「ありがとうね。でももう少し早く来て欲しかった。」
……そうすれば、カズトと抱き合ってキスをしなくてもよかったのに……と、今更ながらに恥ずかしくなり、顔を赤く染める。
「無茶言わないでよ。あの子が引き籠ると、何をやっても反応がないのよ。本気で引き籠ったあの子をどうにかできるのはこの娘だけなのよ?」
みぃは、エルザにポーションを飲ませながらそう言う。
「結局、『エルたんが危ないよ』って言う一言で何とか出てきたんだからね。」
「そうね。私が悪かったわ。そしてありがとうね。」
「わかればいいのよ、わかれば。」
素直に謝罪するミヤコに少し照れを感じて、みぃは空にいるユウを見上げる。
そこには、対峙したまま動かない、一人の少女と、一頭の龍の姿が、先程と変わらないままあった。
「エルたん虐めた。」
『小娘の癖に……この圧は何だ……。』
「エルたん虐めた!」
『くぅ……。おのれの力を顧みず向かってきた方が悪いのだ。』
「エルたん虐めたっ!!」
『それがどうしたっ!』
スカイドラゴンは、気圧されている自分を奮い立たせるように大声で叫ぶ。
しかし、事この場においては、悪手と言わざるを得ないだろう。
ピュンッ!
スカイドラゴンの叫びが終わらないうちに、ユウの指先が一瞬光る。
その直後、ドラゴンの翼に穴が穿たれる。
『っつ!小娘何を……ッ!!」
ピュンッ!ピュンッ!
ユウが小刻みに指先を動かし、ドラゴンの翼に穴を穿ち続ける。
「えっと、『エ・ル・た・ん・L・O・V・E』……遊んでるわね。」
下でその様子を見ていたミヤコが呆れたように呟く。
近くで見れば、無造作に穿たれた穴だが、離れてみると、その穴が文字になっていることが分かる。
『ちょっ、ちょっと、マテ……。』
「待たない。」
ユウが腕を振り落とすと、天空より大きな隕石が降り注ぎ、スカイドラゴンの身体を掠めていく。
「エルたん虐めた罪は万死に値する。そう簡単には殺さない。」
無数の光の矢が降り注ぐ。
ドラゴンの身体を掠め、貫いていくが、どれも致命傷となる部分は見事に避けられている。
『ちょっ、まっ……』
「即死はさせない。死にそうになったら回復してあげるから安心する。」
ユウの手から放たれた紅蓮の炎が、尻尾や翼など、末端を焼き尽くす。
「えげつないわね。傷つけて再生しての無限ループってことでしょ?」
みぃが魔族もひくわーと、顔を背ける。
『ちょっ……その魔力、その性格、まさか、破壊神……。』
「うるさい。」
ユウが腕を振ると風の刃が、ドラゴンの翼を切裂く。
揚力を失ったスカイドラゴンは、バランスを崩して地表へと落ちてくる。
『クッ……。』
スカイドラゴンは大きく口を開けブレスを吐こうと試みる。
『グボッ……』
その口の中に、ユウは水の玉を叩き込み、更には氷の槍で貫いていく。
『ま、待て、話を……。』
「エルたん虐めた。」
爆炎が、ドラゴンの右前脚を跡形もなく吹き飛ばす。
『ま、待って……』
「エルたん虐めたっ!」
立て続けに爆炎が起き、ドラゴンの足を吹き飛ばす。
『……待って、謝る、謝るからっ!』
慌てて、早口で言い切るドラゴン。
「態度がなってないっ!」
尻尾を吹き飛ばすユウ。
『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。私が悪かったですっ。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。』
ドラゴンは惨めに地面に転がったまま謝罪を口にする。
「頭が高い」
ユウは、そのドラゴンの頭を踏みつける。
『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。何でも言うこと聞きますから、許して。』
「許すのは私じゃない。エルたん。」
『エルたん様、どうかお慈悲をっ!』
唯一動く頭部を、地面にめり込む勢いで下げ、許しを請うスカイドラゴン。
ここまで来ると、かえって罪悪感が募る。
「エルたん様言うなっ!」
エルザは体力が回復していないのに思わずツッコむ。
そのせいで、ふらっと倒れそうになったところを、ユウが慌てて抱きかかえる。
「エルたん虐めた?」
『ちょ、今のは私の所為じゃないですってばっ!』
「とりあえず殴る」
『ちょっ!』
