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引きこもり聖女と隣国の王子と王女 その3
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「エルちゃん、ガリア王国の使節団から、先触れの使者が来たみたいだけどどうする?」
「今どのあたりにいるの?」
「街道の向こう側。城壁の周りにちょっかい掛けている兵士たちが邪魔で近づけないみたい。」
「ウーん……。ミヤコ、フェンちゃんと一緒に迎えに行ってあげて。」
「了解。フェンちゃんいくよ?」
ミヤコが声をかけると、足元で丸くなっていた、モコモコの子狼が顔を上げる。
『主殿。我が行くと、その使者とかは驚くのではないか?』
「うーん、フェンちゃんのあまりにもの可愛さに驚くかもねぇ。大丈夫、他の人にモフモフさせないから。」
『……そういう意味ではないのだが……ま、いっか。』
フェンちゃんというのは、ミヤコがこの間、召喚・契約に成功した、念願の神獣クラスの召喚獣である。
今はこんな子狼の成りをしているが、その正体は、神獣フェンリル。雷と氷の支配者の称号を持つ、獣族の最高峰に位置する精霊獣だ。
この辺りでは、魔獣フェンリルとして恐れられているが、ミヤコをはじめ、エルザやメイドちゃん達も、子狼姿のフェンリルにメロメロだったりする。
「とりあえずいこっか。」
ミヤコは成狼の姿になったフェンリルの背に乗って駆けだしていった。
◇
「兄上、先触れはそろそろ村に着いたと思いますのでご用心を。」
「ん?何を用心するというのだ?ここから村まではまだ2週間近くかかる。このまま進んだとして、戻ってきた先触れと合流するのは速くても1週間後だ。」
カインはアルベルトの言葉に首を傾げながら答える。
「兄上、いくら内部の執務が多いとはいえ、少し緊張感が足りませぬ。いいですか、まず第一に気を付けるのは、旧領主軍の存在。降伏したとはいえ、少し前まではここは敵地だったのです。どこかに残党が隠れ潜んでいることも考えられます。」
「ウム、そうか。」
「次に目的の村の聖女の存在。彼の者は失われし転移術が使えます。それが何らかの条件があるのか、無条件に使用できるのかわかりませんが、もし無条件に使用できるのであれば、先触れで我らの存在を知った後、どういう行動を起こすかわかりませぬゆえ。」
アルベルトの言葉に、カインは、それもそうだと、気を引き締める。
「ほ、報告しますっ!前方に魔獣がっ!魔獣が使者殿を咥えて、殿下に謁見を求めておりますっ!」
「どういうことだ?」
「わかりませぬ。ただ事ではなさそうなので、私が見てまいります。兄上はご用心を。」
「任せる。」
アルベルトは、近衛の兵にカインの傍を離れるなと指示を出し、伝令とともに、魔獣の許へと向かう。
「やっと来た。あなたが責任者?ちょっとこの対応はあんまりだと思うけど?」
アルベルトが人混みをかき分けて顔を出すと、真っ白な狼の背に乗った美女が困った顔で微笑みかけてきた。
「えっと、その節はどうも……ミヤコさん。」
その美女とは顔見知りだったために、アルベルトは何と答えてよいかわからず、微妙な表情のまま曖昧に答える。
「確かアルクだったわね。それとも、ガリア王国第二王子アルベルト様と呼んだほうがよろしいかしら?」
「いや、アルもしくはアルベルトと呼んでくれるとありがたい。」
「じゃぁ、アルベルトさん、いい加減この人たちどうにかしてくれないかしら?ウチの子たちも警戒が解けないのよ?……それとも戦闘がお望み?」
よく見れば、兵に囲まれたミヤコの周りに、魔獣たちがミヤコを護るように威嚇している。
「あ、あぁ。……お前ら、剣を収めよ。そして兄上に伝令を。すぐさま謁見の場を整えよ。」
アルベルトがそう指示を出すと、兵隊は、一目散に駆け出していく。
