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引きこもり聖女とメイドさん

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「えっと、改めて自己紹介をしてもらっていいかな?」
タウの村に帰る途中、馬車の中でエルザは4人の奴隷、改め、メイドたちに声をかける。
4人はユウが作ったメイド服に身を包み、緊張でガチガチになりながらエルザの前に立っている。

現在、馬車の中はちょっとしたサロンのようになっており、また、ユウの特殊技術により揺れも全くないため、窓の外の景色が流れているのを見ない限り、ここが馬車の中だと言っても誰も信じないだろう。

「……カチュアよ。」
そっけなく答えたのは金髪の少女。
ユウが、奴隷商の付けた価格の半額以下の価値しかないと言い切った娘だ。
「エルたんに対する態度じゃない。」
ユウがカチュアと名乗った少女を叩きのめし、足蹴にする。
「ちゃんと名前と前歴、出来る事をアピールする。じゃないとペット以下の肉奴隷として扱う。」
「クッ……。」
「返事。」
「畏まりました……ご主人様。」
「ん、じゃぁ、やり直す。」
ユウはカチュアを立たせてエルザに向かせる。

「カチュア……カチュア=グランハムよ……です。今はガリアに滅ぼされてグランハム家はなくなったので、ただのカチュア……です。16歳……。貴族の……娘でしたので……礼儀作法にダンス、一般教養はあります……それ以外は何も……できません。」
よほど悔しいのか、瞳に涙を浮かべながらも、決して目を背けることなく、最後まで言い切るカチュア。
それに対し、エルザは何も答えず、隣の娘に視線を移す。

アッシュブロンドの綺麗な顔立ちの娘だ。ミヤコがカチュアを買うぐらいならこっちの方がいいと思った金貨18枚の娘である。
「セレンと言います。18歳です。商家の娘でしたので基本的な読み書きと算術、後ちょっとしたものなら鑑定も出来ます。他には初級ですが水の魔法が使えます。」

直前のカチュアに対するユウの行動に怯えたのか、震えながら言い終えるセレン。
今は怯えているが、商家の娘なだけあって、物腰も柔らかく、人当たりもよさそうだ。接客などは、この娘を前面に出すようにすればいいだろう、
そんなことを思いながら、隣の娘に視線を移す。

「シアと言います、13歳です。あの……その……以前は……カチュア様にお仕えしていましたので、メイドとしてなら一通りのことは出来ます。」
がばっと頭を下げた後すぐに一歩下がるシア。
ミヤコの話では調合や薬術、護身術まで収めているというが、貴族の子女に使えるには必須の能力なのかもしれなかった。
ただ、経験者でもありオールマイティに使えそうな彼女は一番の買い物だったんじゃないかな?とエルザは思う。

「ミアン、15歳です。私も貴族様にお仕えしていましたので、一通りのことは出来ます。後、以前使えていたかたが、大変変わっていらっしゃいまして、探索者として方々に出かけていたため、それに着いて行く内に、探索者としての基本的なスキルも覚えました。」
この娘も変わった経歴を持っているな、とエルザは思う。
というより、メイドを連れまわす探索者って、どういう神経してるのよ?と思わなくもないのであった。

「私はエルザ。あっちにいるのがユウであなた達の、……一応ご主人様になるのかな?でも、基本的には私の命令優先って思っていてね。」
「ぶぅ、お金出したの私。私がご主人様。」
「どうせあなたは基本放置でしょ。それじゃぁ仕事にならないって言ってるのよ。」
「……ぶぅ……。わかった。みんな、夜以外はエルたんのいう事聞くこと。」
「あ、はい……。」
「えーと、わかりました。」
「はい。」
「ハイ……夜以外ってどういう事よ。」

「あー、一応言っておくけど、あっちにいる男の人の相手をしろってことは絶対に言わないから、それだけは安心してね。ユウが許可したうえで、双方合意なら別にいいけど。」
エルザがそう言うと、一同はあからさまにほっと溜息をつく。
やはり、男性の相手をさせられるのでは?と不安に思っていたらしい。
奴隷に身を落とした時点で、いつか誰かに無理やり散らされる運命にあるとはいえ、出来ればその相手は、最低限納得したうえで選びたいというのが乙女心というものだろう。