殴ると言いながらユウが放った風の刃が、再生しかけていた翼を再度切り落とす。
『あのぉ……マジで痛いんですよ。勘弁してください、ホント。』
ユウが手加減しているとはいえ、なんだかんだ言ってもタフなスカイドラゴンだった。
「えっと、少し疲れるから、出来れば人の姿になってくれない?」
座り込んでいるエルザがそうドラゴンに告げる。
地に付しているとはいえ、巨大なドラゴンと目を合わせるのには、かなり見上げる必要があり、回復中のエルザにとっては、それだけでも一苦労なのだ。
『えっと、そうしたいのはやまやまなんですが、手足がもげている今、人の姿になると、かなり見た目がよろしくないかと……』
「メガヒール!」
人型になるのを躊躇うドラゴンに、ユウが回復魔法をかけると、ドラゴンの欠損部位が、見る見るうちに再生していく。
「エルたんのお願いは最優先事項。さっさと人型になる。」
『あっ、はい。』
ユウに足蹴にされたドラゴンが人化の魔法を唱える。
「これで如何でしょう?」
「いいけど……あなた、さっきは男性の姿じゃなかった?」
エルザが疑問を口にする。
当初、エルザたちの前に現れたのは、少し渋めのダンディな男性だった。
しかし、今目の前にいるのは、メイドちゃんのシアよりやや幼いくらいの見た目の少女だった。
「あー、あの姿は私を助けてくれたお嬢様の希望だったんですよ。」
話を聞けば、ドラゴン族に性別の概念はないらしく、相手に合わせて自由に変えるとの事だった。
「それに、あの破壊神様の前なら、こっちの姿の方がマシじゃないかと。」
「却って、そっちの方がマズい気もするけどねぇ。」
ミヤコがドラゴンの言葉を聞いて、ボソッと呟く。
「あの……って、ユウのこと知ってるの?」
エルザは、ミヤコの言葉をスルーしてドラゴンに訊ねる。
「あ、私の事はイーリスとお呼びください、エルたん様。」
「エルたんヤメロ。」
「ヒ、ヒィっ……失礼しました。エル・・・・・・様?」
「……まぁ、いいわ。それで?」
「あっ、はい。あのお方は破壊神ユースティア様で間違いないですよね?」
「破壊神って言うのは語弊があるけど、あの娘はユースティアよ。……昔のあの娘のこと知ってるの?」
「え、えぇ……。昔はユースティア様に脅され……じゃなくて、お願いされて、馬車馬……じゃなく、奴隷……でもなく、手足、そう、手足のようにこき使われていました。」
焦りながら、言い繕うイーリス。
「ユウはそのこと知ってるのかしら?」
エルザは、少し離れた場所で、みぃと戯れているユウに視線を向ける。
「多分、覚えていらっしゃらないかと。当時のあの方にとって、我々など、塵芥に等しい存在でしたから。」
「塵芥って……ユウはそんな娘じゃないわよ?」
「それはエル……様が、昔のあの方を知らないからそう思われるのですよ。当時のあの方と言えば、まさしく破壊神の名に相応しい……。」
エキサイトして、色々と語り出すイーリスの頭を、背後によっていたユウの手がガシッと掴む。
「あの時の生き残り?」
「あわわっ、いつのまにっ!」
「エルたん、虐めた?」
「虐めてないですっ。むしろこっちが虐められてますぅ。エル……様には忠誠を捧げていますぅ……。エル……様からも、何とかとりなしてくださいよぉ。」
「とりなすって……別にいいけど、それよりあなた、渡世の義理、とかはいいの?」
「痛たた……そんなのどうでもいいですぅ……。い、痛いですっ……。それに、義理を果たす相手もいませんし。」
ユウに頭を締め上げられながら、そう答えるイーリス。
「居ないって……。」
訝し気に周りを見回すエルザ。
イーリスのブレスと、ユウの放った魔法の余波で、辺り一面は荒野となっていて見晴らしがいい。
ところどころ大きなクレーターが空いているが、数年もすれば豊かな湖となっているに違いない。
タウの村はエルザたちが背にしていたため、城壁に一部が破壊されている以外は無事なようだが、逆に言えば、それ以外はすべて焼き尽くされている……。つまり、あのバカも、跡形もなく消し炭になったという事だ。
「……復興が大変ね。」
エルザは、予想以上の被害から目を逸らし、そんなことを呟く。
「ついカッとしてやった。反省も後悔もしてない。」
「反省しなさいっ!」