使命の為、一生懸命堪えていたのだが、流石にフェンリルの放つ威圧には耐えきれないらしい。
その場にはアルベルトと、先触れの使者だけがぽつんと取り残された。
「えっと、私が言うのもなんだけど、……王子様放り出していいの?」
「……まったくだ。」
「っと、それより、謁見とかどうでもいいから一つだけ聞かせて。あなた方は何しに来たの?」
「妹の無事の確認と話し合いに。とりあえず、この使節団の代表は兄上だ。兄上と話をしてもらいたい。」
「ふぅん……まぁいいわ。」
「ありがたい。では奥へ来てもらえるか……っと、出来ればその魔獣は……。」
『ガウッ!』
「ヒッ……。」
フェンリルが一声吠え低圧を放つ。
腰が引けつつ、なんとかその場に踏みとどまったのは、アルベルトの、女性の前でかっこ悪いところを見せれない、というちっぽけなプライドのお陰だった。
「失礼なこと言うからよ。フェンちゃんは神獣フェンリルよ。魔獣と一緒にしないで。」
ミヤコはそう言いながらフェンリルに合図すると、フェンリルはそのまま子狼の姿に変わる。
そのフェンリルを抱き上げ、「行くわよ」と言ってすたすたと歩き出すミヤコの後を慌てて追いかけるアルベルトだった。
「私がガリア王国第一王子カイン=フォン=ルクセンブルクだ。カインと呼んでもらって構わん。」
「お初にお目にかかります。ミヤコ=カツラギ。ミヤコと呼んでくださいな。」
非公式の場とはいえ、王族を目の前に軽い態度をとるミヤコに、周りの兵が騒めく。
「ここで細かい話をする気はありません。私が訊ねたいのは二つ。一つは、私たちと敵対する気なのか?もう一つは、敵対する気がなく、早く話し合いをしたいというのであれば、今すぐ村に迎え入れる用意があります。ただしその場合、一緒に移動できるのは5人まで。それでも一緒に来るか否や? ちなみに村の周りには旧領主の残党がうろついていますので、そのまま進む場合はそれなりの犠牲を覚悟した方がいいですよ?」
ミヤコがそういうとカインはゆっくり頷いて口を開く。
「まず一つ目だが、我々は話をしたくてここまで来たのだ。話し合いの結果によっては分からぬが、今は敵対する気はないし、その必要性もない。」
「そう?」
「もう一つの質問に答える前にこちらからも問おう。……おぬしらを信用できるのか?」
カインは少しきつめの表情でそう言い放つ。
「おかしなことを聞くのね?一応答えてあげるけど、そこは信用してもらうしかない。ってところね。だけど、そもそもの前提が間違ってるわ。」
「どういうことだ?」
「別に私たちが来てくれって頼んでるわけじゃないってこと。あなた達が勝手に押しかけてきてるのに私たちが信用できるかどうかなんて、それこそおかしな質問よね。勝手に家の中にずかずかと入り込んで、そこにあるご飯を勝手に食べて、マズいって言うのと同じよ?」
ミヤコがそういうと、周りの兵たちから剣呑な雰囲気が溢れる。
それでも誰一人として動かないのは、ここが王子の眼前だからなのか、ミヤコの連れているフェンリルを恐れてなのかはわからないところだ。
「疑うのは勝手だけど、こっちは時間と手間が省けるように親切に手を差し伸べてるだけ、押し付けるつもりはないから、いらないならそのまま帰るだけだわ。」
「わかった。行く人数を選別したいので少し時間をもらえぬか?」
「……思ったより賢い王子様ね。相談するから時間をくれって言うんだったら、そのまま帰ったところだけど、そう言われたら待つしかないわね。半刻でいい?」
「一刻は欲しいのだが……ダメか?」
「ダメね。ウチのご主人様、気が短いの。私の帰りが遅いと、ここに魔法を打ち込んでくるわよ。」
「はは、まさか……。」
いくらなんでもそんな馬鹿な。とカインが笑い飛ばそうとした時、天から礫が雨のように降ってくる。
天幕に穴をあけたそれは、不自然なぐらい、中にいる人を避けて地面に埋まる。
