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引きこもり聖女のお仕事 ゴブリン退治 その6

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「さすがにおかしいと気づき始めたみたいね。」
巣の様子を見張っていたミラがそう呟く。
「いくらゴブリンどもがバカだと言っても、気づくだろうよ。むしろシャーマンやホブがいるのに、今まで動きがない方がおかしいんだよ。」
「それもそうね。」
ミラが納得したように頷く。

エルザたちがここに拠点を構えてからはや5日が過ぎようとしていた。
ゴブリンたちは定期的に見張りを出し、村を襲う部隊が勇んで出かけていく。
しかし、巣を出ていったゴブリンたちは、残らずエルザたちが仕留めているため、誰もがいまだに戻ってこず、巣の周りのゴブリンたちはザワザワし始めていた。
「それでもまだ50匹近くいるな。半数まで減ったというべきか、まだ半数も残っているというべきか。」
マイケルがそんなことを呟く。
「そうね、そろそろ一気にケリをつけるべきかしら。」
ミラはエルザたちの方にちらりと視線を向けて言う。
「私もそう思います。」
その視線を受けてエルザが答える。

ゴブリンたちに被害を与えているものの、エルザたちも無傷とはいかず、また見張りの必要があるとはいえ、巣のすぐ側では火を焚くこともままならないため、ろくな食事も出来ず、碌に休息も取れていない。
特にユウのストレスはマックスみたいで、尖ったナイフみたいに、触るものを皆傷つけるような危うい雰囲気を醸し出している。
今は、時間があるときにエルザが膝の上に乗せて抱きしめているので、何とか大人しくしているが、少しでも目を離せば、一気にケリをつけるべく、極大魔法を辺りやたらと放つのは間違いない。
そんなユウを宥めるためとはいえ、エルザは、終わってからユウに色々な事をすることを約束させられている。
一緒に買い物とか、一緒にお風呂とかはまだ可愛いもので、ここ最近は、おはようのチューの強要とか段々要望が激しくなってきている。
このままでは身の貞操が危うい、ここは、ストレス解消も兼ねて、ユウの力を少し開放してでも早くケリをつけたいと考えていた。

「どうでしょう、ここは一つ、夕方前に強襲をかけませんか?」
だからエルザはそんなことを提案する。
今はまだお昼前で、夕方までには時間があり、十分休むことも出来る。
また、ゴブリンは夜行性で、夜になると活動が活性化する半面、昼の活動は鈍い。
ならば、昼間に強襲をかけるべきなのだが、ここ最近の各個撃破のせいで、昼間の警戒が厳しくなっている。
人間でいえば、夜襲を警戒して、仲間が寝ている時間は特に気を張って見張りをするようなものだ。
だから、活動時間が近づいて、もう大丈夫だろうと、気が緩む夕方辺りを狙おうという目論見だった。

「強襲をかけるのはいいが、どうやる?まだ、シャーマンもホブもかなり残っているぞ?」
ユウの探知によれば、ここに残っているゴブリンたちは50匹足らず。
そのうち、ゴブリンシャーマンが8匹、ホブゴブリンが5匹いて、巣の周りをホブゴブリン1に、シャーマン1、普通のゴブリン4の6匹編成で5グループが巣の外で交代で周りを警戒している。
残りのゴブリンたちは巣の中に籠っているようで、その中心にたぶんホブゴブリンだろうと思われる大きな気配が一つある。たぶんこれが巣のリーダーだろうと思われるので、そいつを倒すことが依頼達成のカギになることは間違いないのだが、常にシャーマンが寄り添っているみたいで、倒すには少々手こずるかもしれないとマイケルは言う。
「今、3グループが外にいますよね?今までの観察結果からすると、夕方ぐらいに他の2グループが交代するために出てきますから、そのタイミングを狙います。」
ここで見張りを始めてからわかったことだが、巣の周りを警戒しているのは常に2グループいて、夕方の決まった時間に他の2グループと交代している。そして、警戒していない他のグループが、外に見回りに行ったり、村を襲いに行ったりしているのだった。
しかし、エルザたちが、外に出ていくゴブリン達を殲滅しているため、巣にいるゴブリンの数が激減し、昨日、今日の2日間は、昼間3グループが警戒し夜は2グループが警戒、外に出ていくグループはなしとなっていた。
ゴブリン個々の判別がつかないため、同じ個体なのか、途中入れ替わっているのかまでは分からないが、とにかく、警戒するグループは全部で5グループの30匹。これらが外に出ている時に強襲をかけ殲滅できれば、残り僅かになる……という事をエルザは説明する。

