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引きこもり聖女、街へ その1

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「街に行く。」
朝食の席でユウが突然そんなことを言い出す。
「また、いきなりね。別にいいけど理由を聞かせてもらえる?」
どうせ大した理由ではないのだろうが、放っておけば教会から出ようとしない、この引き籠りが自ら外へ行くと言い出したのだから、歓迎こそすれ、止める理由はない。
ただ、一応聞いておきたかっただけだ。

「理由は……メイドさんを調達に。」
「は?」
ユウの口から洩れた言葉を聞き、思わず聞き返すエルザ。
「あのね、この教会広いでしょ?クロも色々やってくれるけど、気まぐれだし、そもそも大変じゃない。だからお世話をしてくれる人が何人か必要だと思うの。ミヤコもそう思うでしょ?」
普段と違い、饒舌に捲し立てる辺り、やましいことがあると白状しているようなものだがユウ自信は気づいていない。
そして、いきなり話を振られたミヤコも、何と答えていいかわからず、苦笑してエルザの方へ視線を向ける。

「そうだな。俺も必要だと思うぜ、メイドさんは。」
そこに、話を振られてもいないのに割り込んでくるカズト。
「うっさい、黙れ!」
「何でだよぉ!同意してやったのに。」
しかし、ユウに一喝され、不満を口にする。
「大体、お前にメイドの何がわかる。」
「お、言ったな。メイドマエストロのカズト様に対する挑戦と受け取ったぜ。そもそもメイドさんというのはだなぁ……。」
メイドについて熱く語り出すカズト。
ユウのあまりにもな対応に少し同情心を覚えていたエルザとミヤコだったが、その様子を見て、無駄な気遣いだと悟り、二人で今後のことについて相談することにする。

「エルちゃんはどう思うの?」
「ユウの思惑はともかくとして、今後の事を考えれば悪い話じゃないのよね。」
「今後の事って?」
「うん、ここを拠点にするのはいいとしても、やっぱり、情報収集や、現地に行って確かめることを考えると、ここを数日、もしくは数か月空けることもあるでしょ?そう言う時に、ここを管理してくれる人は必要だと思うのよね。」
「成程ねぇ。だからユウちゃんもそこまで考えて言い出したのかな?」
「……たぶん、可愛いメイドさんを侍らかせたいだけだと思う。昨晩、カズトが『メイドさん』について話してたでしょ?」
「あぁ、あれね。まぁ、あれはメイド喫茶のメイドさんで、本職のメイドさんとは違うんだけどねぇ。」
呆れた様に言うミヤコ。

「うん、でも商売として成り立っているって言うのが分からないのよ。確かにね、もてはやされたいって言うのは分かるけど、それならメイドを雇えばいいだけのことだしね。メイドを雇えない層はそもそも、そんな高いお金を払う余裕はない訳だし。」
そう言うエルザにミヤコは苦笑しながら答える。
「そのあたりは文化の違いね。私たちの国には本職のメイドさんが存在しないのよ。だから独自解釈のイメージが肥大化して定着したの。そして、そのイメージが更に分化して様々な形態になり、それらを体験してみたいという欲望が、『メイドカフェ』というお店として具現化した……とお兄ちゃんが言ってた。」
「そうなんだね。まぁ、異世界だから私の知らない常識があるのは当たり前ね。」

ミヤコ自身もメイドカフェについては詳しくない。行ったこともないので、世間で言われているような噂程度と兄から聞いた知識のみでしかない。
だから、エルザの疑問にはっきりと答える自信はなかったのだが、エルザは、その説明で納得……というか、そう言うものだと割り切ったみたいだった。

「という事で、メイドを雇う事に反対はしないんだけど……ねぇ?」
「まぁ、エルちゃんが不安に思うのは仕方がないと思うよ、あれじゃぁねぇ。」
お互いに苦笑しながらユウとカズトへ視線を向ける。
そこには、いつの間にか会話が弾んでいる二人の姿がある。

「むぅ……確かにネコミミは至宝。」
「だろ?だけど、それは邪道だって抜かす奴もいるんだよ。そうじゃないって言うのに。」
「ん、可愛いは正義。」
「だろ、だろっ!だからさ、雇うならメイド服を先に決めておいて、それに似合う人材が優先だと思うわけなんだよ。」
「……一理ある。ちなみにメイド服は決まってる。」
「おっ、そうなのか。見てみたい……いや、服だけ見ても意味がないな。それを着た「メイドさん」を見てこそ、だな。」
「カズトはよくわかってる。さすがはメイドマエストロ。」
「いやいや、ユウちゃんには負けるかもしれん。ただ、メイド道の奥深さを改めて思い知ったよ。」
「ウム、精進しよう。」
カズトとユウは、がっちりと固い握手を交わす。
どうやら、二人だけが分かり合える世界での意見の一致を見たようだった。