それを見たミヤコが、大きなため息をつくと召喚石を天に向かって放り投げて叫ぶ。
「半刻待ってって伝えて。後、ユウちゃんに覗きダメ!って言っておいて。」
召喚石は鳥の姿に変わると、一瞬にして飛び去って行った。
「はぁ、覗いてたみたいね。あなたが信じないから魔法を打ち込んだだけみたいだけど、……怒らせたら怖いよ?」
「……あ、あぁ半刻後に呼びに行かせるので、向こうで休んでいて欲しい。」
カインは近くに控えていた侍女に案内をするように指示を出す。
「あ、そうだ。王女様の付き人がここにいるならその人は連れてきてって。いないなら、迎えに行くからって言ってたわ。」
「オリビア様は御無事なんですか?」
ミヤコを案内しようとしていた侍女が思わず口を開く。
「あ、ひょっとし、あなたがリーナ?」
「あ、はい。すみません。ご無礼な真似を。」
「気にしないで。王女様は凄く元気よ。どうしてもあなたに会いたいって。私達としてもあなたが来てくれる方が助かるから、ここで会えて良かったわ。」
「そうですか。良かった。」
「あ、カインさん、一人はこの子連れていくから後4人ね。」
ミヤコはそういい残して天幕を出て行った。
◇
「アル、どう思う?」
「どうもこうもありませんよ。話し合いを実現するのであれば行く以外の選択肢はありません。」
「しかし護衛も付けずに行くのは……」
アルベルトの言葉を聞いて、側近の一人が怖ず怖ずと口を挟む。
「護衛など意味はない。お前もみただろ。遠く離れた場所から、正確に礫を放つ魔法……。あれに悪意があれば、今頃ここに有るのは屍の山だ。」
「それはそうですが……。」
「フム、ここは間をとって、今までと同じく通常の手段で向かうというのはどうだ?」
カインが折衷案を出してくる。
「それはやめた方がいいです。」
先触れの使者として出した兵が、口を挟む。
「マルコ、何故だ?」
「途中は兵士崩れの山賊が道を塞いでおります。私もミヤコ様に助けられなければ、あそこで命を落としていたでしょう。」
「マルコの言うとおりですな、兄上。彼女達はあくまでも好意で手を差し伸べてくれたに過ぎない。ここで振り払えば、次はないと思っていいでしょう。」
「フム、行くことは決定として、後誰を連れていくかだな。」
「殿下、是非私めをお連れください。先触れの使者としてのお役目も果たせず、相手に助けられて戻って来るという不始末。せめて行くはずだった村を一目でも見ないことには、この気持ちに収まりがつきませぬ。」
「何があるか分からない場所だぞ。」
「もとより承知の上で使者となったのです。」
「………そうだったな。じゃぁ、後一人か……。」
「あっしが行きますぜ。」
「オグン、お前………何で……。」
手を挙げたのは、アルベルトと一緒に村に入った事のある傭兵隊の隊長だった。
「殿下、水臭いですぜ。あの村に行くのに置いてきぼりはないじゃないですか。」
「いや、しかし………。」
「それとも、殿下はあの店の綺麗どころを独り占めしようってんですか?」
「わっ、バカッ、シィッ!」
アルベルトがオグンの口を押さえるが遅かったみたいだ。
「アル、あの店とは?」
「あ、あはは………。兄上もその話は後程……。」
冷や汗を拭いながらアルベルトはどう言い訳をしようかを考えるのだった。
◇
「ミヤコ殿、お待たせした。行くのは私を含めてこの4人だ。」
「ん、分かったけど、他の人達はどうするの?何なら帰りは王宮まで送ってあげるから、この人達戻ってもらっても良いけど。」
「ああ、残った奴らはこの辺り一帯を掃除してるから、気にしなくていい。」
カインの後ろから顔を出した男を見て、ミヤコは驚く。
「あら、オグさんじゃない?無事だったんだ。」
「あぁ、何とかな。」
「よかったぁ。ユウが他の三人は重かったから途中で捨てたって言ってたから心配してたんだよ。オグさんが無事ってことは、ライさんやレンさん、リーさんも元気?」
