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エルの受難

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「やっぱり綺麗ですねぇ。」
「ほんとね。古い遺跡の中とは思えないぐらいだわ。」
「状態保存の魔法が掛かっていたのだろうな。その魔法だけでも解析できれば世紀の大発見なんだがな。」
エルザの感嘆の言葉に、ジュリア、ジョーが、思い思いの言葉をかける。
「結局、ここ以外に変わったところが見つからなかったんですよね。」
「あぁ、ここだけが異質だ。だからここには何かあると思うのだが……。」
ジョーが名残惜しそうに周りを見回す。
「そうよね。が何かのヒントだとは思うんだけどねぇ。」
ジュリアがそう言いながら祭壇の上の窪みを指さす。
「なんですかそれ?」
「わからないのよ。私が触ると変な文様が浮かび上がるんだけど、ジョーが触っても何ともないのよね。」
そう言いながらジュリアが触れると、祭壇の上に小さな文様が浮かび上がる。
そして手を離した途端にかき消えてしまう。
次にジョーが同じようにするが、何の変化もない。
「へぇ、不思議ですねぇ。……ジュリアさん、もう一度触ってもらってもいいですか?さっきの文様、何か見覚えがある気がするんです。」
「そうなの?でも時間がないからこれで最後よ。」
ジュリアはそう言って再び窪みに手を置く。
浮かび上がった文様をじっと見つめるエルザ。
「……やっぱり。これは暁の女神さまのシンボルです。」
「ふむ、そうするとここは暁の女神を祭る祭壇という事か。」
エルザの言葉に何らや思考に陥るジョー。
「もういいわよね?ここに手を置くだけでも、何か疲れるのよ。」
ジュリアはそう言って手を放そうとする。
「あっ、待って、もう少しだけ……。」
もう少し見たかったエルザは、思わず手を伸ばして押しとどめようとするが、エルザの手が届く前にジュリアは手を離してしまい、すり抜けたエルザの手が、代わりに窪みに触れる。
「えっ、何?」
エルザの手が窪みに触れた途端、祭壇から光の柱が立ち昇る。
「エルザっ、手を離してっ!」
「え、そんなこと言われても……。」
エルザは裁断から手を放そうとするが、何かに引っ張られるような感じがして手を離すことが出来ない。
「なんなのっ、これっ!」
エルザの身体を光が包み込む。
「エルザっ!」
ジュリアが助けようと手を伸ばすが、その身体に触れる前にエルザの姿がかき消える。と同時に、室内に溢れていた光の奔流もかき消えてしまう。
そこは入ってきたときと寸分変わらぬ風景……エルザがいないことを除いて。
「エルザぁぁぁ~っ!」ジュリアの叫び声が室内に響き渡る。

 ◇

「ん、ここは?」
エルザが目を覚ますと周りは一面の闇で何も見えない。
本当に目を開けているのかと疑いたくなるぐらい何も見えない。
「ジュリア?ジョーさん?」
呼びかけてみるが返事がない。
揶揄われてるののだろうか?とも考えるが、ジュリアはともかくジョーさんはそんな事をするような人じゃない、というかできる人じゃない、とエルザは思う。
「大体ジョーさんだったら、「下らん」の一言で台無しにしちゃうよね。……ってことは、さっきの光のせいでどこかに飛ばされたとみるべきかなぁ。」
エルザは冷静に今の状況を分析してみる。
「とにかく、まずは視界確保だね。」
エルザがジェイクたちから教えてもらった冒険者心得の中には、ダンジョン内での明かりの扱いというのがあった。
それによると、いくら暗いからと言って安易に光を灯すなという事だった。
暗がりの中で明かりは非常に目立つ目印になる。敵がその明かりを目印に襲ってくることもあるから、危険を承知の上でつける必要があると判断した時以外はむやみやたらと明かりを灯すなと言われた。
「でも、今は、まったく何も見えないもんね。危険以前の問題だよね。……とはいうものの……。」
エルザは少し考えこむ。
ダンジョンでの明かりの確保には簡単に分けて3つの方法がある。
まず一つ目は松明を使う。
このメリットはとにかくコストが安い事。30本セットで銅貨1枚だからね。
後は振り回してもそう簡単に火が消えない事。だから、ブラッドバッドなど火を嫌う魔物だったら松明で追い払うことも出来る。
デメリットは完全に片手が塞がること。だから、パーティを組んで後方支援者に松明持たせるのでなければ、危険が大きい。
二つ目はランタン。
これのメリットは松明より持続時間が長い事と、いざ戦闘になった時、床においても火が消えないから手を空けることが出来る。もっとも、かなり離したところに置かないと、戦闘中に蹴っ飛ばしてしまうってこともあるので、不意を突かれると厳しかったりする。
デメリットは、松明よりコストがかかることと振り回したりすると消えやすいという事。
ランタンの本体が安いものでも銅貨5枚、高いものになると銀貨20枚は越える。もちろん高いものは持続時間が長かったり衝撃に強く壊れにくかったりと、高いなりの事はあるのだが、松明と比べて割高なのは言うまでもない。さらに言えば明かりを灯すための油が必要になり、これも質に応じてランタン1回分の量で銅貨1枚~5枚する。1回分で大体10時間~25時間持つが、最近ではロストテクノロジーを応用した、油がなくても使えるランタンという魔道具が出回っているとの事。
なので冒険者は基本ランタンを使用して、予備に松明を持っていくのが普通らしい。
そして最後に明かりを灯す魔法。
光属性魔法の『ライト』か聖属性魔法の『セイクリッド・エル』が明かりを灯す魔法で、ライトは、光の玉を生成して、辺り一帯を照らす魔法で、セイクリッド・エルは杖の先など突起物の先に明かりを灯す魔法……松明の魔法版だと思えばイメージしやすい。
これのメリットは、コストがかからない、手がふさがらない、込めた魔力が続く限り消えない、必要魔力はごくわずか、などなど、メリットだらけで使わない理由がわからないといわれるほどだ。
逆にデメリットと言えば、当たり前の事ではあるが、光属性か聖属性の魔法を使えるものがいないと使えないという事だろうか。
なのでダンジョンを探索するパーティには魔法使いか僧侶が必須と言われ、また荷物運びポーターであっても、ライトの魔法が使えるといえば、多少高くても雇い主に困らないらしい。
「さて、ここで私が取れる選択肢は……って考えるまでもないよね。」
アイテム袋の中にはランタンも松明も入っている。しかし、自分の身体すら見えない、この完全な暗闇の中では、松明を取り出しても、火打石を取り出すために手を離さなければならず、一度手を離したら、どこにあるかわからないため火をつけることが出来ない。
同じ理由でランタンも使えない。
「……まぁ、周りに誰もいないみたいだし……いたらいたで構わないけどね。」
エルザは手探りで腰の剣を抜き左手に持つ。右手を剣先があるあたりに向けて呪文を紡ぐ。
「……奇跡の光を分け与えたまえ『セイクリッド・エル』!」
エルザの持つ剣先に、ぼぅっと淡く青い光が灯される。
淡い光であっても、完全な暗闇の中にいたせいで眩しくて直視できない。

