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領都にて……。
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「はぁ………もう直ぐ着くわね。」
エルザがグッタリとしながら呟く。
それも仕方がない。
ミモザの街で受けた依頼に始まって、今日までユウが荒野にした土地は数知れず……。
もし、誰かが空の上からこの地を見下ろしたのならば、街道に沿って、不自然な更地がポツポツと出来ているのを不思議に思うことだろう。
そして、毎晩のように行われる、ユウの優しく、そして激しい責めに、エルザの身体は陥落寸前であり、一欠けらの理性がギリギリ一線を越えずに踏みとどまっている、といった状態だ。
なので、エルザは身も心も疲れ果てていた。
そうでなければ、この後起きる騒動など起こさなかったであろう。
「とまれっ、怪しい奴らめっ!」
外から声が聞こえる。と同時に、馬車?が急停車する。
ユウが外に出て何やら話しているようだけど……。
ぼーっとした頭でそんなことを考えながらエルザも外に出る。
「まだいたのかっ!……お前らひっ捕らえろっ!」
……えっ?何、何が起きてるの?
馬車?を取り囲んでいた男たちが、エルザに向かって飛び掛かる。
状況を把握しきれていない、ぼーっとした頭では何が起きているかわからず、そのために反応が送れる。
男の一人がエルザの腕を掴み、後ろ手に捻り上げる。
「い、痛っ!」
「エルに何するのっ!」
ひねられた腕の痛みに思わず声を上げるエルザ。
その声を聴いた瞬間、ユウの魔法が放たれ、エルザの腕を掴んでいた男はもとより、傍にいた男たちを吹き飛ばす。
その時になって、ようやくエルザの頭が回り出す。
……この人たち、領都の衛兵さん達じゃないっ!
「ユウダメっ!」
追撃をかけようとするユウの手を掴んで押しとどめる。
「でも……。」
「でもじゃないのっ!逃げるわよっ。」
エルザは、ユウに馬車?を仕舞わせると、腕を掴んで走り出す。
こんな行動を選択するあたり、エルザの意識は、まだはっきりと覚醒していなかった。
本来であれば、ユウの行動を止めた後、衛兵の偉い人を呼んでもらい、内緒で身分を明かせば済むことだったのだが……。
「ハァハァハァ……なんでこうなるのよっ。」
人気のない路地裏迄移動し、追いかけてくる人影がないのを確認すると、エルザはその場に座り込む。
「エル、逃げてよかったの?」
「よくないわよっ。でも仕方がないじゃないのよっ!」
「エル落ち着く。とりあえず、ゆっくり出来るところに行こ。」
ユウがエルザの手を引っ張り、街中へと歩き出す。
それはいつもとは逆の光景だった。
「……ユウありがとね。」
宿の一室で落ち着いたところで、エルザがそう呟く。
「構わない。でもお腹空いた。」
「そうね。……と言っても宿の食事時間はまだだし、ちょっと今は外に出たくないし……。」
「何か作って。」
ユウは、そう言ってアイテム袋からコンロや鍋などの調理器具を取り出す。
宿の室内で料理など、普通ならできない事ではあったが、ユウの持っているコンロなどの魔道具は、火を使わず煙も出さないという特別製なので、こっそりとであれば可能ではあった。
最も匂いまでは何ともならないので、換気などは必須なのだが。
「そうね……折角だから何か作ろっか?朝ごはんも食べてないしね。」
エルザは自分のアイテム袋の中から、玉子とベーコン、ミンチにした肉の塊などを取り出す。
食材などを入れてあるアイテム袋は、エルザが持っていたものではなく、ユウに作ってもらったものであり、ユウの亜空間格納と同様の中では時が止まる、特別製だ。
容量も、エルザの魔力に準じているうえ、ユウの魔力を封じた魔石の補助があるので、現在では馬車5台分ぐらいは余裕で入る。とはいえ、出し入れに魔力が必要ではあるので、エルザは食材や氷など、時が止まっていた方が都合の良いものだけをこっちの袋に入れている。
フライパンを二つコンロの上に乗せると、すぐに加熱が始まる。
