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引きこもり聖女と隣国の王子と王女 その4
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「な、何が……。」
カインが慌てふためいている。
口や態度に出さないものの、それはアルベルトも同じだった。
何といっても、一瞬で目の前の景色が変わり、見慣れぬ場所……アルベルトにとっては数日前までいた場所……にいたからだ。
「到着、っと。ここにいてもなんだし、取り敢えず中へ入って。」
教会の裏手とはいっても、人が入ってこれない場所、というわけではない。
こんなところで騒がれるより、中で落ち着いて説明をしたい。
カインもアルベルトも、同じことを考えたのだろう。
黙ってミヤコの後に着いて行く。
「みんなただいまぁ。連れて来たよ。」
ミヤコが扉を開けると、中では大きなテーブルを囲んでエルザたちがお茶をしていた。
「ミヤコ、ありがとうね。……そちらが王子さま?よかったら座って下さらない?それとも、跪いてお出迎えしなければだめかしら?」
中央にかけている少女の言葉にカインはハッと我に返る。
「いや、無理に訪ねてきたのはこちらだ。気にしなくていい。」
カインはそう言いながら勧められた椅子に掛ける。
アルベルト達もそれに倣うと、傍にいたメイドたちがそっとお茶を置く。
「そう、なら助かりますわ。私はエルザと申します。この後も無礼講という事でいいかしら?何といってもこちらは、マナーなどに縁のない辺境の田舎者の集まりですからね。」
そういう少女の動きは洗練されたものだけに、その言葉を丸のみに出来ないとカインは思う。
すでに交渉は始まっているのだ、と気を引き締める。
「あぁ、その方が私も楽だ。ここでは口うるさく言う輩もいないからな。」
そう口にした後、差し出されたお茶に口をつける。
「……美味い。」
毒殺など警戒していないと見せるためのパフォーマンスのつもりだったが、一口だけでも、口内一杯に広がる芳醇な香りと味わいに、つい言葉が漏れる。
「お気に召していただいて何よりですわ。そのお茶は、うちのメイドが丹精込めてお世話をしたものなのですよ。……シア、よかったわね。」
「あ……、はいっ。お、お、お褒めに、あ、あず、あずかり、光栄でしゅ。」
振られると思っていなかったのか、傍に控えるメイドの一人が、あたふたしながら頭を下げる。
「あらあら、落ち着きなさい、シア。」
「あ、はい……申し訳ございません。」
「ん、大丈夫だから、ユウとオリビアさんを呼んできてもらえる?」
エルザの言葉にカインがガタと立ち上がりかけ、流石に不作法が過ぎると思ったのかそのまま座り口を開く。
「オリ……妹は、やはりこちらにいるのか?」
「えぇ、本来であればすぐ帰っていただくはずでしたが、色々と手違いがありまして……。」
エルザはそう言いながら一振りの剣を取り出すと、カインの前に差し出す。
「これは?」
「大したものじゃありませんが、ミスリルでコーティングされたブロードソードです。切れ味強化、自動修復、回復効果が付与されています。」
「ひゅーっ。」
傍で黙って聞いていたオグンが口を鳴らす。
「三重付与……まさか……。」
「その話が本当であれば国宝級のものだが……。」
とカインがエルザを見る。
「それを差し上げますので、お願いを一つ聞いてもらえませんか?」
「オリビアをよこせというのであれば受け入れるわけにはいかない。」
カインはそう言ってその剣をエルザへと突き返す。
エルザはさらに押し戻しながら言う。
「逆です。お願いですから、あの子を連れ帰ってください。」
「「はっ?」」
カインとアルベルトの声が重なる。
『……嫌ですぅ、離してくださいぃ!』
部屋の外から声が聞こえる。
間違いなく妹の声だ。
「「オリビアっ!」」
カインとアルベルトが立ち上がると同時に、扉が開き、オリビアが姿を現す。
「姫さまっ!」
リーナがオリビアに駆け寄る。
「……エルザ殿、これは一体どういう事かな?」
オリビアが縛られてるのを見て、アルベルトが腰の剣に手をかける。
「その腰のものを抜いたら首が飛びますわよ。」
