上 下
3 / 74

エルの旅立ち その2

しおりを挟む
「よかったら一緒に来ない?」
ジュリアの突然のお誘いにエルザは困惑する。
「えっと、いきなり、なんなんでしょう?一緒にって言われてもどこに行くか知らないし、そもそも私登録したばかりの超初心者なんですよ?」
エルザは警戒するようにそう答える。
今までの感じ、悪人には思えなかったが、頭のいい悪人は、最初は善人の振りをして近づいてくるとミーシャが言ってたので、これもその手の類かも知れない。
ただ、ジュリアが本当に悪人だとするならば、人間不信に陥りそうだとエルザは思う。短い時間ではあるが、それだけジュリアに心を許していたことに気づき少しだけ焦ってしまう。
「オイ、ジュリア、いきなり過ぎるだろ?ちゃんと説明しないと……ほら、不審がられているだろ?……まぁ、こんな怪しい話にいきなり飛びついてこられたら、こっちが警戒しなきゃならんがな。」
……あ、やっぱり怪しいって思ってるんだ。
自分の感覚がずれていないことに少しだけホッとするエルザ。
「あぁ、ごめんね。私たち、これから遺跡の調査に行くのよ。それで荷物運びポーターを雇おうと思っていたのよ。」
ジュリアの言いたいことは分かる。
遺跡調査やダンジョン探索では、魔物に襲われる危険が多い代わりに、思いもかけずに大量の発掘品が見つかることもある。たとえ何も見つからないとしても、倒した魔獣の素材だけでもかなりの量になることはよくある話で、普通は荷物が持ちきれなくなればそこで探索を中止するのだが、時には、それでも探索や調査を進めなければならない時もある。
その時は必然的に多くの素材や入手品を諦めなければならないこともあり、そうしないためにも、長期の調査や探索をするときは、予め荷物運びポーターと呼ばれる者達を臨時で雇い入れるのが一般的だ。
この荷物運びポーターはそれを専属に生業をしている者、情報屋と兼業している者など多岐にわたるが、エルザみたいな新人冒険者をベテランの冒険者が経験を積ませたり教育するために連れていくことも多い。
ベテラン冒険者にしてみれば、他の荷物運びポーターより安く雇え、新人冒険者にとっては、ベテランからレクチャーを受けることが出来るまたとない機会なので、ギルドでも斡旋することが多いシステムだったりする。
「ホントはね、遺跡付近で適当に雇おうかと思っていたんだけど、エルザちゃんさえよければどうかな?って。エルザちゃんにとっても悪い話じゃないでしょ?」
ジュリアの言葉にエルザは少し考える。
確かにエルザにしてみれば悪い話ではない。ジュリア達のパーティは、これまでにも何度も遺跡の調査を請け負った事がありそれなりのノウハウがあるらしい。その様子を間近で体験出来るのは今後において大きく役立つことは間違いがない。

エルザの目的の一つに、伝説の剣を探しだすと言うものがある。
伝説の剣と一口にいっても様々なモノがあるが、エルザが求めているのは、『神々の終焉』と呼ばれる神話の一説に出てくる、名も無き聖剣だ。
破壊神の蛮行を止め、封印したという、暁の女神が使用していたという聖剣。
伝説では女神の分体ともいわれ、剣そのものに知性が宿り、言葉を発したと言われている。
そんな聖剣が存在するとすれば、それはまだ見つかっていない古代遺跡か、難攻不落のダンジョンの奥深くに決まっている。
その伝説の聖剣を探すのに、今回得られる経験は必ず役に立つ。
そう考えると、悪く無いどころか、是非引き受けるべき美味しい話だ。
そんな考えが、警戒するエルザの気持ちを後押しする。
「えっと、条件次第で……。」
辛うじて、その言葉を発するエルザ。
いくらいい話しでも、条件によっては禄でもないことに変わる場合が多々ある。
例えば、依頼を受けいる間は何があってもパーティリーダーに絶対服従と言ったような奴隷契約まがいのものや、勉強料として、依頼を受けた日数に応じた金額を支払わされたりなどとんでもない条件が混じっていたりしたら目も当てられない。
 そこまで行かなくても、不利な条件の報酬分配だったり、魔獣が出てきたときに囮にされたりなどという話はよく聞くので、最初の契約時の条件はしっかりと確認しておく必要がある。
その辺りはジェイク達もよく分かっているようで、軽く頷いてから条件を提示して来る。

