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引きこもり聖女のお仕事 ゴブリン退治 その1

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「お二人にぴったりの依頼があるの。」
にこやかに笑いながら、1枚の依頼書を見せるギルド受付嬢のネリア。
「内容はゴブリン退治。村の近くの森に、ゴブリンが巣を作ったらしいの。今のところ家畜が少し被害にあっているぐらいらしいんだけど、人的被害が出るのも時間の問題だわ。」
「それで依頼ですか。でもなんで私たち?」
「えっと、それはね……。」
何故か視線を逸らすネリア。
「ネリアさん?」
「いえ、その、ね、別に引き受けてくれる人が皆無だとか、苦労の割に報酬が少ないとか、そう言うわけじゃ……。」
「つまりそう言うわけなのね。」
「エル、まとめて焼けばすぐ終わる。」
「やめてくださいっ!ゴブリンの巣がある森は、その村人たちの大事な収入源にもなってるんですっ!」
「面倒ならヤダ。」
ネリアの言葉を聞いた途端、急にやる気をなくすユウ。
……ゴブリン退治かぁ。初心者冒険者の定番と言えば定番なんだけどね。今の話を聞く限り、ユウじゃないけどかなりめんどくさそうね。

「でも、村人たちも困ってるんですよ。何とかお願いできませんか?」
「でもねぇ……。」
エルザが渋っていると、ネリアが新たな提案をしてくる。
「じゃぁこうしましょう。依頼を引き受けてくださったら、報酬とは別に私から、ギルド秘蔵のバスソルトを差し上げます。お肌がスベスベ艶々になる極上品ですよ。」
「やるっ!ユウもいいよね?」
「え~。面倒。」
「面倒じゃないの。人助けよ、人助け。」
「人助けぇ?何それ、美味しいの?」
「美味しいわよっ!ちょっと行くだけで極上のバスソルトが手に入るのよっ!」
「ん~……、じゃぁ、エルが一緒にお風呂に入ってくれるなら行く。」
「いつも入ってるじゃない。」
「でも最近身体洗わせてくれない。」
「それはあんたが、色々、その……って、とにかく行くの決めたからねっ!……ネリアさん、詳しくは明日聞くわ。」
お風呂云々のあたりで、酒場にいる男性冒険者たちが耳をそばだてているのに気付き、恥ずかしくなったエルザは、顔を赤く染めながら、ユウを引きずるようにしてギルドを出ていった。

「見たか、今の?」
「あぁ、頬を真っ赤に染めて、可愛かったなぁ。」
「ユウ様が『エルたん』と呼ぶのもわかるぜ。」
「今日もいいものが見れた。乾杯しようぜっ!」
「あぁ、我らが女神さまに乾杯だ!」
「「「「「「おうっ!」」」」」」

「あらあら、やっぱり二人は人気者ね。」
盛り上がる冒険者たちを見ながら、にっこりと微笑むネリアだった。


カランカラーン。
ギルドの扉が開くと、備え付けられていたドアベルが涼やかな音を鳴らす。
「いらっしゃい。エルザちゃん、ユウ様、今日はゆっくりなのね。」
「あ、うん、ユウの説得に手間取って……。」
そう呟くエルザの顔が何故か赤い。
「エルたん、きゃわわだった。」
「「「「「「そこのところ詳しくっ!」」」」」」
ユウの呟きに、なぜか盛り上がる酒場の冒険者たち。
「と、とにかくっ!昨日のゴブリン退治の詳細をお願いしますっ!」
「ハイハイ、えっと、依頼が来てるのはザバナの村ね。馬車で二日ほど行ったところにあるわ。それと……。」
ネリアさんから聞いた情報をまとめると、ザバナの村でゴブリンが目撃されたのは20日ほど前、その時は村で飼っているベガスが数羽持って行かれたそうだ。
その後も、2~3日おきに家畜が襲われたり、畑が荒らされたりしているらしい。
ギルドでは依頼を受けた際の状況報告、被害状況などから、20匹ぐらいの群と推測し募集をかけたと言うことだった。