いつの間に背後に回り込んだのか?そしてどこから取り出したのか、メイドの一人が背後から、大きな鎌の刃をアルベルトの首へ押し当てている。
更には、アルベルトの窮地を救うべく、動こうとしていたオグンの身体は、見えないぐらいの細い糸で絡めとられていて動くに動けないでいた。
マルコとカインに至っては、事態についていけずに呆然と立ち尽くすだけだった。
「ミアン、もういいわ、引きなさい。」
「ハイ。」
ミアンと呼ばれたメイドは、大鎌をどこへともなく収納し、壁際に控える。
「アルベルト王子も、落ち着いてくださる?後、そちらの方も。」
「あ、あぁ……。」
アルベルトは、力が抜けた様に椅子へ座る。
「エルの嬢ちゃん、俺は座りたくても座れないんだが?」
オグンのいい様にエルザはクスリと笑う。
「それもそうね……。クーちゃん、ありがとね。」
エルザが虚空に声をかけると、オグンを絡めとっていた糸が力を失い消えていく。
自由を取り戻したオグンは、ハァッと息を吐き腰かけ、アルベルトに苦言を言う。
「殿下、気持ちはわかりますが、もう少し周りを見てくだせぇ。」
「あ、あぁ、悪かった。」
「とりあえず説明させていただきますと、縛っておかないと逃げ出すからです……帰りたくないって言って。」
「はぁ?」
どういうことだと問いかけようとしたところで、オリビアの声が重なる。
「カイン兄様にアル兄様?」
リーナとの再会に喜び、カインたちの姿は目に入ってなかったようで、リーナに言われて初めて気づいたらしい。
「ひょっとして迎えに来ていただいたのですか?」
「そうだ、父上も心配している。」
カインが手を伸ばすと、オリビアは、さっとその手から逃れて言う。
「私は帰りませんっ!私は女神様に出会ったのです。これはまさしく運命ですわ。私は一生、身も心もあの方……ユースティア様に捧げると誓ったのです。だから帰りませんわ。」
「なっ……何を言ってるんだ。我儘も大概にするんだ。さぁ、帰るぞ。」
そう言って、オリビアを掴もうとるるアルベルトだったが、オリビアがその手を躱すように、スルリと抜ける。
「帰らないって言ったら帰りません事よ。どうしてもって言うなら私にも考えがありますっ!」
「なんだ?」
カインが静かに問う。
「戦争ですわ。王国が無くなれば、私が帰るところもなくなります。」
「何をバカなことを。」
「バカなのは兄様たちですわ。ユースティアさまの御力の一端でも王都を灰にすることはたやすいのですよ。……さぁ、ユースティア様、その力を存ぶっ……。」
頭に衝撃を受け、その場に蹲るオリビア。
「いい加減にしなさいっ!」
エルザは手にしたハリセンで再度オリビアを叩く。
「に、二度もぶちましたわねっ!お父様にもぶたれたことないのにっ!」
「……なんであの子がそんなネタ知ってるのよ。」
ミヤコがボソッと呟くが、幸いにも誰も聞いてなかったようだ。
「くぅ、たかがユースティア様のお付きの分際で……ひぃっ!何でもありません。」
オリビアが悪態をつこうとしたが、メイドのミアンが、オリビアだけに見えるように死神の大鎌を取り出したことにより、そのまま黙り込む。
「まぁ、そう言うわけで、うちとしても大変困っておりますので、連れて帰っていただきたいと。」
「はぁ、私たちも元よりそのつもりでしたので構いませぬが……。」
カインは内心ほくそ笑む。
オリビアのお陰で、優位に立てそうだと。
「しかし、妹もこちらの事をかなり気に入っている様子。私も色々興味が尽きません。どうでしょう、しばらく滞在を許可していただけないでしょうか?」
カインはニヤリと笑う。
こちらに有利な札があるうちに、相手から引き出せるものは引き出しておきたい。
交渉をする上では当たり前のことだ。
「はぁ……おっしゃりたいことは分かりますが……。」
「大変だっ!マズいことになった!」
そこに慌てた様子のカズトが飛び込んでくる。
「カズト、どうしたの?そんなに慌てて。」
ミヤコがお水を差し出しながら声をかける。
「あのバカだ。ああ、ありがと……あのバカ領主が生きてやがったんだ。」
「マジ?」
ミヤコは空になったクラスにもう一杯水を注ぎながら聞き返す。