「という事で、メイドさんを買いに行く。」
「ハイハイ、わかったわよ。私はマルガリータさんに留守の間の事を頼みに行ってくるから出かける準備をお願いするわね。」
エルザはそう言って身支度を整えると、そそくさと教会を出て行く。
アルビオの街までは半日かかるので、遅くとも昼前には出発しないと、街に入れず野宿になってしまう。
野営は慣れているとはいっても、目の前にお風呂があるのに入れないという状況は、エルザとしては避けたいものだった。
「じゃぁ、私は必要なものまとめておくけど……アンタらはどうするの?」
ミヤコがユウとカズトを見る。
「ん、足を準備する。」
「足?」
「ん、半日も歩くのいや。」
「あー、まぁ、好きにして。」
「ん、好きにする。」
ミヤコは、少し不安を覚えつつ旅の準備を始めるのだった。



旅の準備とはいっても、アルビオの街までは半日程度だから、取り立てて準備するものなどない。
ただ、ここ最近の自分たちの状況を鑑みて、何に巻き込まれるかわからないので、何かあっても対応できるような最低限の準備は必要だ。
……とはいうものの、元々物が少ないうえ、必要物資は各自のアイテム袋に入れっぱなしになっている。
普通は長期間アイテム袋に入れっぱなしにすることは出来ないのだが、ミヤコたちが持っているのは、ユウ特製の時間と空間を無視するアイテム袋なので、そう言う無茶も出来る。
最も、この世界の事情に詳しくないミヤコやカズトは、それが特殊な事例であることには気づいていない。

そんなこともあり、ミヤコのいう、旅支度はそれほど時を置かずに終わってしまう。
「そう言えば、「足」って言ってたけど、馬はどうするんだろう?」
ミヤコはふとそんなことを思う。
ユウが足を用意すると言った時、ミヤコは当然のように馬車を手配すると思っていたのだが、よくよく考えてみると、この村に馬車はなく、街まで品物を運ぶ荷車と、それを引く小柄な馬がいるだけだった。
馬車そのものは、ユウなら適当に作るかも?と考えていたが、流石に馬は無理だろう。
どうするのか気になったミヤコは、荷物を手早くまとめると、教会の外へ飛び出すのだった。


「…………これは何かな?」
ミヤコは目の前の光景を見て、ふらつく身体を何とか支えつつ、ドヤ顔をしているユウに訊ねる。
「馬車?」
「うん、疑問形なのはよくわかるよ。だって小さいけど、家だよね?」
丸太を組んで作り上げたログハウス。
教会前の広場に鎮座しているを一言で言い表すとそうなる。
「ん?でも車輪ついてるから馬車?だよ。」
「いやいやいや……。」
確かに、普通のログハウスより二回りほど小さくはあるが、いくら車輪が付いていると言っても、どう見ても馬車とはとても言えない代物だった。

「大体こんな大きなものどうやって引くのよ?」
どう見ても、これだけのものを引くとなると、馬が4頭は必要になる。
しかも、あまり長時間は引けそうにない。
馬車について詳しくないミヤコでも、それぐらいのことは分かる。

「軽量化の魔法が掛けてあるからカズトが引けばいい。」
「うぉぃ。」
ユウの言葉を聞いたカズトが慌てて駆け寄ってくる。
「カズト言った。メイドさん選ばせてもらえるなら、馬車馬のように働くと。」
「言ったよ、確かに言ったけど……マジにに馬車馬にされるとは思わねぇよ!」
「むぅ……。」
「むぅ、じゃねぇよ。大体人間一人で引ける物じゃねぇだろ?」
「それは引いてから言う。」
ユウの言葉に従って、そのログハウスの前まで行くカズト。
「ここに馬を繋ぐのか?無までも無理そうなのに、人間が引けるわけないだろうが。」
ログハウスの壁際にとってつけたような御者台があり、その先に馬を繋ぐ引手がある。それを見てカズトはぼやく。
それでも、一応……とカズトはそこに手をかけ、軽く押してみる。

「うぉぉっ!動く。」
見た目よりはるかに軽いのか、カズトがそれほど力を入れなくてもログハウスは動き出す。
「ほら引ける。」
勝ち誇ったように言うユウ。
「いや、確かに引けるけどよぅ……。」
困った顔でつぶやくカズト。
確かに引けるのだが、これを引いて半日、アルビオの街まで行くことを考えるとすごく気が重くなる。

「なぁ、ほんとに俺が引いていくのか?」
「……じゃぁ、クロが引く?」
「いやそれは……。」
小さな少女に引かせて自分は悠々と御者台に座る……そんな光景を想像して、慌てて首を振る。
見た目的にかなりよろしくない光景だ。
「他に手はないのかよ。それこそ馬を買ってくるとかさ。」
カズトも、この村に馬車に使えるような馬がいないことは知っている。
だから、買うにしてもアルビオの街まで行かなければならないのだが、そこまでは思考が回らないらしい。