その様子を見ながらエルザは心の中で手を合わせ頭を下げる。
……無理やり男の人の相手をさせることはないけど、ユウの相手はしてもらうのよ……ごめんね。
4人もいれば、しばらくの間はゆっくり寝ることが出来るだろう、と秘かに喜ぶエルザだった。

「それで、あなた達の仕事なんだけど……。」
エルザは4人にミヤコやカズトの事を紹介した後、自分たちが今、タウの村の教会で暮らしているという事、そこでユウが治療行為をたまに行っていること、探索者としての活動で留守にすることがあることなどを話す。
「だからね、あなた達には、私達のお世話や教会の維持、村の人たちとのお付き合いなどに加えて、ユウの手伝いや、私たちが居ない間のお留守番を頼みたいの。他にもそれぞれの得意分野で細々とお願いすることもあると思うけど、大まかに言えばそんなところかな?」

わかりました、と答えたものの、4人は不安そうに互いの顔を見合わせている。
「まぁ、取り敢えずは向こうに着いてからね、それまではゆっくりしていてね。」
そんな4人の様子を眺めながらエルザは微笑んで、いつもの洋のお茶を入れようとする。

「あ、私がやります。」
そのエルザの様子に気づいたのはシアだった。
エルザからポットを奪うように受け取り、魔導コンロにかける。
「この道具、慣れてるのね。」
「ハイ……以前の御屋敷にありましたから。」
シアは少しだけ言いにくそうにしながらそう答える。
原因は、じっとこちらを見ているカチュアの視線の所為だろう。
詳しい話を聞きたいところだが、それは教会に戻ってから、あまり人目のないところで聞くのがいいだろうと、エルザは思い、シアに茶葉をいくつか渡して、そのままテーブルに着く。

「あの、伺ってよろしいでしょうか?」
エルザが席に戻るのを待ちかねたようにセレンが口を開く。
「なに?」
「こんなこと伺っていいのかどうかわからないのですが……ここは馬車の中……なんですよね?」

セレンがそんなことを聞いてくるのも無理はない。
外見は少し大きめの馬車なのに(ログハウスに車輪ではあまりにも目立ちすぎるので、出発前にエルザが強制的に、今の形に変えさせたのだ。)中に入ったら、外から見た以上に広い空間。
さらに言えば、貴族が使うようなテーブルと椅子があるのはともかくとして、奥に簡易キッチンまである。
どう考えても馬車の中に納まらないスペースだ。
ついでに言えば、その奥にも部屋があり、寝室として利用できる。
今、ミヤコとユウが、カチュアとミアンを連れてそちらのベッドメイクをさせている筈だ。

「あなたが気になっているのは、馬車の中にはありえないこのスペースの事?」
「ハイ、そうです。魔道具で何かしてらっしゃるのでしょうか?でもこんなの見たことも聞いたこともないです。」
商家の娘の所為なのか、セレンは魔道具に造詣が深いらしく、本人もまたそれなりに詳しいらしい。
それだけに、このような不思議な事を起こせる魔道具に興味が尽きないのだろう。

「うーん、魔道具って言っていいのかな?空間魔法の応用らしいんだけど私も詳しくは知らないわ。興味があるなら、暇なときにでもユウに聞いて。」
エルザの言葉に、セレンは頷いて一歩下がる。
「あ、あと当然だけど、これから見聞きしたすべての事において、秘密厳守だからね。決して外部には漏らさないように。」
「はい。わかりました。」

「……故意だろうが不可抗力だろうが、もし秘密が漏れたら、あなた達はアレに蹂躙されるって覚えておくといいわ。」
エルザは、窓の外を指さす。
そこからは御者台に座って暇そうにしているカズトと、その前方で奇妙な踊りをしながら馬車を引く、二足歩行の馬の姿が見える。
その姿を見たセレンは、コクコクと何度も何度も頷く。
これくらい脅しておけば大丈夫だろう、とエルザが思ったところでシアがお茶をもっちぇやってくる。

「お茶が入りました。……?」
エルザ以外の二人の姿が見えないのを不思議に思い首を傾げるシア。
用意したカップは3つ。エルザとユウとミヤコのためのものだ。
しかしミヤコとユウの姿が見えない。
どうしようかと躊躇っているとエルザがシアに声をかける。

「あの二人は奥の部屋に行ってるから声をかけてきて。……でも取り込み中だったら、いいからそのまま戻ってきなさい。」
「はい。」
言われていることの半分が理解できず不思議に思いながらも、奥の部屋へ向かうシア。
しかし、扉の向こうに姿を消したと思ったら、すぐに戻ってくる。
その顔は耳まで真っ赤になっている。