「あぁ、それだけじゃない。街に買い出しに行ってたセレンと村人たち数人が人質になっている。」
「何ですってっ!大変じゃないの!」
「だから大変だって言ってるだろうがっ!」
「クックック……。」
「エルちゃん?」
さっきから俯いたままのエルザの口から小さな声が聞こえる。
「クックック……そうなのね、人質ね……。」
「えっと、エルちゃん、落ち着いてね。」
周りの空気が冷えているのに気付いたミヤコがエルザを宥めようとする。
「どいつもこいつも……。ユウは引きこもって面倒《オリビア》を押し付けるし、素敵な王子様は足元見ようとするし、それに加えてバカ領主が人質をとった?……そう、そんなに私が嫌いなのね。」
エルザは、ユラァッと立ち上がると、その場で一瞬にして戦闘装備に着替える。
いつものメイドドレスアーマーだ。
その可愛らしい衣装に対し、いや、衣装が可愛いだけに、今のエルザの表情の凄みが倍加している。
「もう何もかもどうでもいいからね。」
エルザは双剣を抜くと、そのまま窓から飛び出していった。
◇
「フン、聖女とやらはまだ来ぬのか。」
「へへっ、こいつらいい身体してますぜ。先に頂いちまいましょうぜ。」
人質を捕らえている部下が下衆い笑いを漏らす。
「我慢せよ。聖女を捕らえたらその目の前で犯してやるのだ。もちろん聖女もな。クックック……。」
中央でふんぞり返り、下卑た言葉をしゃべっているのは、西の領主……元領主である。
タウの村にちょっかいを掛けている間に、ガリア王国の兵に攻め込まれ、成す術もなく降伏。その際焼け落ちる領主の館の中で焼け死んだと言われていたのだが、どういう手段を用いてか生き延びていたらしい。
どうりで、領主軍の残党が、諦めもせずタウの村に責めてきているわけだ、と人質になっているセレンは納得する。
(それはそれとして、どうしましょうか?)
エルザやユウが自分たちを見捨てるわけがない事は信じている。
必ず助けてくれると。
問題は助けが来るまでの時間だった。
幸いにも、あのバカ領主は自分の力を誇示したいのか、村に対して「ユウ様一人で出てこい」と要求している。
ユウ様が何らかの返答をするまではこのままの状態が続くだろうけど、バカぞろいの一味なので、そんなに気は長くはないだろう。
最悪の場合、業腹ではあるが、我が身を差し出し時間を稼ぐしかない、と覚悟を決める。
奴隷落ちした時に、ヒキガエルのようなスケベオヤジ共に蹂躙されることは覚悟していた。
幸運にも、ユウ様のお陰でそのような目に遭わずに済んだが、結局はそうなる運命だったのだろうと、諦めが頭をよぎる。
せめてもの救いは、ユウ様が必ずこの馬鹿どもに裁きの鉄槌を降してくれるのは間違いないという事だ。
そのことを想像すれば、スカッとし、これから起きることについての覚悟も決まる。
そうと決まれば、後は、出来る限り自分に注意を向ける事だけ……。
セレンは少し身じろぎをして、スカートが捲れあがるようにする。
下着が見えるか見えないかのギリギリのライン……その微妙な一線が大事だと、ユウ様は熱く語っておられましたね。
何度もダメ出しをされて習得した絶対領域ですから、これに引っかからない男はいないでしょう。
セレンがそう考えていると、周りの男たちもセレンの動きに気づき始め、ちらちらと見てくる。
そうして、セレンが焦らして数分後、男達の目はセレンに釘付けになっていた。
「おやっさん、もう我慢できませんぜっ!」
男の内の一人がそう言って、セレンに飛び掛かってくる。
男の手が、セレンに上着を無造作につかみ引きちぎる。
そのまま男はセレンに襲い掛かる……ことはなかった。
表で火の手が上がったからである。
元領主を始め、小屋の中にいたもの達が外へ出る。
セレンが「助かった」と安堵のため息をつくが、それはまだ早かった。
「グヘヘ……外で何が起きてるか知らねぇが、今がチャンスなのは間違いねぇ。」
「そうだな。普段なら俺達に回ってくる前に、大抵の獲物は狂ってるからなぁ。」
「あれはあれでいいけど、やっぱりまともな女も抱きてぇよな。」
外に行かずにその場に残っていた、下っ端らしき男たちが数人、セレンを取り囲む。
そのうちの一人が、曝け出されているセレンの胸に手を伸ばす。
ゴトッ!
