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引きこもり聖女と辺境の村 その1

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「何が起きてるの。」
ミヤコは目の前の光景に呆然と立ちすくむ。
それほど大きくない村だが、それなりに人が住んでいるらしく、活気にあふれている……と思われる。通常であれば。
今は、村のあちこちから火の手が上がり、村人たちが逃げ惑っているのが見える。

「火事か?」
カズトがそう言うが、エルザは走りながら首を振る。
「何者かに襲われてるわ。カズト、ミヤコ、そっちお願いねっ!」
エルザはそう言うと、一段とスピードを上げ、村の中央、一番混乱している方へ駆けていく。

「お願いって言われても……。」
余りもの突然のことで、カズトもミヤコも思考が付いていかない。
ザザザッ……。
そんなミヤコの前に、子供を抱えた母親らしき女性が現れるが、目の前で何かに躓き転んでしまう。
「あっ。」
助け起こそうと駆け寄りかけたところで、後ろから追ってくる黒い影に気づき、女性と影の間に割って入るミヤコ。

「させないよっ、サンダー……えっ!?」
ミヤコは影に向かって魔法を放とうとしたが、炎に照らされた影の姿を見て、躊躇してしまう。
その姿は紛れもなく人間だった。
魔物に追われているとばかり思っていたミヤコは、相手が人間だという事を知って、魔法を放つべきかどうか迷う。

初級魔法とはいえ、ミヤコの魔法力であれば、人間相手であれば軽く致命傷を与えることが出来る……出来てしまう。
平和な日本で生まれ育ったミヤコは、本当の意味での弱肉強食のこの世界の事を知らずにいた。
そして、それが致命的な隙となる。

追ってきた男は、ミヤコが躊躇うのを見て、手にした剣でミヤコを薙ぎ払う。
躊躇い、一瞬呆然としていたミヤコに避けれるはずもなく、その勢いで吹き飛ばされる。
幸いだったのは、ミヤコがユウ特製の装備を身に纏っていたことだ。
耐刃に優れた装備の為、ミヤコの身体にまで刃が届かなかったのだ。
もし、これが普通の革の服であれば、今頃はミヤコが致命傷を負っていたはずだ。

ミヤコは慌てて飛び起き、体勢を整える……が、そこで目にしたのは、男が、転んで動けない母子を斬り刻む場面だった。
カズトは、助けに入ろうとしたものの、ミヤコと同じく身が竦んでしまったところを跳ね飛ばされたらしく、離れたところで蹲っている。

母子を思う様斬り刻んだ男は、次の目標としてミヤコに狙いを定める。
「くっ……。」
ミヤコは魔法を唱えようとするが、歯の根が合わず、ガチガチと鳴らすだけで、思うように口が動かない。
逃げ出そうとしても腰が抜けたのか動くこともままならない。
辛うじてナイフを抜くが、もうどうしていいかわからず、目の前に迫る凶刃をただ見つめる事しかできなかった。

……怖い……なんで私がこんな目に……。
どうしていいかわからず反射的に目を瞑り、来るべき時を黙って受け入れる。
……しかし、ミヤコに振り下ろされるべき刃はいつまでたっても来ない。
ミヤコは恐る恐る目を開ける。
そこには、血まみれで倒れた男と、その返り血で真っ赤に染まっているエルザの姿があった。

「ミヤコ、大丈夫?」
エルザは訊ねるが、ミヤコの歯はガチガチとなり、身体はブルブルと痙攣しているかのように震え、とてもじゃないが、エルザの問いかけに返答できる状態ではなかった。
「無理そうね。……クロ、ミヤコとカズトお願い。」
「わかったニャ。」
エルザは、使い魔のクロにその場を任すと、再び村の中央へ駆けていく。

「ユウ、どう?」
今しがた切り結んでいた敵を倒し終えたユウに訊ねる。
ユウは剣を振って血糊を払いながら答える。
「敵はあらかた片づけた。西の方に1集団が残ってるだけ。」
「ん、じゃぁそっちは私が行くから、ユウは消火を手伝ってあげて。」
「うぅ、面倒。」
「面倒でもお願いねっ!」
エルザは駆けだしながらそう言い残す。

エルザが現場に駆け付けると、5人程の賊が二人の女性を凌辱しようとしているところだった。
エルザは、有無を言わさず近づき、その首を掻き斬る。
返す刃でもう一人の首を斬り、一度間合いを置く。
そのままサイドに飛び込み、剣を抜こうとしている男の背中を一閃。さらには飛び込んできた男の胸を左手の小剣で一刺しする。
その様子を見て、慌てて踵を返す男だったが、エルザは逃がす気はなかった。

状況は分からないが、ここで逃がせば増援を引き連れてくるかもしれない。
それ以前に、女性に乱暴をした男をそのまま逃がすつもりは毛頭なかった。
エルザは自らに風の加護をかけて加速する。
一瞬で追いついた男の背中を左右の小剣で切裂く……それだけで男は絶命する。