「なくはない。」
「じゃぁそれで。」
「でも、それだとエルたんが……。」
「エルちゃんの説得は任せておけ!」
カズトとしては、自分が引かず、且つ、女の子に引かせるような世間体の悪い状況でなければ何でもよかった。
「そう?じゃぁ……。」
「ちょっと待って!」
今まで黙って聞いていたミヤコが口を挟む。
エルザが嫌がると聞いて、凄く嫌な予感がしたのだ。

「一応聞くけど、どうする気なの?」
「馬のゴーレムを呼び出して引かせる。前もそうしてた。」
ミヤコの質問にユウが答える。
「馬のゴーレムね。」
ミヤコは少し考える。
確かにゴーレムであれば世話の必要もないし、普通の馬より力がある。
難点と言えば呼び出した術者の魔力消費が激しい、ということぐらいだが、自分を遥かに超える魔力量の持ち主であるユウであれば造作もない事だろう。
ただ、それだとエルザが嫌がるというのが分からない。
自分が考えている以上の魔力消費があるのだろうか?

「ねぇ、そのゴーレムを呼び出すのに何か問題あるの?例えばユウちゃんの魔力が枯渇するほど消費が激しいとか?」
「そんなことはない。消費魔力も微々たるもの。自然回復量を下回る程度だから、常に魔力供給していても問題ない。」
「んー、だったら、何故エルちゃんは嫌がるの?」
ユウの言葉を聞き、疑問を口にする。
聞いている限りでは、何も問題がないように思えるのだ。
「むぅ……エルたんはゴーレムが嫌い……みたい。」
「あぁ、そういう事。……だったら問題ないわ。私もエルちゃん説得してあげる。」
ユウの答えを聞いて、納得するミヤコ。

ミヤコも学園にいるときに、ゴーレムが嫌い、という話はよく耳にした。それで調べてみると、ゴーレムを嫌う女子が意外と多いという事実に驚いたものだった。
その理由の多くは、その動きにあるらしく、無表情で愚鈍な動きにイライラする、というのが大半を占めていた。
中には、その批判を避けるべく、素早く動くゴーレムを造り上げた術者もいたらしいが、それはそれで、なんか気持ち悪いという意見でまとまっていた。
ミヤコも実物を見たときは、そう言う意見が分からなくもないと思ったものだったが、かといって、有益であれば問題ないだろうと考えられる程度であった。

そして、今回の場合、馬車?を引く馬は必要であり、その馬が手に入らない、代わりに馬のゴーレムが呼び出せる、というのであれば、使わない手はない。
コストがかからない、というだけでも大きなメリットがあり、その前には個人の嫌悪というものは横に置いておくべきだろう、という結論に達する。

「どうしたの?」
そこにエルザが帰ってくる。
「あ、エルちゃんお帰り。今ね、ユウちゃんが馬車を出したんだけど……。」
ミヤコはそう言って目の前のログハウスを指さす。
「あぁ、これね。……へぇ、前のより小さくなったんだ。」
「ん、頑張った。」
えへんと胸を張るユウの頭をエルザが撫でる。
「それでね、これをカズトに引かせるって言うのよ。じゃなきゃクロちゃんにって……。」
「んー、クロちゃんは論外として、カズトに引かせるのはさすがに可哀想でしょ?」
「そうそう、だから代案はないかって話してたのよ。」
ミヤコはエルザの反応を見ながら話を続ける。心なしか蒼褪めているのはゴーレムの事に思い当たったからだろうか?
「それでね、ユウちゃんが馬のゴーレムを用意……。」
「やめよ。歩いて行こ。ゴーレムはダメよ。」
ミヤコの言葉を遮る様にエルザが叫ぶ。
「でも、効率を考えたら、とてもいい案だと思うのよ。……エルちゃんはなんでそんなに嫌がるの?」
「うっ……一言でいえば、見た目がよくないからよ。」
「うん、エルちゃんの気持ちもわからないでもないけど、今の私たちに、そんな贅沢言ってる余裕はないでしょ?」

ユウの話によれば、食事も水も必要とせず、戦闘力もあるという。
普通の馬であれば、その馬用の飼い葉や水を用意しなければならないし、万が一盗賊や魔物に襲われたら、馬を護って戦わなければならない。
しかし、ユウの呼び出すゴーレムであれば、その心配は全く必要ないというのだ。
これから先の事を考えると、余計な出費は減らしたいところだし、それくらいはエルザもわかっているはず。

「……しらないからね。私は止めたからね。」
ミヤコとカズトの説得にとうとう折れたエルザだが、最後にその一言だけははっきりと告げる。
「あぁ、責任は俺が取ってやるよ。」
カズトはいい笑顔でそう言うと、ユウにゴーレムを呼び出すように告げる。
「……私、先に中にいるから。」
エルザはそう言い残してさっさと馬車?の中へ乗り込む。

『土偶創造《クリエイト・ゴーレム》』
ユウの声が響くと地面が盛り上がり、程なくして、ゴーレムが出来上がる。

「なんなのよ、これっ!」
「うわっ!聞いてねぇ!」
ミヤコとカズトの悲鳴にも似た叫び声が上がるのは、その後すぐの事だった。
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