鈍い音とともにその手が床に転がる。
セレンも、周りの男たちも、その腕の持ち主だった男でさえ、何が起きたのかわからなかった。
カインが慌てふためいている。
口や態度に出さないものの、それはアルベルトも同じだった。
何といっても、一瞬で目の前の景色が変わり、見慣れぬ場所……アルベルトにとっては数日前までいた場所……にいたからだ。
「到着、っと。ここにいてもなんだし、取り敢えず中へ入って。」
教会の裏手とはいっても、人が入ってこれない場所、というわけではない。
こんなところで騒がれるより、中で落ち着いて説明をしたい。
カインもアルベルトも、同じことを考えたのだろう。
黙ってミヤコの後に着いて行く。
「みんなただいまぁ。連れて来たよ。」
ミヤコが扉を開けると、中では大きなテーブルを囲んでエルザたちがお茶をしていた。
「ミヤコ、ありがとうね。……そちらが王子さま?よかったら座って下さらない?それとも、跪いてお出迎えしなければだめかしら?」
中央にかけている少女の言葉にカインはハッと我に返る。
「いや、無理に訪ねてきたのはこちらだ。気にしなくていい。」
カインはそう言いながら勧められた椅子に掛ける。
アルベルト達もそれに倣うと、傍にいたメイドたちがそっとお茶を置く。
「そう、なら助かりますわ。私はエルザと申します。この後も無礼講という事でいいかしら?何といってもこちらは、マナーなどに縁のない辺境の田舎者の集まりですからね。」
そういう少女の動きは洗練されたものだけに、その言葉を丸のみに出来ないとカインは思う。
すでに交渉は始まっているのだ、と気を引き締める。
「あぁ、その方が私も楽だ。ここでは口うるさく言う輩もいないからな。」
そう口にした後、差し出されたお茶に口をつける。
「……美味い。」
毒殺など警戒していないと見せるためのパフォーマンスのつもりだったが、一口だけでも、口内一杯に広がる芳醇な香りと味わいに、つい言葉が漏れる。
「お気に召していただいて何よりですわ。そのお茶は、うちのメイドが丹精込めてお世話をしたものなのですよ。……シア、よかったわね。」
「あ……、はいっ。お、お、お褒めに、あ、あず、あずかり、光栄でしゅ。」
振られると思っていなかったのか、傍に控えるメイドの一人が、あたふたしながら頭を下げる。
「あらあら、落ち着きなさい、シア。」
「あ、はい……申し訳ございません。」
「ん、大丈夫だから、ユウとオリビアさんを呼んできてもらえる?」
エルザの言葉にカインがガタと立ち上がりかけ、流石に不作法が過ぎると思ったのかそのまま座り口を開く。
「オリ……妹は、やはりこちらにいるのか?」
「えぇ、本来であればすぐ帰っていただくはずでしたが、色々と手違いがありまして……。」
エルザはそう言いながら一振りの剣を取り出すと、カインの前に差し出す。
「これは?」
「大したものじゃありませんが、ミスリルでコーティングされたブロードソードです。切れ味強化、自動修復、回復効果が付与されています。」
「ひゅーっ。」
傍で黙って聞いていたオグンが口を鳴らす。
「三重付与……まさか……。」
「その話が本当であれば国宝級のものだが……。」
とカインがエルザを見る。
「それを差し上げますので、お願いを一つ聞いてもらえませんか?」
「オリビアをよこせというのであれば受け入れるわけにはいかない。」
カインはそう言ってその剣をエルザへと突き返す。
エルザはさらに押し戻しながら言う。
「逆です。お願いですから、あの子を連れ帰ってください。」
「「はっ?」」
カインとアルベルトの声が重なる。
『……嫌ですぅ、離してくださいぃ!』
部屋の外から声が聞こえる。
間違いなく妹の声だ。
「「オリビアっ!」」
カインとアルベルトが立ち上がると同時に、扉が開き、オリビアが姿を現す。
「姫さまっ!」
リーナがオリビアに駆け寄る。
「……エルザ殿、これは一体どういう事かな?」
オリビアが縛られてるのを見て、アルベルトが腰の剣に手をかける。
「その腰のものを抜いたら首が飛びますわよ。」
いつの間に背後に回り込んだのか?そしてどこから取り出したのか、メイドの一人が背後から、大きな鎌の刃をアルベルトの首へ押し当てている。
更には、アルベルトの窮地を救うべく、動こうとしていたオグンの身体は、見えないぐらいの細い糸で絡めとられていて動くに動けないでいた。