「ゴブリン退治って人気がないのよ。臭いし、汚いし、素材が取れるわけでもない。それでもって、偶に知恵の回る個体がいたりして討伐が厄介な割に報酬が安いから。後油断すると酷い目に遭うからね……特に女性は。」
「私のエルたんに手をかけたら、ゴブリンという種族は1匹残らずこの世界から排除する。」
ネリアの言葉に物騒な宣言をするユウ。
コレは、私がヘマしたら、冗談抜きで世界が崩壊する前触れになるかもしれない。エルザはそう思うと軽く身震いをする。
「ま、まぁ、とにかく頑張ろ。」
エルザは引きつった声でそれだけを言う。
「あ、エルザちゃん、それでなんだけどね……。」
ネリアが少し言いにくそうに口ごもる。
「なんですか?」
「えっと、実はね……、」
(この依頼、合同ってことになったのよ。)
ネリアさんが口を近づけて小声で囁いてくる。
(何でそんなことになったんですか?)
エルザも思わず小声で囁き返す。
(仕方がないのよっ!上から捻じ込まれたんだもの。)
(はぁ、それでどんな人たちなんですか、その相手。)
(もうすぐ来ることになってるわ。Dランクの将来有望なルーキーよ。)
(Dランクって……私とユウはEランクですよ?Dランクの人が引き受けてくれるなら、私たちいらないんじゃぁ?)
(それがそうじゃないから困って……あ、来た、あの子たちよ。)
ネリアの声に入り口を振り返るエルザ。
……なんか、チャラい感じ。ユウと一騒動起こしそうだなぁ。
などと思っていたら、さっそく、チャラい男がユウに話しかけていた。
どうやら、あの男がリーダーらしい。
止めに入ろうと行こうとしたら、同じパーティの女性が割って入って、リーダーの男を説教し始めた。
その間に、ユウはこちらにやってきて、私の陰に隠れる。

「あ、ごめんね。私は『銀の翼』の魔導士ミラ。そしてこっちが斧戦士のメイデン、で、あっちで拗ねているのがリーダーのマイケルよ。今回の依頼終了までよろしくね。」
そう、明るく言ってくるミラ。
ミラに言われて大人しくなったあたり、この『銀の翼』というパーティーの実質的なリーダーは、このミラさんなのかもしれない、とエルザは思った。
「あ、はいよろしくお願いします。私はエルザ。一応ショートソード使いで、こっちはユウ。……ほら、ユウ挨拶。」
しかしユウは少しだけ顔をのぞかせるとすぐエルザの陰に隠れる。
「ごめんなさい、彼女ちょっと人見知りで……。」
「あぁ、さっきこっちのバカが声かけてたから怖がらせちゃったのかも。ごめんね、ユウちゃん。」
「……エル、この人は?」
「うん、私もさっき知ったんだけど、一緒にゴブリン退治に行く人よ。」
「……じゃぁ、私、家で寝てていい?」
「ダメ、朝約束したでしょ。報酬先払いしてるんだから。」
「……うぅ、エルたん可愛かったから仕方がない。」
「えっと、そろそろ話し進めていいかな?」
エルザとユウの会話を黙って聞いていたミラが、口を挟んでくる。
「あ、すみません。そう言えば、何で『銀の翼』の皆さんが一緒に?」
「それはなぁ、お前たちEランク二人じゃ荷が重いだろうってことで俺らが呼ばれたんだよ。」
ミラとの話に割り込んでくるマイケル。
「感謝しな。まぁ、お前たちは俺たちの活躍を後ろで黙ってみてりゃいいんだ。楽な仕事だろ?」
「えぇ、まぁ、そう言う事なら……。」
「はははっ!まぁ大船に乗った気でな。それより、この後一緒に食事でもどう?親睦を深めるためにさぁ?」
そう言いながらエルザの肩に腕を回してくるマイケル。
マズい、とエルザが思った時はすでに遅く、マイケルはユウの手によって宙に舞っていた。
「あ、あの、これ使ってください。出発は午後からでいいですねっ、街の入り口で待ってますからっ、ではっ!」
エルザはミラにポーションを渡し、ユウを抱えるようにしてギルドを飛び出すのだった。

