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引きこもり聖女の初試験 その3

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「……以上だ。試験開始は明日2の刻、開始場所は第三訓練所に本部が設置される。依頼もそこで公開されるからな。ちなみに、時間前に訓練所付近に立ち寄ることは禁止だ。破ったらペナルティが課せられるからな。」
教師はそう言って部屋を出ていく。
教師の姿が見えなくなった途端に室内が騒めく。
「エルちゃん、帰ろっか。」
「うん、……ユウ、起きて、帰るわよ。」
ミヤコが来たのでエルザはユウを起こす。
「うぅん……朝?」
「残念、お昼よ。この後買い物行くんでしょ?」
「うぅ、パーラーに行くなら起きる。」
「なんでっ!」
相変わらず寝起きの悪いユウの頭を軽く叩く。
「あはっ、お買い物前に話もしたいし、いいんじゃない?」
「ミヤコは話が分かる。嫁2号に任命。」
「2号かぁ。私としてはユウちゃんとエルちゃんを嫁にもらいたいんだけどね。」
「エルたんは私の嫁。誰にも渡さない。」
「ハイハイ、バカ言ってないで帰るわよ。……カズトは?」
エルザが話を打ち切り、帰る前にカズトに声を掛けようと周りを見回す。
「ん~、なんかあっちで盛り上がっているみたいだけど、どうする?」
ミヤコが指さした方を見ると、カズトがクラスメイトの女の子2人に囲まれて何か話をしている。
「カズト?」
エルザは傍に行き声をかける。
「あぁ、エルザか。えっとな……なんていうかその……。」
エルザの顔を見たカズトが気まずそうな表情をする。
すると、傍にいた女の子の一人が口を挟んでくる。
「あー、エルザさん?悪いけどカズくんは試験の間私たちと組むことになったから。」
「そうよ、カズト様は私を守ってくれるって。だから邪魔しないで。」
「あー、まぁ、そう言う事で、……悪い。」
カズトが視線を逸らしたままそう言うので、エルザは一応確認をしておく。
「本当にいいの?」
「……あぁ、いい。」
「そう……残念だけど、あなたがいいって言うなら仕方がないわね。……短い付き合いだったわね。」
エルザはそう告げてその場から離れ、ミヤコたちの所に戻ってくる。

「あいつ、なんだって?」
「ん、私たちと別れてあの子たちとパーティー組むって。」
「はぁ?何考えてんのっ!?」
「まぁ、試験の間、誰と組むかは自由だし、それを含めての試験だからいいんじゃないの。」
「……エルちゃんはそれでいいわけ?」
「ん~、私より、カズトがいいって言うなら仕方がないかなって。……助けてあげるっていう押し売りもなんかおかしいしね。」
「助けてあげるって……?」
エルザの言葉を聞き咎めたミヤコが詳しく話せと詰め寄ってくる。
「えっとね……。」
「なぁ、あいつパーティから外れたんだろ?よかったら俺たちと組まねえか?」
エルザがミヤコに説明しようとしたところで、割り込んでくる男がいた。
「オイ、よせって。やめとけよ。」
「うるせぇな。お前は黙ってろ。……なぁ、前衛いないんだろ?俺たちと組めば、こんな試験楽勝だぜ?」
三人組の男のうちの一人は止めようとしていたが、リーダーっぽい男に突き飛ばされる。
エルザは、目の前で嫌らしそうな笑いを浮かべている男を見る。
戦士らしく鍛えられた身体つきではあるが、赤と黄色のメッシュを入れて、トサカのように逆立てている髪型のせいで、どうしても三下感が拭えない。
その後ろに立ち、腕組みをしたままさっきから一言もしゃべらない男も、やはり鍛え抜かれた身体つきをしている。その立ち方や動き方、身体から発せられる気配などから、それなりに実戦経験があることが伺え、三人の中では一番腕がたちそうだ。
ただ、それなりの戦士だと思うのに、なぜこの頭の悪そうなトサカと一緒にいるのかが謎ではある。
突き飛ばされた男は、背は高いがひょろっとした感じで、前衛とは思えない身体つきだった。見た目の魔力量がそれなりにあるので多分メイジなんだろう。
エルザがそう観察していると、トサカは何も答えないエルザに業を煮やしたのか、エルザの腕を掴み叫ぶ。
「オイ、俺がわざわざ声をかけてやってるのに無視するってかぁっ!」
「エルたんに触れるなっ!」
エルザの腕を掴んだトサカが弾き飛ぶ。
「あ~、なんか久しぶりねぇ。」
その様子を眺めながら、エルザはそんなことを呟く。
「久しぶりって……エルちゃん……。」
ミヤコが驚愕の表情でエルザとユウを交互に見る。
そう言えばユウが魔法使えることをミヤコは知らなかったという事に思い当たるエルザ。
……回復魔法はそこそこ使っていたからすっかり忘れていたよ。
「とりあえず帰ろっか?」
「ちょっと待って。」
これ以上騒ぎが大きくならないうちに、とエルザが声をかけるが、ユウは、少し待ってと言って教室の窓を開け放つ。
そして……。
「すべてを吹き飛ばせ、……タービュランス!」
「ちょ、ちょっとやり過ぎだからっ!」
教室内に突然の暴風が沸き起こり、トサカを窓の外へと吹き飛ばす。
そこまではいいのだが、室内にいるもの全てが巻き込まれ、あるものは吹き飛ばされないようにと机にしがみつき、机毎吹き飛ばされ、またある者は身を小さくして、嵐が過ぎ去るのをやり過ごす。
「証拠隠滅。」
「隠滅できてないよっ!」
文字通り、嵐が吹き荒れる教室から、ユウとミヤコの手を引っ張り、何とか逃げ出すのだった。


