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引きこもりメイドとサキュバスっ娘 その1

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「これは、どっちを助けるべきか迷うわね。」
物陰に身を潜めたエルザが呟く。

エルザたちがいる場所から、現場までは50mほどある。
風の加護を掛ければ一気に詰められる距離であり、また、普通の人間では気配を探るのが難しいギリギリのラインでもある。

そこから見えるのは、得物を構えた、いかにも悪者です、と言った風体のガラの悪そうな男が10人程。
その男たちに囲まれ、身を竦めている女の子達。
普通で考えれば盗賊らしき男たちを蹴散らして女の子を助けるべきなのだが、そのつもりで駆けて来たのだが……果たしてそれでいいのかと躊躇う。
その原因は囲まれている少女たちにあった。
年の頃は10代半ばから20代前半に見える少女たち。
その中の一番年長であろう少女が、腕を広げ、身体を張って他の少女たちを護っている。……いや、正確に言えば広げているのは腕ではなく……羽だった。

「ハルピュイア……魔族ね。」
「魔物じゃないの?」
ミヤコが疑問を口にする。
「ハルピュイアは、現在、存在が確認されている7大魔族のうちの1種族よ。その羽根を使い速く遠くまで、大空を翔る事が出来、その声と姿は万人を魅了すると言われているわ。」
「んー、あながち間違ってないわね。みんな可愛いもの。……でも魔族かぁ。悩むところね。」

「何悩む必要があるんだ?」
ミヤコの呟きにカズトが反応する。
「可愛い子が襲われてるんだ。助けるのは当然だろ?」
「でも魔族よ?」
「関係ないね。人か魔族かなんて問題じゃない。可愛い女の子か、それ以外かだ!」
捉えようによってはゲスいことを平気で叫ぶカズト。

「ん、可愛いは正義。カズトはよくわかってる。だから特別に加護を与える。」
ユウがカズトに向かって祝福の祝詞を唱え始めた。
普段間違っても男性にバフを掛けないユウにしてみれば珍しいことこの上ない。

「それはいいけど……あなた戦えるの?」
何と、まではミヤコは言わなかったが、カズトにはそれだけで十分通じる。
「正直言って迷うよ。だけど一つわかっていることは、ここで俺が殺らなければ、あの娘達がヤられる。それだったら、俺が助けて恩を売っておけば、恩返しにヤらせてくれるってことがワンチャンあるんじゃね?ってことだ。」
「……サイテーね。」
「うるせぇ。……まぁ、正直言えば、戦える力があるのにビビッて、そのせいでお前らに被害が及ぶのがやなんだよ。それにな、殺すのが怖いなら、殺さなくても無力化できるぐらいに強くなればいいんだよ。」
カズトはそう言ってバフを掛けてくれているユウに視線を向ける。

「ん、これでOK。3分だけ耐える。そうすれば後は私が吹っ飛ばす。」
「OK。できれば俺を巻き込まないでくれよ。」
「大丈夫、巻き込んでも死なないように強化したから。」
「ぉいっ!珍しいと思ったらそれが理由かよっ。」
「うるさい、早く行かないと、美味しいところ、全部エルたんが持ってく。」
見ると、エルザはすでに駆け出しており、盗賊たちを一人、二人と斬り伏せている。

「お、おぉぉぉ~!俺様参上!俺はっ、美少女のっ、盾になるっ!」
カッコいいのかかっこ悪いのか、よくわからないことを叫びながら、カズトも戦場へと飛び込んでいった。
「はぁ、私も働かないとね……バニィとアルは、あのハルピュイアたちを護って。おーちゃんとシェードは、カズトを援護、クーちゃんはここでクロちゃんと一緒にユウを護って。アクア、とウィルは私について来て!」
ミヤコは召喚獣を呼び出し、それぞれに指示を与えると、そのままハルピュイアの元へ駆けよる。
怪我をしている様なら治療が必要だからだ。