悪びれもせずに言うユウを、エルザは「正座」と言って座らせ、説教を始める。
何故か、その横でイーリスも正座をして項垂れていた。
◇
「とりあえず、これからしばらくは復興作業よ。イーリスにも手伝ってもらうからね。」
小一時間ほどの説教を終えたエルザは、そう言って、一度タウの村に戻ることにする。
これからの事をみんなと相談しなければならないのだ。
特に、大至急取り掛からなければならないのは、食糧の自給についてだ。
荒野になったため、自然が戻るまでの間の食糧確保手段を考えなければいけない。
と言っても、現状で出来るのは、荒野を耕して農地を広げることぐらいだが。
「それならば、任せて下され。自分の不始末は自分でつけまする。」
イーリスはそういうと、ドラゴンの姿に戻り、空高く舞い上がる。
そして、少し周りを見回した後、クレーターの一つに身を沈めると、天に向かって吠える。
「龍の詩……。」
ユウが、その咆哮を聞きながらそう呟く。
確かに、独特の節があり、聞き様によっては歌と言えなくもない。
「ねぇねぇ、ユウちゃん。その『竜の詩』ってなんなの?」
「……古に伝わる龍族の再生魔法。実在したのね。」
ユウが答える前に、みぃがそう呟く。
何でも、竜族の超回復を利用した、周りに恵みを与える、龍族のみに伝わる魔法だそうだ。
「龍の周りに慈愛の泉が溢れ、恩恵を受けた大地は大いなる恵みを芽吹かせる……と言われてるわ。」
みぃの説明のように、イーリスがいるクレーターはなみなみと水を湛え、そこを中心に緑が広がっていく。
「ねぇ、エルザ。あそこは恵みの森になるわ。だけど、それを巡って争いの種にもなるの。だから管理者が必要だと思わない?」
「……何が言いたいの?」
「あそこを管理する種族を私が勧誘してくるから、あそこを頂戴。」
「……即答は出来ないわ。色々条件をお互いにクリアできるのなら?ってことでどう?」
「ん、今はそれでいいかな。じゃぁ、早速行ってくるね。」
みぃはそう言って、空高く飛んでいく。
「はぁ、なんか色々大変なことになりそうね。」
「うん、取り敢えず、一度村に戻りましょう。エルちゃん忘れてるかもしれないけど、王子様たち置き去りよ?」
「今の騒ぎで消えていたりは……。」
「しないから。」
「……今なら、王子一行が消えても、全部、ドラゴンの所為に出来るよね?」
「出来るけどっ!ダメだからね。エルちゃん、最近思考が物騒だよ。」
「消す?」
「消さないからっ!……エルちゃんがそんなんだからユウちゃんが本気にするでしょ。これ終わったら休んでていいから。ユウちゃんと一緒に引き籠ってていいからっ。」
今だけは頑張れ、とミヤコが言う。
「うぅー、気が重い。」
そんなことを言いながら村に戻ったエルザたちを出迎えたのは、カイン達ガリア王国の使節団一行と、その後ろにいる村人たち全員による、土下座での出迎えだった。
エルザがヨロヨロと起き上がり、空を見上げる。
「エルちゃん大丈夫っ!?」
ミヤコがカズトを突き飛ばし、エルザの下に駆け寄る。
「……えっと、いい雰囲気……だったよな?」
「ん、まぁ、種の生存本能ってところね。」
「みぃ……今までどこにいたんだよ。」
突然現れて、カズトの呟きに、夢も希望もない事実を告げるサキュバスの娘に、カズトは軽い苛立ちをぶつける。
「ユウの傍よ。さすがにドラゴン相手じゃ、ユウの力無しでは勝ち目がないからね。」
「お前が呼んできてくれたのか?」
「そうよ、感謝してよね。」
「あぁ、感謝する。お礼に一杯抱いてやろうか?」
「それはノーサンキュー。だけど、あの娘とイチャイチャするときには参加させてね。」
みぃは、軽く舌を出して、地ロリと舐めながらミヤコの方に視線を向ける。
「……そんな日が来るといいな。」
カズトは、どこか遠いところを見ながら呟くのだった。
「ユウ……。」
「そうよ、ユウちゃんが来てくれたのよ。」
「……空飛んでる……ズルい。」
「そこっ!?」
ミヤコは、エルザのピント外れな言葉に軽く突っ込みながら、エルザを抱えて、後ろへと下がる。
ユウが来てくれたことで、勝機は見えてきたが、ドラゴンとユウがぶつかり合って、この辺り一帯が無事で済むわけがない。
それでもユウの事だから、エルザだけは守ろうとするだろう。
つまり、安全圏はエルザの周りのみ、という事だ。