マルコとカインに至っては、事態についていけずに呆然と立ち尽くすだけだった。
「ミアン、もういいわ、引きなさい。」
「ハイ。」
ミアンと呼ばれたメイドは、大鎌をどこへともなく収納し、壁際に控える。
「アルベルト王子も、落ち着いてくださる?後、そちらの方も。」
「あ、あぁ……。」
アルベルトは、力が抜けた様に椅子へ座る。
「エルの嬢ちゃん、俺は座りたくても座れないんだが?」
オグンのいい様にエルザはクスリと笑う。
「それもそうね……。クーちゃん、ありがとね。」
エルザが虚空に声をかけると、オグンを絡めとっていた糸が力を失い消えていく。
自由を取り戻したオグンは、ハァッと息を吐き腰かけ、アルベルトに苦言を言う。
「殿下、気持ちはわかりますが、もう少し周りを見てくだせぇ。」
「あ、あぁ、悪かった。」
「とりあえず説明させていただきますと、縛っておかないと逃げ出すからです……帰りたくないって言って。」
「はぁ?」
どういうことだと問いかけようとしたところで、オリビアの声が重なる。
「カイン兄様にアル兄様?」
リーナとの再会に喜び、カインたちの姿は目に入ってなかったようで、リーナに言われて初めて気づいたらしい。
「ひょっとして迎えに来ていただいたのですか?」
「そうだ、父上も心配している。」
カインが手を伸ばすと、オリビアは、さっとその手から逃れて言う。
「私は帰りませんっ!私は女神様に出会ったのです。これはまさしく運命ですわ。私は一生、身も心もあの方……ユースティア様に捧げると誓ったのです。だから帰りませんわ。」
「なっ……何を言ってるんだ。我儘も大概にするんだ。さぁ、帰るぞ。」
そう言って、オリビアを掴もうとるるアルベルトだったが、オリビアがその手を躱すように、スルリと抜ける。
「帰らないって言ったら帰りません事よ。どうしてもって言うなら私にも考えがありますっ!」
「なんだ?」
カインが静かに問う。
「戦争ですわ。王国が無くなれば、私が帰るところもなくなります。」
「何をバカなことを。」
「バカなのは兄様たちですわ。ユースティアさまの御力の一端でも王都を灰にすることはたやすいのですよ。……さぁ、ユースティア様、その力を存ぶっ……。」
頭に衝撃を受け、その場に蹲るオリビア。
「いい加減にしなさいっ!」
エルザは手にしたハリセンで再度オリビアを叩く。
「に、二度もぶちましたわねっ!お父様にもぶたれたことないのにっ!」
「……なんであの子がそんなネタ知ってるのよ。」
ミヤコがボソッと呟くが、幸いにも誰も聞いてなかったようだ。
「くぅ、たかがユースティア様のお付きの分際で……ひぃっ!何でもありません。」
オリビアが悪態をつこうとしたが、メイドのミアンが、オリビアだけに見えるように死神の大鎌を取り出したことにより、そのまま黙り込む。
「まぁ、そう言うわけで、うちとしても大変困っておりますので、連れて帰っていただきたいと。」
「はぁ、私たちも元よりそのつもりでしたので構いませぬが……。」
カインは内心ほくそ笑む。
オリビアのお陰で、優位に立てそうだと。
「しかし、妹もこちらの事をかなり気に入っている様子。私も色々興味が尽きません。どうでしょう、しばらく滞在を許可していただけないでしょうか?」
カインはニヤリと笑う。
こちらに有利な札があるうちに、相手から引き出せるものは引き出しておきたい。
交渉をする上では当たり前のことだ。
「はぁ……おっしゃりたいことは分かりますが……。」
「大変だっ!マズいことになった!」
そこに慌てた様子のカズトが飛び込んでくる。
「カズト、どうしたの?そんなに慌てて。」
ミヤコがお水を差し出しながら声をかける。
「あのバカだ。ああ、ありがと……あのバカ領主が生きてやがったんだ。」
「マジ?」
ミヤコは空になったクラスにもう一杯水を注ぎながら聞き返す。
「あぁ、それだけじゃない。街に買い出しに行ってたセレンと村人たち数人が人質になっている。」
「何ですってっ!大変じゃないの!」
「だから大変だって言ってるだろうがっ!」
「クックック……。」
「エルちゃん?」
さっきから俯いたままのエルザの口から小さな声が聞こえる。
「クックック……そうなのね、人質ね……。」
「えっと、エルちゃん、落ち着いてね。」
周りの空気が冷えているのに気付いたミヤコがエルザを宥めようとする。