そしてきっかり3分後、ユウの魔法による爆風により盗賊たちは一掃される。
どのような術式でそうなるのかわからないが、爆風はミヤコやエルザ、ハルピュイア達を不自然に避けて吹き荒れていった。
この時、カズトが巻き込まれたのは、……お約束というものだろう。


「さて……話は通じるのかな?」
盗賊たちの脅威が去った後、エルザたちはハルピュイア達と対峙する。
助けたとはいえ、相手は魔族だ。警戒態勢を解くわけにはいかない。
向こうもそう思っているのだろう。
一番年上に見えるハルピュイアが、警戒しつつ他の娘たちをその後ろに庇い護るように立ち塞がってる。

「面倒はエルたんに任すけど……エリアヒール。」
ユウがハルピュイア達に魔法をかける。
一瞬身を竦めるハルピュイア達だが、孫表情が驚愕に代わる。

「なぜ……なぜ助ける……のですか?」
「可愛いは正義。女の子が傷ついているのなら助ける。当たり前。」
ユウがそう告げる。
「美味しいところ全部持っていかれちゃったけど、まぁそういう事ね。私は、エルザ。あなた達が私たちに対して敵対しないのであれば、私も戦う必要を認めない……どうかな?」
エルザはそう言って小剣をしまい、一歩ハルピュイアに向かって踏み出し、片手を差し伸べる。

「……人間は信じられない。だけど、人間の中にも信じるに値するものがいることを知っている。私の名は、レーナ……助けてくれてありがとう。」
鈴を転がすような声、とでも言うのだろうか、涼しげで且つ魅惑的な声でそう答えるハルピュイアのレーナ。
そのまま一歩踏み出し、エルザの差し出した手に羽根の先にある突起を触れさせる。
多分指にあたる部分なのだろう。ちょっとしたものなら掴むことも出来るみたいだ。
エルザはそれをぎゅっと握った後、名残惜しそうに離す。

「とりあえずあなた達は休息が必要よね。あっちに私たちの馬車があるから、そこで休むといいわ。ついでに状況を話してもらえると助かる……かな?」
「待って欲しい。我々に温情を与えてくれるのは嬉しいが、仲間がまだ捕まっているし、それを助けに向かった者もいる。」
その人たちを助けに行かなければならない、とレーナは言う。

「ん、そのあたりの事も話してくれる?ここまで来たんだから私たちも手伝うわ。その為にも、回復は必要よ。」
エルザはそう言って馬車へとハルピュイア達を誘導するのだった。



「あなた達もよくわかってないのね。」
馬車の中にハルピュイア達を招き入れ休ませながら、レーナにどこから来たのか?と尋ねたのだが、その答えは芳しくないものだった。
「えぇ、すみません。みぃなら何か知ってると思うんですが。」
「みぃ?」
「えぇ、私たちを護っていてくれた人で……今は盗賊のアジトにいってるはずです。」
「さっき話してた人の事ね。それならなおさら助けに行かないとね。」
「ん、アレは1匹見つけたら30匹はいる。」
「そんな、台所のGみたいな……。」
「似たようなモノ。巣から根こそぎ絶たないといつまでも沸いてくる。放置しておいたらタウの村まで侵食してくる。」
「あー、それはイヤねぇ。」
ユウの言葉に、さも嫌そうな顔をするミヤコ。

「んーっと……そうね。ミヤコとカズトはここでお留守番をお願い。メイドちゃん達とハルピュイア達を見ていて。」
「まぁ、仕方がないわね。」
ミヤコは、まだ怯えているメイドちゃんたちに視線を向けてから頷く。

メイドちゃんの一人、カチュアに聞いたところによると、こっちの大陸では、魔族というものは魔物の上位種と考えられていて、王宮の近衛騎士のような、よほど実力のある人間がいて初めて互角で戦えると言われるほど恐ろしい存在なんだそうだ。