だから、カズトと、いつの間にか来ていたみぃの許へと急ぐ。そうしなければあの二人が危険だからだ。
みぃも、そんなミヤコの意図を汲んでくれたのだろう。
カズトを引きずってミヤコの許へやってくる。
「ミヤコ、何とか間に合ったみたいね。」
「みぃ、あなたがユウちゃんを?」
「うん、苦労したわよ。」
「ありがとうね。でももう少し早く来て欲しかった。」
……そうすれば、カズトと抱き合ってキスをしなくてもよかったのに……と、今更ながらに恥ずかしくなり、顔を赤く染める。
「無茶言わないでよ。あの子が引き籠ると、何をやっても反応がないのよ。本気で引き籠ったあの子をどうにかできるのはこの娘だけなのよ?」
みぃは、エルザにポーションを飲ませながらそう言う。
「結局、『エルたんが危ないよ』って言う一言で何とか出てきたんだからね。」
「そうね。私が悪かったわ。そしてありがとうね。」
「わかればいいのよ、わかれば。」
素直に謝罪するミヤコに少し照れを感じて、みぃは空にいるユウを見上げる。
そこには、対峙したまま動かない、一人の少女と、一頭の龍の姿が、先程と変わらないままあった。
「エルたん虐めた。」
『小娘の癖に……この圧は何だ……。』
「エルたん虐めた!」
『くぅ……。おのれの力を顧みず向かってきた方が悪いのだ。』
「エルたん虐めたっ!!」
『それがどうしたっ!』
スカイドラゴンは、気圧されている自分を奮い立たせるように大声で叫ぶ。
しかし、事この場においては、悪手と言わざるを得ないだろう。
ピュンッ!
スカイドラゴンの叫びが終わらないうちに、ユウの指先が一瞬光る。
その直後、ドラゴンの翼に穴が穿たれる。
『っつ!小娘何を……ッ!!」
ピュンッ!ピュンッ!
ユウが小刻みに指先を動かし、ドラゴンの翼に穴を穿ち続ける。
「えっと、『エ・ル・た・ん・L・O・V・E』……遊んでるわね。」
下でその様子を見ていたミヤコが呆れたように呟く。
近くで見れば、無造作に穿たれた穴だが、離れてみると、その穴が文字になっていることが分かる。
『ちょっ、ちょっと、マテ……。』
「待たない。」
ユウが腕を振り落とすと、天空より大きな隕石が降り注ぎ、スカイドラゴンの身体を掠めていく。
「エルたん虐めた罪は万死に値する。そう簡単には殺さない。」
無数の光の矢が降り注ぐ。
ドラゴンの身体を掠め、貫いていくが、どれも致命傷となる部分は見事に避けられている。
『ちょっ、まっ……』
「即死はさせない。死にそうになったら回復してあげるから安心する。」
ユウの手から放たれた紅蓮の炎が、尻尾や翼など、末端を焼き尽くす。
「えげつないわね。傷つけて再生しての無限ループってことでしょ?」
みぃが魔族もひくわーと、顔を背ける。
『ちょっ……その魔力、その性格、まさか、破壊神……。』
「うるさい。」
ユウが腕を振ると風の刃が、ドラゴンの翼を切裂く。
揚力を失ったスカイドラゴンは、バランスを崩して地表へと落ちてくる。
『クッ……。』
スカイドラゴンは大きく口を開けブレスを吐こうと試みる。
『グボッ……』
その口の中に、ユウは水の玉を叩き込み、更には氷の槍で貫いていく。
『ま、待て、話を……。』
「エルたん虐めた。」
爆炎が、ドラゴンの右前脚を跡形もなく吹き飛ばす。
『ま、待って……』
「エルたん虐めたっ!」
立て続けに爆炎が起き、ドラゴンの足を吹き飛ばす。
『……待って、謝る、謝るからっ!』
慌てて、早口で言い切るドラゴン。
「態度がなってないっ!」
尻尾を吹き飛ばすユウ。
『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。私が悪かったですっ。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。』
ドラゴンは惨めに地面に転がったまま謝罪を口にする。
「頭が高い」
ユウは、そのドラゴンの頭を踏みつける。
『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。何でも言うこと聞きますから、許して。』
「許すのは私じゃない。エルたん。」
『エルたん様、どうかお慈悲をっ!』