その間にミンチ肉を一口大より少し大きめに千切り、形を整えていく。
ミンチ肉の形が出来ると、片方のフライパンの上に乗せる。
そしてもう片方のフライパンにベーコンをのせて焼き始める。
ベーコンがある程度焼けたあたりで卵を割って落とし、少しだけ水を加えて蓋をする。
その後、もう片方のフライパンにあるミンチ肉をひっくり返し、焼け具合を確認する。
ある程度焼けているのを確認し、特製のたれをかけると、肉とたれが焼ける美味しそうな匂いが部屋の中に充満する。
「エルたん、ひどい。匂いだけなんてなんて拷問。」
「仕方がないでしょ。もう少しだけ待って。」
ユウの顔も見ずにそう答えるエルザ。たれをかけると焦げやすくなるので、フライパンから目が離せないのだ。
ミンチ肉の乗っているフライパンを気にしつつ、もう片方のフライパンの過熱を止める。
ある程度焼きあがったところで、ミンチ肉の上にチーズの塊をのせると、すぐ、とろーりと溶け始める。
チーズの溶け具合を見ながら、フライパンの過熱を止める。
フライパンが余熱で温まっている間に、テーブルの上にお皿を出し、アイテム袋からパンと果実水を取り出して並べていく。
そして、出来上がったカリカリベーコンの目玉焼きと、一口ミニハンバーグをフライパンからお皿へと移す。
「ハイ、出来たわよ。やけどしないように気を付けてね。」
エルザがそう言う前に、ユウはすでにハンバーグを口にしていた。
「お行儀悪いわよ。」
エルザは苦笑しながら、自分もパンをちぎって口に入れる。
エルザ自身も朝食を食べていないため、かなり空腹だったのを調理中に思い出していたのだ。
それからしばらくの間、黙々と食事をすすめる二人。
「ふぅ、落ち着いたね。」
「うん、美味しかった。」
「これからどうしようね。一応中には入れたし、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていてもいいんだけど……。」
「遊びに行かないの?」
「うーん……騒ぎ起こさない?」
「……。」
顔を背けるユウ。
……ここは素直に頷いて欲しかったよぉ。
結局、ユウには暴走しないことを約束させて、外に出ることにする。
普段なら、宿に引き籠ることを選択するユウにしては珍しい、という事もあった。
エルザとしては、この機にユウの引き籠り体質が改善されるのなら、という思いもあったし、何より領都の街中をユウと歩きたかったのだ。
「ユウはどこ行きたいの?」
宿から出て、まずは中央の市場を目指して歩きながら問いかける。
「ん~、エルの行きたいところ?」
「私の?ユウは行きたいところはないの?」
「どこに何があるかわからないから。エルたんのおすすめにお任せ。」
「そう?……じゃぁ、出来るだけユウの空きそうなところに行くね。」
エルザは、市場に出る直前の路地を曲がる。
ユウの好きそうな所と言えば、まずはあそこだろう、と目の前に迫ったお店を目指す。
「ここは?」
「魔道具屋さんよ。ユウ、こういうの好きでしょ?」
店内には、魔道ランタンや着火装置などと言った、生活に密着した一般に流通している魔道具や、魔力付与のされた服やナイフなど、どちらかと言えば冒険者に向けた品物迄各種取り揃えていた。
「むー……。」
ユウが真剣に見て悩んでいる。
そんなユウを見て、エルザは『これを機に常識を学んでもらおう』などと考えていた。
その実、エルザも久しぶりに見た店内の品を見て「この程度の店だっけ?」などと考えていたりするのだから、ユウの事を言えなくなっていることに本人だけが気づいていなかった。
「エル、別の所に行こ。」
「もういいの?」
「うん、今の時代の技術は大体理解した。これ以上ここにいたら、店内の道具全部改造したくなる。」
「うん、早く出ようね。」
ユウの言葉を聞いて、そそくさと店を出るエルザ。
次はどこに行こうかと、市場の店を見ながら歩くエルザ。
ユウは珍しいのか、市場に並ぶ屋台をキョロキョロと見ている。
……武器屋とか防具屋は、ダメよね。さっきと同じになりそうだし。後は……神殿?