「あぁ、奴らはここに残って掃除をしていくってさ。」
「そうなんだ。じゃぁあとで彼等も迎えに出すかな?」
「おいおい、いいのか?」
オグンが驚いた表情を見せる。
「あ、ウン。エルちゃんがオグさんたちのこと気に入っててね、ガリアに捨てられたらウチで雇いたいって言ってたから。」
「あのぉ、目の前で引き抜きされても困るんだが?」
カインが情けない表情でそう言うとミヤコはにっこりと微笑んで答える。
「あら、ごめんなさいね。でも、この後の話し合い次第では、ガリアが敵対する可能性もないわけじゃないでしょ?」
「そんな事はない……と言いたいが、話の内容次第だな。」
「だよねぇ。でもそうなったらガリア王国なくなるでしょ?そうしたらオグさんたち失業じゃない?だから今のウチに再就職先をね。………そうそう、オグさん、ウチの依頼受けてくれれば、依頼終了毎に『夜光蝶』を解放してくれるって。」
「マジかっ!」
「マジマジ。夜光蝶のスタッフもねぇ、こっちが望んでないのに増えていくから、ガリア王国との話し合いがうまく行って、王都の許可が降りれば支店を出す計画もあるよ。」
「マジか?」
オグンに続いてアルベルトもミヤコに目を向ける。
「まぁ、先ずは話し合いからよね。」
「兄上、この会談は何が何でも成功させねばっ!」
「殿下、話し合いの結果次第ではお暇いただきたく。」
「お前ら、ちょっと待てっ!話が見えんっ。」
「あのぉ、ミヤコ様?」
どう言うことでしょう?とリーナが聞いてくる。
「リーナちゃんにはまだ早いかな?一つ言えるのは、男なんてあんなモノ、ってこと。」
ミヤコの言葉を聞いて、アルベルトとオグンが顔を背ける。
「さて、冗談はこれくらいにして、行きましょうか?」
ミヤコは転移石を取り出しながら言う。
背後でアルベルトとオグンが「どこからが冗談なのだ?」と騒いでいるが聞こえない振りをして、定められたキーワードを唱える。
『転移:タウの村』
足元の魔法陣が光り輝き、一瞬後には、ミヤコたちの姿はその場からかき消えていた。
「今どのあたりにいるの?」
「街道の向こう側。城壁の周りにちょっかい掛けている兵士たちが邪魔で近づけないみたい。」
「ウーん……。ミヤコ、フェンちゃんと一緒に迎えに行ってあげて。」
「了解。フェンちゃんいくよ?」
ミヤコが声をかけると、足元で丸くなっていた、モコモコの子狼が顔を上げる。
『主殿。我が行くと、その使者とかは驚くのではないか?』
「うーん、フェンちゃんのあまりにもの可愛さに驚くかもねぇ。大丈夫、他の人にモフモフさせないから。」
『……そういう意味ではないのだが……ま、いっか。』
フェンちゃんというのは、ミヤコがこの間、召喚・契約に成功した、念願の神獣クラスの召喚獣である。
今はこんな子狼の成りをしているが、その正体は、神獣フェンリル。雷と氷の支配者の称号を持つ、獣族の最高峰に位置する精霊獣だ。
この辺りでは、魔獣フェンリルとして恐れられているが、ミヤコをはじめ、エルザやメイドちゃん達も、子狼姿のフェンリルにメロメロだったりする。
「とりあえずいこっか。」
ミヤコは成狼の姿になったフェンリルの背に乗って駆けだしていった。
◇
「兄上、先触れはそろそろ村に着いたと思いますのでご用心を。」
「ん?何を用心するというのだ?ここから村まではまだ2週間近くかかる。このまま進んだとして、戻ってきた先触れと合流するのは速くても1週間後だ。」
カインはアルベルトの言葉に首を傾げながら答える。
「兄上、いくら内部の執務が多いとはいえ、少し緊張感が足りませぬ。いいですか、まず第一に気を付けるのは、旧領主軍の存在。降伏したとはいえ、少し前まではここは敵地だったのです。どこかに残党が隠れ潜んでいることも考えられます。」
「ウム、そうか。」