「どいつもこいつも……。ユウは引きこもって面倒《オリビア》を押し付けるし、素敵な王子様は足元見ようとするし、それに加えてバカ領主が人質をとった?……そう、そんなに私が嫌いなのね。」
エルザは、ユラァッと立ち上がると、その場で一瞬にして戦闘装備に着替える。
いつものメイドドレスアーマーだ。
その可愛らしい衣装に対し、いや、衣装が可愛いだけに、今のエルザの表情の凄みが倍加している。
「もう何もかもどうでもいいからね。」
エルザは双剣を抜くと、そのまま窓から飛び出していった。
◇
「フン、聖女とやらはまだ来ぬのか。」
「へへっ、こいつらいい身体してますぜ。先に頂いちまいましょうぜ。」
人質を捕らえている部下が下衆い笑いを漏らす。
「我慢せよ。聖女を捕らえたらその目の前で犯してやるのだ。もちろん聖女もな。クックック……。」
中央でふんぞり返り、下卑た言葉をしゃべっているのは、西の領主……元領主である。
タウの村にちょっかいを掛けている間に、ガリア王国の兵に攻め込まれ、成す術もなく降伏。その際焼け落ちる領主の館の中で焼け死んだと言われていたのだが、どういう手段を用いてか生き延びていたらしい。
どうりで、領主軍の残党が、諦めもせずタウの村に責めてきているわけだ、と人質になっているセレンは納得する。
(それはそれとして、どうしましょうか?)
エルザやユウが自分たちを見捨てるわけがない事は信じている。
必ず助けてくれると。
問題は助けが来るまでの時間だった。
幸いにも、あのバカ領主は自分の力を誇示したいのか、村に対して「ユウ様一人で出てこい」と要求している。
ユウ様が何らかの返答をするまではこのままの状態が続くだろうけど、バカぞろいの一味なので、そんなに気は長くはないだろう。
最悪の場合、業腹ではあるが、我が身を差し出し時間を稼ぐしかない、と覚悟を決める。
奴隷落ちした時に、ヒキガエルのようなスケベオヤジ共に蹂躙されることは覚悟していた。
幸運にも、ユウ様のお陰でそのような目に遭わずに済んだが、結局はそうなる運命だったのだろうと、諦めが頭をよぎる。
せめてもの救いは、ユウ様が必ずこの馬鹿どもに裁きの鉄槌を降してくれるのは間違いないという事だ。
そのことを想像すれば、スカッとし、これから起きることについての覚悟も決まる。
そうと決まれば、後は、出来る限り自分に注意を向ける事だけ……。
セレンは少し身じろぎをして、スカートが捲れあがるようにする。
下着が見えるか見えないかのギリギリのライン……その微妙な一線が大事だと、ユウ様は熱く語っておられましたね。
何度もダメ出しをされて習得した絶対領域ですから、これに引っかからない男はいないでしょう。
セレンがそう考えていると、周りの男たちもセレンの動きに気づき始め、ちらちらと見てくる。
そうして、セレンが焦らして数分後、男達の目はセレンに釘付けになっていた。
「おやっさん、もう我慢できませんぜっ!」
男の内の一人がそう言って、セレンに飛び掛かってくる。
男の手が、セレンに上着を無造作につかみ引きちぎる。
そのまま男はセレンに襲い掛かる……ことはなかった。
表で火の手が上がったからである。
元領主を始め、小屋の中にいたもの達が外へ出る。
セレンが「助かった」と安堵のため息をつくが、それはまだ早かった。
「グヘヘ……外で何が起きてるか知らねぇが、今がチャンスなのは間違いねぇ。」
「そうだな。普段なら俺達に回ってくる前に、大抵の獲物は狂ってるからなぁ。」
「あれはあれでいいけど、やっぱりまともな女も抱きてぇよな。」
外に行かずにその場に残っていた、下っ端らしき男たちが数人、セレンを取り囲む。
そのうちの一人が、曝け出されているセレンの胸に手を伸ばす。
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鈍い音とともにその手が床に転がる。
セレンも、周りの男たちも、その腕の持ち主だった男でさえ、何が起きたのかわからなかった。
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他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
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