観光案内を任されたエルザだったが、その実、街中の事はろくに知らないエルザだったので、案内できる場所が限られていた。
「ねぇ、ギルド行きたい。」
「珍しいね、ユウから行きたがるなんて。」
「うーん、しばらくここにいるんでしょ?だったらエルが危険な依頼を受けないようにチェックが必要。」
「チェックって……。」
……アンタはおかんかっ!
と叫びそうになりながらも、他に行く当てもないのでギルドに向かうことにする。
どうせ、領主様の都合を確認するためにも、ギルドに行かなければならなかったのだからちょうどいい。
カランカラーン。
ギルドの扉を開けると、どの街のギルドでも変わりのないドアベルの音が響く。
と同時に、併設された酒場の客が、一斉に入り口に視線を向ける。
これも、どのギルドでも同じ反応だった。
来たのが依頼人なのか、自分たちと同じ冒険者なのか?
冒険者であるならば、顔見知りか、そうでないか?
見たことのない余所者であれば、自分より腕が立つのか否か?
そんなことを一瞬で見極めるのだ。そう言う一瞬の判断が、自分たちの生死にかかわることを、体験として知っているだけに、知らずに身に着いた癖であるともいえる。
最も、正しい判断ができるかどうかは別の話ではあるが。
実際、ユウとエルザが「依頼で来た冒険者だ。」と受付に告げた時、ちょっかいをかけようとした冒険者が数人いた。
「オイオイ、お嬢ちゃんたちが冒険者だってよ。ママのお使いかぁ?」
「やめとけよ。騒ぎを起こすな。」
「いいじゃねぇか。世の中の厳しさを教えてやるのも、センパイの務めってもんだぜ。そうだろ?」
そんな言い合いをしているのを聞いた別の冒険者が、同じテーブルにいた男たちに声をかける。
「なぁ、ここの支払を賭けないか?」
「賭けって、何をだ?」
興味を持った男が、身を乗り出してくる。
「いや、あっちの奴らが、今来た女の子たちにちょっかいを掛けようとしているだろ?その結果どうなるか、を賭けないか?」
「あん?そんなの女の子たちが怯えて謝るんだろ?賭けにもなりゃしねぇ。」
「いや、面白いかもな?俺はあの子たちが逃げ出すに賭けるぜ。」
「おー、じゃぁ俺は、一撃入れて決闘騒ぎになるに賭ける。……ちなみに、この後頼んだ分も含むよな?」
そう言いながらエールの追加を頼む男。
それを皮切りに、次々へと、この後の予測をしながら駆けに乗ってくる男たち。
気づけば近くのテーブルを巻き込んでの大きな集団が出来上がっていた。
「じゃぁ、俺は、あいつらが何もできずに吹っ飛ばされ宙を舞うって言うのにかけるよ。」
最初に言いだした男がそう言うと、周りの騒ぎが一層大きくなる。
「オイオイ、いくら賭けだっていっても大穴狙いすぎだろ?」
「そうだ、そうだ。もしそんなことになったら、今日の支払いだけじゃなく、明日の分も持ってもいいぜ。勿論、外したら、そっちに持ってもらうがな。」
別の男の言葉に、周りがゲラゲラと笑いだす。
しかし、最初の男は真面目な顔をして受け答えをする。
「その話のるぜ。俺の一人勝ちで悪いなぁ。」
「オイオイ、マジかよっ。」
「やめとけ、やめとけ。」
「お前ら、見かけで判断すると痛い目にあうぞ。」
男の言葉に、一瞬周りの喧騒が収まる。
誰しもが身に覚えがあるのだろう。
「オイ、黙ってきてりゃ、勝手な事ばかりほざきやがって。この俺様が、あんな嬢ちゃんたちに一方的にやられるってか?このCランクのコーザ様がよっ!」
「そう言う可能性もあるって賭けだよ。あまりカッカするんじゃねぇよ。怒りは判断を鈍らせるぜ。」
「言ってくれるじゃねぇか。覚えておけよ。嬢ちゃんたちの後はお前に礼儀ってモノを教えてやるぜ。」
「出来るのならな。楽しみにしてるぜ。」
コーザは、フンっと鼻を鳴らし、ギルドのカウンターへと向かう。
「オイオイ、何コーザに喧嘩売ってるんだよ。」
「まぁ、いいじゃねぇか。それより面白いもんが見れるぜ。……エール追加ね。」
男は給仕に追加の酒を頼むと、ジョッキを片手にコーザの行った方を眺める。
コーザは女の子二人に声をかけ、何やら話しながら一人の女の子の肩に手を置く。
その瞬間!