「次に目的の村の聖女の存在。彼の者は失われし転移術が使えます。それが何らかの条件があるのか、無条件に使用できるのかわかりませんが、もし無条件に使用できるのであれば、先触れで我らの存在を知った後、どういう行動を起こすかわかりませぬゆえ。」
アルベルトの言葉に、カインは、それもそうだと、気を引き締める。
「ほ、報告しますっ!前方に魔獣がっ!魔獣が使者殿を咥えて、殿下に謁見を求めておりますっ!」
「どういうことだ?」
「わかりませぬ。ただ事ではなさそうなので、私が見てまいります。兄上はご用心を。」
「任せる。」
アルベルトは、近衛の兵にカインの傍を離れるなと指示を出し、伝令とともに、魔獣の許へと向かう。
「やっと来た。あなたが責任者?ちょっとこの対応はあんまりだと思うけど?」
アルベルトが人混みをかき分けて顔を出すと、真っ白な狼の背に乗った美女が困った顔で微笑みかけてきた。
「えっと、その節はどうも……ミヤコさん。」
その美女とは顔見知りだったために、アルベルトは何と答えてよいかわからず、微妙な表情のまま曖昧に答える。
「確かアルクだったわね。それとも、ガリア王国第二王子アルベルト様と呼んだほうがよろしいかしら?」
「いや、アルもしくはアルベルトと呼んでくれるとありがたい。」
「じゃぁ、アルベルトさん、いい加減この人たちどうにかしてくれないかしら?ウチの子たちも警戒が解けないのよ?……それとも戦闘がお望み?」
よく見れば、兵に囲まれたミヤコの周りに、魔獣たちがミヤコを護るように威嚇している。
「あ、あぁ。……お前ら、剣を収めよ。そして兄上に伝令を。すぐさま謁見の場を整えよ。」
アルベルトがそう指示を出すと、兵隊は、一目散に駆け出していく。
使命の為、一生懸命堪えていたのだが、流石にフェンリルの放つ威圧には耐えきれないらしい。
その場にはアルベルトと、先触れの使者だけがぽつんと取り残された。
「えっと、私が言うのもなんだけど、……王子様放り出していいの?」
「……まったくだ。」
「っと、それより、謁見とかどうでもいいから一つだけ聞かせて。あなた方は何しに来たの?」
「妹の無事の確認と話し合いに。とりあえず、この使節団の代表は兄上だ。兄上と話をしてもらいたい。」
「ふぅん……まぁいいわ。」
「ありがたい。では奥へ来てもらえるか……っと、出来ればその魔獣は……。」
『ガウッ!』
「ヒッ……。」
フェンリルが一声吠え低圧を放つ。
腰が引けつつ、なんとかその場に踏みとどまったのは、アルベルトの、女性の前でかっこ悪いところを見せれない、というちっぽけなプライドのお陰だった。
「失礼なこと言うからよ。フェンちゃんは神獣フェンリルよ。魔獣と一緒にしないで。」
ミヤコはそう言いながらフェンリルに合図すると、フェンリルはそのまま子狼の姿に変わる。
そのフェンリルを抱き上げ、「行くわよ」と言ってすたすたと歩き出すミヤコの後を慌てて追いかけるアルベルトだった。
「私がガリア王国第一王子カイン=フォン=ルクセンブルクだ。カインと呼んでもらって構わん。」
「お初にお目にかかります。ミヤコ=カツラギ。ミヤコと呼んでくださいな。」
非公式の場とはいえ、王族を目の前に軽い態度をとるミヤコに、周りの兵が騒めく。
「ここで細かい話をする気はありません。私が訊ねたいのは二つ。一つは、私たちと敵対する気なのか?もう一つは、敵対する気がなく、早く話し合いをしたいというのであれば、今すぐ村に迎え入れる用意があります。ただしその場合、一緒に移動できるのは5人まで。それでも一緒に来るか否や? ちなみに村の周りには旧領主の残党がうろついていますので、そのまま進む場合はそれなりの犠牲を覚悟した方がいいですよ?」
ミヤコがそういうとカインはゆっくり頷いて口を開く。
「まず一つ目だが、我々は話をしたくてここまで来たのだ。話し合いの結果によっては分からぬが、今は敵対する気はないし、その必要性もない。」
「そう?」
「もう一つの質問に答える前にこちらからも問おう。……おぬしらを信用できるのか?」