 ◇

「馬車、揺れるし遅い。」
「ユウ、しーっ、しーっ。」
「アハッ、確かに揺れるけど、我慢してね。」
ユウの失礼な発言を、笑って流すミラを見て、よくできた人だと感心するエルザ。
「ミラさん、ゴメンナサイ。ユウはちょっと世間知らずなので……。」
「いいのいいの、気にしないで。確かに馬車の揺れは慣れないと厳しいからね。かといって歩くには距離があり過ぎるからね。」
「……ショックアブソーバーがない、緩衝機構も考えられてないし、車輪も木枠そのまま、こんなので我慢なんて考えられない……。」
ユウがブツブツ言っていたかと思うと突然立ち上がる。
「止めてっ!」
「あん?」
「止めろって言ってる。」
「あ、はい。」
御者台から何事かと覗き込むマイケルを睨みつけるユウ。それに黙って従うマイケル。
ギルドで吹き飛ばしたことによって、変な上下関係が出来たっぽい。
「えっと、ユウちゃん、どうしたの?」
「馬車に我慢できない。改造する。」
「改造って……えっ?」
「みんなは15㎞先の魔獣でも狩ってきて。」
「15kmって、行くだけで日が暮れるよっ!」
昼過ぎに街を出たので、今日は途中の森の傍で野営をするつもりだったが、15km先と言えばその野営予定地付近だったりする。
魔獣がいるなら安全のためにも狩るべきなのだが、今ここから向かうのはあまりにも意味がなさすぎだ。
「ユウ、改造ってどれだけかかるの?」
「ん~、15分ぐらい?」
ユウが、馬車の下に潜り込みながら言う。
「早っ!ってか、15分じゃ、15㎞も移動できないよっ!」
「じゃぁ、おやつ用意して待ってて。」
「ハイハイ。チーズケーキでいい?」
「イチゴの気分。」
「ハイハイ、分かったわ。」
エルザはユウにそう答えると、少し離れた場所にアイテム袋からテーブルを取り出す。そして、コンロに火をつけ、やかんをセットする。
お湯が沸くのを待つ間にティーセットを取り出し、ティーカップをテーブルの上に並べていく。
「あ、あの、エルザちゃん?」
そのあまりにもの手際の良さに、何も言えず見守っていたミラが、我に返り声をかける。
「あ、ミラさん。お茶の好みってあります?今回はユウの好きなカミル茶を用意してるんですけど?」
「あ、うん、カミル茶は私も好きよ。……じゃなくてっ。」
「お茶請けはイチゴのショートケーキですが、クッキーもありますよ。」
「えっ、ケーキなの?」
「ハイ、もうすぐお茶が入るので、よかったら座って待っててくださいね。」
「あ、うん。」
テーブルに大人しく座るミラを見て、どうしようか悩んでいたマイケルとメイデンは、仕方がなさそうに席に着く。
お湯が沸騰する直前にコンロからやかんを上げ、茶葉を入れたティーポットにお湯を注ぐ。
カミル茶を美味しくいただく為の適温は沸騰する直前、東方のリマ茶だと40度ぐらいがいいと言われている。お茶の入れ方ひとつとっても茶葉の違いでこれだけ温度の差があるから、覚えるまでに大変苦労した。
その甲斐あって、今のエルザはお茶を入れるのには自信がある。
「は、どうぞ。」
三人の目の前に入れたてのカミル茶とケーキ、クッキーを差し出す。
「あ、ありがと。」
「あぁ。」
「……。」
三人は差し出されたお茶に口をつけ、ケーキを食し始める。
誰一人声を発しないが、そのフォークの動きから、満足していることがわかるので、エルザは小さくガッツポーズをする。
正直な話、ユウは何を出しても美味しいとしか言わないので、気を使われているのではないかと、少しだけ気にしていたのだ。

「ケーキ……イチゴ……。」
「あ、ユウ終わったの?」
「うん、イチゴ……。」
「ちゃんとあるよ。はい。」
ユウの目の前に大きめのイチゴのケーキを置く。
「わーい。」
「待った!」
早速食べようとするユウを押しとどめる。
「ちゃんと手を拭いてから。」
エルザは、土に塗れたユウの手を綺麗に拭い取り、ついでに顔に付いた泥を拭ってやる。
「ハイ、綺麗になったよ。」
「ありがと。……うん、美味し。」
「よかった。上手く出来てるかちょっと心配だったの。」
「いつものより美味しいよ。……はい、あーん。」
ユウはケーキを一切れフォークでとり差し出してくる。
「あーん……ウン美味しい。お返し、あーん。」
「あーん、もぐもぐ……。」
美味しいと言い合っている二人を見ながら『銀の翼』の面々は黙って顔を見合わせる。
「なぁ、俺たちの存在、忘れられてないか?」
「というより、二人だけの世界に完全に入ってるねぇ。」
「……。」

突然意味もなく発生したお茶会で、エルザとユウは二人の世界を作り出し、『銀の翼』の面々が生暖かく見守り、こっちの世界に戻ってきて改めて出発するまでに1時間の時間を要したのだった。
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