一瞬の眩い光の後、コーザの姿が忽然と消えた。……いや、よくよく見ると、天井に突き刺さっている男がいる。あれがコーザだろう。
「はははっ、みたか?あのCランク様が宙を舞ったぜ?」
「いや、アレは宙を舞ったとは言わんだろ?」
「そもそも何が起きたんだよ。何も見えなかったぜ。」
「あの、ちっちゃい方の嬢ちゃんが、コーザを殴ったように見えたぞ。」
男たちが口々に、今の光景を口にする。
「まぁ、とにかく賭けは俺の勝ちだな。……エールを樽で!それから高い食べ物を順に持ってきてくれっ!」
「「「「「「鬼かっ!」」」」」」
叫ぶ一同たちに手を上げて笑う男。
男は、少し前までグランの街にいた。
グランの街であの二人は有名だった。あの街を拠点にする冒険者の殆どは、あの二人にちょっかいを掛けて吹き飛ばされるのを経験している。勿論、男もそのうちの一人だった。
……『血まみれ聖女』と呼ばれていることは内緒にしておかないとな。まかり間違って、彼女たちの耳に入りでもしたら報復が怖いからな。
◇
また、つまらぬものを斬ってしまった、と呟くユウに「いや、斬ってないからね?」とツッコミを入れるエルザ。
「お待たせしました。」
受付嬢は慣れているのか、目の前で起きた出来事を見事なぐらいスルーして、カードを返却してくれる。
「後、領主様とのお約束ですが、訳あって、いつになるかがわからなくなっております。」
小声でそっと教えてくれる受付嬢の言葉に、エルザはイヤな予感を覚えるのだった。
エルザがグッタリとしながら呟く。
それも仕方がない。
ミモザの街で受けた依頼に始まって、今日までユウが荒野にした土地は数知れず……。
もし、誰かが空の上からこの地を見下ろしたのならば、街道に沿って、不自然な更地がポツポツと出来ているのを不思議に思うことだろう。
そして、毎晩のように行われる、ユウの優しく、そして激しい責めに、エルザの身体は陥落寸前であり、一欠けらの理性がギリギリ一線を越えずに踏みとどまっている、といった状態だ。
なので、エルザは身も心も疲れ果てていた。
そうでなければ、この後起きる騒動など起こさなかったであろう。
「とまれっ、怪しい奴らめっ!」
外から声が聞こえる。と同時に、馬車?が急停車する。
ユウが外に出て何やら話しているようだけど……。
ぼーっとした頭でそんなことを考えながらエルザも外に出る。
「まだいたのかっ!……お前らひっ捕らえろっ!」
……えっ?何、何が起きてるの?
馬車?を取り囲んでいた男たちが、エルザに向かって飛び掛かる。
状況を把握しきれていない、ぼーっとした頭では何が起きているかわからず、そのために反応が送れる。
男の一人がエルザの腕を掴み、後ろ手に捻り上げる。
「い、痛っ!」
「エルに何するのっ!」
ひねられた腕の痛みに思わず声を上げるエルザ。
その声を聴いた瞬間、ユウの魔法が放たれ、エルザの腕を掴んでいた男はもとより、傍にいた男たちを吹き飛ばす。
その時になって、ようやくエルザの頭が回り出す。
……この人たち、領都の衛兵さん達じゃないっ!