カインは少しきつめの表情でそう言い放つ。
「おかしなことを聞くのね?一応答えてあげるけど、そこは信用してもらうしかない。ってところね。だけど、そもそもの前提が間違ってるわ。」
「どういうことだ?」
「別に私たちが来てくれって頼んでるわけじゃないってこと。あなた達が勝手に押しかけてきてるのに私たちが信用できるかどうかなんて、それこそおかしな質問よね。勝手に家の中にずかずかと入り込んで、そこにあるご飯を勝手に食べて、マズいって言うのと同じよ?」
ミヤコがそういうと、周りの兵たちから剣呑な雰囲気が溢れる。
それでも誰一人として動かないのは、ここが王子の眼前だからなのか、ミヤコの連れているフェンリルを恐れてなのかはわからないところだ。
「疑うのは勝手だけど、こっちは時間と手間が省けるように親切に手を差し伸べてるだけ、押し付けるつもりはないから、いらないならそのまま帰るだけだわ。」
「わかった。行く人数を選別したいので少し時間をもらえぬか?」
「……思ったより賢い王子様ね。相談するから時間をくれって言うんだったら、そのまま帰ったところだけど、そう言われたら待つしかないわね。半刻でいい?」
「一刻は欲しいのだが……ダメか?」
「ダメね。ウチのご主人様、気が短いの。私の帰りが遅いと、ここに魔法を打ち込んでくるわよ。」
「はは、まさか……。」
いくらなんでもそんな馬鹿な。とカインが笑い飛ばそうとした時、天から礫が雨のように降ってくる。
天幕に穴をあけたそれは、不自然なぐらい、中にいる人を避けて地面に埋まる。
それを見たミヤコが、大きなため息をつくと召喚石を天に向かって放り投げて叫ぶ。
「半刻待ってって伝えて。後、ユウちゃんに覗きダメ!って言っておいて。」
召喚石は鳥の姿に変わると、一瞬にして飛び去って行った。
「はぁ、覗いてたみたいね。あなたが信じないから魔法を打ち込んだだけみたいだけど、……怒らせたら怖いよ?」
「……あ、あぁ半刻後に呼びに行かせるので、向こうで休んでいて欲しい。」
カインは近くに控えていた侍女に案内をするように指示を出す。
「あ、そうだ。王女様の付き人がここにいるならその人は連れてきてって。いないなら、迎えに行くからって言ってたわ。」
「オリビア様は御無事なんですか?」
ミヤコを案内しようとしていた侍女が思わず口を開く。
「あ、ひょっとし、あなたがリーナ?」
「あ、はい。すみません。ご無礼な真似を。」
「気にしないで。王女様は凄く元気よ。どうしてもあなたに会いたいって。私達としてもあなたが来てくれる方が助かるから、ここで会えて良かったわ。」
「そうですか。良かった。」
「あ、カインさん、一人はこの子連れていくから後4人ね。」
ミヤコはそういい残して天幕を出て行った。
◇
「アル、どう思う?」
「どうもこうもありませんよ。話し合いを実現するのであれば行く以外の選択肢はありません。」
「しかし護衛も付けずに行くのは……」
アルベルトの言葉を聞いて、側近の一人が怖ず怖ずと口を挟む。
「護衛など意味はない。お前もみただろ。遠く離れた場所から、正確に礫を放つ魔法……。あれに悪意があれば、今頃ここに有るのは屍の山だ。」
「それはそうですが……。」
「フム、ここは間をとって、今までと同じく通常の手段で向かうというのはどうだ?」
カインが折衷案を出してくる。
「それはやめた方がいいです。」
先触れの使者として出した兵が、口を挟む。
「マルコ、何故だ?」
「途中は兵士崩れの山賊が道を塞いでおります。私もミヤコ様に助けられなければ、あそこで命を落としていたでしょう。」
「マルコの言うとおりですな、兄上。彼女達はあくまでも好意で手を差し伸べてくれたに過ぎない。ここで振り払えば、次はないと思っていいでしょう。」
「フム、行くことは決定として、後誰を連れていくかだな。」