最も、噂だけで実際に魔族を見たことのある者はほとんどいないらしく、それだけに噂のみが肥大化して広がっている。
だから、ハルピュイア達の姿を見たメイドちゃんたちは、いくらエルザやミヤコが大丈夫だと言っても腰が抜けて動けないでいる。
こんな状況で、メイドちゃん達を置いて行ったら、そのうちだれかがパニックを起こして、事故を起こしかねない。

また、ミヤコ自身大丈夫と言ったものの、ミヤコたちが居なくなった途端、ハルピュイア達が凶行に走らないとも限らない。
無条件で信じるにはお互いに時間がなさ過ぎたのだ。

「敵の数がどれだけかわからないから、クーちゃんを借りていくわ。後……。」
エルザは言葉を切ってレーナを見る。
「誰でもいいわ。一人でいいからハルピュイアの誰かが一緒に来てくれないかしら?」
「……理由を聞いても?」
「簡単な事よ。私もユウも「みぃ」って娘を知らない。また、「みぃ」も私たちの事を知らない。これでは助け出せるのも助けられなくなるわ。」
「それもそうね。……私が行くわ。」
レーナがそう言ったことにエルザは驚きを隠せない。
てっきりレーナはハルピュイアたちを護るために残ると思っていたからだ。

「いいの?」
「エルザたちが何を心配してるのかはわかるわ。私たちも同じ。だけどね、私の知っている唯一の人間が言ったのよ。『相手が信用できるかどうかなんて最初からわかるわけねぇ。そしてそれはお互い様だ。だから、まずは自分から信じる……そこから始めてみようぜ』って。結局は人間に裏切られてこんなことになってるけど、それでも、最初にあの人を信じたことは間違いじゃなかった。信じられる人間もいるってことが分かっただけでも収穫はあったと思うの。だから私たちはここにいるわけだし。」
レーナの言葉に他のハルピュイア達も頷く。

「わ、私たちは、あなた達を裏切らないわよっ。」
カチュアが身体をブルブル震わせながらも気丈に言う。
「裏切るなんて下劣な行いをする腐った人間と一緒にしないでよねっ。」
カチュアが目に涙を浮かべながらそう言い募る。
怖いのに、それでもそう言うのは、カチュアの中に決して譲れない何かがあり、レーナの言葉の中に、何か感じるものがあったからだろう。

「わかってますわ。あなた方は私たちを助けてくれて、癒してくれただけでなく、こうして休む場所も与えてくれた。さらには仲間を助けに行ってくれると言ってくれます。だから、今度は私たちの番。出来る限りの力になりますわ。ここに残った娘たちでも、回復した今なら、ちょとした魔物ぐらいは倒せますので、ここに残る皆さんを命に代えても守って見せますわ。」
レーナが少し誇らしげに言う。
「うーん、ありがたいんだけど、そんな心配はいらないと思うわよ。だからゆっくり休んでいてね。でも万が一の場合は頼りにさせてもらうわね。」
エルザがいうとハルピュイア達は嬉しそうに頷く。

「じゃぁ、話は決まったから急ぐわよ。ミヤコ、後お願いね。」
「うん、気を付けてね。」
エルザとユウは、レーナとともに馬車から出て行く。
窓から外の様子を見ると、馬面ゴーレム2体がその後を追いかけていく。
「まぁ、あれなら心配はなさそうね。」
ミヤコはそう呟いて、誰にも気づかれない様にそっと胸を撫で下ろす。
いくらユウがいると言っても、戦力不足なのでは?と懸念していたのだ。

「あのぉ……。」
そんなミヤコに、ハルピュイアの一人が、おずおずと声をかけてくる。
「ん、なぁに?」
「アレ……いいんでしょうか?」
ハルピュイアが指さした方を見る。
ミヤコが見ていた方とは逆の窓だ。

そこには……窓にへばりつき、必死に中を覗こうとしているカズトの姿があった。
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