「ユウダメっ!」
追撃をかけようとするユウの手を掴んで押しとどめる。
「でも……。」
「でもじゃないのっ!逃げるわよっ。」
エルザは、ユウに馬車?を仕舞わせると、腕を掴んで走り出す。
こんな行動を選択するあたり、エルザの意識は、まだはっきりと覚醒していなかった。
本来であれば、ユウの行動を止めた後、衛兵の偉い人を呼んでもらい、内緒で身分を明かせば済むことだったのだが……。
「ハァハァハァ……なんでこうなるのよっ。」
人気のない路地裏迄移動し、追いかけてくる人影がないのを確認すると、エルザはその場に座り込む。
「エル、逃げてよかったの?」
「よくないわよっ。でも仕方がないじゃないのよっ!」
「エル落ち着く。とりあえず、ゆっくり出来るところに行こ。」
ユウがエルザの手を引っ張り、街中へと歩き出す。
それはいつもとは逆の光景だった。
「……ユウありがとね。」
宿の一室で落ち着いたところで、エルザがそう呟く。
「構わない。でもお腹空いた。」
「そうね。……と言っても宿の食事時間はまだだし、ちょっと今は外に出たくないし……。」
「何か作って。」
ユウは、そう言ってアイテム袋からコンロや鍋などの調理器具を取り出す。
宿の室内で料理など、普通ならできない事ではあったが、ユウの持っているコンロなどの魔道具は、火を使わず煙も出さないという特別製なので、こっそりとであれば可能ではあった。
最も匂いまでは何ともならないので、換気などは必須なのだが。
「そうね……折角だから何か作ろっか?朝ごはんも食べてないしね。」
エルザは自分のアイテム袋の中から、玉子とベーコン、ミンチにした肉の塊などを取り出す。
食材などを入れてあるアイテム袋は、エルザが持っていたものではなく、ユウに作ってもらったものであり、ユウの亜空間格納と同様の中では時が止まる、特別製だ。
容量も、エルザの魔力に準じているうえ、ユウの魔力を封じた魔石の補助があるので、現在では馬車5台分ぐらいは余裕で入る。とはいえ、出し入れに魔力が必要ではあるので、エルザは食材や氷など、時が止まっていた方が都合の良いものだけをこっちの袋に入れている。
フライパンを二つコンロの上に乗せると、すぐに加熱が始まる。
その間にミンチ肉を一口大より少し大きめに千切り、形を整えていく。
ミンチ肉の形が出来ると、片方のフライパンの上に乗せる。
そしてもう片方のフライパンにベーコンをのせて焼き始める。
ベーコンがある程度焼けたあたりで卵を割って落とし、少しだけ水を加えて蓋をする。
その後、もう片方のフライパンにあるミンチ肉をひっくり返し、焼け具合を確認する。
ある程度焼けているのを確認し、特製のたれをかけると、肉とたれが焼ける美味しそうな匂いが部屋の中に充満する。
「エルたん、ひどい。匂いだけなんてなんて拷問。」
「仕方がないでしょ。もう少しだけ待って。」
ユウの顔も見ずにそう答えるエルザ。たれをかけると焦げやすくなるので、フライパンから目が離せないのだ。
ミンチ肉の乗っているフライパンを気にしつつ、もう片方のフライパンの過熱を止める。
ある程度焼きあがったところで、ミンチ肉の上にチーズの塊をのせると、すぐ、とろーりと溶け始める。
チーズの溶け具合を見ながら、フライパンの過熱を止める。
フライパンが余熱で温まっている間に、テーブルの上にお皿を出し、アイテム袋からパンと果実水を取り出して並べていく。
そして、出来上がったカリカリベーコンの目玉焼きと、一口ミニハンバーグをフライパンからお皿へと移す。
「ハイ、出来たわよ。やけどしないように気を付けてね。」
エルザがそう言う前に、ユウはすでにハンバーグを口にしていた。