「………まぁ、エルちゃんにとって、よくあることっていうのは分かったわ。それよりあのバカのことよ。」
街まで避難し、最寄りのパーラーで一息吐きつつ、教室でのことをミヤコに言い訳する。
ユウは、我関せずとパフェに夢中になっているのが腹ただしく感じるが、いつものことと諦めることにする。
ミヤコも、深くは追求せずにカズトのことに話を切り換える。
チョッカイを掛けてきたバカより、裏切り者のバカの方が問題よ!と息巻いている。

「んー、でも、パーティの選択も試験の内だし、あの娘達が盾役を探していてカズトに目を付けるのも分からなくもないわよ?」
「そう言うこと言ってるんじゃないのっ!………エルちゃん、分かってて言ってるよね?」
ミヤコがエルザの目をのぞき込み、まじめな表情で言う。
「う……ん……。でもカズトは「いい」って言ったし。私は押し売りしたくないし………。」
「はぁ………。一応言っておくけど、多分アイツ分かってないよ?」
「えっ、でも………。ミヤコは理解………してるよね?」
「………まぁね。先に言っておくけど、私はエルちゃんのことを大事な友達だと思っているし、エルちゃんも友達だと思ってくれてるって信じてる。」
「あ、うん、ありがとう。」
「その上で、敢えていやな言い方するね。エルちゃんは国家の犬で私たちの監視者。私達の行動を監視して生殺与奪権を握っている存在なのに、そこから離れるって死刑宣告に自らサインするようなものじゃないのよっ!」
「うっ………キツいなぁ。」
ミヤコの思っていたより厳しい言葉に、落ち込むエルザ。
「でも事実でしょ。だから何ってわけでも無いけどコレぐらいは言わせてよ……って、ユウちゃんその目やめて。怖いから。」
「エルたん、苛めるの許さない。」
「苛めてない、苛めてない。だからその魔力押さえてっ。」
ユウはエルザに視線を向けると、エルザは大丈夫だからと首を振る。
「むぅ……エルたんが言うなら……。」
ユウは、今にも爆発しそうな魔力を霧散させ、新しいパフェに挑み始める。
「まぁ、ミヤコから見ればそうなのかも知れないけど、少し訂正するね。」
エルザはパフェをスプーンで掬って、ユウに食べさせながら話し出す。
「まず、私が二人の生殺与奪権を握ってるって言うのは間違いね。確かにカズトに接触し、転移者であるかどうかを確認することと、その人と成りを見極めて報告する依頼を受けているけど、あくまでも確認して報告するだけよ。それももう終わってるし。今は経過観察中って所だけど、何をどう判断するかは、国が決めることで、そこに私の意志が入る余地はないわ。それに、私達も観察対象になっているだろうしね。」
エルザは、一心不乱にパフェをかき込むユウの頭を優しく撫でる。
「ただ、私の立場って言うのが色々複雑で、そのおかげで、国王様と言えども、正当な理由が無い限り無茶なことは出来ないの。そう言う意味では私の近くにいれば、不当に拘束されることがないように、守ってあげることも出来るけど、出来るのはそれくらいよ。」
エルザは手元のストローでグラスの中をかき混ぜる。無意識にずっとかき混ぜていた所為で、グラスの中の氷は殆ど溶けていた。
「そうなんだ。………じゃぁ、もし私がこの国をでるっていったらどうする?」
「……取り敢えず、理由を聞くかな?私が納得できる理由なら一緒に行ってあげる。」
「納得出来なかったら?」
「考え直すように説得するよ。ミヤコだけじゃ、この国から出るの無理だと思うからね。国家って言うのを余り甘く見ない方がいいよ。」
「そっか。エルちゃんはやっぱり優しいね。」
「優しくないよ。さっきの例えでも、もし説得に応じなかったら、そのまま見捨てるよ……自分やその周りの事の方が大事だから。」
d4「ふーん。……でも見捨てることが出来ないんだよね?」
「…………見捨てるよ。私は自分勝手な我が儘な女だもん。」
「エルたんには無理。」
パフェを食べ終えたユウが口を挟む。
パフェに夢中かと思いきや、ちゃんと会話を聞いていたらしい。
「だよねぇ。エルちゃんだもんね。」
「うん、エルたんだから。」
笑顔で頷き合うユウとミヤコに何も言えないエルザだった。