「大丈夫?」
エルザは襲われていた女性の下に行く。
「あ……あり……ありが……とぅ……。」
女性は震えながらもコクコクと頷きお礼を述べる。
「とりあえず、これ使って。」
エルザはポーションを取り出すと、女性に渡して、その場を立ち去る。
気にはなるが、見知らぬ他人はいない方がいいだろう。
幸いにも悪意のある気配はこの周りからは感じなくなっているから、当面は安全だろう。
エルザはそう判断すると、ユウの許へ急いで戻ることにした。

「酷い状況ね。」
「ん、回復必要。」
「そうね……人集めてくるから、ユウお願いできる。」
「ん、あそこの教会前が広い。」
ユウが指さした先には、打ち捨てられたような、廃墟寸前に見える教会がある。
ただ、その前は、確かに広くなっており、火の手も上がっておらず、けが人などを運ぶのには丁度いい場所に思えた。

「そうね、私はミヤコたちに声をかけてから、周りをまわって、けが人に声をかけるわ。ユウは、治癒魔法をお願い。」
「ん、わかった。ただ、私の魔力も枯渇寸前。重症の人優先で。」
「了解よ。」
エルザはユウに頷くと、ミヤコたちが居る場所へとかけていく。

「あ、エルちゃん……。」
「ミヤコ、大丈夫?」
「うん、私は……。ただ私のせいであの人たちが……。」
ミヤコは近くで倒れている母子に視線を向ける。
あの時、ミヤコが躊躇わなければ助けられたかもしれなかったのだ。
「私が、私があの時躊躇わなければ……。」
「……そうね。ミヤコがしっかりしていれば助けられたかもしれないわね。」
「おいっ、そんな言い方ないだろっ!」
冷淡とも思えるエルザの言葉に、カズトが憤慨する。

「酷な言い方かもしれないけど、事実だわ。……人は誰もが運命を左右する力をもっているものなの。それがどこで振るわれるかはわからないけどね。そして今回、この母子の運命はミヤコたちに委ねられた。」
エルザは切られた母親に魔法をかける。
失われた命は戻ってこないが、斬り刻まれた無残な傷は消えていく。
「ミヤコにはこの母子を助ける運命まで持っていく力がなかった……ただそれだけの話よ。」
「でも……私が……あの賊を倒していれば……。」
「倒せなかったんでしょ?それが今のミヤコの限界なの。」
「エルちゃんは……助けてもらってこんな言い方おかしいけど、エルちゃんは人を殺して何とも思わないの?」
「……あの賊を殺さなければ、ミヤコやカズトが殺されていた。ひょっとしたらミヤコや私やユウはすぐに殺されないかもしれない。でも、凌辱されて飽きるまでの差でしかない。ミヤコはその方が良かった?」
エルザの言葉にミヤコはブルブルと首を振る。
「私もいや。でも、そういう運命から逃れるためには力が必要なの。運命に抗う力がね。弱者は強者に従うしかない。それが嫌なら強者でいなければならない。生きるか死ぬかの瀬戸際においては生きること以外に考えることはないの。それ以外の事を考えるのは無事に生き延びてからでいいのよ。」
エルザの言葉に二人は黙り込む。
その言葉には、生死の狭間で生き抜いてきた者の持つ重みがあり、平和な日本でぬくぬくと育った二人には、重すぎて理解できないものだった。

黙り込んだ二人に、エルザは優しく声をかける。
「色々言いたい気持ちはわかるけど、今は少しでも多くの生きている人を助ける事だけ考えて。ユウが向こうの教会で待機してるわ。カズトとミヤコも村中を回って、もしけが人がいるようなら教会へ行くように伝えて回って。」
こういう時は、何かしていた方が気が紛れる筈だ。
そう思ってエルザは二人に仕事を与える。
二人はのろのろと立ち上がり、ゆっくりではあるが、村の捜索に出かけて行った。

エルザが一通り村をまわって、教会へ戻ってくると、そこではミヤコと村人たちが何やら言い合いをしていた。
「どうしたの?」
「あ、エルちゃん。ちょうどよかった。エルちゃんからも言ってあげてよ。カズトは悪くないのよ。」

話を聞くと、怪我のショックで倒れて気を失っていた女性をカズトが見つけて、抱き上げてここまで運んできたところを、村の男たちが見つけ、カズトを取り囲んでリンチにかけようとしたのだそうだ。
そこに、別の女性を抱えて戻ってきたミヤコが割って入り、言い合いを始めたところにエルザが戻ってきたというわけだった。

「ハンッ、その男が、ジョシュアを手籠めにしようとしてたんだろうがっ。大体お前らもアイツらの仲間じゃないのか?」
「違うっ、俺はただこの女の人が生きているかどうか確認してただけで……。」
「……はぁ、もういいわ。ユウ?」
「ん、取り敢えず死にそうな人は何とかした。」
「ありがと。じゃぁ、行きましょう。」
「ちょ、ちょっと、行くって?」
踵を返すエルザをミヤコが呼び止める。