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ここまで来ると、かえって罪悪感が募る。
「エルたん様言うなっ!」
エルザは体力が回復していないのに思わずツッコむ。
そのせいで、ふらっと倒れそうになったところを、ユウが慌てて抱きかかえる。
「エルたん虐めた?」
『ちょ、今のは私の所為じゃないですってばっ!』
「とりあえず殴る」
『ちょっ!』
殴ると言いながらユウが放った風の刃が、再生しかけていた翼を再度切り落とす。
『あのぉ……マジで痛いんですよ。勘弁してください、ホント。』
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「えっと、少し疲れるから、出来れば人の姿になってくれない?」
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地に付しているとはいえ、巨大なドラゴンと目を合わせるのには、かなり見上げる必要があり、回復中のエルザにとっては、それだけでも一苦労なのだ。
『えっと、そうしたいのはやまやまなんですが、手足がもげている今、人の姿になると、かなり見た目がよろしくないかと……』
「メガヒール!」
人型になるのを躊躇うドラゴンに、ユウが回復魔法をかけると、ドラゴンの欠損部位が、見る見るうちに再生していく。
「エルたんのお願いは最優先事項。さっさと人型になる。」
『あっ、はい。』
ユウに足蹴にされたドラゴンが人化の魔法を唱える。
「これで如何でしょう?」
「いいけど……あなた、さっきは男性の姿じゃなかった?」
エルザが疑問を口にする。
当初、エルザたちの前に現れたのは、少し渋めのダンディな男性だった。
しかし、今目の前にいるのは、メイドちゃんのシアよりやや幼いくらいの見た目の少女だった。
「あー、あの姿は私を助けてくれたお嬢様の希望だったんですよ。」
話を聞けば、ドラゴン族に性別の概念はないらしく、相手に合わせて自由に変えるとの事だった。
「それに、あの破壊神様の前なら、こっちの姿の方がマシじゃないかと。」
「却って、そっちの方がマズい気もするけどねぇ。」
ミヤコがドラゴンの言葉を聞いて、ボソッと呟く。
「あの……って、ユウのこと知ってるの?」
エルザは、ミヤコの言葉をスルーしてドラゴンに訊ねる。
「あ、私の事はイーリスとお呼びください、エルたん様。」
「エルたんヤメロ。」
「ヒ、ヒィっ……失礼しました。エル・・・・・・様?」
「……まぁ、いいわ。それで?」
「あっ、はい。あのお方は破壊神ユースティア様で間違いないですよね?」
「破壊神って言うのは語弊があるけど、あの娘はユースティアよ。……昔のあの娘のこと知ってるの?」
「え、えぇ……。昔はユースティア様に脅され……じゃなくて、お願いされて、馬車馬……じゃなく、奴隷……でもなく、手足、そう、手足のようにこき使われていました。」
焦りながら、言い繕うイーリス。
「ユウはそのこと知ってるのかしら?」
エルザは、少し離れた場所で、みぃと戯れているユウに視線を向ける。
「多分、覚えていらっしゃらないかと。当時のあの方にとって、我々など、塵芥に等しい存在でしたから。」
「塵芥って……ユウはそんな娘じゃないわよ?」
「それはエル……様が、昔のあの方を知らないからそう思われるのですよ。当時のあの方と言えば、まさしく破壊神の名に相応しい……。」
エキサイトして、色々と語り出すイーリスの頭を、背後によっていたユウの手がガシッと掴む。
「あの時の生き残り?」
「あわわっ、いつのまにっ!」
「エルたん、虐めた?」
「虐めてないですっ。むしろこっちが虐められてますぅ。エル……様には忠誠を捧げていますぅ……。エル……様からも、何とかとりなしてくださいよぉ。」
「とりなすって……別にいいけど、それよりあなた、渡世の義理、とかはいいの?」
「痛たた……そんなのどうでもいいですぅ……。い、痛いですっ……。それに、義理を果たす相手もいませんし。」
ユウに頭を締め上げられながら、そう答えるイーリス。
「居ないって……。」
訝し気に周りを見回すエルザ。
イーリスのブレスと、ユウの放った魔法の余波で、辺り一面は荒野となっていて見晴らしがいい。
ところどころ大きなクレーターが空いているが、数年もすれば豊かな湖となっているに違いない。