「まずは交代要員が出てきたところにミラさんの魔法を打ち込みます。水系以外で、出来れば広範囲魔法もしくは威力の強いのがいいですね。」
「水系以外だと……風系の『リーフカッター』ぐらいしかないわよ。」
リーフカッターは、巻き起こした風で周りのモノを巻き込み、中心にいる対象を切り刻む魔法である。エルフ族が得意とする魔法で、森などで使われる際に、樹の葉などが巻き込まれ、その葉が刃となって対象を切り刻むことから「カッター」と名付けられている。
「それでいいですよ。ミラさんの魔法が発動すると同時に、ユウが火炎瓶を弓矢で打ち込みますのでその場が混乱すること間違いないです。その隙に私たち3人が強襲をかけます。第一目標はゴブリンシャーマン。その後お二人にはホブゴブリンを任せます。代わりに私は普通のゴブリンを受け持ちますので。」
勝手な言い分かも知れないが、力が強く頑強なホブゴブリンを相手にするのはエルザより、マイケルやメイデンの方が適しているのは事実なのだから仕方がない。
「ミラさんは私たちの援護をしつつ、風魔法で火が洞窟の方へ行くように誘導してください。ユウは、探知をかけながら、ゴブリンたちが逃げ出さないかを見張っていてね。」
「逃げ出すのがいたら?」
「えっと……殺っちゃって構わないかな?(なるべく目立たないようにね)」
ユウの質問にエルザは小声で答える。
「あとは成り行きだと思います。巣の中から援軍が出てくるようなら叩き潰すしかないですし、巣の中に逃げるようであれば、最終的に入り口を塞げばいいので。」
「なるほどな。俺たちは各個撃破しつつ巣の中へ追い立てればいいってわけだな。」
「ですです。森へ逃げようとする個体は、ミラさんの魔法とユウで仕留めてもらえばいいので気にしなくていいですよ。」
万が一打ち漏らしがいたとしても、数体程度なら後で何とでもなる。
「よし、それでいこう。夕方までは交代で休もう。悪いが俺とメイデンは先に休ませてもらう。」
マイケルはそう言うが早いか、奥にテントへと引っ込んでいった。

「えっと二人のうちどっちか休む?」
「いい、後でエルと一緒に休む。」
ミラの言葉にそう答えるユウ。
「あのぉ、できれば探知が使える二人には交代で起きていてもらいたいんだけど?」
「大丈夫、寝ていても探知働くから。」
申し訳なさそうな声で言うミラに、そう答えるユウ。そしてアイテム袋から、一つの結晶を取り出すとミラに渡す。
「この辺り一帯の結界と連動させてあるから。現状と変わった動きがあれば光って知らせてくれる。」
どうやら、ミラに渡したものは警報機みたいなものらしい。
それがあれば十分だ、エルと一緒に寝るのを邪魔はさせない、と言わんばかりに威嚇するユウ。
「ハイハイ、分かったわよ。でもこんなものまで……まるでね。」
「チート?」
「知らない?東方の古い言葉で、「出鱈目なぐらい強い」能力を指す言葉なんだけど?」
「しらないわ。」 
「チート違う、私はニート。」
「「ニート?」」
エルザとミラの声がハモる。
「働いたら負けが至上主義の職種。だから私は早く帰ってエルたんとイチャイチャしたい。」
「そんな主義、捨ててしまえっ!」
思わず叫ぶエルザだった。