「元々、私たちは余所者よ。偶々襲われてるのを目にしたから助けに来たけど、はっきり言って助ける義理があるわけじゃない。余計なお世話だったみたいだし、もめごとが起きる前に出ていきましょ。」
「エルたん、怒ってる……。」
ユウがボソッと呟く。
「怒ってないわよ?別に助けたお礼が欲しい訳じゃないけど、そのことを棚に上げて、大事な仲間を痴漢呼ばわりするような礼儀知らずの近くにいたくないだけよ。」

「オイっ、ちょっと待……ひぃ!」
エルザたちが立ち去ろうとするのを見て、男たちの中の一人がエルザを引き戻そうと肩に手をかける。
しかし、エルザに触れた瞬間、男の手が燃え上がる。
「エルたんに触れるなっ!」
ユウがそう叫ぶ。
今回は脅すだけのようで、男の手に広がった炎は派手ではあったが、すぐに消えたため被害はない。

「ユウも大人になったねぇ。吹き飛ばさなくなっただけ偉いぞ。」
エルザが、ユウの頭を撫でる。
「そう言えば、ユウちゃんは、エルちゃんに触れる男をみんな再起不能にしてたんだって?」
「あぁ、俺も聞いたことがある。空飛びたいならエルちゃんに触れるといいって。もれなく空中遊泳が出来るから……着地の保証はないけど。って。」
「ぶぅ……みんな酷い。」
「仕方がないじゃない。でも今回は我慢したんだよね、偉い偉い。」
「……魔力が少なかったから。そうじゃなきゃ丸焼きにしてた。」
「「「……。」」」

そんな会話をしながら去っていく4人の来訪者を、ただ黙って見つめる村の男たちだった。



「どうした?」
カズトが火の番をしていると、ガサっと音がしてミヤコが傍にやってくる。
「夜更かしはお肌の大敵なんだろ?」
ここは村から少し離れた森の中。
4人とも色々ありすぎて疲れていたので、とりあえず今夜はここで野営をして、これからどうするかは明日考えようという事になったのだ。

ただ、休むと言ってもテントは一つしかなく、必然的にカズトが外で寝ることになる。
「いいんだけどね。」とカズトは努めて明るく言う。
実際女の子と一つのテントで寝るわけにもいかないし、いつもの事なので慣れたものだ。
それに、外とは言っても、周りに結界石を設置してあるので、見張りの必要もなく安全に寝ることが出来るので、屋根があるかないかの違いでしかない。
それでも一人ぼっちで夜を過ごすのはさみしいものがあるので、正直話し相手にミヤコが来てくれたことは内心踊り出しそうなぐらい嬉しかった。

「もしかして……寝れないのか?」
横に座ったミヤコの身体が小刻みに震えているのに気付き、そう声をかける。
「うん……。目を瞑るとね、あの母子の姿が浮かぶのよ。なぜ助けてくれなかったんだってそう言ってる気がするの。」
ミヤコが膝を抱え、頭を埋めながら、小声で話す。
「……ミヤコは悪くない。俺だって、あの時飛び出していればあの母子を庇うことが出来たんだ。だけど情けないよな。思わず身が竦んで動けなかった。魔物相手なら戦えるようになったって言うのに……あんな盗賊、トロルに比べれば屁でもないのに……。」
カズトの言葉にミヤコは何も答えず、その場を静寂が支配する。

「……私達って、結局平和ボケした日本人のままなんだね。」
しばらくして、沈黙を破る様にミヤコが呟く。
「そうだな。……そして、それではこの世界では生きていけない……か。」
「運命に抗う力……か……。」
「でもなぁ、エルちゃんの言葉に納得しているんだよ。確かに、人を殺せるか?と問われたらすぐに答えることは出来ないけどさ、もし、目の前でお前が襲われそうになっていたら、俺は後先考えずにその相手を殺すと思う。……見知らぬ相手の命より、お前たちの命の方が俺にとっては大事だからな。」
「……。」
「だからさ、お前は自分の事だけ考えていろよ。俺が護ってやるからさ。」
「……ひょっとして口説いてる?」
「……そんなつもりじゃ……あったり、なかったり……。」
ごにょごにょと誤魔化すカズト。
そんな彼を見て、思わず可愛いと思ってしまうあたり、ミヤコも場の雰囲気にあてられているのかもしれなかった。

「そうね。私も深く考えるのやめる。人を殺すって考えるんじゃなく、自分や周りの大事な人を護るって考えればいいんだよね。」
「……まぁ、そういう事だな。」
「うん、ありがと。ちょっと元気出た。」
ミヤコはそう言って、カズトの唇に自分の唇を寄せる。
「っ!」
「くすっ。なんて顔してるの。ただのお礼だよ。」
ミヤコは、よく寝れそう、と伸びをしながらテントに戻っていった。

「……俺は寝れそうにもねぇよ。」
カズトの小さな叫びが、静かな宵闇の中へ消えていった。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。」
翌日、エルザはそんな叫び声で飛び起きる。
昨日の今日で、また一波乱に起きそうな予感を覚えつつ、身支度をして外へ出るのだった。
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