「お行儀悪いわよ。」
エルザは苦笑しながら、自分もパンをちぎって口に入れる。
エルザ自身も朝食を食べていないため、かなり空腹だったのを調理中に思い出していたのだ。
それからしばらくの間、黙々と食事をすすめる二人。
「ふぅ、落ち着いたね。」
「うん、美味しかった。」
「これからどうしようね。一応中には入れたし、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていてもいいんだけど……。」
「遊びに行かないの?」
「うーん……騒ぎ起こさない?」
「……。」
顔を背けるユウ。
……ここは素直に頷いて欲しかったよぉ。
結局、ユウには暴走しないことを約束させて、外に出ることにする。
普段なら、宿に引き籠ることを選択するユウにしては珍しい、という事もあった。
エルザとしては、この機にユウの引き籠り体質が改善されるのなら、という思いもあったし、何より領都の街中をユウと歩きたかったのだ。
「ユウはどこ行きたいの?」
宿から出て、まずは中央の市場を目指して歩きながら問いかける。
「ん~、エルの行きたいところ?」
「私の?ユウは行きたいところはないの?」
「どこに何があるかわからないから。エルたんのおすすめにお任せ。」
「そう?……じゃぁ、出来るだけユウの空きそうなところに行くね。」
エルザは、市場に出る直前の路地を曲がる。
ユウの好きそうな所と言えば、まずはあそこだろう、と目の前に迫ったお店を目指す。
「ここは?」
「魔道具屋さんよ。ユウ、こういうの好きでしょ?」
店内には、魔道ランタンや着火装置などと言った、生活に密着した一般に流通している魔道具や、魔力付与のされた服やナイフなど、どちらかと言えば冒険者に向けた品物迄各種取り揃えていた。
「むー……。」
ユウが真剣に見て悩んでいる。
そんなユウを見て、エルザは『これを機に常識を学んでもらおう』などと考えていた。
その実、エルザも久しぶりに見た店内の品を見て「この程度の店だっけ?」などと考えていたりするのだから、ユウの事を言えなくなっていることに本人だけが気づいていなかった。
「エル、別の所に行こ。」
「もういいの?」
「うん、今の時代の技術は大体理解した。これ以上ここにいたら、店内の道具全部改造したくなる。」
「うん、早く出ようね。」
ユウの言葉を聞いて、そそくさと店を出るエルザ。
次はどこに行こうかと、市場の店を見ながら歩くエルザ。
ユウは珍しいのか、市場に並ぶ屋台をキョロキョロと見ている。
……武器屋とか防具屋は、ダメよね。さっきと同じになりそうだし。後は……神殿?
観光案内を任されたエルザだったが、その実、街中の事はろくに知らないエルザだったので、案内できる場所が限られていた。
「ねぇ、ギルド行きたい。」
「珍しいね、ユウから行きたがるなんて。」
「うーん、しばらくここにいるんでしょ?だったらエルが危険な依頼を受けないようにチェックが必要。」
「チェックって……。」
……アンタはおかんかっ!
と叫びそうになりながらも、他に行く当てもないのでギルドに向かうことにする。
どうせ、領主様の都合を確認するためにも、ギルドに行かなければならなかったのだからちょうどいい。
カランカラーン。
ギルドの扉を開けると、どの街のギルドでも変わりのないドアベルの音が響く。
と同時に、併設された酒場の客が、一斉に入り口に視線を向ける。
これも、どのギルドでも同じ反応だった。
来たのが依頼人なのか、自分たちと同じ冒険者なのか?
冒険者であるならば、顔見知りか、そうでないか?
見たことのない余所者であれば、自分より腕が立つのか否か?