「ミラは休まなくていいのか?」
「うん、少ししたら休むわ。……それより気づいてる?」
あえて主語をぼかして言うミラだったが、マイケルにはしっかりと伝わったようだ。
「あぁ、あの二人は普通じゃない。異常と言ってもいいだろう。」
エルザが聞いていたら全力で否定するようなことをマイケルが言う。
「うーん、二人が、というより二人の持ってるアイテムが、と言った方が正しい気もするんだけどね。」
「それでもだよ。そんな異常なアイテムを当たり前のように使っているその精神の在り方が異常だって言うんだ。」
「まぁ、ユウちゃんの方はねぇ。何でもロストテクノロジーに精通した錬金術師なんだって。」
ミラは先ほど聞いた事をマイケルに話す。
「成程な、錬金術師なら、あれぐらいは普通かもな。」
あっさりと納得するマイケル。
錬金術師に限らず、鍛冶師や魔道具師など生産に係る者たちは、どこかねじが外れている。特にロストテクノロジーへの関わり合いが強いほど、その傾向は顕著に表れる。
「まぁ、普通じゃないから、新しい発想が生まれるんだろうけど……正直言えば、出来る事ならあの嬢ちゃんのショートソードに掛かっている効果を俺のロングソードにもかけてもらいたいとは思う。」
細かいことは分からないが、少なくとも軽量化と切れ味上昇の効果は付いているはずだ。ひょっとしたらブラッドBクリーンCコーティングCもかかっているかもしれない。
一つの剣に3つの追加効果がついているなんてウソだろ?と思うが、上質の素材を使って腕のいい鍛冶職人が打てば、稀に効果が付いて来ると聞いたことがある。
その素材をベースにすればさらに2つの効果をつけることは可能……らしい。
最も、そんな武器は国宝級のもので、めったにお目にかかることは出来ないが。
ただ、その国宝級と思われるショートソードを2本持っている彼女は何者なのか?という疑問と、国宝級にしてはただのみすぼらしい鉄の小剣に見えるのはどうしてなのか?という疑問は残る。
因みに、マイケルが知ることはないが、エルザの小剣はミスリル製だった。目立つのを避けるためにボロい鉄製に偽装しているに過ぎないのだが、近くでじっくりと見たこともないため、見抜くことは出来ないだろう。そして掛かっている効果だが、マイケルの見立て通り、切れ味上昇、軽量化、BCCの3つは付いている。ただそれに加えて、速度上昇、魔法発動、属性が2種類と全部で7つの効果が付与されている。はっきり言って今の時代では絶対に出来ない、国宝級どころか神話級の代物だったりする。