エルザの装備は少し丈夫な素材で作られたチュニックに、皮の胸当て、ホットパンツの周りを覆うような皮のスカート。武器は銅のショートソードで盾はなしという、オーソドクスな軽戦士のスタイルなので、魔法が使えるとは誰も思わないだろう。
現に一緒に行動していたジュリア達でさえ、エルザが魔法を使えるとは思ってもいなかったに違いない。
エルザは幼いころ訳あって神殿でくらしていた。神聖魔法を覚えたのもシスターがヒールの魔法で信者を癒しているのを見て見様見真似で覚えたのが始まりだった。
ただ、エルザが魔法を覚えたことを知った司祭様はエルザを呼び出し、神殿にいる間は魔法が使えることを誰にも言ってはいけないと固く口止めをする。
エルザは理由がわからないまま、司祭様の言いつけ通りに周りの魔法が使えることを黙っていた。
また、その日から、毎日司祭様の下で魔法の練習をするという日課が増え、それはエルザが10歳になり、ある貴族のもとに引き取られるまで続いた。
「……結局聖と風の初級魔法しか覚えられなかったんだけどね。どうせなら火とか水の方が役立ったのに。」
エルザはつぶやきながら、その剣を床において、目が慣れるまで今の状況の整理とこの先の事を考えることにした。

……まず、今の状況よね。
周りの様子や起きたことから推測すると、ここはあの遺跡の地下階層部分だよね。
そう考えると、私の最終目的はここから脱出する事。そのためには今いる場所がどこなのかを調べると同時に上の階層へ続く道を探さないといけない。
と言っても道があるかどうかも定かじゃないんだけどね。
ここに来たのが転移に類するものであれば、他の階層へ移動するのも似たような仕掛けかもしれない。
そんなギミックを探し出す自信はエルザにはなかった。
「まぁ、何とかなるでしょ。」
エルザは、不安を振り払うように、努めて明るく声に出してみた。

しばらくして、辺りの様子がわかるぐらいまで目が慣れたところで、次の行動を起こすための準備をする。
「まずは松明を取り出して……と。」
エルザは松明を通路の湧きに立てかけると、その先端にセイクリッド・エルの魔法をかけ青白い光を灯す。
今いる場所は通路の真ん中みたいで、前後に長い道が続いている。
手元の光が届く範囲では曲がり角や突き当りは見えないので、現時点がスタート地点だと分かるための目印にするのだ。
「確か左手の法則だっけ?」
エルザはジョーに聞いたダンジョンにおける必勝法を思い出す。
常に左手を壁につけれる状況で歩いていけば、どんな複雑なダンジョンでも必ずスタート地点に戻れるという事らしい。
「……まぁ、今の状況に全く役に立たないんだよね。」
エルザが求めているのは出口であって、スタート地点に戻ることではない。
これがダンジョンの入り口からのスタートであれば話は別だが、ひたすら歩いた挙句に、に戻ってきてもしょうがないのだ。
だからと言ってスタート地点が判らなければ、ぐるぐる回っていることに気づかず無駄足を踏むことにもなりかねないので、こうして目印を用意したのだ。
「魔力はとりあえず1日分込めたから、十分だよね。」
エルザは、淡い光を放つ剣をもって通路の先へと歩き出す。
「水も食料もたくさんあるし、何とかなるでしょ。それにずっと封じられていた遺跡だから魔獣も入り込んでいないだろうしね。」
エルザは、自らを奮い立たせ安心させるように、陽気に呟くのだった。
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