「殿下、是非私めをお連れください。先触れの使者としてのお役目も果たせず、相手に助けられて戻って来るという不始末。せめて行くはずだった村を一目でも見ないことには、この気持ちに収まりがつきませぬ。」
「何があるか分からない場所だぞ。」
「もとより承知の上で使者となったのです。」
「………そうだったな。じゃぁ、後一人か……。」
「あっしが行きますぜ。」
「オグン、お前………何で……。」
手を挙げたのは、アルベルトと一緒に村に入った事のある傭兵隊の隊長だった。
「殿下、水臭いですぜ。あの村に行くのに置いてきぼりはないじゃないですか。」
「いや、しかし………。」
「それとも、殿下はあの店の綺麗どころを独り占めしようってんですか?」
「わっ、バカッ、シィッ!」
アルベルトがオグンの口を押さえるが遅かったみたいだ。
「アル、あの店とは?」
「あ、あはは………。兄上もその話は後程……。」
冷や汗を拭いながらアルベルトはどう言い訳をしようかを考えるのだった。
◇
「ミヤコ殿、お待たせした。行くのは私を含めてこの4人だ。」
「ん、分かったけど、他の人達はどうするの?何なら帰りは王宮まで送ってあげるから、この人達戻ってもらっても良いけど。」
「ああ、残った奴らはこの辺り一帯を掃除してるから、気にしなくていい。」
カインの後ろから顔を出した男を見て、ミヤコは驚く。
「あら、オグさんじゃない?無事だったんだ。」
「あぁ、何とかな。」
「よかったぁ。ユウが他の三人は重かったから途中で捨てたって言ってたから心配してたんだよ。オグさんが無事ってことは、ライさんやレンさん、リーさんも元気?」
「あぁ、奴らはここに残って掃除をしていくってさ。」
「そうなんだ。じゃぁあとで彼等も迎えに出すかな?」
「おいおい、いいのか?」
オグンが驚いた表情を見せる。
「あ、ウン。エルちゃんがオグさんたちのこと気に入っててね、ガリアに捨てられたらウチで雇いたいって言ってたから。」
「あのぉ、目の前で引き抜きされても困るんだが?」
カインが情けない表情でそう言うとミヤコはにっこりと微笑んで答える。
「あら、ごめんなさいね。でも、この後の話し合い次第では、ガリアが敵対する可能性もないわけじゃないでしょ?」
「そんな事はない……と言いたいが、話の内容次第だな。」
「だよねぇ。でもそうなったらガリア王国なくなるでしょ?そうしたらオグさんたち失業じゃない?だから今のウチに再就職先をね。………そうそう、オグさん、ウチの依頼受けてくれれば、依頼終了毎に『夜光蝶』を解放してくれるって。」
「マジかっ!」
「マジマジ。夜光蝶のスタッフもねぇ、こっちが望んでないのに増えていくから、ガリア王国との話し合いがうまく行って、王都の許可が降りれば支店を出す計画もあるよ。」
「マジか?」
オグンに続いてアルベルトもミヤコに目を向ける。
「まぁ、先ずは話し合いからよね。」
「兄上、この会談は何が何でも成功させねばっ!」
「殿下、話し合いの結果次第ではお暇いただきたく。」
「お前ら、ちょっと待てっ!話が見えんっ。」
「あのぉ、ミヤコ様?」
どう言うことでしょう?とリーナが聞いてくる。
「リーナちゃんにはまだ早いかな?一つ言えるのは、男なんてあんなモノ、ってこと。」
ミヤコの言葉を聞いて、アルベルトとオグンが顔を背ける。
「さて、冗談はこれくらいにして、行きましょうか?」
ミヤコは転移石を取り出しながら言う。
背後でアルベルトとオグンが「どこからが冗談なのだ?」と騒いでいるが聞こえない振りをして、定められたキーワードを唱える。
『転移:タウの村』
足元の魔法陣が光り輝き、一瞬後には、ミヤコたちの姿はその場からかき消えていた。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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