タウの村はエルザたちが背にしていたため、城壁に一部が破壊されている以外は無事なようだが、逆に言えば、それ以外はすべて焼き尽くされている……。つまり、あのバカも、跡形もなく消し炭になったという事だ。
「……復興が大変ね。」
エルザは、予想以上の被害から目を逸らし、そんなことを呟く。
「ついカッとしてやった。反省も後悔もしてない。」
「反省しなさいっ!」
悪びれもせずに言うユウを、エルザは「正座」と言って座らせ、説教を始める。
何故か、その横でイーリスも正座をして項垂れていた。
◇
「とりあえず、これからしばらくは復興作業よ。イーリスにも手伝ってもらうからね。」
小一時間ほどの説教を終えたエルザは、そう言って、一度タウの村に戻ることにする。
これからの事をみんなと相談しなければならないのだ。
特に、大至急取り掛からなければならないのは、食糧の自給についてだ。
荒野になったため、自然が戻るまでの間の食糧確保手段を考えなければいけない。
と言っても、現状で出来るのは、荒野を耕して農地を広げることぐらいだが。
「それならば、任せて下され。自分の不始末は自分でつけまする。」
イーリスはそういうと、ドラゴンの姿に戻り、空高く舞い上がる。
そして、少し周りを見回した後、クレーターの一つに身を沈めると、天に向かって吠える。
「龍の詩……。」
ユウが、その咆哮を聞きながらそう呟く。
確かに、独特の節があり、聞き様によっては歌と言えなくもない。
「ねぇねぇ、ユウちゃん。その『竜の詩』ってなんなの?」
「……古に伝わる龍族の再生魔法。実在したのね。」
ユウが答える前に、みぃがそう呟く。
何でも、竜族の超回復を利用した、周りに恵みを与える、龍族のみに伝わる魔法だそうだ。
「龍の周りに慈愛の泉が溢れ、恩恵を受けた大地は大いなる恵みを芽吹かせる……と言われてるわ。」
みぃの説明のように、イーリスがいるクレーターはなみなみと水を湛え、そこを中心に緑が広がっていく。
「ねぇ、エルザ。あそこは恵みの森になるわ。だけど、それを巡って争いの種にもなるの。だから管理者が必要だと思わない?」
「……何が言いたいの?」
「あそこを管理する種族を私が勧誘してくるから、あそこを頂戴。」
「……即答は出来ないわ。色々条件をお互いにクリアできるのなら?ってことでどう?」
「ん、今はそれでいいかな。じゃぁ、早速行ってくるね。」
みぃはそう言って、空高く飛んでいく。
「はぁ、なんか色々大変なことになりそうね。」
「うん、取り敢えず、一度村に戻りましょう。エルちゃん忘れてるかもしれないけど、王子様たち置き去りよ?」
「今の騒ぎで消えていたりは……。」
「しないから。」
「……今なら、王子一行が消えても、全部、ドラゴンの所為に出来るよね?」
「出来るけどっ!ダメだからね。エルちゃん、最近思考が物騒だよ。」
「消す?」
「消さないからっ!……エルちゃんがそんなんだからユウちゃんが本気にするでしょ。これ終わったら休んでていいから。ユウちゃんと一緒に引き籠ってていいからっ。」
今だけは頑張れ、とミヤコが言う。
「うぅー、気が重い。」
そんなことを言いながら村に戻ったエルザたちを出迎えたのは、カイン達ガリア王国の使節団一行と、その後ろにいる村人たち全員による、土下座での出迎えだった。
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16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。
後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
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無能なので辞めさせていただきます!
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自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
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