「それはそれとして、カズトが抜けて大丈夫?」
「あ、うん。この試験中だけなら問題ないと思う。ただ試験後も別パーティで動くとなると、状況によっては行動が制限されちゃうかも知れないけど……。」
心配げに言うエルザを呆れた目で見るミヤコ。
「……私が聞いてるのは、盾役が居なくて大丈夫かって事なんだけど?誰もあんなバカの行く末のことなんか気にしてないわよ。」
「あ……、うん。今回の試験は学園迷宮《スクールダンジョン》に限定されてるから、依頼さえ選べば何とかなるよ。」

学園迷宮《スクールダンジョン》と言うのは、国のバックアップを受けて、学園が管理しているダンジョンの総称だ。
今回の試験では、そのダンジョンの内、初心者向けのダンジョンの一つが選ばれている。
このダンジョンは最下層が6階層と浅く、出て来る魔物も、ワームやダンジョンスパイダーなどの虫系やダンジョンバット、ビックラットと言った小動物系ばかりなのでそれなりの腕を持っていれば、油断さえしなければ死ぬことはない。
ダンジョン固定での試験となれば、依頼の内容は討伐系が多くなると予想される。
そう言う意味では盾役が居ないのは少し辛いが、出てくる魔物のレベルからすれば、エルザ一人でも何とかなる程度なので心配はいらないだろう。

「そっかぁ、じゃぁこの後の買い物どうする?」
ミヤコが本来の目的について聞いてくる。
試験内容を確認してから、必要なものを買い揃えようと言う話だったが、大半はカズトの装備を買い換える予定だったのだ。
「エルちゃんもユウちゃんも装備は必要ないよね。私もバニィがいるからそれほど必要じゃないし……。」
「うーん、行き先が『学園迷宮《スクールダンジョン》』だから、無理に野営する事もないからキャンプ道具も必要なさそうだしね。」
「食料」
「えっと、ユウ?」
「食料。ダンジョンでは何があるか分からない。油断大敵。」
「……………。そうね、非常食ぐらいは用意しておこうか。」
「………ちゃんとした食材も。非常食美味しく無い。」
「ハイハイ、ダンジョンで調理すればいいのね。」
お腹が空く前に戻ればいいと考えていたが、ユウはダンジョン内でしっかりと食事をしたいらしい。
何でそこまで?と思ったが、ユウの言うとおり、万が一のことを考えれば、食料はあった方がいい。
それにダンジョン内で食事をとれば、ユウの機嫌も良くなり、そのまま探索を続ければ時間のロスも無くなる。
そう思い、一通り野営が出来る準備をしていこうとミヤコと話す。
「ん、そう言うことなら、このミヤコ様が秘伝のキャンプ飯を披露しましょう。」
「ミヤコの食事、楽しみ。」
「ユウ、一応試験だからね。遊びじゃないからね。」
「分かってる。」
そう答えるユウの顔を見て、コレは分かってないヤツだ、と頭が痛くなるエルザ。
「じゃぁ、行きましょうか。」
そんなエルザとユウを見て、苦笑しながらそう言うミヤコだった。
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