「あのっ、そのっ、お取込み中でした……。カチュア様が……。」
「シア。」
「は、ハイっ!」
「カチュアはあなたの何?」
「カチュア様はお嬢様で……アッ、ごめんなさい。カチュアさ……さんは私の同僚です。」
「ハイ、よくできました。」
恐縮して小さくなるシアに優しく、しかしきっぱりと告げておく。
「いーい?こういうの私は好きじゃないけどね、あなた達は等しくユウに買われた奴隷だという事を忘れないでね。貴族に仕えていたのなら、隙を見せることがどういう結果を招くかわかってるでしょ?」
「……はい、、以後気を付けます。」

「分かればいいわ。じゃぁお茶にしましょうか。せっかくカップも3つあることだしあなた達も座りなさい。」
「あ、でも……。」
「いいから座りなさい。今は特別。座って一緒にティタイムを楽しみましょ。これは命令よ。」
「わかりました。」
「お言葉に甘えます。」

シアはエルザのカップにお茶を注ぐ。
長年貴族に仕えていただけあって、様になっている。
そのままセレンのカップにもお茶を注ぎ、最後に自分のカップに注いでから席に座る。

「うん、美味しいわ。」
エルザはお茶を一口飲み、シアの手際を褒める。
「最初に厳しい事を言ったけど、私はあなた達を奴隷として買ったつもりはないわ。メイドとして雇うために購入したの。だからあまり固くならないでね。公私のケジメだけつけてもらえればあまり煩いこと言わないから。最も……。」
エルザは奥の部屋のドアに視線を向ける。
「カチュアちゃんだけは……しょうがないか。ユウに気に入られたのが運の尽きよね。」
「あ、あのぉ、カチュアさ……んは、ユウ様に気に入られてるのでしょうか?」
「ん、そうね。あぁいう態度を前面に出す娘は今までいなかったからね、面白いんだと思うよ。」
「そうなんですか?」
「ん、多分ね。まぁ、しばらくはユウはカチュアを手放さないんじゃないかなぁ。あ、カチュアがシアたちに理不尽に当たるようなことがあったらすぐに報告するのよ。密告とかそんなんじゃなく、カチュアの為だからね。」
「カチュアさ……んの為……ですか?」
「そうよ。もしカチュアが陰でそんなことをしているってユウが知ったら、それこそ、心が折れるどころか壊れるまで遊び倒すに決まってるからね。」
エルザがそう言うと、セレンとシアが身を竦める。

「あの……、こんなこと聞いていいのかどうかわからないのですが……ユウ様ってどんな人なんですか?」
「ユウ?心優しい女神様よ?」
「女神様……ですか。」
シアたちはエルザの言葉を何かの比喩だと捉えたのだろう。
まさか本物の女神様だとは思いもよらないはずだ。
「そう、女神さま。ただ、少しめんどくさがり屋で引き籠りで、時々我がままで、可愛い女の子が大好きな、ごく普通の女神様よ。」
「はぁ、そういう事なんですね。」
古来、神というものは自己中心的で自分勝手な面を見せることが多い。
我がままで自己中な行動を女神様に例えているのだろうと、セレンはエルザの言葉からそう受け止め、ユウに振り回されることが多いのだと覚悟を決める。

「まぁ、基本的に女の子には優しいから安心してね……きゃっ!」
いきなり馬車が揺れ、カップの中身がこぼれかけるのを、バランスを保ちながら辛うじて防ぐエルザ。
ユウが特別に作った子の馬車は揺れを完全に制御している。
それなのにあれほど揺れるのはただ事ではない。

「カズト、何があったの!?」
エルザは御者台に続く窓を開けて訊ねる。
「わからん、奴らが急に止まったんだ。」
見ると、馬面ゴーレムたちが戦闘態勢に入っている。
「ただ事じゃなさそうね。シア、セレン、奥へ行ってミヤコとユウに伝えて。その後は指示に従って。決して馬車から出ないようにね。」

エルザはそう言うと、腰の小剣を抜き一振りする。
それだけで、エルザの衣装が戦闘用のそれに代わり、馬車から飛び出していく。

「いったい何があるの?」
外に出たエルザは、前方に視線を向けつつ、そう呟くのだった。
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