「やって貰うのは、食材を含む荷物の持ち運びと管理。これは現地で得た素材や発見物も含んでだ。依頼中の行動に関しての指示には従って貰う。その代わり依頼中に必要な物資については食事を含めてこちらで用意するし必要なことは教える。他時間に余裕があるときなら、冒険者についてのレクチャーもしよう。報酬は日当銅貨3枚に加えて追加報酬があった場合、その報酬の1割。これには素材の売り上げ分も含む。」
……まぁ、ここまでは当たり前のことだよね。と言うかわりかし条件が良いように聞こえるけど、この条件が妥当なのかどうか分からないわね。
エルザは頷きながらその先を促す。
「その代わり、依頼中に起きた全ての出来事については当方は一切関知しない、全て自己責任で対応して貰う。」
「どういう事?」
「簡単に言えば、エルザがしでかしたことについては、俺達は一切無関係ってことだ。戦闘が起きた場合、参加するもしないもエルザの判断に任せるが、その際に怪我を負ったとしても、俺達に責任はない。遺跡内でエルザの不注意による事故が起きた場合も俺達は一切関与しない。その後の処理も含めて全てはエルザの責任だということだ。」
「随分無責任な様に聞こえるけど?」
「仕方がないさ。過去に色々あってね。荷物運びポーターが指示に従わず好き勝手やった所為でつぶれた遺跡の責任を負わされたりとか。だから行動の指示には従って貰う。指示した内容外で起きた出来事は一切無関係というのが俺達の基本ラインだ。これに納得できないのであれば、断ってくれて構わない。」
……まぁ、そういうことなら仕方が無いのかな?要は勝手な事しなければいいって事だよね。
「他には?」
「こちらからは特にないが、そっちはどうなんだ?聞きたいこととかあるか?」
「んーと、期間はどれくらい?」
「今日から1週間だ。行って帰ってくるのに2日かかるからな。現地の調査は5日間の予定だ。但し何らかのトラブルで日数が延びることはあるので、そこは考慮して欲しい。」
「じゃぁ、あいた時間……例えば休憩中とかに採集とかしていい?その際に獲たものの扱いは?」
……1週間もあけるのであれば、その間に採集とかして素材を確保しておきたい。
「パーティに迷惑がかからない範囲でなら許可しよう。勿論自己責任と言うことになるが。だから得たものに関してはエルザの好きにすればいい。但しパーティの持ち物優先なので、持ちきれなくなったときは捨てて貰う。後、無いとは思うが、その際に得たものの売り上げが、追加報酬の一割を越える場合は、こちらからの追加報酬はなしとする。」
「うん、それでいいよ。」
「他にはあるか?」
「うーんと……あ、そうだ。例えば遺跡の調査中に私がはぐれちゃったとして……ほら、トラップとか戦闘の都合とかであるでしょ?その場合はどうなるの?食材とか全部私が持ってるわけでしょ?」
「そうだな……。」
ジェイクが考え込む。
どうやらそこまでの想定はしていなかったらしい。
「まずは、エルザは出来る限り脱出を試みて欲しい。俺達は一応救出を試みるが、食糧の問題もあるので1日ぐらいが限度だろうな。限度を超えたら、俺達は探査を打ち切って街へ戻る。その時点でエルザとの契約は破棄となり、一切無関係となる。但し無事に助かった場合は、契約破棄後であっても、俺達の物資及び拾得物の返還はして貰う……って所でどうだ?」
「うん、それで良いかな。後、貴重品や重要物品は預からないよ、弁償できないから。それで良いならお願いします。」
「OK!契約成立だ。ところで、エルザはアイテム袋は持っているか?汎用型か?魔力型か?どれ位持てる?」
ジェイクが矢継ぎ早に聞いてくるが仕方がないことだろう。
アイテム袋というのは、ロストテクノロジーの産物で、見た目以上の大きさのものやたくさんの持ち物を持ち運べる便利な袋だ。
これがなければ、女の子一人が持てる量なんてたかがしれているので、冒険者なら持っているのが普通ではあるが、それなりに値が張るので、アイテム袋を買うことを当面の目的にしている冒険者は多い。
と言うか、荷物運びポーターを雇うなら必須のアイテムなのだから、まず最初にそこを確認するのが普通でしょう?暢気なのか人が良すぎるのか……エルザは呆れながらも、こういう人嫌いじゃないと思うのだった。
因みに汎用型と言うのは誰でも使える魔道具で、使われている魔石の大きさと質によって効果が変わる。当然良い物ほど価格が跳ね上がるのは当たり前の話だ。
それに対して魔力型と言うのは、持ち主の魔力に応じて性能が変わるもので、価格はそこそこ。だから魔力量の多い者にとっては安価で高性能な物を扱えるが、逆に魔力量が少なければ、汎用型の方が余程マシということにもなる。
アイテム袋を例に挙げると、汎用型であれば大きなリュックぐらいの量であれば銀貨1枚程度で購入することが出来るが、馬車1台分になると金貨5枚はかかる。
これが魔力型であれば、大体銀貨2~3枚程度で購入できるのだが、中級の魔法が使える魔法使いで、荷馬車半分位の量を持ち運べる。但し、出し入れにそれなりの魔力が必要になるので、魔法使い以外の者は大抵が汎用型を使用しているというのが現状で、エルザが持っているのも汎用型だったりする。
「えっと汎用型で、量は荷馬車半分位かな?」
エルザは、実際より少な目に申告する。
本当は馬車1台分ぐらい入るのだが、新人冒険者がそこまでの物を持っているのはおかしいと思われる、という常識は有るのだ。
勿論申告した量のものでも相場は銀貨20枚はするのだが、それくらいであれば、実家から持ち出した、無理して購入した、と言う言い訳が出来る範囲内だ。
「そんな高いものを買ったのっ!?」
予想通り、ジュリアが驚きの声を上げる。
「うん、それしか売ってなくて……冒険者には必須なんでしょ?家を出るときにかき集めたお金で何とか買えたから……。」
「最初は持っていなくても何とかなるものよ。自分の実力にあわせて買い揃えていくのが普通なの……良いわ、冒険者の常識って言うのをこの一週間で叩き込んであげる。」
なぜかやる気を出すジュリアに「お手柔らかにオネガイシマス」と言うのがやっとのエルザだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:511pt お気に入り:3,119

ひめさまはおうちにかえりたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:692

最強の女騎士さんは、休みの日の過ごし方を知りたい。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:35

闇の魔女と呼ばないで!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:124

そうです。私がヒロインです。羨ましいですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:113

異世界で小学生やってる魔女

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:32

悪役令嬢に転生したおばさんは憧れの辺境伯と結ばれたい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:1,202

転生姫様の最強学園ライフ! 〜異世界魔王のやりなおし〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:150

女神様から加護をもらったので、猫耳パーカーを着て楽しく生きていきます!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:701

ファンタジーな世界に転生したのに魔法が使えません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:104

処理中です...