そんなことを一瞬で見極めるのだ。そう言う一瞬の判断が、自分たちの生死にかかわることを、体験として知っているだけに、知らずに身に着いた癖であるともいえる。
最も、正しい判断ができるかどうかは別の話ではあるが。
実際、ユウとエルザが「依頼で来た冒険者だ。」と受付に告げた時、ちょっかいをかけようとした冒険者が数人いた。
「オイオイ、お嬢ちゃんたちが冒険者だってよ。ママのお使いかぁ?」
「やめとけよ。騒ぎを起こすな。」
「いいじゃねぇか。世の中の厳しさを教えてやるのも、センパイの務めってもんだぜ。そうだろ?」
そんな言い合いをしているのを聞いた別の冒険者が、同じテーブルにいた男たちに声をかける。
「なぁ、ここの支払を賭けないか?」
「賭けって、何をだ?」
興味を持った男が、身を乗り出してくる。
「いや、あっちの奴らが、今来た女の子たちにちょっかいを掛けようとしているだろ?その結果どうなるか、を賭けないか?」
「あん?そんなの女の子たちが怯えて謝るんだろ?賭けにもなりゃしねぇ。」
「いや、面白いかもな?俺はあの子たちが逃げ出すに賭けるぜ。」
「おー、じゃぁ俺は、一撃入れて決闘騒ぎになるに賭ける。……ちなみに、この後頼んだ分も含むよな?」
そう言いながらエールの追加を頼む男。
それを皮切りに、次々へと、この後の予測をしながら駆けに乗ってくる男たち。
気づけば近くのテーブルを巻き込んでの大きな集団が出来上がっていた。
「じゃぁ、俺は、あいつらが何もできずに吹っ飛ばされ宙を舞うって言うのにかけるよ。」
最初に言いだした男がそう言うと、周りの騒ぎが一層大きくなる。
「オイオイ、いくら賭けだっていっても大穴狙いすぎだろ?」
「そうだ、そうだ。もしそんなことになったら、今日の支払いだけじゃなく、明日の分も持ってもいいぜ。勿論、外したら、そっちに持ってもらうがな。」
別の男の言葉に、周りがゲラゲラと笑いだす。
しかし、最初の男は真面目な顔をして受け答えをする。
「その話のるぜ。俺の一人勝ちで悪いなぁ。」
「オイオイ、マジかよっ。」
「やめとけ、やめとけ。」
「お前ら、見かけで判断すると痛い目にあうぞ。」
男の言葉に、一瞬周りの喧騒が収まる。
誰しもが身に覚えがあるのだろう。
「オイ、黙ってきてりゃ、勝手な事ばかりほざきやがって。この俺様が、あんな嬢ちゃんたちに一方的にやられるってか?このCランクのコーザ様がよっ!」
「そう言う可能性もあるって賭けだよ。あまりカッカするんじゃねぇよ。怒りは判断を鈍らせるぜ。」
「言ってくれるじゃねぇか。覚えておけよ。嬢ちゃんたちの後はお前に礼儀ってモノを教えてやるぜ。」
「出来るのならな。楽しみにしてるぜ。」
コーザは、フンっと鼻を鳴らし、ギルドのカウンターへと向かう。
「オイオイ、何コーザに喧嘩売ってるんだよ。」
「まぁ、いいじゃねぇか。それより面白いもんが見れるぜ。……エール追加ね。」
男は給仕に追加の酒を頼むと、ジョッキを片手にコーザの行った方を眺める。
コーザは女の子二人に声をかけ、何やら話しながら一人の女の子の肩に手を置く。
その瞬間!
一瞬の眩い光の後、コーザの姿が忽然と消えた。……いや、よくよく見ると、天井に突き刺さっている男がいる。あれがコーザだろう。
「はははっ、みたか?あのCランク様が宙を舞ったぜ?」
「いや、アレは宙を舞ったとは言わんだろ?」
「そもそも何が起きたんだよ。何も見えなかったぜ。」
「あの、ちっちゃい方の嬢ちゃんが、コーザを殴ったように見えたぞ。」
男たちが口々に、今の光景を口にする。
「まぁ、とにかく賭けは俺の勝ちだな。……エールを樽で!それから高い食べ物を順に持ってきてくれっ!」
「「「「「「鬼かっ!」」」」」」
叫ぶ一同たちに手を上げて笑う男。
男は、少し前までグランの街にいた。
グランの街であの二人は有名だった。あの街を拠点にする冒険者の殆どは、あの二人にちょっかいを掛けて吹き飛ばされるのを経験している。勿論、男もそのうちの一人だった。
……『血まみれ聖女』と呼ばれていることは内緒にしておかないとな。まかり間違って、彼女たちの耳に入りでもしたら報復が怖いからな。
◇
また、つまらぬものを斬ってしまった、と呟くユウに「いや、斬ってないからね?」とツッコミを入れるエルザ。
「お待たせしました。」
受付嬢は慣れているのか、目の前で起きた出来事を見事なぐらいスルーして、カードを返却してくれる。
「後、領主様とのお約束ですが、訳あって、いつになるかがわからなくなっております。」
小声でそっと教えてくれる受付嬢の言葉に、エルザはイヤな予感を覚えるのだった。
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