「聞いた話だと、ユウちゃんがエルちゃんに作ってあげた物らしいからね。うまく頼めばやってくれそうな気もするけどね。」
「あぁ、ただ本当にやってもらった場合、後が怖い、それに……。」
「それに?」
「どうせ国宝級の剣になるなら、こんなボロじゃなく、もっといい剣にしてもらいたい。」
「わかるわ~。……ってメイデンどうしたの?変な顔して。」
「いや、複数の効果が付いてるってすごい事なのか?」
「当たり前だろ?いいか、普通、効果付きの武器って言うのは腕の良い鍛冶師が高品質の物を作製したときに稀に附随するか、付与術師や魔道具師、錬金術師などが付けるものだ。ここまでは分かるだろ?」
「あぁ。」
「ただ、鍛冶師の方は100本打って1本出来るかどうか、というレベルだし、術師が効果をつけるには触媒となる素材が必要で、それがとてつもない希少素材が多いので当然コストがかかる。しかも、成功率は最上級の術師で60%、つける効果の内容次第では20%以下に落ちることもあるそうだ。さらに言えば、ベースとなる武器の素材や品質にも左右されるらしい。だから、最上級の鍛冶師が打った最高品質のミスリルの剣で、一番成功率が高い切れ味上昇などの効果を、最上級の術師が付与するのであれば5本中4本は成功すると言われているが、属性付与などは30本中1本出来ればいい方だとされている。」
マイケルの話に聞き入るメイデンとミラ。
「それで複数の効果はどうなるの?つけることは可能なのよね?」
「あぁ、一番確率が高いのは、元々効果が付いている武器に付与する場合だな。鍛冶でつく効果は、切れ味上昇や耐久力アップだ。これにBCCや軽量化を付けた物が一番で回っているな。これなら金貨数枚で手に入るから、1つ効果付きと同じぐらいか安い場合がおおいな。」
「一番出回っていて金貨数枚って……じゃぁ、術師が二つ付けたらどうなるのよ?」
「一番安くて金貨数十枚かな?付いている効果によっては白金貨数十枚まで行くかもな。」
その金額に恐れおののく二人。効果付きの武器は高いって聞いていたが、まさかそれほどするとは思っても見なかったのだ。
「何でそんなに差があるのよ?」
「仕方がないんだ。さっきも言ったように、触媒の素材は稀少物だし、成功率も低い。特に二つ目の付与の時は著しく成功率が下がる上に、ベースになる武器の耐久が無ければ失敗すると同時に消失《ロスト》する事もある。現存する武器の中で最高の物と言われているのは、筆頭宮廷魔導師に貸し与えられる『魔導杖《ウィザードスタッフ》』だそうだが、これには『魔力充填』と『火属性』が付いているんだ。ただ今までに何人もの術師が同じものを作ろうと挑戦しているらしいが、未だに再現できた者は居ないって話だよ。だからこの杖には値段が付けられないんだ。」
「ずいぶん詳しいのね。」
「まぁな………効果付きの魔剣はロマンだからな。」
呆れた口振りのミラに、照れくさそうに言うマイケル。そして黙り込んだままのメイデン。
メイデンが無口なのは今に始まったことではないが、そのただならぬ様子に違和感を憶えるマイケルとミラ。

やがて、メイデンがその重い口を開く。
「なぁ、例えばだ、例えばの話だが、腕の良い術師なら、武器に付けた効果を自在に消したり出来るのか?」
「いや、そんな話は聞いたことがない。」
「………じゃぁ、いくつもの効果をつけたり消したりって言うのは普通じゃないんだな?」
「当たり前だ。そんなことが出来るなら、今の国宝はガラクタになっちまうぜ。」
「そうか、そうだよな……。」
「メイデン、どうしたの?あなた真っ青になっているわよ。」
「いや、俺の斧なんだが……。」
「そう言えば、あなた一昨日斧が壊れたって言ってたわよね?………まさかっ!?」
「いや、俺は知らなかったんだ。エルザを庇って壊れたんだから直してあげるって言われて……。どうせ直すんだからリクエストはあるかって聞かれたから、今より丈夫な方がいいなって。それと俺も魔法みたいな遠距離攻撃が出来るといいんだが、なんて事を冗談半分に言ったんだよ。」
「まさか………。」
「そのまさかだよ。耐久力アップに風魔法のエア・カッターが使える。最初は軽量化も付いていたんだが、軽すぎて使いにくいっていったら、すぐに元に戻してくれた。今までより手に馴染んで至極使い勝手がいいんだが……。」
メイデンはそう言って斧を見せる。
「「「…………。」」」
一見ただの鋼の斧。しかしその実体は、国宝級に迫る魔斧。
……………こんなのどうしろって言うんだ。
マイケルは完全に思考が麻痺する。もう自分の手には負えないと本能が判断する。
「…………。私は何も知らない。何も見てないし聞いてないわ。時間まで休ませてもらうわね。」
そう言ってそそくさとテントに向かうミラ。
「………。俺も何も見ていないし、聞いてない。メイデンがどんな斧を使ってるかなんて知らないし興味もない。俺は剣士だからな。剣以外の武器には詳しくないんだ。」
そう言って顔を背ける、逃げた、と思うがそれが一番いい気がしてきたマイケルだった。
「お前ら……………、良い仲間を持った俺は幸せモンだよ………チキショウ。」
そそくさと逃げを打つ二人にそんな言葉を投げかけるメイデンだった。
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